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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第二章 アンブロシウスの守護者
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第十話 紅魔の百合

「昨晩事件に遭遇したのは……娘の方です。」 


 朝霧とフィオナの二人が店主から事情を聞いていた。

 ケイルは車の調達を、メアリーは周囲の見張りだ。


「やっぱり……けど、なんでその事を隠して……?」


「恐らく未成年の外出禁止時間だったのだろう。」


 朝霧の問いに答えたのはフィオナだった。


「魔法連合契約……まぁ、この世界の法律だ。

 そこでは未成年の深夜外出についての規定もある。

 そしてそれは、実質無法地帯の此処でも適応される。」


「なるほど? 流石に死人が出れば封魔局が来る。

 第一発見者として名乗り出れば、

 自分の違反も証言しちゃうってことね?」


 店主は無言で頷いた。

 そんな彼に朝霧は少々腹が立っていた。


「つまり、娘さんの夜遊びが原因で偽装した、と?」


「違う……! 夜遊びなんかじゃないんだ……!

 確かに以前からチャラついたのとつるんでいたが……

 だが昨晩は違う……! 昨晩、娘は呼び出されたんだ!」


 店主は洗いざらい吐き出すように話し出した。


 娘の悪友たちは、彼女に金を貢がせていたという。

 次第に金額はエスカレートしていき、

 遂には店の売上にすら手を出し始めたそうだ。


 その事に気付いた店主は娘を叱り、

 その悪友たちとの縁を切るように説得。

 娘も了承はしたのだが、その後も

 悪友たちからの脅迫じみた呼び出しに悩まされていた。


 そして昨晩、娘は店主に内緒で呼び出しに応じ、

 手切れ金を持って彼らのもとに行こうとしたらしい。

 だがそんな時にニック殺害事件と遭遇……


 娘は恐怖で家に逃げ帰り、結果――

 悪友たちの呼び出しを無視した形となった。


「――! じゃあ……さっきの奴らは!?」


 店主は数人の捕まった襲撃犯たちの顔を見る。

 見覚えのある顔があったのだろう。

 店主の表情はみるみる怒りに満ちていった。


「間違いない……! そのチンピラ共だ。

 娘が来なかった事に腹を立てて……こんなっ!」


「フィオナ隊員、朝霧隊員。車が来たした。」


「了解した。メアリー隊員はこの青年たちを頼む。

 店主、続きは車の中で……」


 フィオナに促されるまま朝霧らは

 ケイルの運転している車へと乗り込んだ。

 フィオナは助手席に座り、ナビゲートを担当。

 朝霧はその間も店主に事情を聞いた。


 曰く、彼の経営する骨董品店『(きん)(その)』では

 ここアンブロシウスでのギャンブルで金を失った者が、

 軍資金または帰りの旅費のために物を売って行くそうだ。

 中にはとても貴重で高価な物も珍しく無いと言う。


「売れば当然、どれもバカみたいな金になる。

 あの店は正に宝の山……『金の園』ってわけだ。

 そして、奴らにとって娘は金の成る木でしか無い!」


 悔しそうに拳を握る店主。

 その言葉を黙って聞いていたフィオナが口を開く。


「――! 話は後で! 正面の車だ!」


 フィオナが前方を指さした。

 その先には確かに店で見た男たちの車が視認出来る。

 ケイルは加速し、瞬く間に距離を縮める事に成功した。

 すると犯人の車は急に進路を変え立体道路へと侵入する。


「逃さねぇ! 舌ァ噛むなよ!?」


 悲鳴のような甲高い音を立てながら

 ケイルたちの車が後を追跡する。

 その様子に気付いたのか、相手もさらに加速した。


 一対一の車両同士の追跡戦(チェイス)が始まった。


「チッ! 支部がありゃ物量で押せんだがなぁ!」


 ケイルのドライブテクニックは中々の物だった。

 入り組んだ立体道路の上を見事に曲がり切り、

 みるみる間を詰め、もうすぐ追いつく所まで近づいた。

 が、その時――


「――危ない!」


 突如開いた窓から魔術攻撃が繰り出された。

 光の弾がケイルらの車に襲い掛かる。


 回避を行うが間に合わない。

 攻撃はフロントガラスを突き破り、

 その衝撃と破片でケイルは負傷してしまう。


「ぐぁあああ――ッ!!」


 直後、ケイルの体から力が抜けた。

 ハンドルに頭を打ち車両が大きく道を逸れる。


「マズイ! ぶつかるッ!!」


「――桃香! 店主の身を守れ!」


 フィオナはそういうと、ケイルの手足に糸を撃ち込んだ。

 ぐったりと脱力したその体を操り人形の如く操作し、

 なんと助手席から車両を運転し始めたのだ。


「フィオナ!? 大丈夫なの!?」


「……任せろ!」


 車両は再び態勢を立て直し追跡を開始した。

 倒したと思った車の再接近に犯人たちも動揺している。


「――ッ! また攻撃が来る!」


 すると今度は割れたフロントガラスから身を乗り出す。

 ボンネットの上で自身の体を糸で固定し、

 迫りくる攻撃を見事に迎撃し始める。


「何だあの女!? おい、お前らも加勢しろ!」


 攻撃が目に見えて増加した。

 しかしフィオナは動じる事無く冷静に対処した。


(す、すごい……!

