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フェスティバル③


 賞金稼ぎの勇者ジェム&ルッチ姉妹は大衆酒場に入り浸っていた。外のお祭り騒ぎには興味がないのだろう、勇者特権を使ってひたすら無銭飲食を繰り返していた。


「ゴクゴクゴク、――ぷはあ! うめえ! おう、姉ちゃん! おかわり持ってこーい!」


 ウサギの亜人ジェムはビールをジョッキで飲み干すと、長い耳を陽気に震わせてウェイトレスにおかわりを要求した。


「うま! うま! うまあああ! いくら食べてもタダなんて幸せすぎるッチ!」


 リスの亜人ルッチはテーブルいっぱいに並べられた料理を端から口に含んでほっぺをぷっくりと膨らませている。


 二人の暴飲暴食は目に余るが、王宮に要求したことはそれだけなので、勇者として命を懸けるにしてはむしろ安上がりであった。


「おまえ、王宮の占い師じゃねーか。何しに来たんだ?」


 ジェムが赤ら顔を差し向け、ルッチがテーブルの料理を両手で覆い隠す。


「あっ! 駄目ッチ! これ、あたいたちのだから! あげない!」


「いらねえよ。今度の作戦であんたらには南門を守ってもらうってことは前に話したよな。今日くらいは大目に見るが、本番まであまり羽目を外すな。それを伝えにきた」


「あっそ。ご苦労なこった」


「それだけか? 他に聞きたいことや要望があれば聞くぞ」


「別に。あたしらは飯さえ食えればそれでいい。賞金首を狩って、報奨金を貰って、腹が膨れたらそれで満足だ」


 ルッチもうんうん頷いている。


「命を懸けるのに報賞が飯代だけでいいのか?」


 ジェムは鼻で笑った。


「構わねえさ。大金持ち歩いたって敵が増えるだけだし、住居も必要ない。守るもんがあると身動き取れなくなるからな。だから、あたしらはこれでいい」


 どこか投げやりな雰囲気を感じた。ジェムとルッチは本当の姉妹ではない。同じ獣人の亜人種だがウサギとリスだ。同じ腹から生まれたはずもなく、年若い二人が放浪しながらその日暮らしを続けているからには、そうでもしなければ生きていけなかった事情があったのだろう。義姉妹の約を結んでいるのもそれぞれに頼れる家族がもういないためである。


 ……何をモチベーションにしていても構わない。本気で戦ってくれるなら。


「もう行けよ。酒がまずくなる」


 アニは酒場から出て行った。


◆◆◆


 祭りに興味がない男がここにも一人。王宮の外れにある公園で槍を振って汗を流していた。


 王宮兵第二兵団団長【槍聖】サザン・グレー。【剣聖】バーライオンの双璧として武名を誇っているアンバルハル一の槍使いだ。


「北門の守りはあんたに任せる。本番まで英気を養っておいてくれ」


「心得た」


 それだけ返し、話は終わりとばかりに槍を構えて素振りを開始した。サザン・グレーは騎士道精神を尊び、君主への忠誠に命を懸ける男である。主命以外の言葉は要らなかった。


「頼んだぞ」


「御意」


◆◆◆


 レミィの力を借りて王宮の貴賓室に飛ぶ。そこは王族お抱えの音楽家に宛がわれた部屋だった。私物などはほとんどなく、大きく目を引くのは中央に置かれたグランドピアノだけである。


 高齢の男がそのピアノで演奏をしていた。演奏を止めることなく、背後に現れたアニに対して口を開いた。


「この気配の無さは占星術師殿ですね?」


 気配が無いと言いつつその正体を看破した。彼こそ音楽家の勇者オプロン・トニカである。盲目でありながら晴眼者よりも物を見通す心の眼を持っている。それは勇者になる以前から研ぎ磨かれた特技であるが、今では万物の声を聴く『耳』まで発達している。


「いずれ魔王軍が攻めてくる。あんたには城の東門を守護してもらいたい」


「構いませんよ。この身は以前よりバルサ王家に捧げております。何なりと使役なさいませ」


「……あんたは話が早くて助かる」


「ふふ。他の勇者様は皆、我が強そうな人ばかりでしたからね。無理難題を押しつけられましたか?」


「大したことじゃない。面倒な要求もあるにはあったがな」


 演奏がにわかに盛り上がりを見せ、おそらくアドリブであろう、ゆったりと終曲へ移行しそのままフェードアウトしていった。


 オプロン・トニカは鍵盤から指を離すとアニを振り返った。


「でしたら私からも一つお願いがございます。もし私が命を落とすようなことがあれば、私の大切な家族への十分な保障を約束して頂きたいのです」


「もちろんだ。それはあんたに限った話じゃない。このことは招集を掛けたときに説明されたはずじゃないか?」


「はい。ですが、私は占星術師殿に約束して頂きたいのです」


 真摯な声に、アニは大きく頷いた。その気配を受け取って、オプロン・トニカは笑みを浮かべた。


「安心いたしました。これで心置きなく戦場へ赴けます」


◆◆◆


「これでお仕事はおしまいですの?」


「ああ。勇者ひとりひとりに声掛けするだけでいい。俺が司令塔だってことも頭に入ったはずだ」


 これで今後も命令が出しやすくなる。


「あら? でもまだ姫の勇者には会っていませんわよ?」


「アテアの出番は『第四ステージ』が終わった後だ。それまでは王宮に籠もっていてもらう」


「あの王女様が魔王軍に王都を攻められて大人しく引き籠もっていると思いますの?」


「今のアテアなら前線に特攻するような馬鹿な真似はしない。そもそも既定路線のシナリオだ。念を押すのはさっきの六人で十分だ」


「あら。一人忘れていませんの? アコン村のガレロのこと」


 アニが転生したことで、チュートリアルでの滅びを回避できた村の青年だ。そいつはこのたび神から『斧』の勇者に選ばれた。斧っつーか『木こり』だな。斧使いの勇者は正規版のゲームにはいなかった。


 現時点でアンバルハルには勇者が八人いることになる。


 大所帯だ。なかなかどでかい戦力だ。


「ガレロを門番にはしませんの?」


「しない。元々のシナリオにいなかった奴を投入すればそれこそ綻びが生じるはずだ。俺からガレロに言うべきことは何もない」


 俺からは……な。


◆◆◆


 アニが王都を巡って勇者たちと会っていた頃――。


 王宮裏にある『地下迷宮』から無数の影が出現した。アニがバーライオンとの戦いで魔物を召喚したとき、発生源となった封印の間の扉が今もなお開いたままだった。硬い金属音を響かせながら、鎧姿の骸骨兵たちがぞろぞろと地の底から這い上がってくる。そんなことが起きていようとは今のアニに知るよしもなく――。


 数刻後、王都は阿鼻叫喚の坩堝へと落ちていくことになる。



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