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幕間『英雄ハルウスの遺体』


【商業都市ゼッペ】陥落の報は、瞬く間にアンバルハル王国領全土に広まった。


 ただ、その内容は些か王宮側を貶めるものであった。


 曰く、ラザイ・バルサ国王には危機意識が足りず、王宮兵を出し渋り、ゼッペの人民を徒に犠牲にした。


 また曰く、王宮兵は我が身可愛さにゼッペの人民を盾にして敗走した。武具を持たぬ者、老若男女問わず、赤子すら投擲用の弾として利用され、ことごとく命を落とした。


 この大敗はそもそも王宮の慢心と怠慢が原因なのではないか。


 憎むべきは魔王軍だが、王宮への不満は国民の間で爆発的に高まっていった。


「みんな、武器を持て! 自分たちの命は自らの手で守るんだ!」


「ヴァイオラ様が正しかったのだ! 腐敗した王宮は要らない!」


「大臣を更迭しろ! 旧時代の日和った王宮議会を廃止しろ!」


「軍閥の復権を!」


「英雄ハルウスの復活を!」


「アンバルハルに闘う意志を!」


◇◇◇


 ゼッペは陥落したが、武具の流通の基盤はすでに出来上がっている。商人と客がいる限り、武具を買い求める動きが止まることはない。


「占星術師殿の目論みどおりに国が動いておりますな」


 王宮兵千人隊長のリンキン・ナウトが言った。


 横を歩く王族護衛騎士団団長、ケイヨス・ガンベルムは鼻で笑った。


「ゼッペでの負け戦すら計算のうちなのだとしたら恐れ入るがね。自らの評価を落としてまで軍拡を推し進めてくれているのだから、我々にとってはありがたい存在だよ」


「この状況は偶然だと?」


「それはそうだろう。でなければ今、占星術師がヴァイオラ様の側近から外されるはずがないのだよ」


 占星術師アニには商人ポロント・ケエスを唆した疑いが掛けられており、それが晴れるまでヴァイオラ王女殿下の従者から外されることになった。それまで正式な官職になかったので外すも外さないもないのだが……。


 意外だったのが、占星術師アニがこの決定を進んで受け入れたことだった。おかげで、ヴァイオラ王女殿下は見るからに意気消沈しているという。


「どうせ占星術師は、ゼッペで完勝し商人どもを味方につけ、あわよくば軍閥に自分の席を作ろうと企んでいたのだろうよ。欲をかいて我が身を滅ぼすとは、智者を名乗る者としては三流なのだよ」


「……占星術師殿もついにボロを出しはじめましたか。王女殿下を謀ろうとした罰でありましょうな」


「然り。――もっとも、占星術師が裏でコソコソしていればこその結果ではあるがね。せっかく占星術師が失敗してくれたのだ、我々はその尻馬に乗ろうではないか」


 王宮を糾弾する声は王都でも起こり始めていた。飛び火して、貴族階級への不平不満が平民から湧き出しており、閑静な第一教会地区でも蜂の巣を突いたような騒ぎが局所で巻き起こっていた。役立たずの貴族はじきに淘汰されるだろう。これからは軍人貴族が求められる時代になる。兵士の地位が上がり、人気が高まれば、この国は強くなる。相対的にケイヨス・ガンベルムとリンキン・ナウトの評価も高まるだろう。


 王宮の地下通路を歩いていく。かつん、かつん、と足音が大きく反響している。地上の騒ぎはここまで聞こえてこない。


 ランタンの灯をかざすと、一本道はずっと先まで続いていた。


「とはいえ、占星術師をこのまま退場させるつもりはないのだよ。国を動かしつつあるのは事実だ。ヴァイオラ様からの信も得ている。もう少し好き勝手にやってもらえると、こちらとしても裏で動きやすい」


