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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
最終章 さらば愛しき共犯者

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第二十九話 繧医≧縺薙◎諢帙@縺榊?迥?閠

 ――――


 私の記憶の中にある最初の言葉は、

 父親と認識していた男からの侮蔑だった。

 あのディフトラム島にある施設にて

 一糸纏わず床に這う幼少の私に、

 彼はとても冷ややかな瞳でこう告げた。


「赤いな。――失敗だ。」


 どうやら私の髪の毛がダメだったらしい。

 それは分かった。それだけは分かった。

 でもどうしてそれが失敗になるのか分からなくて、

 私は震える声で泣きつくようにあの人に問うた。

 すると彼は私の眼を見てはっきりと言い放つ。


「私は『赤』が嫌いだ。」


 そうして彼はあの家で私を深い眠りに付かせた。

 時間にすればおよそ三百年ほど。

 機能のほとんどが停止し、

 生の肉体は分厚い氷の中で保存される。


 だがその間の意識は混濁しつつも確かに存在し、

 私はこの三百年間を暗い闇の中で過ごした。


 人里離れた森の中では誰の声も聞こえず、

 どうにか外に手を伸ばしてみようとしても

 冷たい氷の壁がそれを許さない。

 感触も何も無いままに意識だけが今を生きる。


 いつしか私は壊れたラジオのように

 自分の産まれた意味を何度も自問するようになった。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 自答出来ない疑問を抱いては流す毎日を過ごした。


 けれどそんな私にも

 どうやらまだ使い道は存在していたようで、

 片手だけとなりながら帰って来たあの人によって

 永い永い私の眠りはようやく終わりを迎えた。


『遘√?驥取悍繧偵♀蜑阪′蠑輔″邯吶£』


(野望……? 私が……?)


