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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
最終章 さらば愛しき共犯者

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第十六話 創造的破壊

 ――中央部上空――


 フィオナが亡霊の足止めに遭遇した丁度その頃、

 朝霧とキアラは彼女のいる戦地を目指して

 高いビル群の上を跳んでいた。


 肩力のある朝霧がトランプを飛ばし、

 その移動先を狙ってキアラが位置変えを行う。

 朝霧の『(ロキシア)』にも劣らない速さで

 二人は荒れる海上都市の空を駆け抜けていた。


「フィオナ・テウルギア……

 あのフィオナさんが天帝の娘だったってこと?」


「多分そう。そして今の彼女の狙いは

 天頂星雲(ゼニスネビュラ)の魔力を使ったサギトへの覚醒……!」


「はぁー……またサギトですか。」


 道中情報を交換しながら

 キアラは深々と溜め息を吐き出す。

 彼女の脳裏に浮かんでいたのは

 自身が遭遇したサギトの実例。

 色欲の大罪に目覚めたシスターの顔だった。


「それで? モッキーはどうするの?」


「え、何が?」


「フィオナさんと対峙してそれからどうするんです?

 親友だったんでしょ? ならその……」


()()()()()、って事ね?」


 キアラは無言で頷いた。

 彼女は言い難かった事を察して貰えて

 少し安堵したような顔をしていた。

 そしてそんな彼女に対して朝霧もまた、

 しばしの沈黙こそあれ一切の淀みも無く答えを返す。


「フィオナは強い。

 だからどんな結果になるかは分かんない、けど――」


「けど?」


「――私今、かなり怒ってる。」


 迸る魔力と威圧を放ちながら、

 朝霧は遙か遠くを見つめて言い放った。

 そしてその言葉に気圧されるように

 キアラは彼女の本気度を心で理解する。

 そして昂ぶる感情に身を任せて

 彼女は輝く瞳で前を向いた。


「分かったよモッキー!

 案内役は任せて。必ず送り届けるから!」


「――いや、止まってキアラ!」


「ええl? 今すっごく格好つけたのに!?」


「それはごめん! けど()ッ!」


 促されるままキアラは視線を落とす。

 飛び込んできたのは地上の景色。

 無数の瓦礫と穴ぼこが目立つ、

 惨劇と呼ぶに相応しい激戦区があった。


 だが伝えたいのはそれでは無いとすぐに察し、

 キアラは眼下の惨状に更に注意深く眼を凝らす。

 やがて彼女は朝霧の見た異変を目視した。


「何あれ……()()()()が……」


 それがあったのは聳え立つビルの日陰側。

 奪い取った日照権の犠牲となったその黒いエリアには

 整った都市の景観とそぐわない異物があった。

 外見を一言で例えるのなら灰色の棘。

 そのエリアでは瓦礫が変形し針山を形成していた。


 またそれに加えて、

 鋭い剣山の上に漂う影が一つ。

 輪郭を失いながらも浮かんでいたのは、

 人型と煙状の間を反復する黒く靄であった。



 ――少し前――


 黒い煙が空を駆る。

 まるで撃ち出された砲弾のように

 放物線を描きながら黒煙が人集りに落着した。


「ふふ! さあ残りはあと四人ですね?」


 デガルタンス領主クロノ。

 つい数日前にその魂を喰った魔人は

 彼の肉体と声を使いハウンドらを追い詰める。

 煙と化した肉体には一切の攻撃が通らず、

 逆に硬化能力を上乗せした凶手は

 六番隊員たちの防御を容易く突破してしまう。


(ぐぅ!? 理不尽過ぎるぞ、この戦い……!)


