第二十三話 刻まれた使命
――アンブロシウス・メインストリート――
朝霧たちは来た道を引き返すように大通りを歩く。
現在の目的はカジノに行くためのドレスの購入だ。
「……あ! マズイよ、フィオナ!
私たち……ドレスコードの詳細聞いてない!」
「そうだな……まぁ、問題無いさ。」
焦る朝霧とは対照的に、
フィオナは落ち着いた口調でカバンの中を漁る。
彼女が取り出したのはこの街の観光パンフレットだ。
「領主邸を改築した大型カジノホテル。
そんな名所が観光ガイドに載ってない訳が無い。
しっかりしたガイドブックなら、恐らく……」
あった、とフィオナは声を漏らす。
その指が指し示した先にはドレスコードの記述もあった。
「フォーマルな格好なら良さそうだな。
しかし……急いで購入しても昼になってしまうな。」
フィオナは地図上の洋服屋に目を通す。
オーナーと会えるのは彼がカジノに現れる
午前中の部と夜の部のたった二回のみ。
だが、どれほど近くの店に駆け込んだとしても
午前の部には間に合いそうには無かった。
「つまり……我々は夜の部まで待たなければならない。」
フィオナは愛用のレザーグローブを捲り、
腕時計の文字盤で時間の計算を行った。
彼女の割り出した、夜の部までの待ち時間は……
「八時間……といった所か?」
「八……! 結構長いね。」
朝霧はそのあまりの長さに面を食らう。
すると、それに呼応するように彼女の腹が鳴る。
「っ……! ……お昼だね。」
「フッ、腹ごしらえにしようか。」
二人は道沿いに食事できる場所を探して歩き始めた。
――カフェ――
メインストリートに沿って立地しているこのカフェは、
その大きな道に向け広いテラス席を展開していた。
道行く観光客の気を引くような、オシャレな雰囲気だ。
そんなテラス席に一組の男女が座っていた。
女の方は目の前に置かれたケーキを写真に収め、
男の方はそんな彼女を眺めていた。
「なぁ、俺たち本当にここにいて良いのか?」
「んー……? んー。」
「この広いアンブロシウスで合流出来んのか……?」
「うん。んー……? うーん。」
「聞いてんのか?」
「うん? あぁゴメン、何て?」
男は呆れて大きなため息をこぼす。
対して女は未だケーキに夢中となっていた。
「おい……朝霧と違って俺たちは観光じゃねーぞ?」
「知ってますぅー! けどせっかくの行楽地!
思い出の一つくらい作ったっていいでしょ?
それに案外、ばったり会えるかもよ?」
「……ったく。そんな簡単に合流出来たら苦労しねぇ――」
「――あれ!? アリスに……アラン!?」
男は聞き馴染んだ声に反応し首を回す。
そこには探していた仲間の姿があった。
「あー! やったぁー、朝霧さん!」
「おいおい、マジかよ……」
――――
朝霧たちのもとに合流したのはアリスとアランだった。
四人は席を囲みながら真剣に情報の交換を行った。
「朝霧さん! ここの料理可愛くないですか!?」
「なるほど……つまり本部からの援軍と言う訳か。」
「ホントだね! この乗ってるお菓子は何て言うの?」
「えぇ……ドレイクさんたち三番隊を中心に、
別都市にいた二番隊員と俺たち二人の計五十六名が……」
「そういえば朝霧さん! あそこはもう行きました?
アンブロシウスのパワースポット兼デートスポット!」
「…………えー。計五十六名が増援として……」
「いや、それはまだかな? どういう所なの?」
「えー、ですから……」
「それはですね! 絶景の雲海が見れる――」
「――うるせぇええッ!!」
遂にアランの堪忍袋の緒が切れた。
朝霧とアリスは萎縮するように口を閉じる。
ため息を吐きながらアランは再び話し出す。
「えーと。何処まで話ましたっけ?」
「『援軍で来た』。」
「あーはい……俺たち二人はドレイクさんの指示で
お二人と早急に合流するようにと言われました。」
朝霧とフィオナは顔を見合わせる。
その疑問に答えるようにアランは続けた。
「アンブロシウスに着く直前……
俺たちを乗せた飛行機が――襲撃を受けました。」
「は!? 誰に!? まさか……魔王軍!?」
食い入るように朝霧は問いただす。
だがその質問に答えたのはアリスだった。
「魔王軍の方がよっぽどマシです。
私たちを襲ったのは……アンブロシウスの守護者です。」
「「!?」」
アリスは事の経緯を話始めた。
数時間前、アリスたちを乗せた封魔局専用機は
まっすぐアンブロシウスを目指していた。
しかし、入港目前というところで彼女は現れた。
アンブロシウスの守護者。
彼女は空を飛び封魔局員たちを乗せた飛行機を襲う。
それは明確な敵意を持った攻撃であった。
「ドレイクさんが機外へ出て応戦しましたが、
このままでは墜落という所まで追い込まれました。」
そこでドレイクは隊員たちの着陸を優先した。
即ち、アンブロシウスの守護者を引き付け
その間に仲間を逃したのだ。
「隙を見て指示を飛ばすと……そのまま……
守護者を巻き込んで……落下していきました。」
アンブロシウスは高度八千メートルの空にある。
そこからの落下、普通ならば死んでしまう。
だが、それを聞いてもフィオナは冷静だった。
「なるほど……ドレイク隊長らしいな。」
「心配じゃないの? フィオナ?」
全然、と言いたげにフィオナは笑みを見せた。
彼の事を心から信頼しているのだろう。
無事であると確信しているようだった。
「他の増援メンバーの指揮は誰が取っている?」
「三番隊員のアレックスって人に……」
「彼か、なら向こうは問題無いだろう。
むしろ……守護者を追う我々の方が危険か?
なるほど。それを見越しての君たちか。」
ドレイクの指示の意図。
アリスとアランを合流させた真意を読み取る。
そして次に、朝霧の顔をまじまじと見つめた。
「さて、アンブロシウスの守護者。
彼女は我々を敵と見なしたようだ。
このまま追跡を続ければ、襲われるかもしれないぞ?」
これは『確認』だ。
強大な力を持つ守護者との戦闘。
その覚悟が朝霧にあるのか、の。
朝霧は脳裏に浮かぶ死者に誓うように決意を固めた。
「当然……! 望むところよッ!!」
――とある家屋――
物が乱雑に散らかった部屋。部屋そのものは大きいが、
床に散らばった紙と壁を覆う張り紙が閉鎖感を与える。
「はぁ……はぁ……どこだっけ?」
そんな紙の一枚一枚を女は手繰り寄せ覗き込む。
特定の何かを探すように目を血走らせる。
「強かった……あの金髪の炎使い。あれは敵?
私は合ってる? 正しいの? 私は……何?」
検索、該当なし。検索、該当なし。検索、該当なし。
床には情報が無かった。ならば壁か?
貼り付けられた紙に目線を移し、検索する。
だがやはり――該当なし。
「――ッ!?」
女は背中に痛みを覚えた。と、同時に安心を覚えた。
あぁ、そうだったと呟くと彼女は鏡の前に立つ。
そして服を脱ぎ去り背中を鏡に向けた。
正しく、彼女に刻まれた情報を見て安堵する。
そこに書かれた言葉は――
「『メセナ。汝こそアンブロシウスの守護者なり』。」
女は自分の名前と、その身に刻まれた使命を思い出す。
「識っている。少し忘れていただけだ。
僕は――アンブロシウスの守護者だ。」