その2「母娘/モアとリーザ」
火山地域【漠領ロゴール】の南部には、ひとはおろか野生の獣すら生息できない、急峻で硬質な山々が聳えている。
ロゴールでは、神がこれらを足場にして天から降臨したと伝えられており、国民からは【神の梯子】と呼ばれ祀られていた。
一部の信心深い民が麓に集落を形成して暮らしていた。
特に神聖視されている世界一標高が高い山【ロックグラン】には十五年に一度供物を捧げるという儀式がいつの頃からか自然発生し、それ以来この具象化された信仰を中心にして彼らの営みは回っていた。
供物を捧げる役を「神子」と云い、十五になる処女が務める決まりであった。
その年の神子に選ばれた少女の名は『リーザ』。
十五年前に神子を務めた『モア』の娘である。
山に入るのは集落の禁忌に触れる行いであり、神子だけはその原則から外れることをもちろん知っている。
だが、同い年がいないために必然的に選ばれたお役目は勝ち取ったという自覚がないだけに、その日が近づくにつれてリーザの緊張感は増していった。
「私なんかが神様の許へ参詣してもいいのでしょうか」
リーザは奥ゆかしく謙虚な乙女であった。
その可憐さは集落一と言ってよく、色艶を醸す母モアの美貌とはまた違った清澄な美しさがあった。
たとえ同い年に別の少女がいたとしても神子に選ばれたのはリーザであったろう、と集落の誰もが認めている。
それどころか、これほど神子に相応しい乙女は歴代の中にも存在しないと言っても過言ではなく、リーザの疑念は取り越し苦労の類であった。
だが、リーザの懸念は神への畏敬だけではない。
本当に恐ろしいのは儀式の祭壇がある山腹までの道のりである。
儀式に費やされる行程は、乙女の足でも一日あれば完了するほどの距離だ。しかし、切り立った山々は足の踏み場を定かにせず常に滑落の危険がつきまとう。
過去に儀式が失敗した例はないが、足を踏み外して満身創痍で帰還した神子の記録はいくつもある。
絶対に安全とはいえないものだった。
緊張して夜も眠れないリーザを、ある晩モアが家の外に連れ出した。父に内緒話をするときの合図だ。
いつまでも十代のように若々しいモアが連れ立てば仲の良い姉妹にしか見えない。
いや、手を繋ぎ、体を密着させる様子はもっと近しい存在――双子であるかのように錯覚させる。
また、話す内容も色恋に憧れる年頃の少女同士でするような初々しい会話がほとんどなので、異性の目を盗んで行われる密談にはどこか倒錯的な艶めかしさがあった。
「お母さま、わたくし、不安です。お山に入るのがとても怖いのです」
「そうでしょうとも。昔、私も同じように不安でした」
すると、モアは悪戯っぽく笑みを湛えた。
「リーザに良いことを教えてあげます。これはこの集落の一部のひとにしか伝わっていないお話」
妖しい雰囲気がにわかに漂った。
「代々、神子にしか教えてはいけない禁忌のお話」




