アニVS剣聖バーライオン①怪物勇者
ヴァイオラの居室の窓からバーライオンを抱えて飛び出した。
「お兄様――。このままですと地面に激突してしまいますわ。どうしますの!?」
「……ひとまずバーライオンにダメージを負わせる!」
ともに落下していくバーライオンの胴体に両手をくっ付ける。
「テメッ! 何しやが――」
低位人撃の風魔法――《風撃》!
ドン! と、手のひらから放たれた突風が落下するバーライオンをさらに加速させ――超スピードで地面に激突させた。
ついでに《風撃》は術者の体を浮かし、副次的にアニの落下スピードを遅くした。
「ですが、このまま落ちても大怪我ですわ」
「わかってる! 風魔法連発だ!」
ドン! ドン! ドン!
数メートル落下するごとに勢いを殺し、徐々に地面に近づいていく。
落下による大怪我は免れそうだが、魔法の乱発が体の芯を軋ませた。ピキッと、背骨にヒビが入ったかのような激痛が走る。
「ぐっ」
思わず苦悶の声を上げてしまったが、今は着地に集中しろ!
「ハッ!?」
地面がすぐそこまで迫った刹那、めり込んだ地面からバーライオンがやおら起き上がった。次いで握りしめた拳をアニの顔面目掛けて打ち放つ――!
「オラァ!」
咄嗟に防御した腕の上から殴りつけられた。
「づあッ!」
吹き飛ばされる。王宮の外壁に叩きつけられて意識が飛びかけた。
「がはっ! あ……く……」
や……べえ……。
全身がバラバラに砕けそうだ。片腕一本でどんだけパワーがあるんだ、あいつ。
腕力だけじゃない。バーライオンは立ち上がると同時に首を回して異常箇所を確認しはじめた。見た目にも大怪我を負っているようには見えない。なんというタフさ。四階の高さから高速で落下したんだぞ? 死にはしないだろうとは思っていたが、それにしても頑丈すぎるだろ……。
甘く見てた。これが勇者の力……!
怪物め――!
「痛かったぜ、この野郎」
やたらと首を気にしながら、バーライオンが近づいてくる。
「ヴァイオラとの逢瀬は邪魔された。高いトコから落とされた。ったくよォ、こんなんじゃテメエ、ただ殺したって全然スッキリしねえだろ……!」
勇者スキル発動――《羅刹破軍星》
背中に現れた巨大な鞘から一筋の大剣を引き抜いた。バーライオンの剛力に見合った強力な武具を自在に生成する能力だ。自身の膂力でもって攻め滅ぼすことに悦びを見出すバーライオンに守りを固めるという考えはない。
スキルの銘がそのまま体を表していた。
すなわち、剣先にいるすべてを蹂躙しろ。
「――十回は殺す。ンなこた出来ねえからよお、テメエの家族か仲間か知りあいか。ああ、面倒くせえな。とにかく、手当たり次第ぶっ殺す。いいな?」
「いいわけあるか……っ」
痛みを押して立ち上がる。
大剣を振り被る気配。考える前に風を蹴った。
ドゴンッ!
間一髪、バーライオンの脇をすり抜けて、渾身の一撃の破壊音を背後に聞く。
「―――ッ」
剣技も何もあったものではない。力任せの大振り。刀身を地面に叩きつけるだけの荒業は、一介の剣士であれば未熟と軽んじられても仕方のないほど稚拙な攻撃だった。
だが、ただ振り回すだけの剣技であれ常軌を逸する破壊をもたらしたならば、それは神技と呼んで差し支えない。棒切れで地面を叩き割る人間は紛れも無くバケモノであり、怪力が十全に乗るのならむしろ得物に鋭利さを求める必要はなかった。
石畳の地面が盛り返されていた。斬られる、どころの話じゃない。食らえば原型を失くすほどのミンチされることだろう。まさしく一撃必殺。勇者の名に恥じぬ威力であった。
「ちょこまかと! 逃げるな、チキン野郎ッ!」
あんなもんと正面から戦ってられるかっ!
再び風を蹴ってバーライオンから離れていく。《風脚》を使った足の速さは風と同等の速度をもつ。風を追い越す脚力がなければアニに追いつくことはまず不可能。
三十六計逃げるに如かずだ――!
(お兄様、よけて!)
