第十五話 桃李成蹊
魂喰い――その名の通り魂を喰らう者。
魂とは生命情報の写し。生き様の記録媒体。
そして魔法使いの魂には『祝福』も宿っている。
天帝が造りし忠実な魔人たちは
その魂と密接に結び付く異能のエネルギーを、
生きたまま喰らう事で奪っていく。
だが魂喰いが祝福を奪う時、
実は生きた魔法使いの肉を食す他にも
もう一つ捕食対象候補があった。
その候補の名は『聖遺物』。
魔法使いの魂が物質化した物である。
「「さて。俺たちもお仕事に取り掛かろうか。」」
劉雷の魂は物質化していた。
しかも他の事例とは大きく異なり、
彼の肉体全てが念動力の聖遺物に変容していた。
エヴァンスの解析眼でその事実に気付いた魔人たちは、
劉雷の遺体を細かく刻んで補食する。その結果――
「「念動力、出力最大!!」」
――総数二十体の劉雷軍団が誕生した。
全員が魔人由来の肉体変化を搭載した念動力使い。
全員が封魔局一番隊隊長の力量と経験を有する超精鋭。
最強の封魔局員は魔人の雑兵として乱用されていた。
「っ……よくもッ!」
刃に怒りを乗せて朝霧は吼えた。
尊敬する隊長の死体を弄ばれた事実に対して、
煮え滾るような熱い思いが噴火する。
その激昂の念を魔力に込めて、
彼女は赫岩のレーザー砲を敵軍へと放出した。
しかし空中に漂う念動力者軍団は
彼女の攻撃を集団行動にて完璧に無効化する。
四、五人の壁役が念力のバリアを展開し、
その背後で攻撃役の十名が炎や氷や雷を放った。
(ちっ! 少し掠った、避けきれない……!)
生前の劉雷の強さは
拳闘士時代に施された肉体改造に補強された物だ。
人体に専用の呪文や魔術を仕込む手法が取られており、
魂喰いの捕食だけではこれの再現は出来ない。
つまり今此処にいる劉雷軍団は
生前の本人と比べれば出力も精度も数段劣っている。
しかしそれでも朝霧は避けきれなかった。
性能の差を数で埋め、出力の劣化を数で補う。
誰か一人が朝霧に狙われれば近場の劉雷が支援し、
堪らず離れたタイミングを遠方の劉雷が撃ち落とす。
元より全員同じ人物であるのなら巧みな連携もお手の物。
同姓同名の特殊部隊は着実に朝霧を追い詰めていた。
(電撃、発火……氷刃に石礫! 手数が多い……!)
朝霧は敵集団の撃破を一旦諦めて、
彼らの追跡を撒くことに専念する事にした。
しかし背後と上空から二手に分かれて追撃は続き、
行政区の高い建物を戦場に強者だけの空中戦が始まった。
視線を切るために入ったビルの中では
互いに飛ばした斬撃と念力が衝突し、
何処からともなく迫るガラスの破片が
構えた大剣の峰に当たって次々と散った。
やがて攻撃が止んだかと思えば、
突然建物全体が鳴動しだし
途端に天井と床とが逆転する。
「窓を見張れ! 何処にも出させるなよ!」
「他のビルも浮かせろ! 圧殺だ!」
更に四棟の建物が空中へと浮かび、
朝霧の入った鉄の箱をぐるりと囲む。
そしてその回転が一周に達した頃、
建物たちは一斉に中央へと収束した。
「真体開放――」
だがビル同士が激しく衝突したその時、
裂け目の中から鮮やかな赫光が産声を上げる。
そしてそれを観測できたのは運の良い一部の劉雷のみ。
「しまっ! 後退!!」
自ら作った死角の中から、
真っ赤な交戦が空を目指して突出する。
それは反応の遅れた三人の劉雷を巻き込み、
一瞬にして跡形も無く消し去った。
またそれによって乱れた陣形に対し、
瓦礫の中の朝霧が不可避の一刀を解き放つ。
因果を超えた斬撃は更に二人の劉雷を斬り裂き、
その内の一人に関しては核まで捉えて絶命させた。
「ぐっ!? やるなぁ、朝霧……!」
肉を引き裂かれた劉雷が
大粒の汗を流しながらニヒルに笑う。
無論それは「劉雷ならそうする」という計算によるもの。
故にオルト・アビスフィアの勝利を至上命題とする
食魂の魔人たちはすぐに切り替え次の対策を実行する。
「出し惜しみは無しだ! アレやるぞ!」
「「おっしゃ!」」
残る十六名の劉雷が一斉に同じ行動を取った。
彼らは腰に付けたアイテムを右手で掴むと、
手の甲を心臓へと押し当てる。
そしてアイテムのボタンを全員同時に押した。
「「変身。」」
次の瞬間、遥か遠方に積まれた瓦礫の山から、
複数の物体が一斉に飛び出した。
それらは狂いなく朝霧らの戦場へと飛来し、
そして対応する劉雷の下へと馳せ参ず。
現れた物体の正体は鋼のバイク。
以前デイクが「量産する」と言っていた、
グレンも愛用する魔導飛行バイクであった。
そしてバイクと量産型の最強とが交差する時、
それらは鮮やかな紫色の魔法陣と共に入り乱れ、
一人の屈強な駆動兵士へと変形する。
『『魔導機兵――「帝陵大隊」!』』
(劉雷隊長に装甲が付いた? ……いやこれはっ!)
