第十三話 堕ちた星
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それの試作機が造られたのは約七年前。
魔法世界全土を巻き込む巨大な戦争によって
偉人レベルの魔法使いが粗方死滅した頃だった。
当時求められていたのは即戦力。
少しでも見込みのある者は穀物のように収穫され
力ある若輩者が指揮官として駆り出された。
そして半端な戦力でも最前線で戦えるように、
両陣営は『強化パーツ』の開発に力を注ぐ。
四方守護の魔導外装。執政補佐官の魔神外装。
そして野良の機械オタクが造った駆動機兵なども
この流れを汲んだ末に開発された兵器だった。
しかしそれらの兵器たちをも凌駕する代物が、
既に戦時中に開発されていた。
それこそがデイク考案の対神域用決戦兵器。
灼熱と黒鉄の巨人『SURTR』である。
ただし試作機の開発にまでは至ったが、
この兵器が戦時中に実用化される事は無かった。
戦時中の最前線での利用が想定された巨大ロボットは
結局それに見合うスペックの操縦者を
見つける事が出来なかったのだ。
これは半端な戦力を最前線に投入するという
当初の目的と矛盾している。
故に開発は中断され計画は白紙に戻った。
――はずだった。
『出力安定。魔力炉も好調そうだな。』
デイクの発明を一つの完成形まで持っていった者がいた。
悔しさを腹の中に押し殺す昔の助手に同情したのか、
誰に頼まれるでも無く稀代の天才が研究を続けていた。
操縦者問題に一つの改善案を提示し、
隊長格を相手に戦った戦闘データまで遺して。
『模造品……あの人なりの敬意なのかね?』
「ん、何か言ったっすかデイクさん?」
『グレン君。改めてコイツの性能を解説するぞ。』
仮想敵は神域魔術の使い手、即ち魔法使いの強者。
戦時の最前線で彼らを討ち滅ぼせるように、
この巨大ロボットには無数の工夫が施されている。
まず装甲には対魔法コーティングが、
武装には両腕に仕込んだ熱量兵器の灼魔剣が、
そして全長約三百メートルの巨体を動かすために
その全身には百を超える大量の推進器と
試作段階の反重力機構が組み込まれていた。
「早い話、デカくて、硬くて、強くて、速い、っすね?」
『あぁそんな認識で構わん!
そしてそんな凄まじい機構を動かしているのが
我々二人による機械生命融合式だ。』
機械との融合による直接接続。
それが今は亡き稀代の天才が示した
操縦者問題への一つのアンサーだった。
そしてデイクはその結論から更に応用を利かせて、
人間二人分の融合という破天荒な手段によって
遂に巨大ロボットの完全制御を実現した。
戦闘中の炉心の温度調整や姿勢制御。
及びその他問題への対処がデイクの役割。
そして武装の使用や機体のメイン操縦などは
グレン・ホーネットの役割として分割されていた。
『つまりは俺がサポート。お前がメインだ!』
「了解! ……っすけど、本当に良いんですか?
新人封魔局員の俺なんかが操縦担当で?」
『問題無い。むしろ最適だ。』
「え?」
『お前の祝福「オルタナクロック」による思考加速。
そいつがあればコイツのマルチタスクも完璧に熟せる。
ぶっつけ本番で動かすなら、お前が最適だグレン!』
「――!」
コックピットの中でグレンは静かに俯いた。
その間に遠方から敵となったフィオナも接近を始めた。
が、若き操縦者はほんの少しの焦りも無く、
静かにその自信に満ち溢れた顔を上げる。
「なんすかそれ……テンション上げさせてくれるっすね!」
『応! 難しい操作はこっちでやる。ブチかませ!!』
瞬間、巨大ロボットがその両腕を合わせる。
標的はビルの上を駆ける小さな敵。
しかし細かく狙いを調整する必要は無い。
何故ならこの攻撃は、広範囲を焼却するのだから。
「出力百パー! 灼き斬れ――『灼魔剣』!」
「ッ!?」
開いた機兵の手の内から
真っ赤な熱線がこの世界へと放出された。
それは星雲色めく海上都市の青空を真っ直ぐ横断し、
正に世界を斬り裂く一刀となって水平線の彼方を燃やす。
その規模は過去の兵器とも一線を画すもので、
大きな予備動作から攻撃を察知していたフィオナですら
完全には避け切れず、炎上しながらビルへと落下し、
燃える体を転がしてようやく安全を確保した。
(ッ……! 今のは本当にヤバかった……!)
「デイクさん! 次弾の準備を!」
『クールタイム中だ、三分待て!』
(どうやら弱点もいくつかあるらしいな?)
フィオナは焦げた頬を拭いながら笑みを漏らす。
彼女の見つけた弱点は大きく分けて二つある。
主砲のクールタイムとその発射方向だ。
クールタイムの方は言わずもがな。
戦闘中に三分間の猶予があるのは大きな弱点となる。
だが何よりも問題なのは発射方向の方だろう。
(火力が高すぎて地上には撃てないだろ?
強固な大陸ならまだしも、この海上都市なら特に!)
住民の避難が完了しているとはいえ、
海上に浮かぶ人口都市の地盤は決して強くない。
少しでもゴエティアそのものに着弾すれば、
その瞬間に足場が崩壊する危険があった。
故に『SURTR』が熱線を撃てるのは
自身の腰よりも上の方向に限られる。
予備動作が大きい上に射角に大きな制限があったのだ。
(ならば攻略法は単純! 冷却中に下から崩せば良い!)
