無差別殺戮
「チィッ……! また――!?」
風魔法を《付与》した鞭による攻撃があらぬ方角へと飛んでいく。しっかりと狙っているのに、打ち込む瞬間手許がぶれて大きく外してしまうのだ。魔法そのものは制御できても武器の暴走を止めることは難しく、激しく振動するグリップが腕力と握力が弱いリーザの手のひらを拒絶するかのように跳ね除けた。
(本当に厄介なのはこの武器がエンチャントに対応していないことかしらね……!)
元々そういう用途で作られていないのだから当然である。耐性がない武器にエンチャントを掛けるのは、魔法で武器を攻撃しているようなもの。加減を間違えればたちまち壊れてしまうだろう。
魔法調整が難しい上に鞭の技量も必要ときた……。
(大苦戦ね、まったく……)
光明が差したかと思えばこのざまだ。魔王様に会わせる顔がない。
この失態を打ち消すにはどうあってもあの勇者を抹殺するしかなかった。
「ふ、ふふ、ふ……。どうしたのだ、蝶の悪魔よ。どれほど強力な鞭打も当たらなければ無意味だぞ?」
槍の勇者が口角を吊り上げて挑発した。切っ先を地面に向けて悠々と歩いてくる。
「初撃以外は目を見張る曲芸ばかり。まさか道化を演じているわけではあるまいな?」
偶々成功した一撃に怯んでいたことをおくびにも出さずに言う。一転して余裕綽々のその態度は不愉快極まるものであった。
「お黙りなさいッ。遊びはこれまでよ。焼き焦がしてくれるわ」
「私に魔法は効かない。まだそれがわからぬとは貴様の目は節穴らしい」
だが、リーザはその挑発に乗らず、さりげなく足を動かした。間合いを外すためだ。サザン・グレーが接近してきたのは槍が届く間合いに入らんがため。皮肉にもリーザの攻撃範囲が同じだったので間合いを見極めるのは容易であった。
悔しいが、サザン・グレーに接近戦を挑まれたらリーザの敗北は確実となる。こちらの当たらぬ鞭に対し、あちらは通常攻撃がすでにして必殺の威力を誇る【槍聖】の一突き。加えて、《抗魔力》のほかにまだ勇者スキルを隠し持っている可能性がある。『戦士』の勇者に備わっている加護とは別の、【槍聖】ならではの必殺技である。まだ見ぬそれが繰り出されたときこそリーザの最期だという予感がしている。
一定の距離を保ちながら後退していると、部下のシルフたちが集まってきた。王宮兵を撃退したようだ。
シルフたちがスキルを発動させた。リーザに《癒しの風》を施した。
リーザの体力が回復した!
『+30』
『+30』
『+30』
『+30』
『+30』
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リーザ・モア LV.15
HP 355/510
MP 216/261
MAT 120
―――――――――――――――――――――
「ありがとう。おかげで楽になったわ」
体力だけは。しかし、戦況は何も変わらないし【槍聖】の脅威が衰えることもない。
サザン・グレーはリーザの鞭打を曲芸と揶揄したが、何の、奴の槍捌きこそ通常ではありえない離れ業を繰り出していた。
三回の攻撃においてリーザは三度驚愕させられた。
一度目はただの刺突。人間にしては速すぎる突きをかわした瞬間、引きの動作と同時に二撃目が飛んできた。それはまるで合わせ鏡の魔法のように、サザン・グレーの槍が二本に増えていた。おそらく速すぎるが故に残像がそう錯覚させたのだろうが、気づいたときにはもう腹部を貫かれていた。
二度目は引きの動きを警戒した隙を衝いての薙ぎ。突きによる縦の動きで惑わし、意識外にあった横からの一閃に為す術なく斬りつけられた。この一撃も引きとほぼ同時に飛んできた。
