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アニVS剣聖バーライオン③《爆拳》


 全身が痛ぇ……。


 体は治っても痛みは残り続けた。あまりの激痛に眩暈と吐き気を催すが、迫り来る巨漢の影がアニに休息を与えない。


 握りこんでいた拳を開く。


 手の中にあった残骸がパラパラとこぼれ落ちていく。


 布石は打った。


 あとはコイツをどうやって倒すかだ。


「好きにぶち込んできな。どんな魔法だろうと跳ね返してやるぜえ」


 ありがたい。


 こちらの最大火力をどのようにして撃ち込むか、そればかり考えていた。


 奇襲や不意打ちはすでに使った。相手がよほどの馬鹿でないかぎり同じ仕掛けは二度と通用しない。しかも、仮に裏をかけたとしても、ダメージを確実に与えるには触れられる距離まで接近する必要がある。ゼロ距離からの魔法衝撃でないと、おそらく奴の肉体には傷一つ付けられないだろう。


 手段は定まっていた。あとは接近する方法を考えるだけだった。


 バーライオン自ら攻撃を受けると言ってきた。思わずほくそ笑む。強者の驕りほど趨勢をひっくり返す要因はないというのに、こいつは歴史も兵法も知らないらしい。あるいはそれほどまでに勇者の力に飲み込まれてしまったか。


 どちらにせよ、チャンスである。


(ですがお兄様、バーライオンに魔法は通用しませんわ)


 スキル《マジックキャンセル》はどんな魔法も無効化する。


 だが、衝撃だけは伝わるはずだ。それはヴァイオラの部屋から落下したとき、風魔法による攻撃で証明された。風の刃は撥ね退けても突風の推進力までは打ち消せず、そのまま奴は風圧とともに地面に打ち付けられていた。


 つまり、《マジックキャンセル》とは属性による効果を無効にすること。


『火』であれば燃えないし、『水』であれば濡れないわけだ。


 だが、爆発や放水の勢いは通じるはず。それは単純な物理衝突である。属性魔法の一割程度の威力でしかないが、アニの生身のパンチやキックよりかは遥かにマシだ。


 その威力でもって急所を狙う。


 それが今、アニにまかなえる最大火力であった。


(駄目ですの。それでは返り討ちに遭うだけです。死んでしまいますわ!)


(……まあ見てろよ)


 勇者に立ち向かうことだけでも自殺行為なのだ。このうえ勝ちにいこうというのだから、どれほどの奇跡を積み上げたって叶いはしないだろう。


 しかしそれも状況次第。敵対する勇者が油断しきっていて、なおかつ先制攻撃を譲ってくれるとしたら……。本来無かったはずの攻撃の機会を与えられた。この一撃にすべてを賭けることができたなら、あるいは――奇跡も起こせるのではないかっ。


 一撃必殺。


 必ず殺す。


 できなければ俺の負け。


 デッドエンドだ。


(お兄様……。レミィはお兄様と居られてとても幸せでしたの)


(やめろよ、くそったれ。その言葉を言うにはまだ早ぇ――ッ!)


「オォオォオオオォオ―――ッ!」


 拳を握る。この一撃に全エネルギーを集約させる。


 行くぞ!


 まずは《風脚》。風を踏んだ跳躍が瞬時に対象へと肉薄させた。無防備に開いたその懐に飛び込んで、考えうるかぎりの最大火力を叩き込む――!


 拳を振り被ったその刹那、バーライオンの口許が歪んだ。


「――おっと、気が変わったなあ。やっぱテメエ、このまま死ねや」


「ッッッ!?」


 作戦か気まぐれか本当のところはわからない。瞬間的とはいえ、勇者にとっての一秒は気変わりを起こさせるには十分な猶予であった。図らずも騙まし討ちに引っ掛かった憐れな獲物は自ら死地に飛び込んでいく。


 張り詰めた神経がすべての物事を微速度的に映し出す。ゆっくりと進む視界の中で、それでも下からの突き上げは予想外だった。バーライオンの膝蹴りがアニの体を宙に浮かせる。本来、胴体を真っ二つに捩じ切るほどの膝蹴りであったはずが、幸運にも風魔法の残滓をすくい上げるに留め、結果的にアニの余命を長らえさせた。


「往生際の悪ぃ……!」


 バーライオンの舌打ちも激風の煽りで聞こえない。


 ロケットの如く打ち上がりそうになり、咄嗟に腕を伸ばす。


 バーライオンの肩当てに偶然左指が引っ掛かる。左肩の脱臼と引き換えに打ち上げの勢いを殺す。気づけば、巨漢バーライオンの顔面がすぐ近くに――絶好の間合いにあった。最大火力を叩き込む最高の機会が偶発的に生み出された。


(いける――!)


