シミュレーションパート
チュートリアルも終わり、ゲームもようやく本編が開始された。
お兄ちゃんがゲーム世界に転生したとかびっくり仰天な展開もあったけれど、一応理解はできている。
私はお兄ちゃんが転生したキャラを見つけ出し、殺さなくてはならない。
でないと、今の引きこもり生活があえなく終了してしまう。
何としても阻止しないといけないのであった――っ!
「……うーん、なんだかなあ。私の目的ってちゃちくね?」
一旦冷静になって事態を思い返してみると、なんとも馬鹿馬鹿しい気持ちになる。
でも、お兄ちゃんを成仏させてあげることにも繋がるんだし、ま、一丁やってやりますか。
さてさて。ゲームを進めていく前に、少し見当をつけておこうかな。
お兄ちゃんがどのキャラに転生したのか。
お兄ちゃんが好きに選んで転生できるのなら絶対強キャラを選ぶと思うんだけど、チュートリアルを見るかぎりそんな感じはしなかった。
だって、ただの村人をレベルアップさせる必要ないじゃん? 私に対する嫌がらせっていうなら、その強キャラで登場して無双すりゃあいいんだし。わざわざ正体を隠したのは弱いキャラだからじゃないかなって。
ん? 待てよ。
お兄ちゃんのことだから、裏の裏まで考えてくることもありえる?
まあでも、アンバルハル王国領内にいるキャラであることはほぼ確定的。でないと、アコン村の村人を強くするなんてできないもんね。
第二章以降に出てくるキャラでそれができるのは……アンバルハルの隣国にいるキャラか、国を持たない流浪の民・エトノフウガ族くらいかな。
でも、たぶんもっと身近なキャラだと思う。
「お兄ちゃんの正体って、ヴァイオラのような気がする」
超強キャラな上に王女という立場でもある。
アコン村を従えるのは簡単だろう。
「あー、でも、そうするとお兄ちゃんが言ってたことと矛盾しちゃうなあ。お兄ちゃんは、国のトップや軍団長まで頭が悪い、みたいなこと言ってたもんなあ。それってヴァイオラのことかも。となると、ヴァイオラの親友であるリリナが怪しい? うーん、でもでも」
まだお兄ちゃんの転生先を絞り込むには情報が足りなさすぎる。
でも、当たりくらい付けておかないと。ちょっとした情報もスルーするのは危険だ。
「まあ、とりあえず、ヴァイオラが怪しいってことで一応注意しておこっと」
そんじゃ、ゲームを再開しますかね。
おっと、そうだった。せっかくお兄ちゃんと殺しあうんだし、ディスプレイが小さいままだとちょっと迫力に欠けるよね。テレビに繋いで大画面で続きをしよう。
……お兄ちゃんと殺しあうかあ。言ってて、あんまりピンとこないなあ。
私にとってコレってやっぱり、所詮、ゲームでしかないんだ。
◇◇◇
ここからはシミュレーションパートだ。
大画面に現れたのは、ここで初めて登場するキャラクター。魔王の側近で、物語の目的と進め方を説明し始めた。
側近の悪魔【不死影アーク・マオニー】が少年らしい可愛い声で言う。
『魔王様♪ 魔王様♪ 見てください! これがこの世界の現在の地図。そして人類どもの生息分布図ですよーっ!』
七つの地域に、六つの国。
五つの人種に、五つの亜人種。
それらを統括する唯一の神都。――そして、神。
世界地図には国名と人種の分布が刻まれていた。序盤なので一瞬しか表記は映らないが、ステータス画面から世界地図を広げれば詳細に閲覧できる。クリアデータを引き継いでいるので、一切漏れがない完璧な世界地図がすでにあるのだ。あとで確認してみよっと。
『魔王様には【偵知】と【侵攻】と【調達】と【軍議】の四つから行動を選んでもらいます♪ 詳しいことは選んだ先できちんと説明するから今はこれだけ覚えておいてくださいね♪ 世界征服へ向けて一緒に頑張りましょう、魔王様!』
二周目なのでルールは完全にマスターしてるから、改めて説明を聞く必要はないかな。ここからの会話は全部スキップしてしまいたいところ。
あ、でも、お兄ちゃんが転生したことで、ルールの改変があるかもしれないんだ。
もしそうだったら命取りになる。
面倒だけど、側近悪魔の話にしっかり耳を傾けよう。
『どこから侵略します? あっちかなー♪ こっちかなー♪ ボクね、ボクね、人間どもがくたばるところ早く見たいんだーっ♪ ね? ね? どこにします? まずどこを滅ぼします?』
