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フェスティバル①


 ラザイ・バルサ王が退位を表明した後、アニはヴァイオラの許を訪れて提案した。


「戴冠式だと?」


「はい。殿下が王位を継承なさるなら形式にこだわったほうがよろしいかと」


 広いサロンにはヴァイオラの他にも大臣や国の要人が控えていた。彼らにも聞かせるつもりであえてヴァイオラを『殿下』と呼び、敬語で続けた。


「でなければ、国民は納得しません。クーデターと間違われる恐れがあります」


 む、とヴァイオラは眉間にしわを寄せた。


「しかし、今は魔王軍に侵略を受けている最中だ。王宮兵第一兵団は壊滅し、バーライオンという勇者を失った。いつ王都が攻め込まれるかもわからない。式典を開いている場合ではないと思う」


「いいえ、そのような状況だからこそ開くのです。現状に不安に感じている国民は多く、新たな希望を示さなければ兵士たちの戦う気力すら失いかねません。アンバルハルにヴァイオラあり、と謳い、その許にはアテア王女含め八人の勇者がいることを広く知らしめるべきです」


 わざと表情を暗くして、


「正直に申せば、バーライオン率いる第一兵団が壊滅したことで兵力が大きく損なわれました。今後魔王軍と戦っていくためには大規模な増兵を行う必要があります。戴冠式を時機に王宮兵、並びに傭兵の募集を大々的に呼びかけ、十分な支度金を提示して旧体制との違いを示されれば、必ずや殿下の許に多くの兵士が馳せ参じることでしょう」


 商人の勇者ポロント・ケエスが一般人にも武具を普及させたおかげで国民の中にも戦う意識が芽生え始めている。特に【ハザーク砦】周辺の集落を追われた難民は職を求めている。兵士の応募は大量に見込めるはずだ。


 欲を言えば他国から義勇兵を募りたいところだが、この第一章はアンバルハル単体で魔王軍と戦うシナリオになっている。他国が介入し、人魔大戦規模の戦争になってしまえばもはや修正は利かなくなる。他国はまだ様子見に徹している節があり、このまま大人しくしてくれているほうがアニとしてもありがたい。


「他国の駐在大使、外交官にはすでに通達に走らせました。本来なら戴冠式には各国首相をお招きするのが習わしですが、警備上の問題もありますし、それを口実に他国の兵士を入れるわけにもいきません。各国への布達には不躾ながら親書にて済ませるつもりです」


 懐から下書きの文面を記した書状を取り出して見せると、ヴァイオラは苦笑した。


「抜け目がないな。ここまで手回しされては否とは言えん。占星術師の言には一理あるし、何より兵士増強は喫緊の課題だ。それが解消されるなら戴冠式は執り行うべきだろう。大臣、よろしいか?」


 国務大臣の一人が恭しく頷いた。


「早いほうがよろしいでしょう。各教会地区の神父を今すぐ招集し、五日後には式典を開けるよう手配いたします」


「任せた。国中に触れを出せ。アニ、魔王軍が攻め上ってくる凶兆はないのか?」


「ありません。もしあれば、このようなこと進言いたしておりません」


 やや芝居がかった言い回しにヴァイオラは破顔した。王位を継ぐ――そのことに本人が一番慄いている。道化じみていようと何だろうとヴァイオラの緊張が解れるならそれでいい。


「では、皆もそのように頼む。何かあれば私に直接意見してほしい」


「御意」


 反対意見はなく、各々戴冠式の準備に取り掛かった。


(……で、実際のところ、魔王軍は攻めてこないよな?)


 傍らにいるレミィに心中で訊ねた。


(来ませんわ。次の第四ステージ『王都侵攻』の内容はお兄様もご存じのはずですの。城郭の東西南北にある大門にそれぞれ勇者を配置しないかぎりシナリオは進行いたしませんの)


(だよな。こっちの準備が整わないと始まらないステージだ。戴冠式をやる時間くらいは確保できるはず)


(ところでお兄様、戴冠式って何ですの?)


(読んで字のごとく王冠を受け取る儀式のことだ。アンバルハルでは十三ある教会の神父が祈りを捧げて、先代国王の手で新国王に王冠をかぶせるまでが一連の流れだ。この儀式は第一教会内で、関係者だけで非公開で行われる。その後に王宮の広場で国民に即位したことを報告する。簡単に言えば役職の引継ぎ式だな)


(おめでたいことですの?)


(ん? まあ、そうだな。国威発揚にもなるし、当日はお祭り騒ぎになるだろう。ていうか、しないと駄目だ)


(屋台とか出ますの!?)


(出るだろうけど、……って、何でおまえがウキウキしてるんだ?)


(レミィ、お祭り大好きですの! 一緒に屋台を巡りましょうですの!)