 アニは心中で唱えていた呪文をここぞとばかりに解放した。


 魔法は連続して行使できない。それはRPGにおいて最も基本的な仕組みだ。《二回行動》といった特殊スキルでもないかぎり、キャラが使える魔法は一ターンにつき一度が限度である。


 それを補うものが【補助魔法】だ。肉体強化や魔法耐性、特殊効果の付与などが挙げられる。それらが術行使に掛ける時間は一ターンだが、持続する時間は数ターンに及ぶ。すなわち、時間を掛ければ付与の重ね掛けが成立するということ。


《攻撃力上昇――ッ!》


《防御力上昇――ッ!》


《肉体の部分的強化――ッ!》


《反射の加速化――ッ!》


 さらに、右拳に《付与》を行使!


 与えられた属性が右腕の性質を細胞レベルで書き換える!


 炎を噴き出すマグマの鉄拳――《爆拳/バーストボム》!


(これが俺の、最大火力だァアアア――!)


 最初から狙っていた。唯一、バーライオンがダメージを負った箇所。ヴァイオラの部屋から落下したあと、しきりに気にしていた首筋。違和感を覚える程度の痛みであっても負傷は負傷。耳下の顎骨に渾身の一撃を叩き込む!


 ――――ッッッ!


 手榴弾と化した右腕で、バーライオンの首筋を、ゼロ距離から爆撃した。


 炎属性は無効化されても、爆発の衝撃までは打ち消せない。だがそれは、使用者においても同様だった。炸裂の反動により右腕が真っ黒に焼け焦げる。双方、衝撃の煽りに吹き飛ばされて遺跡の壁に叩きつけられた。


「……っ」


 アニは地面にずり落ちるもかろうじて意識を繋いだ。


 満身創痍――左肩脱臼。右手火傷。右腕裂傷。内臓破裂。後に来る魔法の重ね掛けによる振り戻し。肉体に強化を施しておいたのにまだ足りなかったらしい。おそらく、死に体だ。


 だが、この結末は奇跡以外の何物でもない。生きて立てているだけでも万分の一の幸運であった。


 王宮に戻ればハイポーション系の回復薬を調達できる。そうすれば全部が元通り。


 そう、――バーライオンがこのままぶっ倒れてくれていれば……。


「ウオオオオオオオオォオォオオオオオ――――ッッッ」


 大気を震わす咆哮が遺跡内部に木霊した。


 勢いよく起き上がったバーライオン。しかし、顔の半分が大きく陥没していた。その姿は見るも無惨で、致命傷には至らなかったもののHPは大幅に減少しているはず。


 アニはバーライオンに悟られぬようにこそこそと瓦礫の陰に身を隠す。


(とりあえず、九死に一生を得たな……。それに、あの野郎も無傷だったらどうしようかと思ったが、しっかり効いてんじゃねえか)


(さっすがお兄様ですわ! レミィは信じておりましたわ!)


(嘘つけ。真っ先に諦めやがったくせによ。……しかし、やっぱ一撃じゃ倒せないか。予想はしていたが)


「どこだぁああああ! 出てきやがれぇええ! ぶっ殺してやらァアアアア!」


 バーライオンは半狂乱に陥っていた。闇雲に手を伸ばし、《羅刹破軍星》で生成した武器を振り回す。壁や瓦礫を払い砕き、手傷を負わせた不届き者に天誅を下さんと殺気を振り撒いている。


(これからどうしますの? あのゴリラ、満足に目を開けられないみたいですわ)


 片目は潰され、もう一方の目も血で塗れたのか瞑ったままだ。アニの位置を掴めずにいる。もし冷静さをひと欠片でも残していたならアニの呼気や気配を瞬時に探り当てて、居場所を特定できていただろうに。


 たとえ勇者でも最後に物を言うのは精神力だ。バーライオンは勇者に成り立てで、力に心構えが追いついていなかった。その点はアテアと同じだった。


(勝算はそこにあった。逆に言やあ、それしかなかった)


(お兄様の作戦勝ちですわね! さあ、トドメを刺すのですわ!)


 物騒なことを煽る妖精を無視して、アニはなおも戦況を推し量る。


 今はまだ怒りと、視界を失ったことで我を忘れているが、それも一時だ。ひとたび冷静さを取り戻せばこちらが逆に不利になる。


 アニはもう戦える体ではない。腕すら上がらない状態だった。戦闘にさえならない。


 ならば逃げるか? ……否だ。たとえ逃げられたとして、後日――早ければ明日にでも、立て直したバーライオンに殺されるだろう。バーライオンを倒すには、手傷を負わせた今しかない。今が最大にして最後のチャンスであった。


(トドメは刺す。だが、それをするのは俺じゃない)


(どういうことですの?)


(そろそろだ)


「オオォオォ――――ッッッ、……あ?」


 バーライオンの発狂が唐突に止まった。勇者の直感が暗闇の中から脅威を感知したのだ。


 何者かが地下遺跡を歩いてくる。真っ直ぐ勇者を目指して。


 バーライオンはその脅威に対して神経を研ぎ澄ませた。


「誰だ、てめえ?」


 不規則な足運び。


 カタカタと乾いた音が響く。


 骨同士がぶつかり合うような――否、まさしく骨が軋みをあげる音だった。


 鎧を纏ったヒト型のガイコツが群れを成して現れた!


―――――――――――――――――

 骸骨兵 LV. 30

     HP  600/600

     MP    0/0

     ATK 100

―――――――――――――――――



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