無邪気な顔してえげつないことを訊いてくる悪魔シッポの男の子、アーク・マオニー君。
いわゆる御伽衆で、魔王の女房役ってところね。そして、プレイヤーへの解説役であり、特殊スキル・千里眼を駆使して同胞の動向を掌握し魔王を補佐する参謀でもある。
実をいうと、性別不詳なので女の子である可能性も捨てきれないんだ。フリルいっぱいのドレス姿を披露したイベントCGまであるし。なぜか存在する入浴シーンでは胸までタオルで隠していて、それでネットは一時紛糾した。
最終的には『少年、ときどき、男の娘』で一応の決着がついたらしい。女の子の可能性を何が何でも認めたがらない人たちが勝ち取ったこの世の真理であるとかなんとか。ワケがわからないよ。
『アー君』という愛称で知られるこのキャラは、ナマイキ盛りとわかるつり目に、けれども笑ったら八重歯が覗く愛らしさを湛えており、加えてハーフパンツにサスペンダー、そしてワイシャツに蝶ネクタイという貴族感あふれる出で立ちで、さらに魔王に対してはヤンデレ設定という、なんというかもう〝詰め込んできたなー〟という感じである。
これで実は、結構重要キャラなのだ。魔王が復活するよりも先に目覚めていて、魔王を閉じ込めていた『魔封鏡』を壊したのがこの子だった。そのことも後々解放される隠しシナリオで明らかにされる。
私にショタ趣味はないんだけど、人気になるのもわかる気がする。実際、この子メインのサブストーリーは感動もしたし面白かったんだ。
でもなー……
ちょっとでもコントローラーの操作を止めて数十秒放置しておくと、
『もーっ、聞いてます? 魔王様ってばーっ!』
ほら。こうやって声をかけてくるんだけど。
若干うざいんだよなー。
ゲームの進行役でもあるから、シミュレーションパートでは常に登場するのだ。そのたびにはしゃいだ声を上げるもんだから、攻略に神経を尖らせているようなときはかなりイライラさせられるんだ。
できることなら消してやりたい。オプション設定画面のどこかに【アーク・マオニー 非表示】とかないものか。
『行動を選択してください、魔王様♪』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【偵知】
マップ上に現れる光点の地名と詳細を幹部に調べさせる。
偵知に送っている間、その幹部は使用不可となる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【侵攻】
マップ上に現れる光点のうち、地名が判明している箇所を侵攻する。
侵攻に送った幹部を操って戦闘パートのクリアを目指す。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【調達】
マップ上に現れる光点のうち、地名が判明している箇所で調達を行う。
道具・魔物・情報など。調達に送っている間、その幹部は使用不可となる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【軍議】
〈引見〉幹部にまつわるイベントシーンを閲覧。魔王への忠誠心上昇。
〈演習〉特殊戦闘パートをこなし、レベル上げを行う。
〈指令〉ミッションシナリオ。ミニゲームをこなしてアイテムゲット。
〈錬金〉手に入れた道具を掛け合わせてマジックアイテムを生み出す。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これら四つのコマンドに加え、【次のシナリオに進む】というシミュレーションパート強制終了ボタンが画面上に現れた。
選択回数には制限があるらしい。
でも、数えたことはない。大抵やることに飽きて【次のシナリオに進む】を選ぶから。コマンドの種類によってまちまちなんだろうけど、たぶん、10~20回くらいなら一つのコマンドを繰り返し行うことができるはずだ。
しかし、回数を考慮しないでいい加減に選択していると、幹部を【調達】に送っている間に次のシナリオが始まって戦いに参加させられなくなった、なんていう惨事が偶に起きてしまうことがある。
【次のシナリオに進む】際は、幹部が揃っていることを確かめておかなければならない。
それが【魔王降臨】攻略の最低限の必須事項。幹部不在で戦闘が始まっちゃえば私に手出しのしようがない。それだけは気をつけなくっちゃ。
