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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
最終章 さらば愛しき共犯者

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第二十話 Re:turns

 ――――


 土煙が漂い視界を閉ざす。

 茅色の霧は咽返るほどに濃ゆく、

 一寸先に人が居るのかどうかも判別出来ない。


 試しに五感に頼るのを止めてみても、

 圧倒的火力の代償に大気中に紛れ込んだ魔力の残滓が

 魔法使い特有のセンサーを狂わせていた。


「倒せた……と思っておこうか。」


 砂塵の中でフィオナは力無く呟く。

 目元には疲労の黒い隈が浮かび上がり、

 曲がった背中が肉体の限界を訴えかけていた。

 それでも前に進まねばならない彼女は、

 引き摺った足を交互に前へと動かし始める。


「ぅっ……!? ぐぶ!?」


 しかしやはり、彼女は魔力を消費し過ぎた。

 復讐者に呪われたその体は怨念に蝕まれ、

 フィオナの頭や心臓に鋭い痛みが刻み込まれる。

 まるで体内の寄生虫が暴れ回っているかのように、

 対処不能な激痛が絶えず彼女を襲い続けていた。


 だがすぐに頼れる者も居ないので、

 フィオナは壁に自身の汗を染み込ませながら

 這うように先へと急いで行った。


 そうして彼女の姿が煙霧の向こうに消えた頃、

 積み重なった瓦礫の山を押し退けて

 亡霊たちが姿を晒した。


「行ったみたいね。もう良いわよ。」


 瓦礫に掛けた『停止』の魔法を解除し、

 亡霊の一人シックスが声を出す。

 そして彼女の呼び掛けに応じるように、

 瓦礫の下から橙色に輝くバリアが動き出す。


 結界の中に居たのは術者の道和と

 そんな彼の隻腕の中に抱きかかえられた、

 ボロボロのアヴァリスがいた。


「ふぅー……間一髪だったな……」


「ちゃんと生きてるの? アヴァリスは?」


「息はあるぜ? 眠っちまったがな……」


「そう……その子を介抱したらすぐ追うわよ。

 今ならまだ玉座到達前にもう一戦交えられる。」


「あー悪いシックス……ちと無理だ。」


「は? 何を言って?」


「こっちも魔力を使い過ぎた……少し……寝……」


 途切れた言葉を最後に、

 道和は少女を抱えたまま自身の意識を手放した。

 最後の意地か、アヴァリスが下敷きにならぬように

 彼は自分の体を回して背中から倒れる。


 しかしそれ以上出来る事は何も無く、

 フィオナの最大火力を防いだ亡霊たちの盾は

 戦場のド真ん中で眠ってしまう。


「ちょ……!? あぁもう!」


 口では文句を垂れつつも、

 心優しき亡霊の女は仲間のために動いた。

 二人を戦場に放置するような事はせず、

 その護衛に注力する事にしたのだ。


 取り出した無線機に語り掛け、

 本来自身が行おうとしていた任務の

 代役を用意しながら。


「こちらシックス! 聞こえる()()()()?」



 ――同時刻・都市中心部――


 多種多様な魔法が入り乱れ、

 七色の光が瓦礫と共に弾け飛ぶ。

 同盟国レオンハート共和国の参戦は

 良くも悪くも戦場の苛烈さを激化させていた。


 厄災の操る魔法陣からの熱線が

 空を占有する精霊たちを焼き切ったかと思えば、

 その下ではアバドンの悪名高き脱獄囚と

 共和国の若き竜人が一騎打ちを始め、

 彼らの周りでは魔人が兵士たちを吹き飛ばす。


 封魔局員、囚人、共和国兵士、

 エルフ、精霊、竜人、そして魂喰い(ソウルイーター)

 種族も所属もバラバラな魔法世界の住民たちが、

 たった二つの陣営に分かれて殺し合う。


「狙撃部隊! そこと、あそこのビルから援護しろ!」


「おのれ女帝の残党ども! そして厄災ッ!」


「囚人にも注意しろ! 全員名のある大犯罪者だ!」


 朝霧が魔法世界に来たばかりの頃なら、

 視界の端に映る雑兵一人を撃破するのにも

 しばらくの時間を必要としただろう。

 だが今の彼女は新政府に抗うための最重要戦力。

 名も知らぬそこらの強者に手間取りはしない。


「『村雲』ッ!」


 立ち塞がる脱獄囚を飛ぶ打撃で薙ぎ払い、

 朝霧はフィオナが居ると思われる方角を目指す。

 目印は数刻ほど前に現れた巨大な赤い光の柱、

 そして堂々とそびえ立つ魔法連合総本部跡地。

 この二点を結んだ線上に浮かび上がる中心点だ。


 しかし彼女の目論見を悟っている魔人たちは、

 自ら突破困難な肉壁となってその道を阻む。

 朝霧は赫焉を放ちその壁を突破するが

 僅かに足を止めた次の瞬間にはもう

 マクスウェルら曲者たちが強襲を仕掛けて来た。


(ちっ! マクスウェル……!)


