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地下迷宮


 王宮の地下通路をランタンの灯り一つで歩いていく。


 装備品を持たずに無用心に進んでいく。ここは正規版のゲームだと物語の中盤あたりで解放されるダンジョンとなる。【ハルウスの遺体】が安置された地下迷宮。隠しダンジョン扱いで、もちろん攻略可能だが、踏破して得られるアイテムが【ハルウスの遺体】だけというただ時間を無駄にするだけのしょーもないダンジョンだ。


「【レアアイテムハンター】の称号を得るには【ハルウスの遺体】は必須アイテムでしてよ? お兄様」


 背中の翼を優雅に羽ばたかせて、レミィが俺の眼前を泳ぐようにして浮いている。


 ったく。コイツが寄越す情報はいっつも的外れで使えねえ。


「んな称号いらねえんだよ。なんだってこうやり込み要素が多いんだ、このゲームは。使えもしねえコレクション集めて何が楽しいんだ?」


「でも、お兄様も一度はコンプリートなさったんですわよね? アンバルハル王国の王宮地下にこのような隠しダンジョンがあると知り、そこを攻略する流れにはさぞ興奮したんじゃありませんの? ねえねえ?」


「……便利なアイテムか強力な幹部が封印されてっかもって思えば、たしかに多少はやる気にもなったが……」


「ほうら、やっぱり! お兄様も男の子ですわね! お可愛いこと!」


「でもな、結局出てきたもんが使えもしねえレアアイテムだったときには本気で頭にきたぜ。俺は無駄足を踏まされるのが一番嫌いなんだ」


「あらあら、一番嫌いなものが多いですわよね、お兄様ったら。――で、そんな攻略しても意味のないダンジョンにどうしてまたやって来ましたの?」


「攻略することに意味はないが、ダンジョンに入ることには意味があんだよ」


 いずれ王宮も、この地下迷宮も、魔王軍のものになる。


 当然、妹もそのことを知っている。ここに何があるのかもな。


「【ハルウスの遺体】はこの際おまけだ。魔王軍に明け渡す前に、ここにある宝箱は全部回収しておく。毒消し草とかポーションとか角笛とかだ」


 それ自体は大したものじゃない。だが、どれも手に入れようとしたら金が掛かる代物ばかりだ。


「アイテムをタダで手に入れられるんだ、みすみす逃しておけるかよ」


「セコイですわ、お兄様!」


 うるせえ。


 せこかろうが何だろうが、こういう地道な努力が大事なんだ。


 俺はずっとそうやってきたからな。


 努力家なんだよ。本当はな。


◆◆◆


「――あらかた回収できたか」


 ここにはモンスターがいないからドロップアイテムは無いし、ほぼ一直線なので宝箱の見落としもない。


 あとこの先には【ハルウスの遺体】が眠る封印の部屋があるだけだ。


 任務完了。


「レアアイテムがまだですわよ」


「だから、いらねえよそんなもん。それに、封印の部屋は呪われている。闇属性のトラップやモンスターで溢れかえっているんだ。今の俺だと開けた途端にバッドエンドだ」


「そうなんですの? トラップの中身も知っているのでしょう?」


「知ってるからこそ無理だとわかるんだよ。危険を冒してまで欲しいものでもないしな。無理はしないさ」


 レアアイテムなんざ妹にくれてやるよ。


「――」


 踵を返しかけて、ふと足を止める。


 何か……引っかかる。


「? どうかしましたの? 地下迷宮の奥をそんなまじまじと見つめて」


「いや……。別に」


「なんなんですの?」


「なあ、レミィ……。【ハルウスの遺体】をアイテムとして使うことはできない。そうだな?」


「――はい。プレイヤーは【ハルウスの遺体】を使用することはできません。【ハルウスの遺体】は観賞用アイテムです」


「……」


 ただの気のせいであってくれればいいが。


【ハルウスの遺体】……か。


 何かいやな予感がしやがるぜ……。


◆◆◆


 地下迷宮から抜け出し、ヴァイオラに会おうと王宮に入りかけたときだった。


 入り口で門番に突然槍を突きつけられた。


「占星術師アニ! あなたを拘束いたします!」


 衛兵がぞろぞろと出てきて取り囲まれる。


 俺は観念して両手を挙げた。


「……で? こりゃどういう了見だ?」


 衛兵の一人が代表して口にした。


「王宮会議の決定です。あなたには、勇者ポロント・ケエスに民衆を操り自爆を促す《催眠》行為をなさしめるよう煽った『煽動罪』の嫌疑が掛けられています」


「へえ」


 なるほどな。ポロントに助言したのはたしかに俺だし、ポロントの卑劣さが噂になるように仕向けたのも俺だ。その成果を容疑者にされたことで知れたってのは皮肉な話だが、展開的には俺の望んだとおりに進んでいる。


「俺がいつどこでポロントを煽ったって?」


「……ポロント・ケエス氏が殉死した今、確たる証拠はありません。しかし、あなたのような危険人物を自由に出歩かせるわけにいきません」


 もっともな判断だ。大臣どもめ、少し見直した。俺がその立場でもアニみたいなヤツを野放しにしておかない。口実なら状況証拠だけで十分だしな。


「ヴァイオラ付きを外されたときから予感はしていたが、目的は拘束だけじゃないんだろ? 俺をどうする気だ? どこに連れていくつもりだ?」


「王宮内の一室にて勾留させていただきます。期限は決められておりません」


「無期限か。それも見張り付きなんだろ? ひでぇ話だ」


 だが、即逮捕としないところに何がしかの躊躇が見られる。ヴァイオラへの配慮か、忖度か。あるいは――俺に対する評価で議会が割れたか?


「占星術師殿、どうか従ってください」


「……」


 場の緊張感が増す。衛兵たちは俺の反応を固唾を飲んで見守っている。


(お兄様、どうなさいます? 今のお兄様でしたらこの衛兵たちを簡単にぶっ飛ばすこともできますわよ)


(……おまえ、俺を何だと思ってやがる。ンなことできるか。大人しく拘束されてやるよ)


(よろしいんですの? いくら王女が味方だからといっても王宮会議で決定されたことを覆すことは容易ではありませんわ)


(だろうな。それに、たぶんヴァイオラがいない席で決められたことだろう。アイツが知ってたら真っ先に俺に知らせるはずだから)


(なおのことピンチじゃありませんの!?)


(別にいいさ。これを機にしばらく休暇を取るのも悪くない)


(お兄様?)


 一度転がりはじめたら止まらない坂道の石。最初の押し出しに時間と労力が掛かったが、転がってしまえばあとは放っておいて構わない。自然と勝手に速度を増していく。


 それが戦争ってやつだ。


【商業都市ゼッペ】での戦いで大多数の国民の意識は変わった。これを元に戻すことはもうできない。


 勾留されている数日間でおそらく予想通りの状況が出来上がるはずだ。


 俺はただそれを待つだけでいい。


「今までが働きすぎだったんだよ」


「何?」


 独り言を聞いた衛兵が眉間に皺を寄せた。


 思わず苦笑する。こいつらにレミィは見えていないのだ。


「なんでもない。ほら、さっさと連れていけ。ヴァイオラには内緒なんだろ?」


「王女殿下にはあなたを勾留した後にお伝えします」


「そりゃ賢明だ。でなきゃうるせえもんな、アイツ。早く行こうぜ。王女殿下に見つからないうちに」


 抵抗する意思はないと受け取ったのか、突きつけていた槍が下ろされた。


 縄で縛るような無粋もなく、丁重に身柄を拘束される。


 こうして俺は王宮内の離れの一室に軟禁されることになった。



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