妹の試練
サザン・グレーには勇者スキル《マジックキャンセル》がある。はっきり言ってリーザ・モアとの相性は最悪だ。どんなに魔法を駆使しても物理攻撃以外は通じない。
固有スキルを除いては。
リーザでも固有スキルならサザン・グレーにも通じるはず。いや、たぶんそう。でないと勝てないし。誰が相手でも勝つ可能性がなきゃゲームとして成り立たないもんね。
でも、確証はない。
どうする。北門攻略を一旦諦めて出直すか。
こんな序盤でリーザ・モアを失うわけにいかないし、ゲームシステム上では出撃ユニット数は【2】なのだからそのとおりユニットを組んでも別に構わない。今度は万全の体勢で挑めばいい。
一対一にこだわっているのは私だけ。
少年漫画みたいな展開で熱いから――なんていうくだらない理由でリーザを危険に晒すわけにいかなかった。
リーザだってきっと……。
「リーザ、聞こえる?」
私はゲーム機に向かって、リーザに話しかけた。
『魔王様? どうかなさいましたか?』
「うん。あのね、撤退しよう」
『……は?』
「リーザとサザン・グレーの相性は最悪なの。たぶん、魔法は通じない。固有スキルなら通じるかもしれないけど、長期戦になったらMP消費に限りがある魔法使いが圧倒的に不利なの。正直、勝てる気がしない」
『……』
「お願い、命令に従って。リーザ、そこから離れて」
『――お断りしますわ』
「リーザ?」
――リーザ・モアの魔王への忠誠心が『2』減少した。
「ちょちょちょ、リーザ!? 何でなん!?」
『私に尻尾を巻いて逃げろと? そのような命令、あなたの口から聞きたくありませんでした。お忘れかしら? 私のユメを邪魔するようならあなたの許から離れると』
「え? も、もちろん覚えているけど。ま、待ってよ! 邪魔してないじゃん!? それとこれとは今関係ないでしょ!?」
『関係大ありですわ。ここで退けば私は二度とこいつらに敵わなくなる。今! この場で! 倒さなくては! 私は自分のユメに届かなくなる気がする。おわかりかしら?』
「……それってつまりプライドが許さないってこと?」
一対一にこだわっていた私みたいに。
『ええ。敵前逃亡なんて魔王軍の幹部ならあってはならないことです』
三大幹部ならなおのこと。
矜持に反する。
「そっか……」
私、馬鹿だ。覚悟を決めているリーザに向かって逃げようだなんて侮辱もいいところだった。
リーザを失いたくない。
でも、リーザに愛想を尽かされるのはもっと嫌だ。
「ごめん。私が馬鹿だった。まだ戦ってもいないのに白旗上げるなんて全然らしくなかったね」
私は魔王として命じるだけだ。実際に白旗を上げるのはリーザなんだ。重ねてリーザを貶めるような真似はしたくない。
わかったよ。采配した時点で私も覚悟をしなくちゃならなかったんだ。
「でも、劣勢なのは変わらないよ。どうする?」
『大丈夫ですわ、魔王様。私たちが協力しあえば必ず勝てます』
「協力って?」
『私に考えがあります。聞いてくださるかしら?』
ゲームキャラがプレイヤーに提案?
なによ、それ。
こんなの――めちゃくちゃ熱い展開じゃんよ!
「何何!? 教えて!? その考えっての!」
『私にも魔法以外の攻撃方法はありましてよ』
「うん。知ってるよ。リーザも近接武器もってるもんね」
ローズウィップ。棘薔薇のムチ――鞭使いのド定番武器だ。
でも、正直あまり役に立たない。元々リーザの攻撃力が低いってのもあるけど、私はこれまで獲得したリーザの経験値ポイントをほとんど【魔力】パラメータに注いでいる。【腕力】や【防御力】にはあまり振り分けてこなかった。
だから、このリーザは接近戦に向いてない体になっちゃっているんだ。
私が攻撃重視型『ガンガンいこうぜ』タイプのプレイヤーだったばっかりにリーザのムチは弱いままなのだ。
「ごめんね。私の育て方が悪くって」
『何をおっしゃられているのかわかりませんが、見たところあの勇者、《抗魔力》の加護を身につけているようですわね』
「そうなんだよ。だからリーザの魔法は通じないんだ。よくてダメージは一桁台。低位の魔法だと『0』の可能性もある」
魔法属性の相性もある。勇者相手だから【闇】魔法ならワンチャンあるかもしれないけど、リーザがいま覚えている魔法に【闇】系統の魔法はない。
え? 前にナナベールを仲間にするとき、パイゼル戦で見せた闇魔法はどうしたのかって?
実はアレ、あのとき以来一回も使えてないんだ。修得魔法の一覧にも載っていなかった。あの一回きりだったんだ。
ていうかさ、アレって闇系統の中でも最強魔法の一つなんだよ?
レベル12で使えたことすら奇跡だったんだよ?
そもそも、レベルが上がれば覚えられるってわけじゃないしね。覚えるには【闇の魔導書】というアイテムが必要で、入手するには【ルドウェン竜骨火山洞穴】みたいな特殊ダンジョンを攻略しなければならない。普通ならね。
ま、こんな序盤で取りにいけるような安っぽいアイテムじゃないので論外だし。
いま持ってないからどっちみち当てにはできない。
リーザがいま使える魔法属性は【火】と【風】のみ。
……どっちもサザン・グレーには通用しない。
『何とかなるかもしれませんわ』
「え? ど、どうやって?」
『それを考えるのが魔王様じゃなくて?』
「ほえ?」
『以前、新しい魔法を開発なさったじゃありませんか。合体魔法や応用魔法。あれと同じようにこの場を打開できる魔法を考えるのです。今すぐ』
「ええええええ!?」
いやいやいや、無理無理無理!
だってあれ、お兄ちゃんがゲームの中で作った魔法だもん(たぶん)!
私に同じようなことしろって無理だよ! 無茶振りもいいところだよ!
それに、たとえアイディアが思いついたってそれがゲームに反映されるかどうかもわからないじゃない。どうやって反映させたらいいのかもわからないし。
私は現実世界の人間だから。
そっちには手が出せない。
『お願いします。でなければ、私はここで死ぬことになります』
「――」
それは……駄目。それだけは駄目。ぜったい。
やるしかないんだ。
まだ決定ボタンを押していないのに勝手に話が進みだした。バトルフィールドが展開されていく。巨大な門の前にはサザン・グレーと王宮兵五体&魔導兵二体。対面する位置にリーザ・モアと部下のシルフ五体がランダム配置された。
時間を掛けすぎたのか、待ったなしだった。
先攻は敵陣営。
王宮兵五体が順にこちらに向かって歩を進めた。
『ご指示を!』
「ああもう! やったるわ、コンチクショウ!」
リーザが撤退しないってんならもうこの戦いに勝つしかない。
リーザは絶対に死なせない。
そのためにも、――新しい魔法を開発するんだ!