「下がってろカシュー。辺り一面――凍らせる!」


 有翼の四足獣と化した局長が天高く舞い上がると、

 巨大な氷の槍を振り回し急降下を開始した。

 そして冷気を操る魔人は落下の速度もそのままに

 大地に槍を突き刺し凍てつく魔力を解き放つ。


「『絶対零度(ニヴルヘイム)』ッ!!」


 刹那、魔人の周囲数十メートルが氷結した。

 朝霧を含めてその場にいた者は

 陣営問わず全員氷の中に閉ざされる。

 そしてカシューの精霊による絨毯爆撃が開始された。


「……!? 仲間までっ!」


魂喰い(ソウルイーター)なら死なん。

 それより自分の心配をしたらどうだ、朝霧桃香?」


「っ! マズい死角から……!」


 大量の精霊たちが

 身動きの出来ない朝霧の背後から一斉に迫る。

 だがその時、キアラと共に位置変えの転移を行って、

 激昂しているツヴァイが間に割って入った。


「私の朝霧に何をしてるこの駄獣共ーッ!!」


「ツヴァイ! それにキアラも!」


「待っててモッキー! 私の祝福で今助けるから!」


 そう叫ぶとキアラは手にしたトランプと

 朝霧が今ある『状況』を交換した。

 たちまち朝霧の代わりにトランプが凍てつき、

 最高戦力が再び体の自由を取り戻す。


「あれが噂の奇術師か……」


 そんな一連の光景を凝視していたマクスウェルは、

 やがてキアラも危険人物であると判断した。

 そして彼女が他の仲間の救助を開始するよりも先に、

 今いる配下の中で最も信用出来る者に指示を出す。


「カシュー! お前はあの奇術師を隔離しろ!」


「――承知しました。」


「!? マズい……キアラッ!」


「ふぇ?」


 奇術師が気の抜けた声を上げた次の瞬間、

 彼女の襟を翼竜型の精霊が咥えて攫う。

 あまりにも予期せぬ事で混乱したキアラは、

 ほぼ無抵抗のまましばらく連行されてしまった。


 やがて状況を理解した彼女は

 殺される前に自力で翼竜から脱出してみせたが、

 気付けば朝霧らから遠く離れた空中で、

 奇術師は大量の精霊に取り囲まれていた。


「くッ、ツヴァイ! 今すぐキアラを助けて!」


「む。朝霧と離れるの? 戻ったらまた頭撫でて――」


「あげる! それはもう気の済むまで!」


「朝霧の友は私の友! 待ってて奇術師必ず救う!」


 滾る激流のような魔力を迸らせて、

 黒翼と凶刃のホムンクルスは彗星の如く翔び立った。

 キアラ、ツヴァイ、そして精霊使いのカシュー。

 この三名が一時的に激戦区の輪の中から離脱する。


 また彼女たちの離散に伴い

 中央部の戦線に大きな変化が生まれ始めた。


 氷結地帯の出現に精霊の大移動、

 そして兵士たちの移動などの要因も重なった事で

 自然と激戦区と呼べるエリアの密度が減衰し、

 代わりにその範囲が約二倍に拡張される。


(戦線が広がってる……)


「朝霧! やっと追いついた!」


「リチャード! 戦況は今どんな感じなの!?」


「良くも悪くも()()だ!」


 直後、彼の背後で共和国の浮遊物体が爆発した。

 それと同時に磁力の蒼電と亜人の紫毒が飛び散り、

 次いで無数の魔人たちと複数の光線とがぶつかり合う。


 そんな戦場には最早戦略と呼べるような知性は無く、

 誰もがただ目の前の敵を倒す事だけに心血を注ぐばかり。

 辛うじて生き残っている指揮系統も脆弱で、

 現場の指揮官たちは徐々に戦線の維持や制御が

 不可能となりつつあった。


「魔法使いの戦争が苛烈なのは知ってたけど、

 個々人のレベルが高い分より混沌と化しているね……」


「だな。一度落ち着きたい所だが、どうする最高戦力?