「え? ―――ッッッ!?」
背中に強烈な一撃が入った。
足許が乱れて前のめりに地面に激突し、滑っていく。
「逃がしゃしねえぞ」
巌の如く硬く重い鉄拳はバーライオンのものだった。
まさか、風よりも速く駆け抜けてきたというのか――!?
あの巨体にこのスピード。戦慄すると同時に、バーライオンとの圧倒的な戦力差に絶望しかける。
得物を用いず、ただ足止めするためだけのパンチング。だが、生身の人間にはそれだけで必殺級の威力があった。
背骨が折れた。
だけではない。おそらく内臓もぐちゃぐちゃに……!
「がはあっ!」
ひきつけを起こしたように吐血した。
「おっとォ! まだ死ぬんじゃねえぞ! オラァ!」
首根っこを掴まれてぶん回される。地面に投げ落とされ、今度は肺が潰れた。
「こひゅ――ッ」
思考が……。
途切れ――、
「だから、死ぬなっつってんだよ」
大剣が右足を押し潰し、切断された。あまりの痛みに強制的に意識を引き戻される。
「があああッッ、あああっ!」
「おうおう、いい声だ。やりゃあできんじゃねえか。――って、チッ。もう虫の息じゃねえか。ちょっとは楽しませろや」
バーライオンは大剣を地面に突き立てると、懐からマジックアイテムを取り出した。瓶のフタを開け、中身をアニの全身に振りかける。
「ハイポーションだ。血が流れている間ならたとえ四肢を切り落としても元通り治せる」
ポーションは本来口から服用するものだが、ハイポーションともなれば自力で飲むことができない相手でも、患部に塗りつけることで同等の効果が得られる。
逆再生するかのように切断した右足が太股から接着していく。接着面に蛆が湧いたかのような感触に総毛立つ。潰れた肺も折れた背骨も同様に不快感を伴いながら修復されていく。
満身は完治に向かっていく。だが、受けたダメージは幻視痛のように残った。
「なんの……つもりだ……」
掠れた声で問う。すると、バーライオンは獰猛な笑みを浮かべた。
懐からさらにもう一本の瓶を見せつけて、
「つまりだ、最低でもテメエをあと二回は殺せるってこった」
処刑は続行する――と、無慈悲な宣言をするのだった。
◆◆◆
大地をどよもす苛烈な猛攻は、庭から離れ敷地の外へと向かっていた。
王宮の庭園は大嵐に蹂躙されたような有り様で、平時の絢爛さは見る影もなくなっていた。ケイヨス・ガンベルムは破壊の跡を辿ってアニとバーライオンの後を追った。
一刻を争う事態であると悟り飛び出したので、ヴァイオラから事の経緯を聞く暇がなかった。しかし、状況証拠からの推測は立つ。王女のあられもない姿、逃げる占星術師とそれを追う勇者。アニを助けろとヴァイオラが言うからには、狼藉を働いたのは間違いなくバーライオンのほうだろう。王女からの信任を得ている占星術師がここにきて愚行に及ぶとは思えない。
事態が収束した暁にはバーライオンの極刑は免れないだろうが、しかし相手は勇者。どう遇するのが国益に繋がるかと思案する。また、占星術師を利用しようと画策した矢先であったため、その回り合わせの悪さにも思わず舌打ちしてしまう。
(悪巧みしようとするとすぐこれだ。都合よく行かないものだよ、まったく)
占星術師は殺させない。しかし、勇者を御しつつ彼を救い出すことははたして可能か。説得するより方法はないが、気性が荒いと評判のバーライオンにはたしてそれが通じるものか。想像しただけでその途方のなさに辟易する。だが、やるしかない。
「……地下遺跡のほうに向かっている?」
先日潜った地下遺跡までの距離感はいまだ体に残っている。ガンベルムの思い過ごしでなければ、ふたりは確かに地下遺跡を目指している。
(――いや、誘導しているのは占星術師。ということは、これは意図しての逃走?)
その意図するところの真意までは掴めないが、経路を辿るだけで占星術師が何やら企んでいるらしいと読み取れた。もはや空っぽの地下遺跡で何をしようというのか。ガンベルムが【ハルウスの遺体】を回収したことを占星術師は気づいているのか。そのことで占星術師の企みを阻害しはしないだろうか。気になることだらけだ。バーライオンの脅威に立ち向かうのはいまやガンベルムも同じだが、この状況をにわかに楽しみ始めている自分もいた。
(一体何を見せてくれるんだい? 占星術師アニ)




