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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第二章 アンブロシウスの守護者
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第十八話 知恵捨ト

 ――――


「お母さーん! お父さんは何処に行ったの?」


 純粋な疑問だった。だって見当たらなかったのだから。

 これは八年前の話。父の仕事は封魔局員だった。

 そして、例の戦争が勃発したのは約十年前。

 つまりは……そういう事だ。


 ――だが、十一歳のガキだった俺にはサッパリだった。


「……ッ! え、ええ……少し遠い所にね。」


「遠い所? 知ってるよ! シュッチョウでしょ!」


「えぇ、出張……そうね。」


 ――今思い返せば分かる。あの時の母の顔が、

 いや目が、俺を怖がっていたということに。

 あれは()()()()()()()()だ。


「それでね、グレン? よくお聞き?」


「うん。」


「私も……お父さんの所にね、行くから。」


「うん?」


 ――止めてくれ。聞きたく無い。

 そんなことを言わないでくれ……!


「一人で()()()()……出来る?」


「うん! 帰って来るまで待ってるね!」


 ――嫌だ……! 何で勝手に考えて勝手に決める?

 俺も何か考えるから! 迷惑だって掛けないから!

 あぁ扉が開く……! 待って……! ……行かないで。


 この日から途方も無く長い留守番が始まった。



 ――アンブロシウス北方・浮遊補助機構内部――


「……行かないで。」


「はぁ!? 寝ぼけて無いで起きて!」


 朝霧の声に総長の男、グレンは意識を取り戻す。

 朝霧はグレンを脇に抱え、空いた手で

 鉄骨を掴んでぶら下がっていた。


 グレンは脳がまだハッキリしない中で、

 こうなった経緯を思い出そうと動かす。

 目の前の封魔局員の追跡を振り切ろうとした。

 そして、事故を起こして浮遊補助機構の中へ。


(そして、確か…………ッ!!)


 彼は思い出した。

 トロールの襲撃。そして、腕の焼却砲。

 その熱を、その痛みを、その恐怖を思い出す。


「あいつは……!?」


「トロールのこと? なら……あそこよ。」


 朝霧は下へと指をさした。

 そこには熱で歪んだ大穴を開けた補助機構が見える。

 その内部で、(くだん)のトロールが朝霧たちを探す。


「狭い通路で熱光線なんか放ったからね。

 君を抱えて外に逃げるのも、かなりギリギリだった。

 まぁ向こうも光や崩落で私たちの事を見失ったみたい。」


「狙いは……一体?」


「分からない。

 けど放置したらこの装置を壊しかねない。」


 朝霧は機構の状態に目を向ける。

 外壁の一部が熱で歪んでしまっているが、

 一応、機能面は問題無く稼働しているようだ。


「そういえば、あいつ……さっき魔王って言ってた。」


「――! ……そう。なら一層、放っとけ無いわね!」


 そう言うと朝霧はグレンを置いて落下する。

 あんな破壊力を見せたトロールに

 その身一つで向かって行ったのだ。


「んな!? 無茶だ!」


「無茶かなんて関係無い! 狂気限定顕在・≪(ザ・ファースト)≫!」


 着地と同時に魔力を放つ。

 トロールは目の前に現れた朝霧に砲身を向けるが、

 その時には既に、彼女はトロールの背後にいた。


「ハァァア―――ッ!」


 肉に窪みを作るほどの連撃をトロールに叩き込む。

 しかしトロールは鉄の肌。あまり効いてはいない。

 そして、何発か入った攻撃もすぐに再生していく。


「痛イ……ナァア!!」


「――っ!」


 トロールは両手を広げ大振りに回転させる。

 ガードしようとした朝霧だったが、

 当たる直前に感じた風圧から咄嗟に回避に切り替える。


 結果的にこれは正解だった。


 狭い通路で振り回された腕が壁を突き破る。

 そして、硬いはずのその壁は無惨にひしゃげていた。


(あっぶな! けど、よく見れば回避は間に合う。

 攻撃が効きにくいのは難点だけど、何とか……)