「ハウンドさん下がって! いくよシアナ!」


「余裕が無い。こっちに合わせろエレノア!」


「『トールハンマー』!」

「『ヨルムンガンド』!」


 ハウンドが飛び退いたその場所に

 毒の刃と雷鳴の鉄槌が叩き込まれる。

 その威力は新人隊員とは思えないほど凄まじく、

 並の敵組織幹部ならとっくに勝敗が決していても

 何も不思議では無かった。


 だが今彼女たちと敵対しているのは自然界の現象。

 あらゆる攻撃を受け付けない黒霧の魔人。

 毒だろうが電撃だろうが爆薬だろうが、

 何一つとして有効打にはなっていなかった。


「っ! 反撃来るぞォ! イリエイム氏を守れェッ!」


 瞬間、真横に飛び出す竜巻が突き抜けた。

 その黒い風はドリルのように障害物を掘削し、

 武具の装甲を突き破ってハウンドらの肉を裂く。

 噴き出す血潮に悶絶しながらも、

 ハウンドは突き抜ける黒煙に弾丸を撃ち込むが、

 やはり煙は少し霧散するのみで効いてはいない。


(どうやって倒しゃ良いんだよこんなの!?)


 今にも漏れ出しそうな弱音をグッと飲み込みつつも、

 ハウンドの顔は激痛と焦燥とで大きく歪んでいた。

 だが燻銀の封魔局員はそんな不甲斐ない感情を

 深呼吸一つで全て消し去った。


(いや良いんだ……別に勝つ必要は無ぇ……)


 この戦争全体の勝利条件は『フィオナの撃破』だ。

 新政府軍の旗印である王子さえ処理出来れば、

 局所的な戦いの勝敗などどうでも良い。

 要は朝霧がいつものように敵を倒してくれるまで、

 厄介な敵を足止め出来ればそれで良かった。


(つまり俺がやるべき事は……)


「しぶといですね。次は誰から死にますか!?」


(少しでも長く、()()()()()()()()()事だよなぁ!)


 ハウンドはボロ布同然の上着を千切って捨てると、

 誰かの落とした銃を蹴り上げ手に収める。

 そして己の祝福効果をこれでもかと練り込み、

 無駄と知りつつクロノへと乱射した。


 弾丸は着弾と同時に爆音と閃光を生み出し、

 たった数発で背後のビルを容易く圧し折り倒壊させる。

 一連の光景はかなり周囲の目を引いた事だろう。

 それはクロノに対しても例外では無く、

 まずコイツから殺すか、と自然に標的を決定させた。


「良い爆発ですね。芸術って感じがします。」


「薄い事ほざいて無いで、掛かって来いやコラァッ!」


「ハウンドさん!? ッ――!」


 突き抜ける衝撃波と巻き起こる砂塵が

 エレノアたちの接近を許さない。

 まるで若者が死地へ赴くのを妨げるように、

 ハウンドの起こす爆発が連鎖する。


「ちょ、ハウンドさん!? 一緒に戦わないと……!」


「駄目だ声すら届かん。中年人類め、自棄になったか?」


「いや。恐らく彼は敵を引きつけている。

 ただひたすら時間を稼ぐためだけの囮として。」


「「なっ……!?」」


 一人一人が時間を稼げれば、

 その総和でかなりの間クロノを足止め出来る。

 ハウンドが死ねば次はエレノアかシアナ。

 二人共倒れれば次はイリエイムという具合に。


 そして自らその一番槍を買って出る事で

 ハウンドは若手たちに僅かばかりの猶予と

 体力回復の暇を与える腹積もりだった。


 そんな先輩隊員の思考を汲み取りつつも

 若手隊員たちはこれを戦況の悪化と捉える。

 しかし彼らに同行するイリエイムは

 その間にクロノの動きを静かに観察を続けた。

 爆風と衝突しながらハウンド殺害のタイミングを図り、

 瓦礫に紛れて彼の周囲を飛び回る黒い煙の観察を。


「ん?」


 そうしてイリエイムはある事に気が付いた。

 ハウンドの弾丸が炸裂する度に、

 強度が保たず建物が落下してくる度に、

 クロノがわざわざ自ら動いて避けている事に。


「っ! ……当然か。」


「イリエイムさん? 何か?」


「二人共、手を貸してください。奴を無力化します。」



 ――――


 ハウンドとクロノの交戦はしばらく続いた。

 その間に使用された弾丸の数、実に二百と五十三発。

 弾が切れる度に不要となった銃を爆弾に変えて、

 投げ捨てると同時に発生した爆煙の中で

 新たな銃を拾い上げた。


 そんな綱渡りの攻防が続く事五分以上。

 気付けばハウンドの周囲はすっかり均され、

 数十メートル先の廃墟以外は平らになっていた。

 つまりは身を隠せる場所が何処にもない。


(そろそろ限界か……いやまだだ。

 もう少し! もう少しだけ時間を稼いでから!)


