第二話 アンブロシウスに行こう
――翌日・封魔局本部前――
早朝。住民たちが仕事場へと移動する時間。
私服でキャリーバックを側に置いた女が一人。
朝霧だ。
そして、相手を待ち続ける彼女の袖を
一人の少女が思いっきり鷲掴みにしていた。
「アリスー。……あなた今日は仕事でしょ?」
「朝霧さんがデートッ!!
私に取ってはこっちの方が大事件です!
相手はどんな人ですか、信用出来ますかッ!?
私がこの『眼』で見極めさせて貰います!」
朝とは思えないほどアリスは元気だった。
周りの近付く人間に眼を凝らし威嚇する。
「やめなさいって……デートは冗談だから。」
「冗談?」
朝霧の方へと振り向くアリス。
そんな彼女たちに声を掛ける者が現れた。
「すまない、桃香。待たせてしまったかな?」
(――来たな!
名前呼びとはうらや……図々しい奴め!)
アリスは振り向き睨みを効かせる。
殺気だった猫のようにシャーッと威嚇した。
が……
「ん? あれ? フィオナさん!?」
そこにいたのは封魔局三番隊員フィオナだ。
彼女も朝霧同様、旅行の準備万端の姿だった。
「え!? え? 朝霧さんのデートって?」
「だから冗談だって!
アリスの反応が凄く面白かったから。
本当は二人で遊びに行くだけだよ。」
なんだぁ、とアリスは崩れていった。
朝霧らの顔からは笑みがこぼれていた。
そんな二人に、もぅ、と頬を膨らませながら
アリスは起き上がる。
「マランザードでも思ったんですけど……
お二人ってそんなに仲が良かったんですね。」
名前呼びやフィオナが援軍に来た時の反応から、
二人の仲が良好なのは確かに見て取れた。
ただの同僚というには、やや親密なほどに。
「まさか……ッ!」
「アリス……今、何考えてたの?
フィオナはこの世界に来て間もない私に
色々教えてくれた恩人なの。」
「恩人?」
「そ、よく休日は一緒にゴエティアを歩いて
この世界の常識とか教えてくれるの。」
なるほどー、とやや安心したような。
それでいて少し残念そうに納得した。
知識の乏しい朝霧のために、
自身の休日を使って街を歩く。
確かに朝霧は感謝し、信頼もするだろう。
「ん? でも今回は旅行なんですよね?
ゴエティアじゃない場所に行くと?」
「あぁ、今回行くのは……アンブロシウスだ。」
フィオナの返答に、アリスは衝撃を受ける。
朝霧には彼女が何に驚いているのか、
あまり理解出来ていなかった。
なぜなら……
――一ヶ月前――
「……今度の長期休暇で旅行に行きたい?」
封魔局本部の廊下で、
朝霧はフィオナを捕まえ要件を伝えた。
「そう。二人で休日にやっていることを、
この長期休暇中にも進めておきたいの。」
「一人でか?」
そのつもり、と朝霧は頷く。
一日のみの非番ならまだしも、自らの私情に
一週間もフィオナを拘束できないと考えた。
「それでね? せっかくならゴエティア以外の
大きな街で調べたいの……父の手がかりを。」
この魔法世界にいるかもしれない父親。
母を独り置いて蒸発した、無責任な父親。
彼女はまだ、その追跡を諦めてはいなかった。
フィオナはその秘密を共有している
数少ない朝霧の友人。そのため彼女は
ずっと朝霧の父親探しを手伝っていたのだ。
彼女たちの非番の日が重なれば、
その度にゴエティア内を散策していた。
しかし、これといった手がかりは無かった。
「だからおすすめの街を紹介して欲しいの。」
ふむ、と頷きフィオナはしばらく考えた。
やはり大きな街が良いだろうか。
発展した街が良いだろうか。
情報が飛び交う街が良いだろうか。
(せっかくなら……)
ほんの少しの『私情』を挟み、
フィオナは朝霧の行くべき街を決める。
「私も休暇を取ろう。
元々働きすぎで休めと言われている。
ついでに行きたい場所があるんだ。」
「? いいけど、何処にするの?」
「アンブロシウス、なんてどうだ?
ゴエティアと同じ、原初の三都市だ。」
――――
行き先はフィオナが決めたのだ。
原初の三都市。詳細はよく知らないが、
その肩書きから大きい街だと推測出来る。
だが……
「アンブロシウスっていったら……
世界で唯一、封魔局支部も無ければ、
領主もいない無法地帯じゃ無いですか!」
(…………え? そうなの?)
アリスの発言に朝霧は困惑していた。
対してフィオナは自信満々だった。
「だからこそ、朝霧が見ておくべき街だ。
それに……」
「それに?」
「いや、何でもない。
それよりアリスは大丈夫なのか?」
「へ?」
指摘の意味を理解出来ないアリス。
そんな彼女を見つけ、
鬼ような形相でハウンドが接近してきた。
「アリス―ッ!!!!
貴様の休暇は既に終わっただろうが――ッ!」
「ぅうおーとッ! すみませーーんッ!!
それじゃ、休暇を楽しんでくださーい!
行ってきまーーすッ!!」
アリスは真っ直ぐ本部へと走って行った。
フィオナの顔からは笑みが溢れていた。
「楽しいな。桃香の仲間は。」
「騒がしくしてごめんね?
折角私に予定を合わせてくれたのに。」
「なに、問題無いさ。
それに……あの街には前から行きたかった。」
フィオナが何を思っているのか。
付き合って貰っている朝霧からしたら
それはあまり重要では無かった。
無論、アリスの発言は気になるが、
どうせ行き先は変わらない。
二人は移動を、『休暇』を開始した。
――ゴエティア・空港――
人の波が列を成す。
期待や笑顔を滲ませながら、
快適な空の旅を心待ちにしている。
建物そのものの雰囲気は
朝霧がいた元の世界と変わらない。
だが、内部の細かな物品はかなり違う。
天井では旅客機に乗せるであろう荷物が
綺麗に整列しながら浮遊している。
壁の広告では立体映像のように
文字や人物が飛び出て動く。
空間も広く感じる。その光景は、
魔法の世界というよりむしろ……
「……近未来みたい。」
手続きをしているフィオナを待ちながら
朝霧は周囲の景色に興味津々だった。
そんな中、立体広告の一つが目に留まる。
それは彼女たちの目的地のものだった。
――――
歴史と自由が両立する奇跡の街!
昼は美食にアミューズメント!
夜はナイトプール、そしてカジノォ!
魔法とネオンが鮮やかな娯楽の聖地!!
ようこそ。おいでませ!
此処は自由の都、アンブロシウス!
――――
「――娯楽の聖地?」
首をかしげる朝霧の元にフィオナが戻る。
「どうした、桃香?」
朝霧の視線の先をフィオナも見る。
行楽地として派手に宣伝している広告。
フィオナは、あ、と声を漏らした。
「フィオナ、もしかして……?」
一週間の長期休暇。
そこでフィオナはアンブロシウスを推した。
それもわざわざ、自分の休暇を取ってまで。
つまり……
「遊びたかったの……?」
「…………はい。」
照れる彼女に、朝霧は思わず吹き出した。