七人の勇者③
サザン・グレーが大通りを守護し、取りこぼしの敵をジェム&ルッチ姉妹が遊撃する。街中を徘徊する骸骨兵は瞬く間に数を減らしていった。
一方、民衆の避難先に指定されている各地区の教会では籠城を余儀なくされていた。
礼拝堂の信徒席はすでに満席で、通路にも座り込む人で溢れている。祭壇に向かい両手を合わせる老婆が神に救いを求めるが、泣きわめく赤子の絶叫が場の雰囲気を一段暗くした。外の様子がわからないせいでもある。嵐が過ぎ去るのをじっと待ち続けるしかなかった。
「し、神父様……! いいえ、勇者様! どうか、どうかお助けください!」
「うえ!? それ、私に頼みますぅ? 祈るなら神様にお願いしますよお!」
若い女性に縋り付かれて、神父は迷惑そうな顔をした。
ここ第一教会に、第十三地区の神父が偶々居合わせていた。それが【神父】の勇者サンポー・マックィーンであることは、女王陛下の演説の際に紹介されたので誰もが知るところとなった。
「外にいる魔物たちを勇者様のお力で滅してください!」
「う、うーん、そうですねえ……」
第十三教会の担当を外され、王都防衛のために第一教会地区に留まることを強制され、不本意にもここにいる。勇者でなければそもそもこんな事態に巻き込まれずに済んだものを。
(参りましたねえ……。隙さえあれば今すぐにでも逃げ出したいところですがねえ……)
期待と懇願の眼差しに晒されて不浄に立つことさえままならない。これほどの期待を向けられたことは人生で初めてではなかろうか。むず痒いやら、気色悪いやら……。
(柄じゃないんですよねえ。誰かのために戦うなんてまっぴらごめん)
幸い、外では他の勇者が戦ってくれている。自分が出ていかずとも魔物討伐は間もなく完了するだろう。
この場にいる人たちを安心させてあげるのもそれはそれで勇者の大切な務めである。――ってことで大手を振ってサボりましょう! 戦うばかりが仕事じゃないですし! そうしましょう、そうしましょう!
(と思っているんですがね、この居心地の悪さは何でしょう……)
自問自答するサンポー・マックィーンの脳裏に天啓にも似た閃きが浮かんだ。
「そうでした! そうでした! 戴冠式だからってことで朝からお酒を断っていたんでしたっけ! やっぱり真面目にお務めなんて私には似合いませんよねえ、いっひっひ!」
カソックの懐に忍ばせておいた酒瓶を取り出し豪快に口に含んだ。ぶはあ、と酒臭い息を吐き出し、にわかに顔が赤くなる。
「これこれ! これですよお! 私に足りなかったものはこれなのです! 頭の中を真っ白にしてくれて体の震えも取り除く! 恐怖も悩みも吹っ飛んで、ついでに記憶も吹っ飛んじゃう! まさに神の水ですねえ! 市民の皆様がどうなろうと気にならなくなっちゃいました! 私、いま幸せ! イェイ!」
神父に縋り付いていた女性は困惑した様子で一歩退いた。
そのとき、礼拝堂の扉がけたたましい音を立てて開いた。骸骨兵が三体、扉を壊して侵入してきた。
扉付近にいた人々は慌てて逃げ出し、祭壇前まで押し寄せ、神父を取り囲んで悲鳴を上げた。何人かが勇者の背中を押して盾にしようとしたのにはさすがにサンポー・マックィーンも苦笑を禁じ得ない。
「大丈夫ですよお! 人生、なるようにしかなりませんから! 運命ならば諦めもつきますし、ここで死ぬなら皆一緒! 寂しくありませんよお!」
「し、神父様!?」
死を受け入れているようにしか聞こえない台詞に誰もが絶望した。
骸骨兵が礼拝堂に足を踏み入れた。これから始まる虐殺に髑髏は笑い、人々は絶叫する。阿鼻叫喚が礼拝堂に木霊した。
ザンッ、という音がしたのはその直後。眩い光が駆け抜けていった。