三度目はもはや魔法の領域。突くでも薙ぐでもなく、投げた。槍の投擲は珍しいものではない。だが、ノーモーションからの発射にはさすがに度肝を抜いた。あたかも長槍に魂が宿ったかのようにそれは生き物めいて宙を泳ぎ、リーザの急所を寸分違わずに撃ち抜いたのだ。持ち主の許へと撥ね返って戻る長槍はやはり普通の武器でしかなく、これら絶技を可能としたのはすべてサザン・グレーの業であった。
強い……。勇者とはこれほどまでに強かったのか……。
百年前にも勇者と戦ったことはあるが、弱体化した今のリーザではあの頃と比較することは難しい。いや、比較したところで意味はないだろう。今の世の勇者もまたあの頃とは違い過ぎている。
百年の眠りから目覚めた後、勇者と一対一でまともにぶつかったことがあるのは幹部の中ではグレイフルだけである。【商人の勇者】ポロント・ケエスとの死闘を経験した彼女ならサザン・グレーのこの強さも予想の範疇にあったのだろうか。
グレイフル――彼女もまた槍使いだが、サザン・グレーとは何かが違う。槍捌き? 術理? 技量の差? いや、もっと根本の『動機』に違いがある気がする。
(わっかりやすいのよね。あの脳筋女の槍は)
グレイフルの槍は真っ直ぐに。「実」しかその目に映さない。
対してサザン・グレーの槍は姑息。「虚」でかく乱して襲い来る。
どうやらグレイフルの槍に慣れているせいでサザン・グレーの槍に翻弄されていたようだと気づく。おそらく人となりでの相性も悪い。リーザとサザン・グレーは共に捻くれた性格をしていて全体的に噛み合わないのだ。……まったく。
(じゃあ何? 私とグレイフルは相性抜群だとでも言いたいの? 冗談じゃないわ)
けれど、ヒントは見つかった。
とてもとても不本意だけれども、――グレイフルにあやかって頭を柔らかくしてみましょう。
「何を笑っている? ついに気が触れたか?」
「笑っている? 私が?」
そう。でも、これは怒りによるもの。
私をここまで追い詰めたおまえに対してのッ!
「ええ! これからおまえを殺せることが嬉しいの! だから可笑しいの! 存分に笑って葬ってあげるわ、このウジ虫!」
鞭を構える。《エンエアー》を掛ける。命中率の極めて低いこの攻撃で【槍聖】を亡き者にしてくれる。
そのとき、魔王様の声が脳裏に響いた。
『手加減は要らぬ。遠慮は要らぬ。思うままに蹂躙せよ!』
「御意」
魔王様の許可を得て、リーザは必殺の鞭を振るった――。
◇◇◇
当たらぬ鞭がまた繰り出された。サザン・グレーはもはや避けることもせず、遠く距離を取ったリーザ・モアにトドメを刺さんと揚揚と歩みを進めた。
北門の破壊。及び、王都への侵入を許してしまった咎をまさか帳消しにできるとは思わないが、魔王軍の幹部を屠ったとなれば勲章の一つも賜るかもしれない。バーライオンでさえ果たせなかった偉業だ。もしそれが叶えば、バーライオンを越えたことになる。
(友よ。私は先に行くぞ。友よ。天から見ているといい……)
槍の間合いにリーザ・モアが入った。なおも馬鹿の一つ覚えのように鞭を振るう姿は滑稽と言うほかない。実に憐れだ。次の一撃で確実に仕留めようと心に決めた。
両手武器である槍を指先だけで繰りながら、切っ先は鋭く空気を切り裂く。
血が滾り、気力が充実していく。
気力ゲージMAX!
この槍の一突きで勝利を掴む。
「滅ぶべしッ! 人類に仇なす敵よッ!」
勇者スキル《千突閃》――!
両手で持ち構えた槍を突く。その速さは光速に達し、残像が糸を引き、手数の多さが弾幕となって千本の槍を虚空に映し出した。それはもはや刃が突き出た迫る壁。何物をも粉砕する掘削機となって襲い掛かる!
リーザ・モアにダメージを与えた!
『103』
『81』
『62』
『51』
トータルで『297』の大ダメージ!