『縺雁燕縺?縺代′遘√?蟶梧悍縺?』


「――! あぁ……!」


 私はあの人に求められた。

 自分を生かすための器として、

 野望を引き継ぐための後継機として。

 生まれて始めて私に『意味』が与えられた。


 三百年間待ち望んだ答えがそこにはあった。

 ずっと求めていた物がその先にはあった。

 ならばもう止まれるはずが無い。

 どんな努力だって惜しむはずが無い。


 ――『お前は何であんなに努力してた?』


 簡単過ぎる質問ですよ。ドレイク隊長。

 私は再び目を覚ましたあの日からずっと、

 いや、この世に生を享けたあの時からずっと、

 父ゲーティアが成す大義のために生きてきた。

 あの人に()()()()()()()に努力してきた。


 だから、そう……こんな所で終われない。



 ――――


「あぁっ……ァァァァアアアアッ!!!!」


 血の混じった汗や唾を撒き散らし、

 赤毛の王子はスクラップ手前の肉体を叩き起こす。

 負荷で余計に傷付きそうなほどの加速度を以て、

 彼女は心臓に迫る敵の火炎攻撃を回避した。


「っ、フィオナ……!」


 天の彼方で輝いてるはずの太陽は空中都市の影に隠れ、

 地上に出来上がった巨大な影と赤い魔力の光が

 傷だらけな彼女のシルエットを妖しく浮かび上がらせる。


 その姿はまるで修羅か羅刹。

 およそこの世の物とは思えない般若の形相が、

 ポロリと落ちた眼帯の下からドレイクを睨み付けていた。


 あまりにも恐ろしいその眼光に

 ドレイクは不覚にも一瞬怯みそうになってしまう。

 だが既に元部下を殺す覚悟を決めていた歴戦の隊長は、

 怖気付きそうな心を須臾の間に律して狙いを定め直す。


「もう休め……! フィオナッ!!」


 再び立ち上がりこそしたが、

 目の前に在る赤髪の少女にもう生気は無い。

 ただ其処に立っているだけの肉の木偶だ。

 もう彼女にドレイクの炎を捌ける余力は無く、

 虚ろな瞳でただ迫る死を見つめるのみ。


 ならばもう楽にしてあげよう。

 それが直属の上司にしてあげられる

 せめてもの情けだと確信して、

 ドレイクは今出せる最高火力を用意した。

 が、その時――


「っ!?」


 ――ドレイクはまず己の眼を疑った。

 其処にあるフィオナの人型のシルエットが、

 突然右側からその輪郭を変容させ始めたからだ。

 ボコボコと気泡が弾けるような動きと共に、

 彼女の肉が右手を軸として膨れ上がる。


 そのあまりにも気色の悪い光景が

 疲れた自分の幻覚では無いと理解すると、

 ドレイクはすかさず彼女の心臓に炎を放つ。

 だが次の瞬間、右手の肉は独りでに動き出し、

 文字通り肉壁となってドレイクの火を遮った。


(ッ!? なん、だこりゃ!?)


「お父……様……」


(ゲーティア!? この姿で生き延びてたのか!)


 僅かな情報から正解を導き出しながら、

 ドレイクは焦りつつも再び腕を炎で包み込む。

 しかし今度は攻撃のモーションに入るよりも先に、

 隊長格の反応速度よりも素早く突出した肉の針が

 彼の肩を貫きその動きを牽制した。


「ヅッ!? 化け物がぁ……!」


『荳九′繧後?√ラ繝?繧、繧?』


(――ッ!? 声? どこから?)


 ドレイクは次の攻撃に備え防御の構えを見せる。

 だがそれと同時に彼は肉塊の表面に浮かんだ

 無数の人の口を発見した。


 そしてドレイクが

 そのグロテスクな見た目に驚愕した次の瞬間、

 無数の口は一斉に呪文を唱え彼を攻撃した。


 黄色く爆ぜる半球状の衝撃波が

 肉塊ごとドレイクを吹き飛ばしたのだ。

 腐っても魔法世界を創世した魔法使いの一角。

 隊長格ですらその攻撃に為す術は無く、

 口から血を吐き出しながら後方へと吹き飛んだ。


 そうして厄介な敵から距離を置くと、

 右腕の肉塊は朦朧としているフィオナの代わりに

 まるで蜘蛛か蛸のような足を生やして

 地上を這い回るかの如く高速移動を開始する。


「待てや……こ、ら……!!」


 対するドレイクも決して逃がすまいと、

 刺さった肉塊を焼き焦して再起した。

 しかしそんな彼の周囲に突然冷気が漂い、

 辺り一面を冷たく凍てつかせてしまう。


「っ、局長……!」


「行かせんぞ、行かせんぞドレイク……!」


(今が……好機か……)


