第八話 赫岩
――翌日・封魔局本部訓練場――
魔法とSFの世界観が融合した空間は
さながらロマンと実利の両方を合わせた芸術作品。
世の中には機能美という言葉もあるが、
この魔法世界ではそれが高いレベルで偏在していた。
その一つが此処、封魔局本部の屋内訓練場。
一見白い壁に覆われた味気ない空間だったが、
利用者が柏手一つをパンっと打ち鳴らしたその瞬間、
四方を囲む鋼鉄の壁は波打つように隆起し、
やがて眼前を複数の複雑な立体物で覆い尽した。
「さてと! 少し身体を動かそうか、朝霧。」
魔法世界に来て二日目。
朝霧は朝からフィオナに呼ばれて
この訓練場にまで連行された。
曰く、彼女の戦闘スタイルを確認したいそうだ。
「戦闘スタイルって言っても、
今の私は殴る蹴るしか出来ないよ?」
「じゃあまずはその殴る蹴るの威力を見よう。」
身体を伸ばしながら軽く呟いたかと思うと、
突如フィオナは振り返り腕を振るう。
すると次の瞬間、彼女の背後の構造物が切断された。
一連の動きがあまりにも鮮やか過ぎて、
朝霧は崩壊の音が轟くその時まで呼吸を忘れていた。
「っ、今のは……?」
「的を用意した。この瓦礫を殴ってみろ。」
「! 分かった、やってみる!」
フィオナのような鮮やかさは自分には無い。
そう自覚していた朝霧は己の得意分野を再考した。
アトラスを倒したのは純粋なパワー。
イメージを体に投影し、彼女は正拳突きを放つ。
「あ。」
鈍い音と共に朝霧は手を痛めた。
「ちょっとフィオナ!?」
「あー魔力の流し方が出来ていないな。」
腫れた朝霧の手を治癒しながら、
フィオナは彼女が失敗した理由を考察した。
曰く、魔法使いの魔力は魂に宿る。
そして肉体における魂の住処は――心臓だ。
「アステカの生贄に心臓が捧げられたように、
心臓は魔力タンクとしての役割を持つ。」
「……? つまり?」
「心臓から流れる血液に合わせて魔力を流すんだ。」
「うーん? うーん??」
「ま、上手くいかないのは当然だな。
この魔力操作の技術は習得までに早くても数日を――」
「あ! こんな感じ?」
「お?」
フィオナは弾む声に反応して目を向ける。
すると彼女の前で朝霧は見事に魔力を操作していた。
赤いエネルギーが全身からオーラのように解き放たれ、
フィオナの毛先にもぴりぴりと刺激を与えていた。
「……それを腕に集中できるか?」
「えーとっ、こんな感じ?」
(これは驚いたな。)
朝霧はいとも容易く魔力を腕に集中させた。
やがてそれは拳にまで集約されていき、
朝霧の鉄拳に更なるパワーを与えていた。
「魔力操作のセンスは抜群だな。
よし、もう一度さっきの瓦礫に打ち込んでみろ!」
「うん! 分かった!」
今の自分が集められる全ての魔力を集中させて、
朝霧は再び瓦礫に向けて正拳突きを叩き込む。
直後、彼女の手に集められた魔力はパァンと爆ぜて、
そして――朝霧は再び手を痛めた。
「……フィオナさん?」
「あれ、おかしいな?」
「『おかしいな』じゃ無いんですけど!?」
またも腫れた手に治癒魔術を施しながら、
フィオナはワケが分からず首を傾げていた。
するとそんな彼女たちの疑問を、
遅れてやってきたドレイク隊長が解消させる。
「今の朝霧には魔力制限が掛かっている。忘れたか?」
「ドレイク隊長。しかしそれにしては出力が弱い気が。」
「そりゃ制限が強められたからな。……局長の決定だ。」
その言葉に朝霧もフィオナも納得した。
心の底で彼女を疑っているマクスウェルが、
制限を極限まで強めようとするのは想像に難くない。
多くの者の命を預かる局長という立場を考えれば、
むしろ妥当な判断とも言えるだろう。
「まぁてな訳で、
今の朝霧にはアトラスを殺った時のような力は無い。
解放させるには俺たち『隊長格』の認可が必要だ。」
「……チッ、無能局長が。」
「口は慎めよフィオナ? てか俺からしてみればむしろ、
それほど魔力を制限されても動ける朝霧の方が吃驚だ。」
「えへへ、ありがとうございます。」
「褒めてね……いや、褒めたようなモンか。」
そう言うとドレイクは後ろ髪を掻き毟りながら、
欠伸を抑えたその手で壁面のパネルを操作する。
するとフィオナが出した周囲の立体物はそのままに、
彼らの眼前に複数の武器が召喚された。
「今の朝霧には、多分武器の方が合ってる。」
ドレイクとフィオナに見繕ってもらい、
朝霧は様々な武器を試してみる事にした。
「まずは魔杖ですね。」
「朝霧、この呪文を唱えてみろ。」
言われるがまま朝霧は術を放とうとした。
だがどれほど試してみても杖は
先端の宝玉からプスッ、プスッと煙を吐くのみで
一向に術らしきものを放とうとはしてくれない。
「あの、これは?」
「「ビックリするくらい才能ないね。」」
「直球……!」
打ちひしがれ、膝から崩れ落ちる朝霧。
しかしそんな本人を無視して
フィオナたちは彼女の適正を模索する。
「魔力操作があれだけ出来るのに、意外ですね。」
「確かに珍しいが、流すと使うじゃまた違うしな。
とかく魔力操作が活きるスタイルにした方が良いか。」
「となれば物理系の武器。……銃、いっときます?」
どうやら次の候補が決まったようで、
二人は更に別の武器を用意する。
渡されたのは拳銃に酷似した魔法世界の銃。
実弾と魔力で作った弾丸のどちらでも撃てる、
封魔局内でも高性能な型だとの事だった。
「元々治安維持組織にいたんだろ? 銃の扱いは?」
「えーとっ……」
「朝霧?」
疑問符を浮かべるドレイクたちの前で、
朝霧は素早く拳銃に弾を込めて的を狙う。
そして流れるように滑らかな動きのまま数発。
的とは違う周辺の瓦礫を撃ち抜いた。
「……とまぁ、こんな感じです。」
「下っ手クソォ!」
「教官には『絶対に人に向けちゃいけません』って
何度も念を押されていました!」
(子供のおもちゃかな?)
