第十三話 若い男
――アンブロシウス森林公園――
街を一望出来る眺めの良い公園。
自然に囲まれたリフレッシュに持って来いの名所だ。
ふと街に目を向ければ、青黒い光の道が見えた。
「あれがアンブロシウスの守護者……
封魔局員共、手も足も出ていなかったな!」
落下防止の柵にもたれ掛かり、
数人の男のたちが会話をしていた。
普通の服装だが異質な雰囲気を醸し出ている。
「恐ろしい力よ……戦っていた戦士たちは?」
「聞いて驚けよ? なんとあのフィオナと朝霧だ!」
男たちは揃って驚愕の表情を見せた。
彼らが反応したのは朝霧の名だ。
「ボガート様を倒した……あの!?」
「あぁ、しかもマランザードでの小競り合いにも
二人揃って参戦してたらしいぜ?」
「なるほど、つまり……我ら魔王軍の雪辱戦か。」
――二日目・夕刻――
朝霧たち封魔局員は犯行グループの逮捕、連行を行う。
連行する人数が多いためケイルやメアリーの他にも
二、三人ほどの増援が送られて来ていた。
「凄いですね、ケイルさん。支部が無くても
これほどの速さで増援が来てくれるなんて。」
「……いや、彼らは俺と同じ二番隊員。
元々このアンブロシウスに来て活動していた。」
ケイルは朝霧に顔を近付け小声で答えた。
何やら周りの目を気にしている様子だ。
その態度に疑問を抱きながら朝霧は更に問う。
「二番隊? アンブロシウスで一体何を……?」
「それについては、フィオナ隊員にも話す必要がある。」
そう呟くとケイルはフィオナを自らのもとに呼ぶ。
人目を気にしながら、少し外れた場所に移動する。
そして、二人の前で通信端末を持ち出した。
『――久し振りだね、フィオナ?
そして……始めまして、朝霧桃香。』
「その声は……アーサー隊長!」
フィオナが驚きの声を上げる。
隊長と呼ばれた事から、ミストリナやドレイクと同じ
封魔局本部魔導戦闘部隊の隊長格だと推測出来た。
「隊長って事は……この人が二番隊の?」
『あぁ、アーサー・H・オーウェン。
二番隊の隊長をやらせて貰っている。』
「しかし何故、アーサーさんがアンブロシウスに?」
『もちろん任務さ。我々二番隊は魔王軍を追っている。』
アーサーは通信越しに声を潜め説明を始める。
彼曰く、魔王軍はアンブロシウスを標的にしたという。
先月の特異点ガイエスとの戦闘にて魔王軍は
ガイエスの首を獲るべく兵士を送り介入してきた。
この事からガイエスと敵対関係にある事が伺える。
ガイエスは流星破壊に魔力を使い果たし
ベーゼの溶解液によって体が崩壊させ死亡。
結果、魔王軍の思惑通り邪魔者が消えたのだ。
『強欲のサギトの消失なんて誰もが予想外。
彼が死に、闇社会の情勢が変わる今こそ、
他の特異点たちを出し抜くチャンスなんだ!』
「なるほど……それで二番隊総出で動いていると……
しかしよくアンブロシウスを狙うと読めましたね?」
「まぁ……ある筋からの助言でね。
最有力候補として警戒網を張っていた。」
すると、話を聞いていた朝霧はハッとする。
アンブロシウスで魔王軍が動いている。
そして二番隊が休暇中の朝霧たちにこの事を話した。
先ほど謎の『若い男』の情報を得た彼女たちに……
『何やら気づいたようだね?
そう……休暇中に悪いが、捜査協力を願いたい。
我々の目的は誘拐犯たちを裏から手引きした
若い男とやらの正体を暴くことだ。』
アーサーは無線越しに言い放つ。
その言葉に苦言を呈したのはフィオナだった。
「それは構いませんが……その若い男というのは……」
ニックの事では、そう言いたげな口を閉じる。
朝霧の前でこの発言をするのを避けたのだ。
その意図に気付き、アーサーは口を開く。
『あぁ……ケイルたちに任せた今朝の殺しの被害者。
先ほどの犯行グループの青年たちと同じく、
アンブロシウスの守護者に殺された、彼。
確かに一番疑わしいのはその人物だ。』
「…………」
『だが確定じゃない。君たちも見ただろ?
アンブロシウスの守護者は何処か変な状態だ。
機械的な判断で、無実の人間も殺しかねない。』
事実、彼女は店主の娘にも攻撃を行った。
店主の娘は犯行グループにつるんでいただけの人間。
大きな罪を犯した訳では無い。そして、
その犯行グループも操られただけのチンピラだ。
『最有力被疑者が今朝の青年である以上、
我々二番隊はその線で彼を洗い出す必要がある。
だが、アンブロシウスの守護者も無視はできない。
そこで、君たちだ……』
アーサーの声色が変わる。
ミストリナが命令を下す時のソレと似た雰囲気。
朝霧たちは無線越しに身を引き締めた。
『君たちにはアンブロシウスの守護者を調査してもらう。
もちろん直接の接触、交戦は必須では無い。
彼女の習慣、思想、祝福、得意魔術。なんでもいい!
彼女の正体、本性を可能な限り探って貰う!』
「了解です! 元々そのつもりでしたしね!」
朝霧はハキハキと答えた。
命令を受理すると二人はその場を後にする。
残ったケイルは独り言のように呟いた。
「アンブロシウスの守護者……か。
接触をしないで有益な情報が得られますかね?」
『……無理だろうね。何処かでぶち当たる。』
アーサーの言葉にケイルは驚く。
顔は映っていないのに無線をジッと見つめた。
『まぁ、フィオナたちは陽動だからね!
守護者が正常だろうが異常だろうが、
この街を脅かす魔王軍とは結局敵対するんだ。
むしろ再び交戦して、彼らの目を引いて欲しいね。』
(……アーサー隊長は民衆人気が高い。
実際優秀で有能な隊長なんだが……その……
なんと言うか……清濁合わせ持っていらっしゃる……)
心の中ですら言葉を選びながら、
ケイルは深くため息を吐いたのだった。
――ニック殺害現場――
路地裏へと続く薄暗いその場所には、
依然、現場保存の結界が張られていた。
その結界の前に一人の男が立っている。
黒い髪に黒い瞳。
羽振りの良さが伺える焦茶色のロングコートが
冷たい風に吹かれてヒラヒラと揺れている。
「おや……この結界の先に何か見えますか?」
その男に背後から声を掛ける男がいた。
白い髪にアジアンテイストの服を来た青年だ。
「…………どちら様で?」
「これは失礼……僕は硝成。降霊術を生業としてます。」
白髪の男はニッコリと笑顔を見せながら名乗る。
一方の黒髪の男も名刺を取り出そうとする。
「――いえ、その必要はございません。
貴方の事を知っていますよ? 何せ貴方は……
世界唯一の名探偵さん、ですからね?」
二人の若い男が邂逅した。