第十一話 邂逅
制圧完了。フィオナはそう呟くと
人質となった少女のもとに歩み寄り保護する。
「ぐっ! うぅ……」
地に伏したチンピラの一人が、傷を抑えて悶ていた。
フィオナはその男の前でしゃがむと尋問を開始した。
「派手な……いや、雑な手口だったな。
誘拐した後、貴様らはどうするつもりだった?」
フィオナは周囲に倒れた他の男たちを見渡す。
ほとんどは気絶し、意識がある者も動けないようだ。
「み……身代金だ。
あの親父から身代金を要求するつもりだった。」
――立体道路――
「身代金だぁ?」
路上にてケイルも、捕らえた男たちから聞き出した。
朝霧と店主も背後から聞き入っていた。
「けどお前ら、襲撃時には商品に目もくれて無かったろ?
むしろ、その金になる品々をぶっ壊す勢いだったぞ?」
「価値を正しく理解していないんだろうよ。
こいつらは骨董品そのものに興味がある訳じゃねぇ。
興味があるのは……現金だけだ。」
店主はそう解説すると男たちをキツく睨みつける。
そんな彼らの行動に朝霧は疑問を抱いた。
「けどお金が欲しいなら、
それこそ商品を盗めばいいのでは?」
その質問に答えたのは店主だった。
「いや、金目的なら寧ろ……
ただ盗めば良いという訳じゃ無ぇんだ。
盗んだ後、価値を理解している者に売る必要がある。
それも……足がつかない様にしなければすぐに捕まる。
嬢ちゃん……アンタにはそんなツテはあるか?」
「そんなの無いですけど……あ!」
「そう、彼らにも無いんだ。何せただのチンピラだから。
そういう場合は買い取り業者に売るもんだが……
この街で骨董品の買い取りって言ったら……俺だ。」
店主の回答を受け朝霧は理解した。
犯人グループは金さえ手に入ればそれでいい。
なら自分たちでリスクを負ってまで売るよりも
販売ルートが確立しているであろう店主に売らせる。
そして、その金を横から奪ってしまえばいい。
そのためには……娘を使い身代金を要求すればいい。
「つまり、昨日の呼び出しとやらの目的もそれか。
……とは言っても、随分と破滅的だな!
身代金要求なんて若気の至りで収まる件じゃねぇぞ?」
ケイルはお座なりな男たちの犯行に憤慨した。
さながら恫喝のような態度で男の髪を掴んでいた。
そんなケイルの手を払うように男は首を振る。
「――はなせッ!
俺たちだってここまでするつもりは無かった!
けど……アイツが! アイツが脅して……!」
「アイツ? 主犯格は別にいると……?」
店主が怒りの顔を近づける。
その形相にたじろぎながらも、
男は声を震わしながら情報を吐く。
「あぁそうだ……顔も名前も知らない奴だ。
三週間前か? 俺たちが店主の娘の脱退を愚痴ってたら、
認識阻害術で顔を隠した奴が興味を持ちやがった。
少し痛い目に合わせてみたくはないか、って……」
「はぁ……そんな口車に乗ったと?」
朝霧は呆れ返ってため息を漏らした。
だが男はその態度に苛立ちながら否定する。
「最初は無視したよ!?
けど……そしたらよ……俺たちのグループ全員に……!
それぞれの隠し撮り写真や個人情報が送られて来た!
無視したら殺すって、そう脅しているみたいに!」
「フン! で、その人物の特徴は?
