第九話 金の園
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昔々のそのまた昔。
……というほど前では無く、約二十年前の事。
アンブロシウスには領主がいました。
ギャンブルを好み、娯楽を好み、
人々とそれを分かち合うことを良しとしていました。
しかし、魔法連合は犯罪の温床となっている
その街が大変気に食わないご様子です。
原初の三都市。世界でも人口の多い街。
そんなアンブロシウスに封魔局を置くのは当然です。
そして、他より『少し』増員するのも当然です。
だけど領主は思いました。嫌だなー、と。
そんな時、領主の前に一人の少女が現れます。
少女は何と、この街の悪と戦うというのです。
少女は戦いました。それはそれは献身的でした。
人々は彼女を『アンブロシウスの守護者』と称えます。
増員したのに、封魔局の仕事は無くなりました。
それほど少女は強く、逞しく、献身的だったのです。
ここぞとばかりに領主は封魔局を非難しました。
彼らは数だけ多い能無しだと。
彼らの仕事の全てが、領主の私兵と少女によって
代替可能であると訴えかけました。
領主一人が言っていれば、それは戯言です。
ですがアンブロシウスの住人たちも賛同しました。
少女の人気はそれほど高く、
封魔局の人気はそれほど低かったのです。
……遂に封魔局はアンブロシウスから撤退しました。
領主は大層ご満悦の様子です。
まずは、アンブロシウスから封魔局が消えました。
――二日目・昼前――
朝霧たちはひとまずホテルへと戻った。
この部屋をひとまずのセーフハウスとし、
今後の行動をどうするのかを相談していた。
部屋の中には封魔局員が四人。
朝霧は机の上に広げた地図と睨み合い、
その間フィオナは現場検証をしていた
二人の封魔局員と相談している。
「血の道を辿っても、特に何も無かったです。」
「アンブロシウスの守護者とやらの居場所は?」
「不明、ですね。野次馬たち曰く、
住民たちもその詳細は把握してないとかで。」
正体不明の人間に守られている。
そんな街の状況に男性隊員のケイルは苦笑いした。
「……なら近隣の聞き込みを強化するしかないか。」
朝霧はその言葉を聞き落胆する。
当面の彼女たちの目標はニック殺害の容疑者、
アンブロシウスの守護者との接触だ。
しかし、その手がかりが全く無いのだ。
「いや、まだ有力な情報を持っていそうな奴に
話を聞けていません。」
「有力な情報!?」
食いつく朝霧に、
持ってそうってだけだが、と予防線を張りながら
ケイルは地図の一ヶ所を指した。
その場に書かれていたのは、一件の骨董品店。
「第一発見者である……ここの店主だ。」
――骨董品店・金の園――
メインの通りからは外れた道沿いに、
その古めかしい骨董品は看板を掲げていた。
店名は――『金の園』。
四人はその店の前に並ぶ。
「お邪魔します。店主さんはいますか?」
フィオナが店内へと声を掛けた。
店の中は正に骨董品店と呼ぶに相応しい様相。
意味不明な物品が細かな分類別けも無く、
棚を埋めるように陳列されていた。
メアリーはその商品たちの値段を見てギョっとした。
(うわ……たっかー…………)
「……土産なら空港で買いな?
あっちのが目当ての物も見つかるだろうよ。」
朝霧たちを観光客と思ったのだろう。
店主と思しき男はレジに座ったまま
ぶっきら棒にそう答えた。
「封魔局員だ。俺は二番隊のケイル。
近所で起きた事件についての聞き込み中だ。
アンタが通報いれてくれた第一発見者だな?」
「あぁ、昨日の死体か。
悪いが死体を見た以外の情報はねぇぞ?」
店主はそれだけ呟くと店の奥へと下がろうとした。
そんな彼のもとに向け朝霧が進みだした。
狭い通路を早歩きで駆け抜けレジまで辿り着く。
「お願いです! なんでもいいので……何か!」
必死だった。
全く余裕の無いその表情が店主を見つめる。
その顔に驚き店主はひどく動揺する。
「おい……勘弁してくれよ、封魔局!
そんな詰められてもなんもねぇって!」
「知っていることならなんでも……!
お願いです……! 当時の状況でもなんでも……!」
あまりの剣幕にフィオナたちも止めに入る。
それでも下がろうとしない朝霧に
ついに店主は苛立ちを覚えた。
「――いい加減にしろ!
こちとら一日の始まりに死体を見たんだぞ!?