 右手の糸だけでケイルさんを操って運転し、

 左手の糸だけで攻撃を全て防ぎ切っている……!)


 朝霧が驚嘆した直後、

 フィオナは攻撃の合間を縫って反撃に出た。

 相手のタイヤを糸で貫きパンクさせたのだ。


 犯人たちの車両が大きく揺れ始めると

 さらに無数の糸を張り車を安定させ完全に捕らえた。

 だが……


「――!? コイツらこのまま下に落ちる気か!?」


 相手の車が横道に向け加速し始めたのだ。

 止めようと糸を思いっきり引っ張るが力が足りない。

 ガードレール目掛けて車はどんどん進んで行った。

 その時――


「――パワー比べなら任せてよ!」


 朝霧が乗り出しフィオナの糸を掴み取る。

 そして、彼女の剛力を以て思いっきり引き抜いた。


 車は明らかにそのスピードを落とすが、

 完全に止めるためにはまだ足りなかった。

 遂にはガードレールを突き破り、下へ落下し始める。


「ダメか! 間に合わないッ!!」


「スゥー……狂気限定顕在・≪(ザ・ファースト)≫!!」


 朝霧の魔力が爆発する。

 彼女は糸を持ったまま踏ん張りの効く道路へ飛び降り、

 その有り余るパワーで車を引き止めた。

 車は立体道路から宙ぶらりんとなったのだ。


「よし、そのまま上まで引き上げるぞ!」


 フィオナは確保に安堵し車両を覗き込む。

 空中で吊るされている犯人たちに逃げ場は無い。

 だが、そのうちの一人はまだ諦めていなかった。


 車の扉をこじ開けると、仲間を置き去りにし

 人質の娘を掴んで落下してしまった。


「な!? バカなマネを!」


 フィオナは後を追うように立体道路から飛び降りる。

 糸を巧みに駆使し上手く地上へと辿り着く。


「フィオナ!? 私も加勢に行かなきゃ……!」


 朝霧は車を引き上げ終わると下を覗き込む。

 そのまま飛び降りようとすると、

 背後から回復したケイルが語り掛けた。


「待て朝霧隊員! 加勢なんか必要無い。

 それより、車の連中の無力化と二次被害防止のため

 道路を封鎖するのが優先だ……!」


「ケイルさん! 加勢が必要無いとは?」


「俺みたく、チンピラ如きにドジしねぇって事だ。

 ……彼女の異名、知ってるか?」


 フィオナは男を追跡している。

 男のスピードはかなり速い。

 街を駆け抜け路地へと向かう。


 恐らく身体強化系の祝福なのだろう。

 人質一人を抱えたまま高速で跳び回る。


(動きに迷いが無い……目的地があるようだ。)


 男は路地裏まで辿り着くと、覆面を脱ぎ去ると

 急に立ち止ってフィオナの方へと向き直した。


「フフフ! 掛かったな、ばぁーか!」


 突如フィオナを囲むように、

 鉄パイプや標識を得物にして男たちが出現した。


「なるほど? 仲間との合流地点だったか。」


「いつまで冷静でいられるかね!?

 さぁ、お前ら! やっちまいな!!」


 男たちが一斉にフィオナに襲い掛かった。

 各々が得意とする魔術や祝福を使い、

 得手としている武器を振り回す。


「……フィオナの異名?

 そういえば聞いたことないかも。」


「彼女の最も得意とする戦場は、

 糸を張りやすい狭い場所だ。」


 狭い路地にて攻撃をヒラリと躱し、

 壁に向かって糸を張り巡らせる。

 無数に張り巡らされたそれは、

 正に糸の結界。


「一度糸を張ったらぁ、もう彼女の独壇場だ。

 糸を巧みに扱い、立体的な動きで撹乱する。」


 男たちは上を見上げて立ちすくむ。

 右へ行ったかと思えば左で仲間がやられ、

 左でやられたかと思えば上に逃げられる。


「闇社会の曲者たちですら対応は困難なんだ。

 チンピラ共じゃあ対処なんか不可能だ。」


 男が娘を使いフィオナを脅す。

 しかし、脅したのとほぼ同時に、

 男の両肩を目で追えない速さで糸が貫く。


 男が娘を手放した瞬間、彼女の服が引っ張られ

 フィオナのいる糸の上と釣り上げられた。


 気付けばその場に立っている敵はもういない。

 女は地に伏し上を見上げる者を見下すように、

 糸の上で足を組み、頬杖をついて笑っていた。


 特徴的な赤い髪と返り血が滴る赤い糸。

 張り巡らされた結界の上に君臨するその姿は、

 戦場においてなお、高嶺に咲く一輪の華。


「闇社会の連中は、植え付けられた恐怖心から

 彼女の事をこう呼んだ――」


 犯人の男はフィオナの顔を改めて見る。

 目の前の女の正体に気付き、男はうなだれる。

 そして悔しそうにその通り名を呟いた――


「――≪紅魔の百合≫!!」


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