(そんな暇があったらな)


◆◆◆


 そして五日後、王都アンハル第一教会で戴冠式が行われた。


 新たに王位を継承したヴァイオラ・バルサは王宮前の広場に立ち、国中から新国王を見ようと集まった民衆に向けて演説した。


「第二王女アテア・バルサが勇者に覚醒して以降、アンバルハルには三人の勇者が現れた。羊飼いのバジフィールド、商人のポロント・ケエス、剣聖バーライオン。彼らの強さは本物だった。直に彼らを見、戦場に同行した人間の中にその実力を疑う者は一人としていなかった。私も含めて。だが、彼らは魔王軍との戦いに破れ散っていった」


 最初こそ新国王の登壇に湧いていた聴衆もこの第一声には沈黙せざるを得なかった。息苦しいまでの静寂が漂い、聴衆の間に不安が伝染していく。


「我々は奢っていたのだ。アテア王女の勇姿に奮い立ち、魔物の群れを殲滅せしめたあの一戦で慢心したと言っていい。今にして思えば、あの魔物の群れは魔王軍が我々の戦力を測るために寄越したものだったのだろう。人類は結束してこそ力を発揮する。それを魔王軍は先の大戦で嫌と言うほど思い知っていたはずだ。現代でもその結束力が健在であることを確認した奴らは卑劣にも詐術を用いて我々の兵力を分断し、三人の勇者を各個暗殺していった。バジフィールドは平原で、ポロント・ケエスは市街地で、そしてバーライオンは敵地に引き入れられて、一対多数という状況に陥れられた。これは勇者の敗北ではない。魔王軍の戦術が一枚上手であったにすぎない」


 魔王軍の策略のように語るが事実は異なる。バジフィールドは単身挑むほかない状況であったが、ポロント・ケエスはむしろ市民を盾にしていたし、バーライオンは一人で特攻していった。が、真実を知る者が仮にいたとしてもこうして全て魔王軍の仕業であったと明言することで疑念を払拭させ、加えて聴く者に光明を示すことができる。


 すなわち、


「――ならば、今こそ我々は初志に立ち返らなくてはならない。勇者の元に一致団結し、結束を強固なものにするのだ。さすれば、魔王軍を返り討ちにできるだろう。臆することはない。アンバルハルに新たな勇者が七人も誕生した。皆、剣姫アテア・バルサに引けを取らない屈強な戦士たちである」


 ヴァイオラの背後に七人の男女が並ぶ。彼らの登場で広場は歓声に湧いた。


「我、アンバルハル王国国王、ヴァイオラ・バルサがここに誓う! 必ずやこの国を守ってみせると! そのためにも諸君らに希う! 今一度、魔王軍との戦いに立ち上がってほしい! 勇気を振り絞り、皆ひとりひとりが勇者となれ! そして国を、家族を、誇りを守るのだ! 奪われた故郷を取り戻せ! アンバルハル王国国民の不屈の精神を今こそ魔王軍に見せつけよ!」


 オォオォ、という聴衆の雄叫びが王都全体に響き渡る。地響きさえ起こした魂の咆哮に壇上にいる勇者たちがむしろ煽られた。


「いっひっひ。……いやはや、これほどの結束力はさすがに馬鹿にできませんねえ。魔王軍が恐れるのも無理ないです」


 悪徳神父サンポー・マックィーンがらしからぬことを言い、槍聖サザン・グレーは鳥肌が立った己の腕を見下ろして息を呑んだ。


「真に驚嘆すべきは、この結束力を生み出した女王陛下だろう。騎士として忠義を誓うのに申し分ないお方だ」


 この演説は国民のみならず勇者たちの結束をも固めたのだった。


◆◆◆


 王都はお祭り騒ぎであった。新しい国王の誕生は、魔王軍が復活して以降初めて訪れた慶事であった。


 王宮前の広場からメインストリートの端にまで露店が軒を連ね、人々がひしめきあい、音楽が奏でられ、王都は活気に満ちあふれた。


 屋台でジャンクフードを買い食いしつつ通りを歩く。


「賑やかで楽しいですわね、お兄様! あ! あんなところに氷菓子が売っていますの! お兄様、レミィあれ食べたいですの!」


「しゃーねーなー。買ってやるよ」


「わあ! お兄様ったらいつになくレミィにお優しいですわ!」


 お祭りだからな。不思議と気持ちも財布の紐も緩むってもんだ。


「でもでも、よろしんですの? レミィとこうして話してたら変な人に思われませんの?」


 レミィの姿は周りからは見えないし、声も聞こえない。レミィとの会話はアニの一方通行になるので、独り言をぶつぶつ言っているようにしか見えないのだ。


「顔を寄せ合っていないと会話もままならないほどの賑わいだ。俺の独り言を気にかける奴がいたとしたら知り合いくらいだろう」


 もちろんテレパシーで会話すれば何の問題もないのだが、こんなときまで周りの目を気にしたくはない。お祭りは大いに楽しまなきゃな!


「お兄様と二人きりのデートは久々ですの! いつもあの王女姉妹がくっついてきやがりますから清々しますの!」


「今日は戴冠式で、あいつらは仮にも王家の人間だからな。しかも一人は国王になったんだ。街中で遊んでいるわけにはいかんだろ。今頃執務で大忙しだろうさ」


「こんな日にお仕事だなんて可哀想すぎますの! クスクスクス!」


「そうだな。こんな日に仕事とか最悪だ。本当に嫌になるぜ」


「? どういう意味ですの? はっ! もしや、あの姉妹とお祭りデートしたかったとか言うつもりですの!? レミィというものがありながらあんまりですの!」


「違う。仕事があるのは俺も一緒ってことだ」


「そうなんですの?」


「そうなんだよ。ただ歩き回っているだけだと思っていたのか? 俺にもやらなきゃならんことがある。今そこに向かっている」


 レミィがわかりやすく頬を膨らませた。


「デートだと思ってたのに! 騙されましたの!」



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