それ以上の効果がある。
朝霧の直感がそう告げたのとほぼ同時に、
二人の劉雷が彼女の眼前まで一瞬にして詰める。
最強の封魔局員に上乗せされたのは、
鋼の装甲とジェット噴射の速度。
そしてそれらを攻撃に転用する事で生まれる、
純粋かつ高威力な物理火力だ。
「ッ!!」
両目を狙って迫ってきたのは鋼のラリアット。
朝霧はそれを寸前の所で辛くも回避する。
だが回避直後の隙を狙う役割の劉雷も当然準備済みで、
体勢の崩れた朝霧の鳩尾を狙って
真上から鋭い鉄脚の飛び蹴りが放たれた。
まるで槍の如きその一撃は
咄嗟に間に合わせた朝霧の防御を突き破り
彼女の口から血を吹かせる事に成功する。
そしてそのまま朝霧は叩き落とされて、
地面に大きなクレーターを生む。
「かっはッ!? 今のは効いた……でも!」
この程度なら祝福で無かった事に出来る。
いくら凄まじい攻撃を喰らおうとも
朝霧は自分の負けは無いと確信していた。
しかし未だ活力に溢れるその瞳が再び空に向いた時、
彼女は自身の想定の甘さを悔いた。
(!? な、に……? 呼吸が……!)
『『疑似再現「永劫虚毒界」――!』』
高性能の鎧を得たことで、
劉雷たちの祝福性能は底上げされていた。
一人で生前の神業を模倣するのはまだ困難だが、
複数人で分割すればその結果を再現出来るほどに。
永劫虚毒界――朝霧の半径百メートルから空気が消える。
(逃げ……なきゃ……!)
『真空範囲拡大。朝霧に何もさせるな。』
(駄目っ……一人じゃ、抜け出せない……!)
『そのまま枯れて死ね。』
既に朝霧の実力は生前の劉雷と並んでいた。
否、競う項目によっては勝っていた。
少なくとも劣化版の魔人に遅れを取るほど、
今の朝霧は弱くは無かった。
だがそれでも――勝てない。
ある程度まで質の差が埋まってしまうと、
最後には『数』の暴力で押し切られてしまう。
頭数を揃えられた時点でオルト・アビスフィアの勝ち。
孤立した段階で朝霧桃香の負けだった。
「……っ、ぁ……。」
『……確実に息の根を止める。全員、浮かせ。』
動かなくなった朝霧にも慢心する事なく、
劉雷たちはトドメ用の武器を用意した。
小さな礫が土星の輪のように彼らの周囲を巡って守り、
念力によって加工された巨大な瓦礫のギロチンが
朝霧の頭上へと運ばれていった。
――やがて、盛大な処刑が容赦なく執行される。
巨大な瓦礫は突然浮力を失い、
自由落下の速度を得て朝霧に迫る。
真空の世界に空気抵抗などという情けは無く、
その中心で動かない女の頭へ瓦礫は即座に墜ちていく。
そして遂に瓦礫のギロチンが地上へと落着した。
衝撃は地面を揺らし、砂塵が地上に吹き荒れる。
しかし空を漂う劉雷軍団に影響は無い。
鋼の装甲に身を包む彼らは
そのレーダーで朝霧の反応消失を確認した。
『朝霧桃香。殺害完了。』
『これより各地の援軍に向かいます。』
劉雷たちは生前の本人ならあり得ないほど勤勉に
各地の様子を気に掛け己の進路を決定していく。
そして十六名の元最強はそれぞれ四方へ目を向けた。
が、その時、一人の劉雷が何かに気付く。
『皆待て! 瓦礫の側に何か舞ってるぞ?』
『? 何も無いぞ? お前の気のせいじゃないか?』
『はぁ? お前目悪いんじゃねぇの? 視力いくつだ?』
『全員一緒だよ。』
『いやとにかく! ほらあそこ!』
騒ぐ自分に急かされて周囲の劉雷も目を凝らした。
するとそこには確かに見慣れぬ何かがあり、
ひらひらと風に煽られて舞っていた。
形状は長方形。サイズは手の平大。色は白と黒と赤。
僅かに魔力を宿すそれに一部の劉雷たちが近付いた。
そして手に取ってよく観察してみると、
それは何の変哲もない一枚の――
『トランプ?』
――刹那、彼らの周囲に魔力が爆ぜる。
突然輝きを発し始めたのは、
防御のために自ら展開していた瓦礫の礫。
それが今、一つの意思の下で変容する。
「レディースエーンッ! ジェントルメーン!!」
まずお見せしましたのは朝霧桃香の脱出ショー。
