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幹部シナリオ②『蝶よ、花よ(殺戮蝶リーザ・モア)』


【軍議】の【引見】を選択。

―――――――――――――――――――――――――

 どのシナリオを閲覧しますか?


・ 鬼になった日 (鬼武者ゴドレッド)【既読】

◇ 蝶よ、花よ (殺戮蝶リーザ・モア)【NEW】

―――――――――――――――――――――――――



◇◇◇


 見渡す限りの花園。

 色とりどりの花々が緑の中に咲き誇る。

 虫が蜜を運び、シルフが香りを連れていく。

 温室はしかし、地平の先まで広がっていた。



 魔王城内部は魔法によって空間が拡大されており、面積は外観から推測されるよりも数百倍は広い。


 魔王城の一角、北側の尖塔は主に幹部連中の居住区だ。


 我の強い幹部たちが一所に仲良く収まるわけもなく、当初は割り振られた領地を奪い合う醜い戦いが連日続いていた。尖塔が倒壊したのは一度や二度ではない。ついには魔王の寝ぐらさえ略奪せんと動き始める始末。業を煮やした魔王は渋々と、『こんなくだらぬことで魔力を消費しなくてはならぬとは』とぼやきながら、建物内部の空間を魔法で広げたのである。


 尖塔の最上階を手に入れたのはリーザ・モアだ。


 幹部同士の諍いは、彼女の独占欲の強さがいつも原因の一つにあった。


 ゴドレッドもアディユスも最後には彼女の主張に根負けしていた。


 理屈ではなく感情の決定を何よりも優先するリーザ・モアを説得するのは魔王であっても骨が折れる。というより、ほぼ不可能なのだった。魔王を主と担いではいるが、この城の実質的な支配者はリーザ・モアだと言っても過言ではない。


◇◇◇


 最上階フロアはまさしく植物の王国である。


 花の妖精が陽気に飛び回っている。花園の隅々まで手入れを行っていた。


 迷路じみた生垣の先、一際開かれた場所にこの世のものとは思えない光景があった。


 巨大なピンクのチューリップの玉座が、この王国の主であるリーザ・モアを優しく包み込んでいた。


 人類にとって魔的と呼ばれるものには、醜いものとは真逆の究極の美も含まれる。


 近づきすぎれば取り込まれる。魅了されれば毒となる。


 リーザ・モアの美しさもまた忌避すべき毒だった。


『あら、魔王様? いつからそこに?』


『たった今、な』


『そうでしたか。もう少し眠っていればよかったかしら』


 チューリップの花弁を開いて顔を覗かせたリーザだが、魔王に向ける両目は閉ざされたままだった。


『ようこそ、ワタクシの寝室へ。ちなみにこの子はワタクシの寝台です。潜りこむには少々コツが要ります。お教えしましょうか? 今後、夜這いしたくなったときの参考になさるといいですわ』


『人聞きの悪いことを言うな。余がこの場に現れたことくらいすぐに気づいていたであろうに。いくら余の配下とはいえ、おまえほどの者が余にこれほどの接近を許すものか』


『あらあらあら。それは買いかぶりというものですわ。ワタクシ、一旦心を預けた以上、その方に対しては無条件に全幅の信頼を寄せますの。一度たりとも警戒したことはありません』


『よく言う。たとえ信頼があろうとも、この花園に異臭が紛れれば気づかぬはずがない。おまえの嗅覚ならばな』


『うふふふふ』


 否定はない。いつからそこに? と訊いたのもやはり戯れだったのだ。


『魔王様こそ気配を絶っておいてその口ぶりはズルイですわ。まるでワタクシばかりが悪いみたい』


『許せ。少し試してみたかったのだ。美の化身たるリーザ・モアが築いた結界が如何ばかりのものなのかをな』


『お気に召しまして?』


『うむ。想像以上に恐ろしい』


 リーザは嬉しそうに微笑んだ。


『魔王様に拾われたこの命、お好きになさってもらって構いません。ただし、ワタクシの望みと引き換えですが』


『覚えておる。この世界を花々で埋め尽くす。それがおまえの望みだったな。積極的に協力はせぬが、神を排除した暁には好きにするがいい。それが盟約だったはずだ』


『ええ。それだけで十分。邪魔さえ入らなければワタクシの望みは叶います』


 花が咲き乱れ、虫が踊り風が歌う、桃源郷。


 一滴の汚濁もない、清らかで甘い世界。


 あるいは人類が夢に見そうな平和な国だ。


 もちろんその頂点に君臨するのはリーザ本人であり、排除されるべき汚濁とは人類のことを指す。


『綺麗な花はその美しさゆえにすぐに摘まれてしまいます。可哀相に。この子たちにも意思はあるのですよ。ただ咲き誇っていたいだけ』


 愛しげにチューリップの花弁を撫でる。


 花が支配する世界――なんと可憐で無邪気で劣悪なことか。


 そのような世界が完成するならわざわざ人類を排除する必要はない。どうせ人類の方から嫌気が差して自滅する。度が過ぎる美は生物にとって毒でしかないのだ。


 リーザは蝶の翅をはためかせて魔王に近づき、その胸に飛び込んだ。


『魔王様、必ずやワタクシめにユメをお与えくださいませ。それまで、決してお側から離れませんから』


 指先で魔王の頬を撫でていく。


 甘えるように、囁くように、リーザは誓いを打ち立てる。


『ですがもし、この期待を裏切るようなことがあれば……そのときは種子のように飛んでいってしまいますからね』


 指先が喉許に触れたとき、ふいに離れた。


 見た目は高潔な薔薇でも、その実、繊細で臆病な蝶のよう。


 リーザ・モア――彼女の取扱いには注意されたし。



(リーザ・モアシナリオ 了)


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