 カッと気合いを入れ直し、

 両手に重たい銃を担いだ中年が奮起する。

 だが勢い良く一歩前へと踏み出したその時、

 ハウンドの重心が突然ぐらりと揺らいだ。


「ぬぉっ!?」


 どれほど気合いを入れたとしても、

 物理的に不可能な事は出来はしない。

 間近の爆風に耐え続けていたハウンドの、

 その自重を支えていた足が先に音を上げたのだ。


「このっ! あと十年若ければァ〜!」


「最期の言葉はそれで良いですか?」


 大きな隙を晒したツケはやって来る。

 気付けばハウンドの眼前に黒煙は迫っていた。

 顔の半分と腕とを人間のそれへと戻し、

 黒く染まった凶器の腕を差し出した。


「黒腕硬化! 『(カーボン)(クロー)』!」


(これは……死んだ。)


 無防備なハウンドの心臓目掛けて、

 鋭い手刀が鮮やかに迫る。


 だがその凶手があわや肉を貫かんとしたその時、

 巨大な鉄板を担いだシアナが、

 毒液の波に乗って真横から割って入った。

 彼女が持ち込んだ鉄板はクロノの攻撃を弾き、

 見事ハウンドの命を繋ぎ止めてみせる。


 だがシアナは救援の成功を喜ぶ事もせず、

 すぐに大声を上げて作戦を続行させる。


「今だぞエレノアァッ!!」


「了ォー解ッ!」


 次の瞬間、クロノの真上を取る形で

 空中にエレノアが飛び出した。

 そして彼女は自身の祝福を発動させると

 敵の周囲にシアナが持つ物と同様の鉄板を出現させる。


 取り囲まれたクロノはすぐに対応しようとしたが、

 そんな彼の体を真正面からシアナが押す。

 するとクロノの肉体は煙化しつつも

 後方へと押し込められた。


「やはりな。いくら煙といっても、

 何でもかんでも通過出来る訳じゃ無い!」


「っ……だから何です!? この程度、壊してしまえば!」


「出来ないぞ。それは私が『複製』した対魔法装甲だ。」


「イリエイム!?」


 百朧の第一秘書イリエイム。その祝福は『複製』。

 材質や構造を正確に理解している物品に限り

 自由に複製出来る祝福だ。


 そしてイリエイムは抵抗活動を続けたこの数日間、

 デイクの下で対魔法装甲に付いて学習し、

 密かに自身の手札を増やしていた。


「芸術の都の領主クロノ。ぜひ見てくれ。

 これが貴様を倒す我々の作品だ。」


 エレノアの磁力で操作された鉄板たちが

 彼を足元から掬い上げて四方を囲んだ。

 慌ててクロノは隙間からの脱出を試みるが、

 彼が移動する度にその先へイリエイムが鉄板を飛ばす。

 そして数秒後、クロノの逃げ道が完全に塞がれた。


「これは……!」


「題して――『窓の無い部屋』だ。」


 エレノアの強力な磁力が鉄板をガチッと繋ぎ止めた。

 完成したのは対魔法装甲で作られた密閉空間。

 クロノを封印する大きな箱であった。

 やがて箱は地面に落下し転がるが、

 それは内部からガンガンと衝撃音が聞こえるのみ。

 魔人を封じた鉄の箱が壊れる様子は無い。


魂喰い(ソウルイーター)クロノ。封印成功。」



 ――――


「すまん。助かった……」


 シアナの肩を借りながら

 ハウンドは同行者イリエイムに礼を告げる。

 すると彼は囮役を買って出たハウンドを労りつつ、

 遠方で何かを発見して強い反応を示した。


「――失礼。私は行かねばならない所があります。」


「ん? 誰かつけようか?」


「いえ。こちらに人を割く意味はありません。では。」


 深々と頭を下げながら、

 イリエイムは廃墟の向こう側へと立ち去って行った。

 やがて彼の姿も見えなくなった頃、

 エレノアがハウンドらの下へと駆け足で戻って来る。