フィオナは自信満々に不得手を曝す朝霧に
呆れ半分、そして微笑ましさ半分の感想を抱く。
とかくこれで銃の適正も絶望的だと分かった。
ドレイクは半ば諦めた様子で適当な剣を見繕う。
「仕方ねぇ……近接戦闘に集中させよう。」
「あの私、剣は素人なんですが?」
「別にこっちも達人だと思っちゃいねぇよ。
こっから時間を掛けて鍛えて行くしかねぇだろ。」
気怠げに、そして言葉の節々に苛立ちを見せつつ、
ドレイクは朝霧に武器だけ渡して立ち去ろうとした。
彼の中では既に朝霧への興味が薄れているようだ。
そんな上司の背中をフィオナが寂しそうに眺めていると、
ふと彼女へと朝霧が声を掛けてきた。
「ねぇフィオナ? これって本物の剣なの?」
「? あぁ勿論。当たり前だろ?」
「いやさ。何かおもちゃみたいに軽いなって。」
「――!」
その言葉でフィオナはハッとしドレイクを呼び止める。
そして彼から何らかの許可を貰うと、
彼女はすぐに認証端末を操作し新たな武器を召喚した。
「朝霧。今度はこれを試してみてくれ。」
白い光の輪を通して現場に召喚されたのは、
赤黒い刀身を輝かせた巨大な片刃の大剣であった。
ゴツゴツとした見た目はまるで岩。
或いは何らかの巨大生物の牙のようにも見えた。
「フィオナ、これは?」
「対魔獣用決戦兵器、通称『赫岩の牙』だ。」
「何か、凄そうだね……!」
恐る恐る手に取ってみると、
想像以上の重さがズシッと腕に伸し掛かる。
またそれと同時に暗い魔力の気配が、
彼女の腕から全身へと流れ込んでいく気配がした。
朝霧はそれを「手に馴染むようだ」と評価する。
「これっ、使って良いんですか?」
「……そいつは一点物でな。
戦時中に亡くなったある隊長の武器だった。」
「え!? そんな重要な物なら受け取れません……!」
「いや使えるのなら使ってくれ朝霧。
俺たちじゃあ重すぎて武器には出来ないからな。」
「――!」
今の朝霧には普通の剣を「軽い」と評し、
大剣ですらも片手で扱えるだけの力があった。
ドレイクの言葉で彼女はようやくその事実を実感する。
「朝霧。ちょっと跳び回ってみろ。」
「フィオナ。……うん、やってみる!」
そう言うと朝霧は大地を蹴飛ばし大きく跳ねた。
立ち並ぶ構造物の側面を足場に上を目指し、
そして彼女はワイヤーも無しに天井間際まで跳躍する。
「重さは、そのまま破壊力になる。」
優雅な踊り子のように空中で舞うと、
彼女はそのまま地上に目線を送った。
大剣を片手に朝霧が見据えたのは、
散々破壊に失敗した例の瓦礫。
「大剣なら薙ぎ払いだけでも別に構わない。
朝霧の力で放たれたのなら、それだけで脅威となる!」
柄を両手で握り締め、体を捻り、
回転と落下の速度を大剣に上乗せした。
そして彼女自身の魔力も集約させ、
朝霧は天空から大地に向けてその一撃を放つ。
――刹那、轟音が轟く。
衝撃は大地を伝い、魔力と共に空間全体に迸る。
そして腹に抱えた爆弾が爆発してしまったかのように、
封魔局本部全体を一個人の攻撃が僅かに揺らした。
やがて爆心地の砂塵から彼女は抜け出す。
腕で煙を払いながら現れたその姿は、
既に歴戦の武士かと見紛う気迫を有していた。
「決まったな。」
ドレイクは先程までとは対照的な笑みと共に立ち去る。
そしてそんな彼を無言の視線のみで見送ると、
フィオナはすぐに朝霧の側へと歩み寄った。
「どうだった朝霧?」
「フィオナ……これ、私がやったの?」
「ああそうだ。君の一撃だ。」
ポンと優しく手を添えられ、
朝霧は胸の内から自信が溢れ出していた。
そして未だに止まぬ心臓の高鳴りを全身で感じながら、
彼女は大剣を抱き締めてフィオナに感謝の意を示す。
「あと今の振動で本部の警報が作動したようだ。
後で一緒に『ごめんなさい』だな。」
「え゛。」
探偵との顔合わせまで残り数日。
朝霧の専用武器が決定した。