フェスティバル②
戴冠式の準備と平行して、アニは王都防衛の計画も進めていた。
魔王軍が近日中に王都アンハルに侵攻すると予言し、王宮兵千人隊長リンキン・ナウトと、王族護衛騎士団団長ケイヨス・ガンベルムに呼びかけて防衛作戦を立案、具体的な対応策を組み上げた。
城郭の東西南北それぞれの門番に勇者を配置し、守りを固める作戦である。
王都侵攻の先遣隊をおそらく下級モンスターだけで組織するだろう。勇者がこれを一網打尽にして武威を思い知らせ、統率が取れていることもあえて見せつければ、いくら知能の足りない魔族でも一筋縄ではいかない敵だと認識できよう。それは一時的かもしれないが確実に膠着状態を生み出し、獲得した猶予の分、相手に先んじた行動を可能にする。そうして積み重ねた優勢が理想とする決着に手を届かせるのだ。国と国との戦いとは、決して相手を勢いづかせてはならず、如何に相手を出し抜くかの騙しあいに掛かってくる。
――と、それっぽい理屈で押し切って作戦を立案し採用させた。
アニには各城門を守る気なんてさらさらなかった。これは元々用意されたシナリオ通りの展開である。アニは会議のイニシアティブを取るために結論を先回りして提案したにすぎない。同じ結果になるのなら存在感をアピールしたほうがお得だし、それで失敗の責任を取らされるほど周囲の要人どもも腰は引けていない。どうせ最後は人類側が勝つと誰もが信じて疑っておらず、一度の手柄よりも占星術師の案を採用して器量の大きさを誇示するほうが有利と考えたようだ。占星術師に傾倒するヴァイオラへの阿りという側面もあったのだろう。
かくして理想的なポジションを確立しつつあるアニだったが、中心にいるせいで面倒事にも差配を求められるようになる。この機に乗じて不正を行う者、あるいは隠ぺいする者が大挙して現れ、それらを見つけ出して処罰した。
また、王都内部の警備体制を改善するついでに各所で起きる暴動を鎮圧したり――と、魔王軍に勝つどころか戦の準備をするだけでも一苦労で、舞い込んでくる厄介事も切りがない。
何が作戦の足を引っ張るかもわからない。
バーライオンの前例もある。勇者たちが勝手なことをしないように今から釘を刺しておく必要があった。
◆◆◆
まずは教会だ。この日、戴冠式のために、王都にいるすべての神父が第一教会に集まっていた。
目的の人物は礼拝堂に入ってすぐに見つけだした。というより、向こうから目敏く気づいていそいそとやって来た。
「これはこれは、占星術師の旦那じゃないですかあ! 私に会いに来たんですかあ!? 嬉しいですねえ! それじゃちょいとその辺でお茶でもしばきにいきましょうよお! いっひっひ」
祭壇の前では他十二人の神父がいた。皆、表情は真剣そのもの。立ち姿も厳かだ。神父の勇者サンポー・マックィーンだけが浮いている。
(なるほど。居づらくなって逃げようとしてるのか)
「あんたに用があるのはその通りだが、用件を伝え終わったらすぐに帰る」
「そんな~、もうちょっと一緒に居ましょうよお! お茶が嫌でしたらお酒でもいいですよお! なんだったら宿屋にしけ込みますぅ! いっひっひっひ!」
おお……、神父の皆様の視線が痛い痛い。サンポー・マックィーンでなくても居づらい雰囲気だと思うが、サンポー・マックィーンの場合は完全に自業自得だ。ていうかこいつ、よく神父になれたな。
「あんたへの用件ってのは王都防衛計画についてだ」
西門の警護を担当することになったサンポー・マックィ―ンには、当日までくれぐれも問題を起こすなと釘を刺す。
「問題なんて起こしませんよお! 私、こう見えても神の信徒ですよお?」
「自称する奴が一番信用ならないんだ」
「いっひっひ。まあ、そりゃいいとして。実際のところ、門番ってのはいつまでやりゃあいいんです? 魔王軍が攻めてきてぇ、それを追っ払ってハイおしまい! ってなぁならんでしょう?」
「ああ。人類が魔王軍との戦いに勝利するまでだ」
「やっぱり! いえね? それは無茶が過ぎるってもんでして。私、こう見えても敬虔な神の使いでしてね~え? 王都に住む皆様の幸福をお祈りするためにも、教会をお留守にするわけにいかないんですよお。ええ、ええ」
「つまり、戦いたくないってか?」
こいつは元々戦いには消極的だった。その上、不真面目で小狡い性格。何かと理由を付けては真っ先に逃げ出すタイプである。
「い、いえいえ! 滅相もない! 私なんかでよければいくらでも協力いたしますよ! ええ、ええ! ……ですが、本来の仕事を疎かにするのもどうかと思いましてね。門番に立つ回数を極力減らしちゃくれませんかねえ? 例えば、年に一回、一時間、とかね。いっひっひ」
いつ襲ってくるともわからない魔王軍に合わせていたのでは日常業務に支障が出る。勇者が兵士であれば業務の一環として配置転換するだけの話だが、それが民間人となると調整にも配慮が求められる。いくら緊急時とはいえ、勇者の行動を制限、管理、監視するやり方は人権侵害になりかねない。
そのために国から要請を出し十分な報奨金も用意しているのだが、一部の勇者からはやはり不満の声が出始めていた。勇者に選ばれた者が皆素直に戦いに参加してくれるわけではないのだ。
サンポー・マックィーンの言うことはもっともだ。しかし、第十三教会の神父の発言としては筋違いである。
「神に仕えるアンタが神の思し召しで勇者になったんだ。与えられた役割に準じてこそ敬虔な信者じゃないのか?」
考えようによっては、神の意志で神父から勇者に格上げされたようなものである。喜びこそすれ億劫だと嘆く人間が敬虔であろうはずがない。
