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王の器


 たかが『人間爆弾』程度ではリーザたちは止められない。


 グレイフルの言葉にポロントは圧倒され始めていた。


「くっ……」


 ステージ後方にいる幹部たちがいまどういう状況にいるのか、ポロント・ケエスはおろかグレイフルにすらわからない。だが、グレイフルの自信に満ちあふれた宣言は、ポロントを大いに焦らせた。今にも魔王軍幹部が現れるのではないかと気が気でなくなった。


 時間の浪費はポロントをますます窮地に追い込んでいく。


「ふっ……」


 ……いや、まだ窮地とは呼べないはずだ。


 少なくとも、目の前の女王蜂に比べて自分はいまだ優位に立っている。グレイフルは罠に掛かったまま、生命力も残り少ない。自爆攻撃をあと数回喰らわせればそれで片がつくのだ――


「……ひとまずあなたを殺すことにします。後のことはそれから考えるとしましょう」


 最悪のケースは追いついた敵にグレイフルを回復されることだ。ここまで弱らせた魔王軍幹部を見逃すこと以上の失態はあるまい。


 確実に殺すのだ。一匹ずつ殺すのだ。


 行くぞ。


「退路はない、という話ですけれど」


 いざ号令を出そうとしたそのとき、グレイフルが間合いを外すようなタイミングで話しはじめた。ポロントは思わず振り上げた手を止める。


「なに?」


「わらわを阻むものなどありませんわ。わらわが歩けば木々も壁も魔王様であっても横に退いてくれますわ。わらわに支配されたい者たちがわらわのために道を作ってくれますの」


「何を言って……」


「王とはッ!」


 一喝が大気を震わす。


 思わず口をつぐんだポロントを一瞥し、グレイフルは一歩を踏み出す。


「家臣を導いてこそその存在が輝くのですわ。ただ従わせるのではなく、あまねく憧憬を集めて、受け止め、陶酔させなければなりませんの。それこそが王たる者の器量。王としての最低限の資質ですわ。ご覧なさいな。わらわは歩くだけで民を跪かせられる」


 何を、と再度口にする前に、ポロントはありえない光景を見た。


 グレイフルの眼前を囲んでいた人垣が、さっ、と左右に割れ、グレイフルに頭を垂れてその場で跪いたのだ。勇者スキルで完全に支配下に置いていたのに。浮浪者たちはポロントの命令を無視して、ただ通りすぎる女王に順番に叩頭していく。


 固有スキル《王台》は、テリトリー内にいる敵を一時的に味方にしてしまう能力である。グレイフルにだけは逆らえず、グレイフルのために回復や補助魔法をかけてくれる。グレイフルを王と認めさせられているのだ。


 支配欲を刺激する、それは女王特有のフェロモンだった。


「宝石に目が眩んだのなら、それ以上の輝きを見せ付ければよいだけのこと。金に目が眩んだのなら、それ以上の価値を見せ付ければよいだけのこと。知るがいいですわ。金銭には替えられぬものがこの世にはあるということを!」


 グレイフルの全身が黄金に輝いた。


「それが王! それが威光! それがわらわ! ですわ!」


 グレイフルの背後、跪いていた浮浪者たちがまるで女王蜂の配下の如く整列する。グレイフルと同じ方向を向き、グレイフルの号令を待っている。


 すなわち、――魔族に仇なす敵を討て。


 形勢は逆転した。ポロントは自ら用意した爆弾に囲まれてしまった。


「うぐぐ……! ま、まさか、こんなことが……っ!」


 だが、勇者スキルはいまだ健在。現状、グレイフルの支配力が上回っているが、女王蜂から距離が離れれば離れるほど効果は薄まるはず。スキルテリトリーの外に身を置けば、浮浪者たちもポロントへと到達するときには正気を取り戻すことだろう。そこへ勇者スキルを重ね掛けすれば、自陣に引き戻せるに違いない。


 この戦いはすでに、金か貫禄かを競う偉力戦争の様相を呈していた。


 どちらの威光がより浮浪者たちを従わせられるのか。


(面白い……! 心も命も金で買えるのです! それを証明しましょう!)


 ポロントが集めたこともあり、浮浪者たちの数は半端ではない。魔法攻撃を仕掛けてもどうせグレイフルの盾になるし、今や弱りきったグレイフルはポロントがしたのと同様に浮浪者たちに人間爆弾になるよう命じるはずだ。


 ならば考えるまでもない。背中を見せて後退した。できるかぎりグレイフルから距離を取り、従者と化した浮浪者たちが懐に飛び込んでくるのを待てばよい。それだけで再び形勢は逆転する。


 そのはずだった。


 ポロントは二つ大きな勘違いをしていた。


「敵に背中を見せますの? 所詮は商人。戦はてんで素人ですわね」


 背後。耳元で囁かれた。


(え? いつのまに?)