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リーザ・モア LV.15
HP 58/510
MP 206/261
MAT 120
―――――――――――――――――――――
「――――――ッッッ!!!」
大技が直撃し、その真横をすり抜ける。
サザン・グレーは確かな手応えを覚えつつも、にわかに眉をひそめた。
「ほう? かろうじて首の皮一枚繋がったか」
黒き蝶はもはや満身創痍だった。しかし、なんとか踏みとどまっている。立っているのもやっとの状態だ。
「ふむ……」
いまの一撃で仕留め切れなかったのは完全に己の不明によるものだ。サザン・グレーは朽ち果てようとする難敵にかつての友を重ねてしまい虚しい気持ちになる。
(次こそ最後だ。過たず、確実に息の根を止めてやらねば――)
振り返ったとき、ヴォン、と大気が鳴った。
サザン・グレーの頭部を掠めるようにして鞭が飛んできた。闇雲に振るったであろう鞭はそのまま民家の壁に直撃し、家を半壊せしめた。相変わらず恐ろしい威力。最後の悪あがきにしては大きすぎるその破壊力が逆にさらなる憐憫を誘った。
(私が相手でなければここまでの無様を晒すこともなかったであろうに――)
それが忍びない、とサザン・グレーは首を振った。
ヴォン、と大気がまた鳴った。
再度、ヴォンと大気がまた鳴った。
大気が震えるたびに破壊の音がまた響く。
「……」
何かがおかしい。まるで攻撃の標的を自分に定めていないかのようなでたらめさ。
背後で背の高い教会が倒壊する音が轟いた。
「――――なに!?」
サザン・グレーはようやく周囲の異変に気がついた。リーザ・モアの鞭の風切り音よりも、周囲に轟く破壊音のほうが多くなっていたのだ。リーザ・モアは一定の間隔で鞭を打ち出し続けている。サザン・グレーには当たらない鞭打が街路に並ぶ建築物を次々に破壊し、跳ね返り、不規則に障害物に触れてはそれらをも蹴散らしていた。
鞭に付与された風魔法が解き放たれて破壊に加わっていく。
リーザ・モアが鞭を振るうたびに破壊の鎌が増殖していく。
家屋に隠れていた住人たちが慌てふためきながら街路に飛び出てくる。そこへ、飛び交う鞭と音波の刃が襲い掛かる。
「ぎゃああああ!」
「いやあああああ!」
ある者は両足から切断され、ある者は首を刎ねられた。鞭打が直撃した者は粉々に吹き飛んだ。人間もれっきとした肉壁。跳ね返った衝撃波がまた別の肉壁を粉砕する。
鞭の数が増えていく。これは魔法か? 跳ね返るたびに増殖し、跳ね返す建造物が結界となって内部のすべてを切り刻む。手前の建造物が崩れればその陰に隠れていた新たな建造物が壁となり、際限なく衝撃波を跳ね返す。結界は時間ごとに広がっていった。
阿鼻叫喚。
地獄絵図。
王都第十一教会地区はたちまち放り込まれた物を細切れにするミキサーと化した。
黒い鞭が触手のようにうねうねと町全体を覆っていく。
リーザ・モアの糸目がうっすらと開いた。
「狙って当たらないのなら当たるまで攻撃しつづけるだけよ――!」
「……ッ」
これほどの愚策もあろうか。下手な鉄砲も数撃てば当たるとはただのことわざだ。実際の命中確率はゼロに近い。サザン・グレーという的を狙うのにこの無差別攻撃は無意味と言うほかなかった。
(私だけが的……だと?)
なぜそんな勘違いをしていた。相手が何であるかを思い出せ。魔族――すなわち、人類の敵だ。殺す対象を勇者からその周辺にいる人間にまで拡大させた。ただそれだけのことではないか。
家族とはぐれたのか両親をすでに失ったのか、幼子が泣きながら通りを彷徨っていた。逃げ惑う人々の目にその姿は映らない。誰もその子に手を差し伸べない。よたよたと危なげな様子でサザン・グレーのいるほうへと歩いてくる。
「ふ、伏せろ! 早く! 伏せるんだ! ――ああぁっ!?」
ブシャアッ!!
叫びも虚しく、幼子の四肢が突風の刃によってバラバラに切断された。目の前で舞い上がる血飛沫にサザン・グレーは愕然とした。
リーザ・モアは絶叫に耳を澄まし、他人事のように冷めた声でこう言った。
「さて。勇者さま? 民衆が大変でしてよ? 救いにいかなくてもよろしくて?」
「きィイさァアアまァアア!」
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リーザ・モア LV.15
HP 58/510
MP 171/261
MAT 120
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サザン・グレー LV.16
HP 861/970
MP 0/0
ATK 110
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