「おうエレノア。お前のお陰で助かった。今回は――」


「――違う! ()()()!」


「え……?」


 次の瞬間、クロノを閉じ込めていた箱が跳ねる。

 まるで誰かに蹴飛ばされたボールのように、

 真上にぽんと鉄の塊が跳躍した。


「祝福発動。名前はそうですねぇ――」


 やがてそれが再び地面に触れた瞬間、

 彼らの目に映る世界が刹那の間に一変する。



「――『ゲルニカ』。」



 それは災害の如き世界の編纂。

 大地に触れた鉄の箱を中心に崩壊が伝搬し、

 都市の光景がガラリと生まれ変わる。


 硬いはずの瓦礫は絵の具のように溶け、

 まるで最初からそうであったかのように

 鋭利な棘へと姿を変えた。

 その異能は正に『創造的破壊』。

 クロノの芸術が大きなビルの陰で爆発する。


「聖遺物『煤の煙套(スフマート)』。」


 箱を破壊し脱出に成功したクロノは、

 再び肉体を煙に変えると、

 戦場を一望するべく空へと飛んだ。


 今まで散々ハウンドたちを苦しめた煙化の能力は

 彼が獲得した聖遺物の効果に過ぎない。

 クロノが有する真の祝福は、

 もっと反則的な創造と破壊の奇跡だった。


「おや?」


 やがてクロノは地上の異物に気が付いた。

 転がっていたのは両腕が傷だらけのエレノアと、

 その左右で倒れていたハウンド、シアナの両名だ。

 状況やそれぞれの負傷具合から察するに、

 あの凄まじい破滅からエレノアが二人を庇ったようだ。


「咄嗟に仲間を逃がしましたか。

 その判断力……練度と出力が伴えば隊長格ですね。」


「ッ……! 何なの……今の……!?」


「私の能力は『創造と破壊』。

 私は触れた物を自在に変形、再構築させられる。

 代償として創造した分の破壊が私の肉体に齎されますが、

 それはホラ? この通り煙化で踏み倒しです。」


「ず、ズルっ……!」


「戦闘なんてモノは理不尽の押し付け合いですよ?」


 そう言うとクロノは黒い炭の杭を数本創造すると

 容赦無くエレノアたちの体に突き刺した。

 黒い杭は腕、脚、肩、そして腹などを貫通し、

 地に伏す六番隊員たちから悲鳴の音色を奏でさせる。


 そんな彼の手数の多さと残虐性から、

 今までは単に遊ばれていただけだと悟ると、

 ハウンドは唇を噛み締め固く目を閉じた。


(ここまでか……俺たち、時間は稼げたよな……)


 せめてこの死が無意味では無いと思いたいがために、

 ハウンドは遠方に居る女の顔を思い浮かべて笑う。

 自分よりも遥かに若くして出世した、

 自分よりも遥かに強い上司の顔を。

 そんな彼らに対してクロノの槍は放たれた。


 だがその攻撃が三人に当たる事は無かった。

 それどころか槍の突き刺さった場所から

 いつの間にか三人の姿が消え、

 代わりに三枚のトランプが取り残されていた。


「位置変え……! まさか!?」


 気付いた時には既に、

 クロノの背後には、かの鬼神が迫っていた。


「飛ぶ迫撃、『草薙』ッ!」


 魔力を纏う衝撃波の大砲がクロノを襲う。

 勿論煙と化したその肉体にダメージは無いが、

 その圧倒的な風圧に押され彼は地面に叩き落された。


「やってくれましたねぇ……朝霧、そしてキアラ……!」


「それはこっちの台詞です。領主クロノ。」


 同じ高さにまで降り立つと

 朝霧は大剣を片手で携え敵に歩み寄る。

 その魔力はやはり雷撃のように迸り、

 彼女の内に秘めた怒気よって増幅されていた。


「私の仲間に、さっきはよくもやってくれたなッ!」



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