脳と心臓を撃ち抜かれた死体が道にあった!
俺が知っているのはそれだけだ!」
「…………え?」
四人の局員が店主の方へと視線を送る。
急に振り向かれたことで店主はさらに動揺した。
「なんだよ?」
「今……なんと?」
「死体を……見た。」
「その後です。」
「後……? 脳と心臓を撃ち抜かれて道にあったぜ?
本当だ! しっかり穴が空いてるのも見た!」
四人が顔を見合わせる。互いに目で確認し、頷く。
そして、フィオナが店主に向けて切り出した。
「撃ち抜かれていたのは、脳と…………肺です。」
「――!? あ……あぁ、そうだったか?
どうやらそこは見間違えちまったらしい。
ほら! 心臓と肺って近ぇじゃねぇか!」
「撃たれていたのは、右側の肺です。
心臓と近いというには……少々無理があるかと。」
「暗かったんだ! 良く見えなかった!」
店主の発言が二転三転し始める。
動揺も次第に大きくなっていった。
そんな店主に朝霧は再び詰め寄る。
「あなたさっき! 穴を見たって!
彼の死体を確認したんですよね!
本当に、第一発見者なんですよね!?」
「ッ! ――――ッ!!」
その時、店の奥から若い女が現れる。
目をこすり眠そうにしながら声を掛けた。
「ねぇパパー。何、騒いでるの?」
「娘さん……ですか?」
店主は答えない。
だがパパと呼んだのだから親子なのだろう。
店主は娘に振り向くことすらせず、
小声で下がっていろと語り掛けた。
「うるさくてごめんね? 今パパと話しているから。」
メアリーが娘に語りかけた。
娘は彼女の言葉に促され奥へと戻ろうとした。
……が、その胸の封魔局の紋章に目が留まる。
「ひっ! 封魔局!?」
娘はその紋章に恐怖しメアリーを突き飛ばす。
流石に女性の力で倒れるような隊員では無いが、
急な拒絶反応に驚き大きく引き下がった。
「何を!?」
「あ……ごめんなさい……!」
気が動転している。
店主が掛けより娘の背中をさすった。
朝霧たちも心配で駆け寄ったが……
「今日は店じまいだ! 出て行ってくれ!」
「いや……そんな訳には……!」
「いいから!」
状況の悪化に伴い、ケイルらが朝霧を連れて出る。
渋々店を後にする四人だったが、
明らかに何かを隠している店主に疑念が湧く。
「見たのは彼じゃ無いな。恐らく又聞きしたのだろう。
頭と胸に穴の空いた死体を見た、と。」
「そういえば、昨日の死体、とも言っていた。
そもそも発見した時間から違うかもね……」
「とにかく重要参考人だぜ、ありゃあ。
時間を置くにしても聞き出さなきゃならねぇ。」
局員たちは一度店から離れ相談を行う。
その間、店主は店内で娘に寄り添っていた。
「ねぇ、パパ? あの人たち……」
「気にするな。俺が何とか……何とかする!」
店主は何か飲み物でもと思い、
娘を置いて奥の方へと歩いて行った。
その時――
「――おい何だ、あの車!? 店に突っ込んでいくぞ!」
突如車線から外れた車が骨董品店に突撃した。
品物と瓦礫、そして土煙が店外へと放たれる。
しかし事故では無い。
車の中から覆面をした男たちが現れ、
店内にいた娘に一直線で向かったのだ。
「いやぁッ! 離してッ!」
「おい! 娘をどうするつもりだ!」
店内は騒然としていた。
男たちは娘の手を引き、車の中へと連れ込む。
止めようとする店主を複数人で袋叩きにした。
自体を察した朝霧とフィオナが男たちと格闘するが、
数人の仲間を置き去りにし、車は走り去ってしまった。
店主の娘が誘拐されてしまった。
「くそ! 逃がさない!」
「待て、桃香! 徒歩で車に追いつく気か?
ケイル隊員、車の手配をお願いします!」
「了解した!」
「でも……フィオナ! 早くしないと見失う!」
焦る朝霧をフィオナは止める。
そして、彼女は一本の短い糸を取り出した。
「さっきの混乱中に、相手の服に私の糸を仕込んだ。
この街くらいの規模なら、どこにいても探知できる。
今は、それよりも…………」
そう言うとフィオナは店主の元へと歩み寄った。
「話してくれますよね? 一体何があったのか。
そして、一体何が起こっているのか。」