「動キ……速イ……モウイイ……仕事ヲ終ワラス!」


 そう叫ぶとトロールは床に向け右手の砲身を構えた。

 予備装置とはいえアンブロシウスの命とも言える機構。

 それを理解している朝霧は当然止めようと試みる。


「くそ……! このっ……! こっち見ろ!」


 殴る。蹴る。崩しに掛かる。

 だが動かない。動かない。動かせない。

 狭い通路を塞ぐようにそびえる巨体は正に壁。


(ダメだ。パワーは勿論、

 体の規格が違い過ぎて格闘術でもビクともしないッ!)


 加えて痛覚もあまり感じていないのだろう。

 トロールは朝霧を無視しエネルギーを貯める。


「オレ……撃ツ!」


「チッ! こうなったら……!」


 突如朝霧はその場に低く身を屈めた。

 両足に莫大な魔力を溜め込んだ。


(私の能力は純粋な身体強化……出来る事は多くない。)


 朝霧の脳裏にはフィオナの顔が浮かぶ。

 これまで彼女の糸は多彩な戦い方を魅せた。

 しかし、そこまでの技の多様性は朝霧には無い。


(なら……今やれる事はたった一つだけ!)


 床を抉るように蹴り飛ばす。

 敵の眼前で片脚を軸に体を高速で回転させる。


(石像のようにピクリともしない化け物。

 けど……最初の蹴りは十分効いていた!)


 朝霧が足を伸ばす。渾身の魔力を込めて。

 朝霧が狙いを定める。目指すは一点、横腹だ。


「相手が硬いなら……さらに上から叩き潰す!」


 鋭い回し蹴りが放たれた。

 トロールの側面を突き刺すように確実に捉える。

 その鋼鉄の肌でも衝撃に耐えきれず歪んでいった。

 肉が抉れ、血飛沫が飛び、そのまま全身を突き飛ばす。


「ここからッ! 出て行けぇ――――ッ!」


「グゴォオオオッ――――!!!?」


 トロールは壁を突き破り外に吹き飛んだ。

 そのまま、巨躯の怪物は瓦礫と共に落下する。


「謎の怪物……撃破!」


 朝霧はグッと拳を握りしめた。

 勝利を確信してグレンの方へと顔を向ける。

 すると、彼は必死に何かを叫んでいた。


「――まだだ! あいつは……()()()()()()()!」


 瞬間、風を切り裂きながら飛翔体が現れる。

 それは先ほどのトロール。背中がパックリと割れ

 中からジェット噴射装置と鉄の羽根が露出している。


「な!? 何なの、アイツ!?」


 朝霧は驚愕して身を乗り出した。

 その直後、トロールの方角から何かが射出させる。

 それはトロールのゴツゴツした左腕、

 肘あたりからチェーンに繋がった巨腕であった。


 ガッと開いた緑の手が朝霧の体を鷲掴みにし、

 そのまま空中へとその体を引きずり出す。


「捕マエ……タァ!」


「しまっ!」


 瞬間、朝霧を囚えられた腕に力が入る。

 トロール由来の怪力によって朝霧の体を潰しに掛かる。


「ぐっ! がぁぁああ――――ぁあぁ――ッ!!!?」


 想像を絶する激痛なのだろう。

 彼女の悲痛な叫び声から容易に理解出来る。

 朝霧はトロールの指を剥がそうとするが、

 痛みと力が入れにくい体勢のため叶わない。

 彼女の悲鳴が総長の耳にもこだまする。


「ひっ! あ……あぁ……」


 グレンは膝を付き、頭を抱えて震えてしまう。

 悲鳴を閉ざすように耳を抑えても聞こえてくる。

 恐怖をかき消そうとしても心の奥から湧いてくる。

 次第に呼吸も荒くなる。


(はぁ、はぁ……! 何してる? 動け、動け!

 あの女隊員が殺される! そしたら次は……俺だ!)