振り下ろされたギロチンの下に彼女の無惨な姿は無く、
代わりに一枚のトランプがひらりはらりと舞い散るのみ。
次いでお見せしますは複数人での出現マジック。
妖しく空に浮かぶ小石の数々を、
マジシャンが弾く指の音に合わせて
意外なモノへと変化させてご覧にいれましょう。
はい、ワン、ツー、スリー――
「エクスチェ〜ンジ? 一番隊!!」
輪を描く劉雷たちの更に外側を囲んで、
石礫が全て人の形へと生まれ変わる。
それは氷剣を持つ女。太い二の腕を持つ男。
周囲に光球を浮かせる年配者に大剣を担ぐ若者。
そして――愛用のライフルを担いだ女狙撃手。
『……! 会えて嬉しいぞ、お前らァ!!』
「私たちも嬉しいです。ですがこんなには要らない。」
『ふは! レティシアッ!!』
場に合わない歓喜の雄叫びを上げながら、
劉雷たちは害意を込めた腕を引っ提げ仲間たちに迫る。
対するレティシアも弾丸を発射するが、
同じ顔の兵隊たちは誰もそれに当たるとは思っていない。
「だからそこに隙が生まれる。――キアラさん!」
「祝福『大傑作』!」
再びマジシャンが指を鳴らした時、
レティシアの弾丸が更に別の人物と入れ替わった。
新たに現れたのは短剣を携えた長身の男。
神殺を謳う元地下闘技場の最古参。
『アキレスか!?』
「宿れ、『ミストルテイン』。」
装甲を貫いて寄生植物が根を張った。
その攻撃を受けた三人の劉雷は地上に落ちて、
一番隊員たちの集中攻撃を前に絶命する。
鮮やかに自分が殺される姿を見て、
残る劉雷たちは戦慄していた。
「どうした雷? 弱くなったな。」
『っ……!』
「そう言ってあげないでくださいアキレスさん。
今のアレらは隊長と形の似ているだけの畜生です。」
『言ってくれるなレティシア! 勝つつもりか?』
「勿論。だから此処で――ちゃんと死ね。」
十三体の劉雷軍団と生前の彼の関係者たち。
それらが今は陣営を別ちここ行政区にて激突する。
その喧騒に叩き起こされ、
気絶していた朝霧が目を覚ます。
見れば彼女はキアラの背後で匿われていた。
「え!? キアラ!? なんで!?」
「ショウさんの放送を見て飛んできました!
それと一番隊のレティシアさん曰く、
各地からこの街に向かう反応を察知したそうです!」
「それって……!」
「はい! 取り戻しましょう――みんなで!」
その言葉に朝霧は目頭が熱くなった。
孤立し、大勢に囲まれ、為す術無く負けたからこそ、
今の彼女はその言葉に救われる想いだった。
だが此処は戦地。そしてまだ何も終わっていない。
朝霧はそれを理解し顔を拭うと再び大剣を手に取った。
「朝霧! お前は先を急ぐべきなんじゃないのか!?
おい奇術師! お前ソイツを運んでいってやれ!」
「アキレスさん!? でもみんなは!?」
「劉雷隊長とは私たちで決着を付けます。
それよりも先の通信……フィオナさんの下へ、早く!」
「レティシアさん……ッ、了解!」
力強くそう頷き、朝霧はキアラに掴まる。
転移の聖遺物を失くした今の彼女にとって、
奇術師の『事象交換』が最速の移動方法だった。
そして二人は激戦の行政区を抜け目的地を目指す。
「必ず追い付く、フィオナッ!」
――南西部・大通り――
呪いで蝕まれた体を引きずり、
フィオナは大通りを北上し続けていた。
だが彼女は突然足を止めて舌打ちを放つ。
眼の前に面倒な連中が居たからだ。
「あ、見てよ道和。どうやらこっちはハズレみたい。」
「おいおいシックス〜! どう見てもアタリだろ?」
ガードレールに跨り談笑していたのは二人の刺客。
赤と黒を印象付ける女と鉄の棒を担ぐ隻腕の偉丈夫。
朝霧桃香がオルト・アビスフィアにとっての
武力方面の最大の脅威とするのなら、
こちらは散々計画を邪魔された知略方面の敵。
「またお前らか、亡霊達……!」
「当然でしょ? 死ぬまで付き纏うのが亡霊よ!」
糸と弾薬が飛び交い爆ぜ、銃をバリアが弾き返す。
都市南西部大通り。此処でフィオナの足が止められた。