骸骨兵の頭が三つ、地面に落ちた。さっきの音は頸椎を刎ねたときに出たものだが、首を刈った刃はどこにも見当たらなかった。一体何が起きたのか、正確に目撃できた者は誰一人としていなかった。首を落としてバランスを欠いた骸骨兵たちは灰となって崩れ、鎧を残して消滅した。
「ま、死ぬ気なんてさらさらありませんがね。いっひっひっひ!」
サンポー・マックィーンのとぼけた声が静寂を打ち破る。
神父様が奇跡を起こしたのだ――その場にいる誰もがそう確信した。
◆◆◆
礼拝堂を襲撃した魔物の数があまりに少なかったのには理由がある。
礼拝堂の裏には一回り小さな集会場があり、開け放たれた正面扉からは鼻が曲がりそうな刺激臭が漏れ出ていた。人を遠ざけ魔物を誘き寄せる『誘魔香』というマジックアイテムだ。角笛がこの場にいない魔物を召喚するマジックアイテムであるのに対し、こちらは目に見える範囲にいる魔物を一点に集中させる効果がある。
外を歩く骸骨兵が歪な香りに吸い寄せられていく。次々に集会場に入っていく。見る限り集会場の容積を越えた数の骸骨兵が侵入しているはずなのに、内部に入りきれず軒先で足踏みする者はいなかった。出てくる者もまたいない。
魔物を迎え入れたのは一人のシスターであった。
【シスター】の勇者ベリベラ・ベルが壇上に立っていた。両手を胸の前で組み、祈りを捧げるようにして魔法を詠唱する。
「紡げ」
「ギギ……、ギ…………?」
骸骨兵が脅威を感じ取って立ち止まる。ベリベラ・ベルの背後に広がる暗がりが生き物のように蠢いたのだ。
次の瞬間、暗がりから手の形をした影が無数に伸びてきて、骸骨兵を鷲掴みにし一体残らず暗闇の中に引きずり込んだ。ごおっ、と業火に焼き尽くされる音だけが響き渡り、やがて何事もなかったかのような無音が訪れた。
ここは魔物どもの掃き溜め。汚物を焼却炉で燃やし尽くした後は寒々しい荒廃した空気が漂った。そんな場所に佇む修道女の姿は、まるで冥府より遣わされた死に神のようである。
しばらく待ったが新たに骸骨兵がやってくる気配はない。そう悟ったシスターは、ああ、と悩ましげな溜め息をこぼした。
一言。
「セックスしたい」
その呟きは誰に聞かれることなく暗闇に吸い込まれていった。
◆◆◆
王都の民は勇者たちの活躍により守られた。
そして王宮では、やはり無数の骸骨兵が押し押せていた。しかし――。
ギチギチ、ギチギチ……。
なぜか正面門の敷居を跨ごうとせず、その場で足踏みを繰り返していた。まるで見えない壁に阻まれているかのように。
王宮の玄関を背にヴァイオリンを弾いているのは【宮廷音楽家】の勇者オプロン・トニカであった。夥しい数の魔物を前にして優雅に音楽を奏で続けている。
「ここから先へは一歩も行かせませんぞ」
前進できないのにひたすら足を動かす骸骨兵。押し合いへし合い、ギチギチ、ギチギチ、骨を擦り合わせる。
団子状態になった魔物の群れは、【剣姫】の勇者には恰好の的であった。
空高くより舞い降り、地上に向けて光を放つ。
「ライトニング・ブレイドォオオオオオ!」
黄金の奔流がすべての骸骨兵たちを飲み込んでいき、跡形もなく消滅せしめた。
アテアが華麗に着地すると、オプロン・トニカはヴァイオリンを腋に挟んで拍手した。
「さすがはアテア王女。お見事です」
「えっへへへ!」
「この度の魔物騒動もそろそろ一段落つきそうですな」
「うん! さっきアニが王宮を出て行ったから、たぶん解決すると思うよ!」
オプロン・トニカの盲目には映らないが、満面の笑みを浮かべていることはわかった。王女は占星術師に全幅の信頼を寄せているようだ。それには些か複雑な気持ちにさせられるのだが……。
とりあえず今は、今日という特別な一日が無事に過ぎ去ることを祈るばかりである。
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