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勇者シナリオ④『商人ポロント・ケエス』


【勇者シナリオ④が解放されました】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 『勇者シナリオ④【勇者覚醒――商人ポロント・ケエス】』を閲覧しますか?


 ◇はい

  いいえ

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


◇◇◇


 父は生粋の商人であり、それ以外の道を示すことがなかった。故に、ポロント自身が骨の髄まで拝金主義に染まったのも当然の成り行きと言えた。


「この世の全てが誰かしらの所有物だ」


 父が真面目くさった顔をして言う。


 なるほど。確かにそれは頷ける。いま住んでいる家の中にある物は家主である父の所有物である。外で目にする家や土地は大半がそこに住む者が所有している。町は領主の物であるし、遠くの山々もきっと誰かが所有する土地だ。川や森といった共有資源は国が管理しているため、国の所有物。空も、『領空』という観点から国の物と言えるだろう。


 知識や発明などの非有体物にだって特許や著作権がある。まさしく、万物は支配権から免れることができないのだ。


「では父上、人間も何かの所有物なのですか?」


「然り。子は親の所有物だ。それを保証するものが『親権』。労働者は経営者の所有物だ。『支配人』という言葉がいみじくもそれを表している。税金で食わせてもらっている者は民の物であるし、この社会の恩恵を受けている者は挙って国の物である。王とて民の物。それを不敬と感じるならば、承認した神が所有者と考えればいい。支配する者とされる物。要は表裏一体ということだ」


 神もまた信仰する民によって支配されている、とも言えるのか。


 この世界は支配に満ちている。


「ま、神は導きはすれど救いはしないがな。信仰によって手前勝手に支配されているのはむしろ人間たちのほうだ。ポロントよ、信仰で食える飯には限りがある。だが、金には無限の力と可能性がある。金さえあればどんな事物も思いのままだ。衣食住を確保できるのは当然として、飢餓も病も争いも罪過も虚飾も色欲も労役も何もかも解決する。他者を救うことだってできる。

 だが、金が何かを導くことはない。導くのは常に金を扱う者だけだ。誇りも命も、愛や魂さえも、売り物として消費される。金を稼げ。支配者になれ」


 それが普遍の幸福だと父は説き、そういうものかとポロントは納得する。


 金が人を支配する。


 その理からは何人たりとも逃れることはできないのだ。


◇◇◇


 父が事業で失敗した。


 信頼していた部下にも裏切られ、なけなしの資金まで持ち逃げされた。膨れ上がった債務を期日中に返済できなければ破産である。物乞いに落ちるだけならまだいい方で、鉱山などで死ぬまで働かされることにもなりかねない。


 もちろんその咎は家族にも及んだが、ポロントは父の負債額を確認すると、その日のうちに各所に全額返済した。趣味で興した事業のいくつかを売り払ったのだ。趣味とはいえ儲けが出ていただけに惜しくはあったが、家名に傷が付くことを回避できたと思えば安いものだった。資産を切り崩すのは一時の損失でしかないが、家名の評判は未来永劫付きまとう。新たな事業を興しても経営者に信用がなければ取引すら満足に行えない。いや、会社を興すための融資さえ受けられない可能性だってあるのだ。信用とは挽回したとき初めて復活するものだが、一度でも信用が失墜すれば挽回の機会すら与えられなくなる。たとえ父の過ちであってもポロントは我がこととして尻拭いせざるを得なかった。


「おおっ、ポロントよ。さすが私の息子だ。よくぞ家名を守ってくれた! これでまた再興できる!」


「ポロント? 違います。私のことは『旦那様』とお呼びなさい」


「な、なに?」


 父は目を丸くして驚いている。


 何を驚くことがある。あなたが教えてくれたことではないですか。


「これより、あなたは私の所有物です。私が肩代わりした借金の分、あなたは私に奉仕する義務がある」


「なっ!? き、きさま、親に向かってなんたることを!?」


「あなたは言った。子は親の所有物である。そしてこうも言った。支配する者とされる物は表裏一体であると。もっとも、こちらはあなたの尻拭いをしたのです。感謝されこそすれ恨まれる謂われはありません」


 親であろうと子であろうと金銭が絡めば赤の他人。金とはそういうものだ。人を救っても導かない。どころか、簡単に人との縁を切ってしまえる非情の剣。その鋭利な輝きに魅了されたからこそ父は商人のなんたるかをポロントに叩き込み、そしてその思惑どおりにポロントは剣を手にする道を選んだ。


 このようなひとでなしに作り上げたのは他ならぬ父ではないか。


「さあ。馬車馬の如く働いてもらいますよ。自由が買えるその日まで」


 その後、父は思いのほか使えなかったので坑夫として鉱山に売り渡した。


 一文の得にもならなかったと嘆息し、残念に思ったのはそれだけだった。


◇◇◇


 自他共に認めるひとでなし。守銭奴。金の亡者。


 そんな私が『勇者』ですか?


 神よ、正気ですか?


 夢の中でお告げを聞いて、目覚めたときに覚醒したことを実感すると、ポロントは皮肉めいた笑みを口許に刻んだ。


「いいでしょう。一つ勇者という仕事に勤しんでみようじゃありませんか」


 興味もありますしね。


 世界を救った暁には、一体どれほどの対価が支払われるのか。


 今から楽しみです。


(勇者シナリオ④ 了)



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