「いっひっひ。私が良しとする布教活動に戦いは含まれていないのですよ」
何を信仰するかは内心の自由により保障されている。そこを持ち出されては説得自体が不毛である。アニは切り口を変えた。
「なら、アンタの後釜を手配しよう。新しく神父が着任すればアンタは戦いに専念できるだろ」
「ぃい!? そ、それはご勘弁を! 第十三地区がどのような土地かはよくご存じでしょう? 私でなければ務まりませんよぉ!」
確かに、真面目で優秀な神父を派遣したら締め付けがきつくなり、それまでチャランポランにやってきた教会職員が暴動を起こしかねない。サンポー・マックィーンの言うことはある意味正しい。
「だったら、アンタと同等かそれ以上のろくでなしを派遣すればいいってわけだ。つい最近、汚職を働いた役人を大量にあぶり出したところでさ、どこに左遷させようか迷っていたから丁度いい。そっちの人材は豊富にいるから安心してくれ」
「ぎゃふん!」
サンポー・マックィーンは仰け反って悲鳴を上げ、苦しそうに胸元を押さえた。そんなに戦いたくないのか、こいつは。
「仕方ないですねえ。わかりました。務めはきっちり果たします」
「そうしてくれ。くれぐれも勝手な行動はしないようにな」
「その代わり! 西門には毒酒をありったけ用意してくれると助かります! 私、酔っていないと調子が上がらなくて。お願いしますよお! 占星術師様ならいくらでも調達できますでしょう!?」
「……わかった。ラクン・アナ産の酒だったな。西門に常備しておこう」
「わお! さすがは占星術師の旦那ですねえ! 一気にやる気出てきましたよお! いっひっひ!」
どこまで信用したものかわからないが、ひとまずサンポー・マックィーンの手綱を締めることに成功した……と思う。
次。
◆◆◆
同じく西門担当でシスターの勇者べリベラ・ベルは、第一教会内にある教導室にいた。
特にこいつは要注意だ。決戦の日までに問題を起こす可能性が他の勇者よりも極めて高い。
「……今何と言いました?」
べリベラ・ベルは困惑するように訊き返した。いつもの修道服姿だが頭巾は外しており、燃えるような赤毛が風に靡いて鬼火を思わせた。そのせいか、問いただす声にもやや迫力が増していた。
「男漁りを止めろと言ったんだ。せめて城門を警護している間は、――って!?」
ボウッと漆黒の炎がべリベラ・ベルの全身から立ち上がった。闇属性の魔力があふれ出ていた。
「今、何と?」
「だ、だから、あんたの悪癖をしばらく封印していてくれって……! た、頼むから落ち着いてくれ! 邪な気配がだだ洩れてるぞ!」
「こ、これは失礼いたしました」
ふう、と感情を制御する。まさかこの程度で逆上するとは思わなかった。
背徳シスターべリベラ・ベル。この女は教会に男を引きずり込んで誑かし、行為に及んで腹上死させることに快感を覚えるというサイコな性癖の持ち主だ。以前、アニもまたその毒牙に危うく掛かりそうになったことがある。
「まさか占星術師様からそのことを指摘されるとは思わなくて」
「あ、ああ」
確かに、他人に最大の秘密を暴露されたのだから取り乱すのも無理はない。アニのほうが配慮に欠けていたと思いなおす。
「これからずっと殿方に愛を説くことを制限されるだなんて。考えただけで禁断症状が出てしまいました」
「そっちかよ! まず性癖がバレていることに驚けよ!」
「そうでした。どうして占星術師様は私の秘密を知っているのですか? 保身を第一に考えるあの神父様が口を割るとは思えませんし。……そういえば、以前どこかでお会いしませんでしたか? そのお声、その体つき。いつか味見した記憶があるような」
味見って言うな……。
べリベラ・ベルが顔を覗き込んでくる。フードを目深に被りなおして顔を背けた。
「占星術を使えばそれくらいわかるんだ。あんたの悪癖のせいで王都の守りに亀裂が入りそうだったんで忠告しに来た」
「そうでしたか。占星術とは奥深いものなのですね。しかし、私が皆様を困らせることになるだなんて到底信じられません。死体の処理や隠ぺい工作は完璧です。私に限って死体が上がるようなヘマは一切致しません。神に誓ってもいいです」
「んなもん神に誓うな」
「ですので、その忠告には従えません。私は殿方との神聖な営みがなければまともに戦うこともできなくなってしまいます。それどころか、生きていくこともできません。どうかお許しください」
胸の前で両手を組み、祈る仕草でセックスさせろと言ってのけた。
敬虔っぽく言うな。誰が許すか。
「あんたはもう勇者なんだ。人目に付くのは避けられない。これまでのようにはいかないんだ」
べリベラ・ベルはしばらく黙り込むと、スッと目を細めた。
「でしたら、お願いがございます。叶えてくださるのなら我慢できます」
「……………………」
嫌な予感しかしない。が、一応聞いておこう。
「何だ?」
「勇者の務めを果たした暁には、私のすべての行いに目こぼしをお与えください」
「……つまり、どんなに人を殺しても罪に問うなってことか?」
「何でしたら男性死刑囚の死刑執行にお役立てくださっても構いません。ある意味シスターらしいお勤めだと思いませんか?」
「合法的な殺人か。いいだろう。それであんたが納得するならな」
べリベラ・ベルは曇りのない微笑みを浮かべた。シスターらしい楚々とした表情だが、交わした内容は醜悪なうえに下品すぎて眩暈がしてくる。
だが、話は付いた。この女もやはり信用ならない。いつどこでタガを外すかわかったもんじゃない。神父同様注意しておかないと。
次だ。