 機動力があり移動距離も長いグレイフルならば人間の足に追いつくなど一瞬で事足りる。


グレイフルの傘の先がポロントの片足を貫き、捻じ切るようにして破壊した。


「ぐぎゃああああああああああッッッ!?」


「わらわを侮りすぎましたわね。貢がせるのは主義ですが、目にした獲物は手ずから狩りたい性分でしてよ」


 でなければ、開始早々単独で突貫したりしない。そのことすら失念してしまったポロントの完全なる油断であった。


 千切れた足を押さえてのたうち回る。今の一撃で溜飲を下げたのか、グレイフルは追撃してこなかった。その目つきは羽をもがれた虫を見るかの如くだ。


 ポロントは怯えた。痛みに悶絶しつつも、反対に思考はクリアになる。絶体絶命の事態の中で一筋の活路を瞬時に見いだした。


 トドメを刺してこないグレイフルの隙を衝く――


 さっさとトドメを刺せばいいものを。その余裕ぶった態度が命取りだ。


 転げ回るフリをしつつ、グレイフルとの距離を詰める。勇者スキル《クラウドコマース》の射程範囲内に入る。前回のようにおまえを操ってやるぞ、女王蜂――!


 今だ――


 宝具が空中に展開される。


 ポロントはすかさずグレイフルに向かって手を伸ばし、


「――――は?」


 しかし、空振りに終わった。


 グレイフルはすでに射程範囲の外側にいた。彼女の姿は従者にした浮浪者たちの輪の中に入っていって見えなくなる。代わりにポロントの目に飛び込んできたものは、のろのろと回転しながら放り込まれた、いくつもの歪な形をした赤い石――【炎の化石】だった。


 ポロントの眼前に落下したソレらは、轟音を伴って激しい爆炎を吹いた。


「ッッッ!?」


 爆発の衝撃をもろに受け、ポロントの体がごろごろと地面を転がっていく。


 ポロント・ケエスにダメージを与えた!

『55』


「な、なん、だとぉ……!?」


 投げたのはもちろん浮浪者たちだ。自爆用にと持たされた【炎の化石】を胸元から取り出して、手のひらの上でもてあそぶ。――その目はポロントにのみ狙いを定めていた。


「ば、ばかな、女王蜂ぃいい! き、きき、きさまぁあああ!?」


 二つ目の大きな勘違いとは、――グレイフルはそもそもポロントと同じ土俵の上で争ってなどいなかった。


「金では買えないものもある。――よろしくて? どんなに不恰好で役立たずであっても、無駄なモノなどこの世にはありませんの。どのような存在も一度失くしてしまえばそれきりですわ。お金でも魔法でも復元できないものばかり。――使い方、考え方次第ですわよ。それがわらわとあなたとの決定的な違い。奴隷にも役割はありますし、それは人間であっても同じことですわ。わらわのためになると言うなら、大切に愛して差し上げますわ」


 王と商人の立場の差。世界を丸ごと欲する強欲とは、ありのままを許容する器量の大きさとも直結する。他人を蹴落とすことも厭わない商人とは初めから次元が違うのだ。


 それは、従者への命令にも表れていた。


「あなたたちの命はすでにわらわのモノ。死ぬことは許しません。敵のみ殺してしまいなさいな」


 振りかぶり、一斉に【炎の化石】を放り投げた。


「ま、待って――」


 ポロント・ケエスは泣き笑う表情のまま、瞬く間に大爆発に巻き込まれた。


 ポロント・ケエスにダメージを与えた!

『52』

 ポロント・ケエスにダメージを与えた!

『53』

 ポロント・ケエスにダメージを与えた!

『52』

 ポロント・ケエスにダメージを与えた!

『52』

 ポロント・ケエスにダメージを与えた!

『55』

 ポロント・ケエスにダメージを与えた!

『53』

 ポロント・ケエスにダメージを与えた!

『57』


 焦げ臭いニオイが周囲に漂う。ひとが焼かれたときの異臭ほど耐え難いものはない。


 グレイフルは不愉快そうに眉をひそめた。


 気持ちのいい勝利とは言えなかった。


 最後まで胸糞わるい戦いだった。


「この者たちは戦利品としていただいて参りますわ。――さようなら。ポロント・ケエス」


 もはや人型をしただけの、顔貌すらわからなくなった消し炭にそう言い捨てると、グレイフルは浮浪者たちを引き連れて大通りを闊歩していく――



【勇者ポロント・ケエス――死亡。】


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