 先にお前だけこの混乱から抜けても――」


「そうしたいのは山々だけど……――ッ!?」


 再び彼女らの周囲を氷の爆発が襲った。

 しかし今度は予め警戒していたのもあって、

 朝霧はリチャードを抱えながら回避に成功する。

 そして再び眼前に立つ最大の脅威に大剣を向けた。


「やっぱりマクスウェル局長は放っておけない!」


 対して氷の怪物は氷塊で防御をしつつも、

 朝霧から視線を外して左右交互に振っていた。

 やがて目的の相手が見つからない事に落胆すると、

 マクスウェルは溜め息に混じりにポツリと呟く。


乱戦時(こんなとき)のための『奴』だというのに、

 あの爺め。一体どこで油を売っているんだか……?」


(奴?)


「まあ良い。元々対朝霧用の本命は私かシルバだ。

 ――凍てつくままに殺して魅せよう。」


 瞬間、マクスウェルはその大翼を羽撃かせる。

 すると彼の体から漏れ出てた冷気の全てが

 吹雪となって朝霧たちに襲い掛かった。

 その風圧は目を開ける事すら出来ないほど凄まじく、

 そしてその温度は汗も凍るほどに冷たかった。


 ただの翼の一薙にしてこの威力。

 あまりにも隔絶した大自然の力を前に

 朝霧とリチャードは一歩も接近出来ずにいた。

 そして運動性能の下がった二人に対して、

 マクスウェルは再び氷結魔法を差し向ける。


「ぐっ! ヤバいぞ朝霧!」


「チィ……『朱裂皇』、『赫焉』!」


「ほぅまだ動けるか? ならばもっと温度を下げよう。」


(寒っ! 嘘っ、これ以上は流石に!)


 体温の低下はパフォーマンスに直結する。

 如何に朝霧が人智を超えた力を有していようとも、

 環境全てを変えてしまうマクスウェルの前には

 不利を取ってしまうのも必然の事だった。


 そうして動きを鈍らせた朝霧の足を、

 気付けば氷の腕が掴んでいた。

 彼女がそれに気付きハッとした時には既に、

 有翼の四足獣は朝霧の背後に回り込み

 凍てつく大槍でその背中を狙う。


 ――がその時、獲物を前に殺気立つ怪物に対して、

 遠方から飛び込んで来た何者かが蹴りを入れた。


「ぬぅ!?」


 蹴りは氷の槍を一撃で圧し折り、

 そのままマクスウェルの腹に鋭く突き刺さる。

 見ればその足は生身の物では無く、

 熱く熱せられた硬い鉄の装甲に覆われていた。


「駆動機兵……! もしかしてグレン!?」


『遅れてサーセン! 六番隊グレン・ホーネット。

 たった今から戦線に復帰するっす!』


 気持ちの良い掛け声と共に、

 グレンはそのまま体を回転させて

 更にパワフルな回し蹴りを炸裂させた。

 するとその一撃はマクスウェルの防御を崩し、

 余波で異形化した彼の巨体を突き飛ばす。


「ふぇ!? 何その威力!?」


「――『SURTR(スルト)』の残骸を改造した新兵装だ。」


 驚愕混じりの朝霧の問に答えたのは、

 いつの間にか傍らに接近し

 彼女の氷を溶かしていたデイクだった。

 そして彼は朝霧の救助を終えると

 グレンの背中を見つめてその兵装の名を告げる。


「煉獄鎧『灼魔(ムスペルヘイム)』!」


 紅蓮の装甲から放たれる熱が

 マクスウェルの氷塊を容易く溶かす。

 水へと変わるその冷たい境界を見つめながら、

 相性不利の相手を前に魔人は怒りの感情を出力した。


「ちっ。奴は本当に何処だ?」


 怒りの矛先は眼前の敵では無く姿の見えない彼方の味方。

 奴が居れば楽になるのにとボヤきつつ、

 彼は再現した感情のままにその名を呼んだ。


「本堂秋霖……!」



 ――同時刻・南東部――


 フィオナに敗れた者たちが再起しつつあった。

 足止めを行っていた三人の亡霊も、

 巨大ロボットに搭乗し撃破を目論んだ二人組も、

 運良く繋がった己の命を再び戦場に連れ戻す。


「……ん?」


 そしてそれは『残る一人』も同じ。

 世に解き放った異形の呪いに蝕まれながら、

 ほとんど消え掛けた理性を伴いそれは地上に堕ちる。

 落着したのは歪な形の住宅街。

 飛翔する無数の斬撃によって切断された、

 剣士たちの戦場であった。


「貴様……コルウスか?」


「ァ……ァァ……し、…………はん……」


 本堂秋霖の前にネメシスが現れた。

 それによって今この場には、

 生存する全ての『門下生』が集結する。


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