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七人の勇者①


 王宮の執務室に王宮兵が駆け込んできた。


「報告します! 王都中心街に魔物が多数出現! 民衆が襲われています!」


「!?」


 それまで執務室に響いていたざわつきが嘘のように静まりかえった。執務に追われていた大臣たちは立ち止まり、息を切らす兵士を見やると、言葉の意味を理解しようと互いに顔を見合わせた。すぐさま状況把握に乗り出したのはヴァイオラのみだった。


「被害状況は!?」


「死傷者多数! 正確な数は現在把握しきれません! 魔物の攻撃よりも、混乱による二次被害が深刻です! 戴冠式と陛下の演説、それに催事目当ての観光客も多く、それが被害拡大を加速させております!」


 魔物の出現によるパニックは伝染が速かった。逃げる者と様子を見に行く者とが交錯し、あるいはぶつかり、人並みがうねりとなって中には圧死者まで出す有様で、魔物よりも制御の利かない人災であったと話す。


「そして魔物は今、王宮前広場から目抜き通りに向かって進行中! 魔物の数はおそらく数百にも上るかと……!」


「馬鹿な! それほどの数の魔物が王都の中心にいきなり現れたというのか!?」


「侵入経路は不明! 今は各地区の警備兵が食い止めており、一般人の避難を優先させておりますが、押し切られるのも時間の問題です!」


 兵士は強張った表情のまま直立不動で沈黙した。街の惨状を直接見てきた彼からすれば、ヴァイオラからの指示を待つこの時間すらも焦れったいものであった。しかし、逆に言えば現場を知らず報告を伝え聞いただけのヴァイオラでは実感に乏しく想像を巡らすことが難しい。加えて、指揮した経験がいまだ少ないせいで今後想定しうる展開というものに自信が持てない。


 どうするか?


「アニ! おまえの意見を聞きたい!」


 お抱えの占星術師に頼るしかない。これまでにもそうしてきたし、今では大臣連中や王宮兵にもアニの存在は半ば軍師として認知されている。策を訊くならばアニ以外にいない状況であった。大臣たちの視線も集まり、献策が期待された。


 しかし。


「……魔物が街中に出ただと?」


 呆然と呟いた。アニならばこの展開すら予見していたと嘯くものと思っていたのに。ヴァイオラはいつになく狼狽するアニの態度に眉をひそめた。


「アニ?」


「ちょっと待て。考える」


 お祭り騒ぎに浮かれていたのもあり、この事態には本当に度肝を抜かれていた。


 レミィに心の中で訴える。


(魔王軍が攻めてくるのは、次は『第四ステージ』じゃなかったのか!?)


 次のステージでは『城門の死守』が人類側に与えられるミッションだ。戦いは必ず王都城郭の外側で行われるし、門番に勇者を配置しないかぎり発生しないイベントのはずである。


(はいですの。『第四ステージ』は東西南北の門の死守。変更はありませんの)


(じゃあ何で魔物が出現している!?)


(兵士に聞いてみたら如何ですの? 城門が破られたのかどうか)


 それもそうだ、と冷静になる。少々取り乱していたようだ。


「城郭の門を魔王軍に突破されたのか?」


「いえ! そのような報告は上がっておりません!」


「……さっき魔物は王宮前広場から目抜き通りに向かって進んでいると言ったな? つまり王宮近くに突然発生したのか?」


「そう……だと思います」


 兵士の声に自信はない。憶測で語って取り返しのつかない事態を招いても事である。返事一つにも慎重になるのは仕方ない。


 可能性は三つだ。魔物は空から来たか、地下から来たか、あるいは転移魔法で飛ばされたか。このどれかだろう。


 しかし、どの方法であったとしても実行はありえない……はずだ。シミュレーションパートでプレイヤー側に専用のコマンドが発生しなければ起こりえない。それともアニが知らないだけで妹のほうにはそういった細かな指示が可能になったのか。


(レミィ、クソ妹のほうでコマンドが増えたりしてんのか?)


(いいえ。そういったことはありませんの。ただ、魔王軍幹部とプレイヤーで直接会話が可能になりましたの)


(対話ができるのか。なら、たとえば地下から攻めろって指示も飛ばせるな……)


 細かく指示が出せるなら侵入経路もいろいろ工夫できるだろう。


(まあ、だからどうしたという話ですけれど)


(どういう意味だ?)


(だって、やっていることは【偵知】のコマンドそのものですの。本編では方法や手段なんかの詳細はプレイヤーに明かされませんでしたけど、魔王軍幹部が侵攻場所を調査する際にはそうやって潜入していてもおかしくありませんの)


(確かにそうだな。しかし、今回のは【偵知】とは呼べない大規模な【侵攻】……)


 そのとき、ふと頭に過ぎった事柄に、にわかに血の気が失せた。


 最も大事なことを兵士に確認し忘れていた。


「……魔物ってのはどんな種類だった?」


「はっ! 鎧を着た白骨死体であります! 確認できているのはその一種類だけです!」


 思わず頭を抱えそうになる。


 なんてこった……。完全に俺が招いたトラブルじゃねえか……。


(どういうことですの?)


(どうもこうも、バーライオンをぶっ殺すのに召喚した骸骨兵で間違いない。王都の外からじゃなく内側で発生し、なおかつ王宮方面から湧いて出た――ってのも状況証拠としては十分だ)


 正確には王宮裏にある『地下迷宮』である。バーライオンが盛大に開けた大穴は塞ぐことができずにいまだ放置されている。迷宮に魔物が発生していればそこから出入りし放題だ。


 魔物の発生源を特定した。対処法がわかれば采配は自ずと決まった。


「勇者を三班に振り分ける。目抜き通りで魔物の侵攻を食い止める班と、避難場所である礼拝堂で民衆を守る班、そしてこの王宮を守る班だ。幸い、王宮と礼拝堂にはすでに勇者が揃っている。あとはサザン・グレーとケモミミ姉妹だな。公園と酒場にいるはずだ。目抜き通りに行くよう指示してくれ」


「わかりました!」


 兵士が駆け足で出ていった。それを見届けてから、アニは執務室の隅に視線を送った。


「これから魔物の発生場所を調べに行く。あんたにも付いてきてほしい」


 そう呼び掛けると、成り行きを黙って見ていたケイヨス・ガンベルムが驚いたように顔を向けた。


 ケイヨス・ガンベルムもまた『地下迷宮』には足を踏み入れている。王宮の近くで魔物が発生しそうな場所の心当たりはそこしかなく、アニからの指名でその考えは確信に変わる。ふっと微笑を浮かべた。


「いいとも。占星術師殿たっての希望だ。私でよければ護衛役を引き受けるよ」


 言外に『地下迷宮』が怪しいと確認しあった二人は頷き合うと、連れだって執務室を出て行く。その背中にヴァイオラが声を掛けた。


「アニ、……任せたぞ」


 女王としての自覚が芽生えつつあるのか、何も言わずに見送った。本当はあれこれ問い質したいのだろうが緊急事態につき湧き上がる衝動を抑えつけた。その葛藤が言葉の震えの中にありありと表れていた。


 それに気づいていたケイヨス・ガンベルムが茶々を入れた。


「陛下はとても信頼しているのだね、君のことを」


 どうだか、と笑って返す。


「あんたが一緒だからだろ。俺一人だったら行かせてもらえたかどうか」


「うまく取り入ったものだね。感心するよ」


「……」


 言葉の端々から窺える敵意を無視して歩みを速める。とにかく今は王都の死守が先決だ。


 てめえで蒔いた種だ。きっちり片を付けてやる――。



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