「がぁあ!! あぁッ……!」


(逃げよう……逃げるんだ! 動け……!

 俺の祝福を使えば……自分の命くらい守れる……!)


「こ……のッ!!」


(あの女は封魔局員だ……自分の死だって覚悟してる……

 ……そうだよ! 俺は自分の命だけ守ってれば……!)


 グレンは捕まった朝霧に視線を向ける。

 見捨ててしまおうと、そう思い視線を向けた。

 すると、ふいに彼女と目が合ってしまう。


(……! アイツ、今……笑ったか?)


「……良かった! まだ動けるね!? ()()()()()!」


「なっ!?」


 女は苦痛で顔を歪めながらも笑顔を見せていた。

 逃げようと体を動かした男に安堵したように。

 捨ててしまおうとした、グレンに向かって。


(あの状況で何故安堵する? 何故逃げてと言える?

 自分が死ぬ事を……考えていないのか?)


 負けるかもしれない、死ぬかもしれない。

 刻一刻と変化する戦場において、

 その恐怖という思考は雑念に他ならない。


 朝霧の表情に絶望の色は無い。

 彼女が考えているのは自分を守る方法のみ。

 今の彼女の中に雑念は存在していなかった。


 グレンの中で記憶が巡る。母の顔が見えてくる。

 皮肉にもグレンはあの時の母と同じように、

 我が身可愛さから他者を捨てようとしたのだ。


 母は将来を考えてしまった。

 そしてグレンは死を考えてしまった。

 考えてしまったから、恐怖に駆られた。


(ゴチャゴチャ考えてるからだ……

 余計なモンまで考えてしまうから怖くなるんだ。)


「シブト……イ。握リ潰セ無イナラ……叩キツケル!」


 トロールが上空へと飛翔する。

 その直後、引き返して浮遊補助機構へと向かった。

 高度と勢いを付け朝霧を機構に叩きつけるつもりだ。

 当然、朝霧は抵抗するがやはり拘束が解けない。


「当タッテ……! 砕ケロォオッ!!」


「ぐっ! このぉ!」


 トロールは朝霧に回転を付けて投げ飛ばす。

 弾丸のような速度と共に彼女は吹き飛んだ。


(今……そんな雑念は必要ない!)


 男は腕の布を払い飛び出した――


(体感時間加速……! 思考加速……!

 けど……余計なことは考えるな! 雑念は捨てろ!)


 グレン・ホーネット。祝福『オルタナクロック』。

 彼の能力を端的に表すなら――速度操作。

 一定時間、自他共に加速状態も遅延状態も付与出来る。

 例え朝霧が弾丸のように速く飛んでいても、

 そのスピードを相殺することが可能である。


「間に合え……! オルタナクロック!」


 落雷の如き速度で朝霧の下に駆けつけると、

 自身と彼女の速度を落として着地する。

 突如起きた出来事に驚きながら、

 朝霧はグレンに抱えられ生還する。


「あ……ありがとう! 凄い能力……」


「おい! そんな事よりトロールが!」


 上を見上げるとトロールが再び焼却砲を向けていた。

 朝霧はグレンから降りると敵を睨む。


「ねぇ、君! その能力は何?」


「ッ……速度操作だ! 自分や他人の速度を弄れる。」


「――なら私を加速させて!」


 言われるがままグレンは加速状態を付与する。

 能力の恩恵を受けた事を確認すると、

 朝霧は躊躇うこと無くトロールに向け跳躍した。


 加速状態での跳躍。

 それは朝霧の暴走状態時とほぼ同等の速度であった。

 鈍いトロールが気付いた時には既に、

 彼女はその腕の焼却砲に手を掛ける。


「ナァア!?」


「ここは……お前の空じゃないッ!」


 発射の直前、掴んだ焼却砲を蹴り上げる。

 ガツンと逸れた銃口がトロールの喉元に向けられた。

 刹那――眩い熱光線が夜空に一筋の光となって放たれる。


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