第二十ニ話 ドレスコード
朝霧たちはホテルの内部へと入っていった。
出迎えたエントランスは正に絢爛豪華。
高い天井に吊り下げられた綺羅びやかなシャンデリア。
敷き詰められたカーペットからは特有の香りもする。
壁には恐らく水流操作の魔術で彩られた水の装飾。
しなやかに流れる水のカーテンを宝玉がさらに彩る。
芸術性の塊のような、正に高貴な装飾だ。
(うわー……お金掛かってそう……)
目に映る魔法の奇跡に圧倒されながら
朝霧は内心でそんな事を考えていた。
すると前を行くフィオナが声を掛ける。
「間違い無くホテルだが、
同時に領主邸の要素も多く含んでいる。
恐らくだが……元領主邸なのではないか?」
「……なるほど?
元々領主邸だった建物をホテルにしたってことね。」
朝霧は装飾の派手さ、高貴さに納得がいった。
領主邸として利用されていた建物をホテルにすれば
付加価値も含めて十分なセールスポイントになる。
「なら……ここに領主の弟がいても……」
「あぁ、不思議では無い。」
そう言うとフィオナはまっすぐ受付に向かう。
彼女は身分を明かし、領主の弟について問うた。
「領主の弟様? それでしたら存じていますよ?」
「! で、その人は今何処に?」
「このホテルにいらっしゃいますよ。
なにせ、あの人はこのホテルのオーナーですから。」
「「――!?」」
朝霧たちは驚愕した。
てっきり目的の人物はこのホテルの一室を
借りる形で生活をしているのかと思ったからだ。
なにせ相手は元領主家。いわば没落貴族だ。
しかし、その予想に反してその人物は
ホテルのオーナーまで上り詰めていた。
朝霧は身を乗り出して受付に頼みこむ。
「今すぐ繋いでください……! お願いします……!」
「か、かしこまりました。」
朝霧の熱量に押されるように受付は電話を掛けた。
コールが二回も鳴らないうちにそれは繫がる。
「エントランスです。オーナーに繋いで……
え? はぁ……承知いたしました。」
電話はひどく短いものだった。
受付は受話器を元の位置に戻す。
不安になる気持ちを抑え朝霧は結果を問う。
「ど、どうでしたか?」
「申し訳ございませんが、現在は面会出来ません。」
「な!? どうしてですか!?」
納得出来ない朝霧は口調が荒くなる。
あまりの剣幕にフィオナが静止に入るほどだ。
しかし、受付は平静を保ったまま受け答えをする。
「オーナーは現在カジノ運営を行っています。」
「え? カジノ運営って……?」
「当カジノではオーナー自ら
ディーラーを務める場合がございます。」
「では今、カジノ内でディーラーをしていると?」
話に割って入ったフィオナに受付は頷いた。
その回答に朝霧たちは驚愕が隠せない。
なにせ今はまだ午前中。朝霧が元いた世界でも
カジノは二十四時間営業ではあったが、
オーナー自らディーラーを行う、などという
イベントが開催されている事は不思議だった。
それはつまり、午前中からイベント開催出来るほど
カジノで遊んでいる人間が多いと言う事に他ならない。
(流石、娯楽の街……)
「では、ディーラーが終わった時に面会を……」
「それは致しかねます。昼前の業務が終われば
オーナーは夜の部まで休息なさいます。
その間の面会は一切出来ません。」
「じゃ、じゃあ……今日はもう無理ってことですか?」
受付は淡々と肯定した。
すると朝霧はある提案をする。
「なら……私たちもカジノに入ります!」
彼女の提案にフィオナは驚く。
だが面会は難しいと言われた以上、
今日中に会うためにはもうこれしかない。
カジノの客として、ディーラーに会いに行くのだ。
(確かに……魔王軍が動いている今、時間は惜しい。)
フィオナは朝霧の提案に乗る事にした。
だが、朝霧たちの姿を見て受付は眉を潜めた。
「大変失礼ですが……
お二人はカジノに入ることは出来ません。」
「――!? 何故ですか!?」
「当カジノではドレスコードの指定がございます。
今のお二人の服装では入店出来ません。」
門前払い。朝霧は言葉を失った。
助けを求めるようにフィオナを見つめると、
彼女はひとまず立ち去る事を提案した。
(そ……そんな、フィオナ!)
朝霧の手を引き、フィオナはホテルを後にする。
ホテルの敷地から出るとやっとその手を離した。
「フィオナ……!」
「焦っちゃダメだ、桃香。ドレスコードはホテルのルール。
封魔局員である我々が破る訳にはいかない。」
朝霧自身、そのことは十分理解していた。
だが、焦る気持ちが彼女を感情的にしてしまう。
フィオナは落ち着けるように冷静に話す。
「あの受付は恐らくマニュアルで話していた。
対面出来ないと言われた時にはどうするか、
その受け答えが確立しているのだろう。」
「なら……諦めるの?」
「いや。マニュアルでも嘘を言う訳にはいかない。
あの発言もある程度は事実を言っているはずだ。
オーナーのディーラー業……恐らくそれは事実。」
フィオナは朝霧の顔に両手を当て、
まっすぐ彼女の瞳を見つめる。
そして、悪巧みをするようにニヤリと笑う。
「ディーラー業務中に客として会う……いい案だ!
まぁ向こうとしては迷惑だろうがな。」
「なら……!」
「あぁ、そしてその障害は服装の指定。
つまり今必要なのは……気品あふれるドレスだ。」
――――
「オーナー。封魔局員が面会を求めましたが、
ひとまず追い払う事に成功しました。」
「おや? 首尾良好のトーンでは無いですね?」
「はい。オーナーがディーラーを務めている最中に、
客としてカジノの中に入ろうとしていました。」
オーナーは金色の髭を愛でながら思考を巡らす。
「さしずめ……ドレスコードに引っ掛かりましたか。
ですがそれなら……その者たちはまた来るでしょうな。
身だしなみを整え、客として……ね?」
一を聞いて十を知る。
オーナーは先の展開を予想しニヤリと笑った。
「来るのは時間的に考えて夜の部でしょうな。
夜の部……そういえば今夜はVIPを迎える日でしたな。
これは……見せ物として大変盛り上がる!」
オーナーは肩を震わし笑っている。
金の匂いを嗅ぎつけて、夜の騒ぎを予見して。
「いいでしょう! いいでしょうとも!
ゲストであるならば歓迎するとしましょう!
私自らがディーラーを務めるギャンブルで!」