認識阻害つっても性別くらいは分かるだろ?」
「特徴……若い男だったかな。」
「え……」
朝霧はその言葉を聞き悪寒を感じた。
とある男の顔が浮かんでしまったからだ。
その男は朝霧たちに笑顔で近づき、
つい昨夜、知らぬ間に死んでしまっていた。
その現場は……呼び出された店主の娘が目撃している。
(偶然……なの? それとも本当に……ニックさんが……)
朝霧は目の焦点を合わせられなくなっていた。
動揺から思考が加速し、さらに動揺を生み出す。
その時――
「――おいアンタら、上を見ろ!」
店主の声に叩き起こされ、
朝霧は言われるがまま上を見上げた。
そこには一筋の青黒い飛行機雲が描かれている。
先頭に目を凝らすと、それが人間だと理解できた。
「何……あれ……? ていうか……あの方角は……」
濃い群青色の道が真っ直ぐ落下し始める。
その方角に狙いを定めているかのように、
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐと――
――路地裏――
「さて……と。
これだけ縛っておけば問題無いだろう。」
路地裏の犯行グループ全員を糸で縛り終えると、
娘はぎこちない感謝の言葉を向けていた。
そんな彼女の頭をポンと撫でながら
フィオナは一段落付きながら情報を整理した。
(主犯格はその若い男……か。
私にはどうにも……ニックが怪しく見えてしまう。
まぁどうあれ、彼の事件は被疑者を見つけてからだ。
彼を殺した……アンブロシウスの守護者とやらに――)
――刹那、フィオナの背後に爆音が轟く。
遠方からの砲撃に似た爆発音と砂煙に体が押された。
彼女は状況が一切理解出来ていなかったが、
糸で自身の態勢を制御し、更に店主の娘を引き寄せた。
(ひとまず保護成功。さて……これは一体……?)
自身と人質の安全の確保が完了すると、
フィオナは煙の中のソレに向け注意を払う。
そこに居たのは一人の若い女性だった。
寝間着のような桃色のパーカーから
青紫色の髪と死んだ目が覗く。
そして、彼女の周り青黒いエネルギーが纏う。
その女はスンスンと鼻を鳴らすと、
とても優しい声色でポツリと呟いた。
「君、僕に似ているね……同じ匂いがする。」
「香水のブランドでも同じだったか?
そんなことより名前くらい名乗ったらどうなんだ?」
「そうか、ゴメン。それは確かに必要だ。
知らないっていうのは……凄く怖い事だからね。
僕は――アンブロシウスの守護者だよ。」
フィオナは思わず驚きの感情を表に出す。
朝霧と共に追うつもりだった目標が目の前に。
ニック殺害の真相をこれで聞くことが出来る。
そう思い声を上げようとしたその時――
「――ここにいるのはアンブロシウスの敵だ。
この街を脅かす危険分子は……排除する。」
彼女は機械的にそう述べると、周囲に転がる
既に制圧された無抵抗な人間たちに攻撃を開始した。
なんとそれは、確実に命を断つ一撃だった。
「ぐっ!? がぁああぁぁぁあ――!!!!」
「な、何をッ……!?」
「その子も仲間だね? 君が抱える少女。」
女の指先が店主の娘へと向けられた。
彼女の目には確かな殺意が宿っている。
事務的に、効率的に彼女は殺意の魔力を集約した。
「まさか……ッ!?」
「アンブロシウスの敵を、排除する――」
一閃。黒い魔力が放たれる。
そして不快な低音を鳴らしながら地面を抉った。
「…………どういうつもり?」
守護者は上を見上げる。
そこには少女を抱え、糸に掴まるフィオナがいた。
突然の攻撃に冷や汗を掻きながらも、
すぐさまギリッと守護者を睨む。
「それはこちらのセリフだ……!
この娘は巻き込まれた一般人だぞ!?」
「違う。コイツらはアンブロシウスの敵。
そして、その子もコイツらの仲間だ。
これ……さっきも言ったよね?」
守護者は周囲に倒れた者たちを指さした。
しかし、彼らはただのチンピラだ。
アンブロシウスにとって何の脅威ともならないはず。
だが、守護者の目は必ず殺すという意志があった。
「何かの誤解だ……! 彼らは謎の男の口車に――」
「――うるさい。邪魔するなら封魔局でも許さない。」
フィオナの呼び掛けを遮り、
守護者は再び指先にドス黒い魔力を貯めた。
対するフィオナはため息を付き娘を降ろす。
「諦めた?」
「あぁ、諦めた……穏便に済ますという事を、な?」
ゆっくり、ゆっくりと歩み寄る。
目の前の女は噂に聞いたアンブロシウスの守護者。
脳裏によぎるのはニックの死を嘆く友人の顔と声。
(あの時……私は桃香に掛けてやれる言葉を失った。
なにせ、私自身がニックを疑っていたから……!
心から泣いている友に……何もしてあげられなかった!)
店主の娘の命は、当然渡さない。
そして、ニック殺害の真相を聞き出す。
ピタリ、と止まり全神経を『敵』に向ける。
レザーグローブから露出した指先で糸がうねる。
「――来い、アンブロシウスの守護者……ッ!」