再戦!双子エルフ
一方、ポロント・ケエスは迫り来る女王蜂の姿を視界に認めて、ほくそ笑んだ。
「単身向かってくるとは。前回操られたというのにまだ懲りていないようですね」
王宮兵と魔導兵たちだけではやはりあの女王蜂は止められなかったか。だが、そのおかげで敵は勢いづいている。おそらくこの首のみを狙ってくる。
試してみるか。
「エルフのお嬢さん方。向かってくるあの敵に攻撃を仕掛けてください」
そう言うと、脇に控えていたエウネとハウリが猛然と振り返った。
「そんなの聞いてない! そもそもエウネたちはただの道案内! そのお役目はすでに果たした! どうしてエウネたちが一緒に戦わなければならないのか!?」
「ハウリも聞いてない! いまあんなのに攻撃したらハウリたちが狙われる! お役目はすでに果たした! 今度はおまえがハウリたちを守る番! いい!?」
「よくありません。お嬢さん方は今日まで私の屋敷でたっぷり食っちゃ寝していたではないですか。その対価としてきっちり働いていただきます。それとも滞在費を全額お支払いしていただけるとでも?」
「えうっ!」
「はうっ!」
双子は清貧を尊ぶ【エルフの森】で育ち、たまに人間のいる町へ出ても、配給制度が敷かれた北国ラクン・アナ領内では焼き菓子のひとつもまともに目にすることがなかった。
【商業都市ゼッペ】にやって来て一月余りが過ぎた。それも大商人ポロント・ケエスの商館に逗留していれば、嫌でも商品の菓子類を目撃する。世界中から取り寄せた甘い甘い嗜好品。物欲しそうに見ていれば大抵ポロントが恵んでくれた。今思えば、あれは間違いなく餌付けであった。というか、本当は気づいていた。気づいておきながらあえてどっぷり甘味に溺れていた。至福であった。
値段こそ知らないが、食べた分量を考えたら到底支払いきれる金額でないことくらい双子にもわかっている。それを楯に取られると弱かった。
「エ、エウネたちは賓客だ! もてなすのがおまえの仕事だろう!」
「そうだそうだ!」
少しでも優位に立とうとする双子の幼稚ぶりに、ポロントは思わず笑いを噛み殺した。
「それならそれでいいとしますが。しかし以前、こうも言っていませんでしたか? 自分たちの身は自分たちで守る。私の世話にはならない、と。こちらのことはどうお考えで?」
「言葉の綾だ!」
「そう、それだ!」
「わかりました。でしたら、どこへなりともお逃げなさい。私の勇者スキル《クラウドコマース》が解けるのならね。さあ、どうしました? 行ってよいのですよ? さあ!」
「うぐぐぐぐ……」
「ぐぎぎぎぎ……」
エウネとハウリには事前に勇者スキルを掛けて身体を操っていた。意思に反してこの場に立っているのはそのためだ。
「さあ、攻撃してくるのです。大丈夫。きっと彼女はあなたたちを見逃してくれますよ」
「そんな保証ない! デタラメ言うなっ!」
「そうだそうだ! もし嘘だったらおまえの命を貰うぞ! いい!?」
「それは結構! お嬢さん方がもし生きていられたら私も無事でいられるわけですね。皆が幸せになれる最高の結末です。試してみましょう」
「ハウリのアホ! どっちにしろエウネたちが命を賭けることになったじゃないか!」
「そうだった! ち、違う! ハウリたちは戦いたくない! いい!?」
「私の能力でステータスを向上させました。さあ、お行きなさい」
「い、や、だ、ぁ、ああああああああ!」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいん!」
勇者スキルの強制力に抗えず、双子エルフは同時に駆け出していた。
迫り来るグレイフルに弓とナイフを構えて迎撃態勢に入る。
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エウネ LV. 13
HP 287/287
MP 49/49
ATK 35
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ハウリ LV. 13
HP 302/302
MP 31/31
ATK 42
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ステータスの向上。
エウネとハウリの攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、素早さ、力、技、精神力、危機回避能力、運のよさがそれぞれ70%ずつ上昇した。
「こ、これは……ッ!?」
「力があふれてくる!」
全身が光り輝き、勇者の加護を受けていることを実感する。
これなら、あるいは――
お互いに顔を見合わせて頷き、倒すべき敵を見据えた。
徐々に近づいてくるグレイフルの憤怒の形相。目を真っ赤にさせてポロントをのみ睨みつけていた。
エウネとハウリは同時に思う。
(それでも勝てる気がしねえ――――ッ!)
