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獣慾


 時は遡り――。


 食堂を抜け出たバーライオンは、とはいえすぐに王女の居室を目指したわけではない。仮にも騎士を名乗る手前、王宮内で無作法を働くわけにいかない。また、相手は女でしかも卑しからぬ身分だ、相応の身支度は必要であろうと井戸水を頭から被っていた。思考までも泥酔していた。


 だが、水を被ったおかげでいくらか酔いは醒めた。


 それでも昂ぶった欲情は抑えきれず、誇りや理性を押してでも王女を手に入れたい欲求が上回った。勇者に覚醒したことにより尊大さが助長されていた。


 どんなに足掻いても生まれは変えられないと絶望したことがある。


 しかし、――俺は勇者に選ばれた。他ならぬ神の意思によってだ。ならば、望むことすら不敬であった王族の地位を略奪して何が悪い。おそらくは、神はそれすら許容している。


 后に相応しいのはヴァイオラしかいなかった。アテアはまだ幼すぎるし、何より勇者だ。自分よりは劣るだろうがあの力は脅威である。ひとたび争えば力加減を間違えて殺しかねず、そうなると略奪がスムーズに進まなくなる恐れがある。


 理想は祝福された王位継承。


 ヴァイオラを心身から屈服させ、魅了し、言いなりにできれば最良。気位が抜けないようなら恐怖で縛り付けてもいい。……想像し、一物の昂ぶりが一層強まった。


 王宮を歩き回ったのは初めてのことだった。おかげで王女の居室がわからず、出くわした警備兵から無理やり場所を聞き出さざるを得なかった。うっかり殺した警備兵の死体が発見されるのも時間の問題。騒ぎが大きくなる前に事を済ましておかなければ。


 居室前で寝ずの番をしている衛兵たちを一瞬で叩きのめす。


 時間は掛けられないが王女に暴れられても面倒だ。押し入るのではなく面会したいと言ってドアを開かせた。このとき幸運だったのは、数時間前にバーライオンに対して待機を命じたことをヴァイオラが気に留めていたことだ。反対に、苦情を言いにきたバーライオンに斟酌する度量を持ち合わせていたことがヴァイオラにとっての不運であった。


「王女殿下、折り入ってお話が」


「わかっている。下の会議室で待っていてくれ。すぐに行く――」


 わずかに開いたドアに片足を滑り込ませ、力尽くで開け放つ。後ろへよろけるヴァイオラに引きこまれるようにバーライオンもまた中へと侵入し、――後ろ手にドアを閉めて鍵を掛けた。


 これでもう邪魔者はいない。


 王女とふたりきりだ。


「――ッ。どういうつもりだ、バーライオン……ッ!」


「どうもこうもねえんだよ、殿下。俺が頭にきてることくらいわかんだろ。その憂さ晴らしだよ」


 普段軍服を着て凛々しいヴァイオラも、公務から解放され自室で寛ぐときは至って女性的で滑らかな布地を纏っていた。破きやすそうな生地に嗜虐心がうずく。


 袖から覗く肌は白くてキメ細かく、十分に大人の色香を漂わせていた。アテアに比べると胸は小ぶりだが、下半身の肉付きにはそそられるものがあった。思わず舌なめずりしてしまう。


「ついでに殿下のことを体の隅々まで知っておきたくてな。仲良くしようぜ。朝までな」


 のし、と一歩近づくとヴァイオラの表情が凍りついた。ようやく事態を察したようだった。


 ヴァイオラは飛び退くと、壁に掛けてあった長剣を手に取り鞘から引き抜いた。


「無礼者! きさま、自分が何をしているのかわかっているのか!?」


「状況を理解するのはあんたのほうだぜ。女の細腕で斬りかかったところで、俺にはかすり傷一つ付きゃしねえよ。もっとも、野郎が相手でも結果は同じだがな。俺を止めたければ勇者か魔王を連れてきな」


「……ヤッ!」


 寝台際まで追い込まれたヴァイオラが、覚悟を決め臣下を傷つけんと剣を振り上げた。大振りだが太刀筋は良い。その実力を中堅兵士並だと見て取ったバーライオンは初撃を甘んじて受け止めた。


 ガキィン!


 鋼がぶつかりあう音が響く。――しかし、ヴァイオラが斬りつけた箇所はバーライオンの首筋。決して人間の肌が打ち鳴らしていい音ではなかった。鋼鉄か何かでできているのか――ヴァイオラの驚愕した瞳からそんな心情が読み取れた。


「いい一撃だ。強烈すぎてテメエの手のひらまで痺れてんじゃねえか。そら、剣を放すなよ」


「あ、くう……ッ」


「オラッ!」


 バシッ、と軽く叩くとヴァイオラは呆気なく剣を取りこぼした。


 慌てて拾いにいくヴァイオラ。隙だらけだが好きにさせておく。屈んで突き出された尻に劣情が込み上げる。


 再び剣を振ってきた。今度は受け止めることもせず紙一重でかわしていく。勢い余って壁を斬りつけ、その衝撃にヴァイオラの顔が歪んだ。


 隙あらばヴァイオラの髪を掴んで引き倒す。そのたびに苛立たしく立ち上がるヴァイオラがこの上なく可笑しかった。


 テーブルを蹴り、調度品をひっくり返し、床の敷物を乱れさせた。

 激しい運動と身に迫る恐怖。

 額に汗が浮き出て、頬を滑り落ちていく。


 ヴァイオラは気づいていないのだ、暴れれば暴れるほど自身からフェロモンが分泌されていることに。行為の前戯であるかのように、ヴァイオラの必死の抵抗がバーライオンの昂ぶりを加速させていく。


「もう気が済んだろ。そろそろやらせてもらおうか」


 あごを掴み、寝台に突き飛ばした。


「キャ――ッ! っ……、やめ」


「やめるわけねえだろ」


 馬乗りになり両手を拘束してもなおヴァイオラは抵抗してきた。あまりに鬱陶しいので頬を叩く。萎えるので顔に傷を付けたくなかったが、口を切ったのか血を滲ませた。それでも、キッ、と睨んでくる瞳にぞくぞくさせられる。――なんていい女だろうか。どうにかして悲鳴を上げさせたくなった。


 衣服を引き裂き、乳房が露わになった。


「イヤアッ!」


「そうだ。それでいい。おら、もっと泣け。俺を楽しませろ!」


 いい夜だ。これほどの上玉をいただく機会なんてそうはない。


 ここから俺の覇道は始まるのだ。


 しかし、


「ヴァイオラ、無事か!?」


 占星術師の登場によりおあずけを食うことになる――。



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