「今このときのように、ですな」


「うむ。新たなアンバルハル王国は犠牲なくして生み出されない。占星術師はその礎の一つになるのだよ。――さて。そろそろ目的地に着く頃合だよ」


 ここ地下通路は、現在では王族さえ知らない、歴史からも忘れ去られた遺跡であった。


 騎士の家系であり、百年以上も昔から王族に仕えてきたガンベルム家には、王都アンハルが建設された当時の記録が残っていた。


 百年前に勇者の遺物が封印されたとする文献を見つけたのは偶然だった。


「アテア様が【英雄ハルウス】の鎧を纏われた。そのときにね、ハルウスの遺物は他にもあるのではと閃いたのだよ。あれば国宝として飾り国威発揚に利用するものを、そうしていないのは紛失したからに他ならない。あるいは、故意に隠されたか、だ。そこで思い至ったのだよ。王宮の地下に眠る遺跡の存在にね」


「このような地下迷宮があったとは、私も初耳でありました」


「私も迷信だと思っていたのだよ。幼少の頃に父上から聞かされたときからずっとね。だが、王宮の地図をよくよく見てみれば、不自然な空白が敷地の隅に存在していたのだよ。なんのことはない、それこそが地下への階段を埋めて隠した跡だったのだよ」


 ケイヨス・ガンベルムたちはその階段を下りて、こうして地下通路を探索していた。


「ここだよ」


 足を止める。灯りを照らすと、行き止まりと思っていた壁は鋼鉄の扉であった。


 王家の紋章が刻印された扉。


 方角と歩数から計算して敷地の外に出ているのは間違いない。


 こうまでして隠していたものとは何か。


 なぜ英雄の遺物を封印せねばならなかったのか。


「ここを開けたら魔があふれだすかもしれないね。どうするね? リンキン・ナウト」


「……元より覚悟の上での同伴ゆえ、気持ちに変わりありません。それに――」


 振り返る。ここにやってきたのはケイヨス・ガンベルムとリンキン・ナウトのふたりだけではなかった。


 ケイヨス・ガンベルムが連れてきた若者は鬱屈した表情を浮かべていた。それはこの地下通路の暗闇に怖気づいてのものではない。いついかなるときでも彼はこのような翳りを漂わせていた。


 ケイヨス・ガンベルムの弟子、【魔術師ハルス】だ。


「まだ見習いだがね。闇属性の魔法に関してはなかなか優秀だ。低位地撃魔法である《ディスペル》を修得したのでね、呪術的な気配があればその子が打ち払ってくれるのだよ」


「ガンベルム殿も光属性の使い手。万が一もありえぬと心配しておりません」


 ハルスの実力は未知数だが、ケイヨス・ガンベルムの力量は信頼に値する。その彼が推す逸材なのだから心配するだけ無駄だろう。


「くっくっ。貴公は相変わらず面白い。その豪胆さこそ千人隊長に相応しい」


「恐縮です」


「さて、行くとしよう。この扉の向こうに秘宝が眠っている――といいのだがね」


 扉を押し開ける。キィイイイイイイ――と音を立てて、暗闇よりもなお暗い漆黒が三人を迎え入れた。


◇◇◇


 結果だけ言えば、そこに眠っていたのは英雄ハルウスの遺物ではなく、【遺体】そのものだった。ハルウスの故郷に伝わる民族衣装を身につけた白骨体が台座に横たわっていた。


 台座に近づいたとき数々の呪いに襲われたが、ハルスの機転で呪いを回避し、ケイヨス・ガンベルムは【遺体】の回収に成功した。


「ガンベルム殿、その【遺体】をどうなさるおつもりですか?」


 ケイヨス・ガンベルムはほくそ笑む。


「私はね、【英雄ハルウス】の冒険譚が子供の頃から大好きだったのだよ。ハルス、君もそうだろう? 村ではハルウスの生まれ変わりだと持て囃されていたそうじゃないか。憧れないはずがない」


「……」


 ハルスは答えない。それを肯定として受け取った。


「私は【英雄ハルウス】になりたかったのだよ」


(幕間 了)


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