一度抱いた恐怖心はそう簡単には取り除けない。グレイフルはまさしく双子にとって天敵と化していた。
だが、ハウリはギュッと唇を噛み締めて覚悟を決めた。
「エウネッ、やるしかない! いい!?」
「……ッ!? わ、わかった! ここで迷ってたらそれこそ危険!」
「全力で!」
「全力で!」
エウネは駆けながら弓に矢を番える――
ハウリは駆けながらナイフを構える――
「全開に!」
「全開に!」
魔法力を解放。魔力のエネルギーを噴射に変えて、地面を蹴る力を増幅させた。勇者スキルのドーピングがもたらした急加速であった。
瞬く間に、グレイフルの間合いに飛び込んだ。
「全一へ!」
「全一へ!」
「――ッ!?」
グレイフルは突如として現れた(それまで視界に入っていても意識すらしていなかった)双子に、一瞬目を奪われた。双子が左右に分かれて通り過ぎたのだ。
すれ違いざま二人ともと目が合った。
エウネは空中前転しながら矢尻をグレイフルの後頭部に狙いを付ける。
ハウリは体を真後ろに半回転させながらナイフを正確無比に投擲した。
幹部級の魔物の肌すら切り裂くナイフは、ハウリの魔力を込めれば岩や鉄さえ貫通する。切っ先が滑らかにグレイフルの後頭部へと吸い込まれていく。
――無論、気づかぬグレイフルではない。振り返らずともナイフを叩き落すことなど造作もない。だが、双子の絶技を前回見たことで、屈辱的ではあるが万全の注意を払うと決めていた。双子の行動は連動する。単独かと思いきや、そこには必ず伏線が敷かれている。
振り返る。後頭部を狙ったナイフはこのほど眉間を目指してくる。掴んで投げ返そうか。叩き落として続く弓矢の攻撃に備えようか。瞬時に選択肢が脳裏を過ぎる。それだけの余裕がグレイフルにはあった。
しかし次の瞬間、グレイフルは目を剥いた。ナイフが急加速したのだ。すでに放たれた物体が途中で加速するなどありえない。魔力噴射を遠隔で行ったのならそれも可能だが、飛んできたナイフには『強化』以外の効果は込められていなかった。急加速の原因がナイフにもハウリにもないとするなら、答えは一つだ。グレイフルからは物体同士重なり合って見えなかったが、ナイフの柄の底を叩いて押し出したのはエウネの矢だった。ナイフ投擲に数瞬遅れて矢を放ち、飛んでいくナイフの柄の一点に中ててのけたのだ。エウネの技量。まさに神業。双子の高度なシンクロ率が再度グレイフルの命を脅かす。
掴むにしろ叩くにしろ、ナイフを取りにいく手のひらの軌道から外れ、懐に侵入してきた必殺の一投。
避けきれない……ッ。
グレイフルは観念し、――あえて当たりにいった。
ナイフを歯で噛んで受け止めた。その衝撃で首が胴体から千切れそうになるが、耐え切れないというほどの威力ではない。咥えたナイフを、プッと吐き捨て、グレイフルは双子の奇襲を見事凌ぎきってみせた。
ところが、
「――ッ!?」
右足に違和感を覚えて見下ろすと、太股に矢が深々と突き刺さっていた。
エウネの矢だ。ハウリのナイフを押し出した後、落下軌道に乗ったままグレイフルの足に命中したのだ。偶然か? いや、違う。これこそが双子の狙い。後頭部を狙ったナイフと急加速を加えた奇策はすべてこのための囮――その位置にグレイフルの足を残しておくための布石であった。
致命傷には程遠いが、足止めするには十分な一撃。
ポロント・ケエスを轢殺する勢いを、この一手によってまんまと殺された。
「……」
グレイフルは直立したまま、太股から矢を引き抜いた。矢尻には血液のほかに肉片までがこびり付き、その形状の残忍性を物語る。本来であれば雁首が引っかかって体内から引き抜くことさえできないものだ。無理やりに引き抜いたせいで血が噴出し、純白だったドレススカートの右半分を真っ赤に染め上げた。
大した痛みではなかったが、グレイフルは静かに激昂する。
一度ならず二度までも、あの双子エルフに屈辱を味わわされた。
今ここで殺すのは容易い。感情に任せて暴れ狂えばこの怒りも多少は収まることだろう。
だがそれは、主が求めていることに反する。
「――」
グレイフルは矢を槍のように投擲した。双子が立っている位置の、丁度真ん中の地面に突き刺さる。すると、グレイフルの魔力が込められた矢は暴発し、周囲に衝撃波を撒き散らした。
「わっ!?」
「ぎゃ!?」
超突風に至近距離から晒されたエウネとハウリは、あえなく吹き飛ばされた。気圧が吹き抜けた地面はひび割れ、建物にまで到達するとその壁に窪みを作った。双子は窪みの上からさらに押し付けられる形で潰される。やがて突風は強風程度にまで減退し、間もなく消えた。エウネとハウリは瓦礫の中に崩れ落ちた。
「きゅー……」
「きゅー……」
命に別状はない。ただ、圧倒的な脅威に戦意を喪失し、死んだフリをしているが……
「このくらいで勘弁してやりますわ」
ひとまず溜飲を下げたグレイフル。
立ち止まってしまったが、魔王の命令どおりポロント・ケエスの命のみを狙う。
グレイフルはもう走ることもせずに、優雅な足取りで真っ直ぐ勇者に近づいていく。
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グレイフル LV. 11
HP 174/402
MP 75/75
ATK 83
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ポロント・ケエス LV. 12
HP 800/800
MP 200/200
ATK 12
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