 満身創痍な者しかいない戦場の流れを読み、

 フィオナは自身の胸元に手を当てる。

 其処には朝霧から強奪した十字架があった。


「――! フィオナァアア!!」


 それを察知したドレイクは

 冷気から自分の身を守るよりも前に、

 すかさず炎の槍を生み出しフィオナに投げ付ける。

 だがその時、強者の魔力で埋め尽くされた大通りの、

 壊れていたはずの信号が一斉にその色を変えた。


「『(ロキシア)』ァア!!」


 左右を緑一色に染めた直線の通りが、

 まるで航空機を見送る滑走路の如く道を示す。

 刹那、フィオナの単眼に収められた景色の先に、

 淡緑の閃光が鮮やかに炸裂した。


「クッソ! クソォオオオ!!」


 通りに残されたドレイクの虚しい叫び声が、

 並び立つ氷塊の中に消えていく。



 ――魔法連合総本部跡地・中層――


 空と地上を挟むように放たれる無数の弾丸。

 それらの壁を一瞬で跳び越えて

 フィオナは数時間前にも

 朝霧と共に来た通路に舞い戻っていた。


 しかしそこにはもう親友の姿は無く、

 肥大化した右腕に急かされる

 赤毛の女が弱々しく倒れているばかり。


「こふっ! 血、か……」


 腕に付いた液体の感触から、

 フィオナは自身が吐血した事を自覚する。

 巨大ロボとの交戦。ネメシスの呪い。

 アヴァリスたちの妨害。ドレイクとの激闘。

 そしてその間に削られた魔力と奪われた体力。


 立てるはずも無い。立てるはずが無い。

 そもそも意識を保って動ける道理が無い。

 しかし天帝の娘はその肩書きのみを力として、

 右手の肉も使わず自力で立ち上がった。


「……(あか)は、嫌いだ。」


 たったその一言だけを吐き捨てて、

 彼女は口元を服で拭うと

 最後の道のりを一歩ずつ踏破していく。



 ――天極の間――


「――! 良かった王子!」


 度重なる戦闘の余波で天井の砕けたその部屋では、

 七番隊員のイザベラが待ち構えていた。

 壁に体を押し当ててやってきたフィオナを見つけ、

 彼女は安堵と歓喜の声を感情として出力する。


「イザベラか……随分やられているな?」


「はっ、アンブロシウスの守護者に敗北し、

 恥ずかしながら此処まで逃げ帰ってしまいました。」


「守護者は?」


「現在は残存する航空部隊が応戦中です。」


「そうか。……この数秒が護られるなら何でも良い。」


 天帝の宿る右手の肉を元に戻し、

 フィオナは玉座の方へと目を向けた。

 今は誰の記憶からも消えた亡霊の破壊工作で

 玉座は背もたれを中心に所々が破損していた。


「動かせそうか?」


「動作は問題ありませんが、

 用意していた魔力の大半を黒幕に盗まれた事と

 空中都市という物理的な障壁に妨害されている事で、

 予想よりも魔力が再装填されていません……」


「覚醒には足らないと? 時間が無いぞ。」


「承知しています。ですので……」


「!」


 突然、イザベラは自身の胸元を開いた。

 すると其処には彼女以外の物と思われる魔人の核が

 鼓動する血肉の中に大量に埋め込まれていた。

 魔力が足りないと悟っていた彼女は此処に来る道中で

 出来る限り多くの仲間の核を回収していたのだ。


「不足分は我らの命で補います。」


「……了解した。始めてくれ。」


 コクリと微笑みながら頷くと、

 隊員を模した魔人は躊躇なく自身を生贄に捧げた。

 そして同時にフィオナは汚れた上着を脱ぎ捨て

 素肌の露出が激しいタンクトップ姿で玉座に向かう。


 まるでその姿は蛹が羽化するかのようで、

 滴る血に彩られた玉座へと続く道が

 彼女のためのレッドカーペットとなっていた。


『縺輔=縺願。後″縺?縺輔>』


「はい。お父様。」


 重い体を左右に揺らしながら、

 フィオナはゆっくりと椅子に向かう。


 ようやく彼女の願いが叶う。

 ようやく彼女の存在意義が確立される。

 その事に疑念などあるはずも無く、

 彼女の心は喜びで一杯だった。


『繧医¥閠舌∴縺溘?、よく生き残った。』


(あぁ……お父様の声が鮮明に聞き取れる……!)


『さぁもうちょっとだ。頑張れ。そう。』


 一歩進むだけで父が褒めてくれる。

 それが三百年間孤独だった少女にとって

 どれだけ嬉しい事だったのかは測り得ない。

 そうして右手の異物に導かれるままに、

 フィオナは玉座へとゆっくり腰を落とした。


『そう。それで良い、それで良い。』


 浮かれる天帝と繋がる娘の体に、

 溜め込まれた残存魔力の全てが注ぎ込まれた。

 その快感にフィオナはゆっくりと目を閉じて、

 父の言葉を良く聞くべくそっと右手を耳に当てる。

 するとゲーティアもそれに応えるように、

 彼女にこの上ないほどの愛の言葉を囁いた。




『――ようこそ愛しき共犯者。』



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