だって、やり直しは利かないから。
一応言っておくけど、このゲームにセーブ機能はない。
確認してみたんだ。お兄ちゃんに脅されていたけれど、なんとなく電源を切ってみたのだ。お兄ちゃん死なないかなー、って思いながら。
でも、やっぱりと言うべきか。もう一度電源を入れてみたら、切ったところからリスタートされたんだ。タイトル画面に戻ることもできない。つまり、セーブはおろかロードもできないってわけ。
徹底してるなあ……
ま、物理的に破壊しない限りデータが消えないっていうんだから、そのことに関してはなぜか安心しちゃったんだよね。これポータブルだから関係ないけど、突然停電食らってパソコンが落ちたときのあのショックを知ってればそう思うよね。
ということなんで、おトイレ行っている間やお風呂に入っている時間に電源を切っていても問題ないってわけ。あと、ゲームを全クリするまで何十時間も可動させ続けてたら、ゲーム機本体が熱で壊れるっつーの。それを回避できるように配慮したことについてだけは、お兄ちゃんを褒めてやってもいいかな。
お兄ちゃんは相変わらず死ねって思うけど、ゲームに罪はない。
すべてのゲームがこうだったらいいのになあ。……セーブ&ロードがないのは困るけどね。
おっとっと。脱線しちゃってた。
さてと。それじゃあぼちぼち始めますか。
◇◇◇
まずは【偵知】から。情報が無ければ【侵攻】も【調達】もできないし。これには生き残っている二幹部、【鬼武者ゴドレッド】と【殺戮蝶リーザ・モア】を一気に投入する。
【鬼武者ゴドレッド】には西邦ダカルマイルを、【殺戮蝶リーザ・モア】には南海沖を調べさせる。
実はコレ、プロローグで三幹部が進言した内容が伏線になっている。台詞にあった地域を調べさせると【軍議】コマンド内にある【指令】に新たなミッションが追加される。
覚えてるかな?
ゴドレッドが言った台詞がこれ。
『魔王様、西邦ダカルマイルの辺境に魔族の戦士が封じられた洞があります。まずは彼の地へと赴き同胞を救うことが先決かと。成功すれば軍団の士気も上がりましょう』
そんで、リーザが言った台詞がこれ。
『魔王様、南海沖に難破船を発見いたしました。船内に生きた人間がいるとは思いませんが、積荷が何であるか早急に調査する必要があります。如何なさいますか?』
私はまずこれらのミッションを達成したい。
ダカルマイルのミッションをこなせば新たな幹部が仲間になるし、南海沖の難破船を調べれば超レアアイテムが手に入るのだ。簡単な戦闘パートもあってレベル上げも一緒に行えるので一石二鳥。ゲーム二周目だからこそできる効率的な采配だ。
あと、【黒騎士アディユス】の台詞にあった北国ラクン・アナの魔石鉱山も後で調べるつもり。【調達】してきた道具を使ってマジックアイテムを錬金するには、掛け合わせる道具の他に【魔石】も必要になるからだ。
ちなみに、【錬金】にはあと一つ【レシピ】が必要になるのだが、そこは二周目の強み、クリアデータを引き継いでいるので大抵の【レシピ】はすでに揃っていた。情報だけは、いわゆる【強くてニューゲーム】状態だ。お兄ちゃんがプレイして手に入れたと思しき見たことない【レシピ】まであるのは癪だけど、ハンデってことで大いに活用させてもらいましょう。
ゴドレッドとリーザを【偵知】に向かわせたので、操れる幹部はすべて不在。帰ってくるまでプレイヤーにやれることはなくなった。できることと言えばせいぜい【軍議】の【引見】を選択して、幹部との日常イベントシーンを閲覧することくらいだろう。幹部はいま【偵知】に出しているので本来なら不在だが、【引見】は思い出の回想のようなものだから問題なく魔王と幹部の交流が楽しめる。忠誠心が上がるので閲覧しておいて損はない。
ゴドレッドとリーザ・モア、二幹部の魅力を掘り下げる二つのシナリオ。
「アディユスが居たらもっとよかったんだけど。まあでも、このふたりのシナリオも結構面白いし、もっかいちゃんと観ておこっかな」
ゲームは始まったばかりだ。
ずっと力んでいても疲れるだけなので、少しの間お兄ちゃんとの勝負のことは忘れて、今は初心にかえったつもりで物語の世界に没入するとしましょうかね。
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