その4「恋の試練」
儀式の日がやってきた。
リーザは集落の人々に送り出され、【ロックグラン】の登山口で族長と両親に見送られた。
その際、父親が家宝である『黒蝶のお守り』をリーザに持たせた。
「何かあったらこのお守りに念じなさい。この蝶々が我々に報せを届けてくれる」
「まあ、不思議な蝶々ですのね」
「無事に帰ってきておくれ。愛しいリーザ」
「お父さま……」
父の愛を痛感し涙する。
急げば半日で済まされる儀式であるが、どれほど危険であるかを思い返し、リーザは改めて身を引き締めた。
「しっかりやるのですよ」
モアの含みのある言葉に背中を押されて、リーザは【ロックグラン】を登り始めた。
◇◇◇
最初こそ緩やかな上り坂だったが、登山口が見えなくなった辺りから道はなくなり、岩肌を体一つで登っていくロッククライミングの様相を呈した。
まだ足場は広く数も多いので滑落の心配はないものの、地味に体力を削られる。
この日のための準備はもちろんしてきたが、か弱い乙女にはなかなか厳しい道のりであった。
でも、めげない。儀式を必ず成し遂げる。そして、――山頂へ行きたい!
愛するあのひとと結ばれるために――。
モアにも話していなかった秘め事。
実は、リーザには好きな男性がいた。
そのひとのことを思うと身が引き裂かれそうなほど切ない気持ちになった。
それは紛うことなき恋であり、自分のすべてを捧げたいと本気で思うほどの激情は、乙女が陥りがちな異性への淡い憧れとは一線画するものであった。
どんな障害も恋する乙女を止められない。
むしろ、障害が強大で困難なほどその恋は燃え上がる。爆発的な推進力になる。
リーザにはこの儀式がもはや恋を成就するための試練に変わっていた。
どんなに険しくとも、いや険しさが増せば増すほど、リーザの足は前へ前へと力強く進んでいく。
◇◇◇
八合目に辿り着いた。
背負っていた供物を祭壇に置き、祈りを捧げた。
儀式は終わった。あとは想定された時間内に山頂に行くだけだ。
あまり帰りが遅いと滑落したか寄り道したかを疑われる。儀式遂行までの平均時間を大きく逸脱するわけにいかない。
そこから先はもはや壁であった。
道なき道を両手両足だけで登っていく。
雲に覆われていたのは八合目までで、そこを超えてからは薄っすらと山頂が見えていた。
ただ遠すぎる。いくら登ってもまるで近づいた気がしない。
体力の消耗と焦りが心を折りに来る。
……ううん。負けるものか。
リーザは黙々と岩を這い上がっていく。
そして、出発してから二十時間後、ついに山頂に到達した。