五丁拳銃を鎌に変形させ、
フィオナは躊躇無くビルの頂上から飛び降りた。
そして得意の糸を使った三次元的な動きによって、
建物の陰に姿を隠しつつ巨大ロボへの急接近を図る。
そのスピードにグレンらは対応出来ていなかった。
『一旦下がれ! レーダーで位置を特定するそ!』
「っ……ンだよこれ……! 速すぎんだろ!?」
画面上では赤い点が絶えず動き回る。
エンジンを吹かして後退する巨大ロボットに、
同等かそれ以上の速度で敵の反応が接近してきた。
グレンはレーダーを頼りにモニターを観測してみるが、
やはりフィオナの姿を捉える事は出来なかった。
やがて画面上の赤点が数メートルの位置まで迫り、
鋭い殺気の混じった魔力が機内に直接届いた頃、
グレンらのレーダーに別の反応が現れた。
「なにっ!?」
新手の反応は元の赤点とぶつかり魔力を解き放った。
レーダーはその余波でしばらく歪み、
慌ててグレンはモニターで確認を急ぐ。
すると其処には空中でフィオナと斬り結ぶ、
黒翼の異形が存在していた。
「アビスフィアァアァァアア!!」
「まだ動けたかっ……! ネメシス!」
一本欠けて三本腕の怪物が、
再びその執念を仇の親玉へと叩き込む。
仕込み刀を振り回す怪異はかなり危険で、
明らかに広い空間の方が対応しやすい。
ほとんど反射的な判断でそう思考すると、
フィオナの体は無意識に上空を目指していた。
がその時――
「っ!? しまっ!!」
――彼女の全身を巨大な鉄の拳が殴り飛ばす。
乱れた刃を躱そうと広い空間に出た事で
今度はロボの得意な領域に入ってしまったのだ。
瞬時に糸の繭を間に挟ませてはいたが、
流石の質量を前にフィオナは大きなダメージを負う。
やがて吹き飛ばされたビルの屋上で
フィオナは体勢を立て直そうとするが、
その時には既に背後にネメシスが迫っていた。
(ぐっ!? マズい、マズいぞこれは……!)
接近戦では恵体の怪物との斬り合いとなり不利。
ただでさえ腕の本数や純粋な馬力が違うのに、
剣士としてネメシスが純粋に強かった。
しかしだからといって十分な距離を取ってしまうと
今度は巨大ロボットの超強力な一撃を喰らいかねない。
偶然居合わせただけの二者であったが、
奇しくも彼らはフィオナを追い詰める刺客として、
これ以上無い程の最高の組み合わせだった。
「面白い……!」
黒翼の魔と巨大ロボ。そして天帝の後継者。
三者の戦闘は都市全土を巻き込み繰り広げられた。
黒翼の魔が糸の結界を斬り刻めば
その隙に天帝の後継者が屋内へと駆け込み、
所在の隠蔽と巨大ロボへの再接近を図る。
ロボはそんな彼女の入った建物を引き抜くと
天地をひっくり返し投げ槍のように投擲した。
だがその時には既に彼女は腕へと飛び移り、
巨大ロボットの関節に鎌の刃を叩き付ける。
(っ……硬いな。この程度の貫通力では無駄か。)
「アアアッ!!」
(時間を掛ければすぐにネメシスもやって来るか。)
フィオナは再び空中に飛び出すと
二本の糸のみを命綱に地面スレスレを滑空する。
追撃者たちが放った灼熱の拳の連打も、
禍々しい刃の斬撃も華麗に避けて、
彼女はゴエティア南部にまで移動した。
そして飛び散る硝子片が降り注ぐ中、
彼女は突然振り返り遙か上空に眼を向けた。
――胸元に仕舞うアイテムに触れながら。
「跳ばせ。『抜』。」
「「っ!?」」
それは朝霧から奪った転移の十字架。
事前情報の無い刺客たちにとって
一番予想されていなかった不意打ちだった。
次に彼女が現れたのはネメシスの眼前。
目の前で爆ぜる淡緑の閃光に眼をやられ、
完全に無防備となった異形の躰を
天帝の後継者は死神の鎌で斬り付けた。
やがて蒼天の元に紅い血潮が飛び散り、
更に二本の腕と一本の足とが斬り飛ばされる。
そうして怪物は発狂の如き大咆吼と共に、
進路を変えるフィオナの足場となって
地面に向けて蹴り飛ばされた。
「チッ、デイクさん……灼魔剣を!」
「こちらフィオナ。」
(――!? 無線……? 一体誰と?)
「火力支援を要請する。」
(まさかッ!?)
自らの直感を信じて
グレンは機体の腕をモニターで拡大した。
それは先程フィオナが降り立った場所。
僅か数秒しか接地していなかったが、
そこには確かに異物が撃ち込まれていた。
「『天門』か!?」
予想通り、機体の頭上を魔法陣が覆った。
ただし自身の腕にアンカーが刺さっているので、
魔法陣の位置は僅かに機体の中心から逸れている。
つまり此処からでも回避は十分間に合いそうだった。
がしかし、その中でグレンは迎撃を選択する。
「ッ……! 魔力装填開始!」
『な!? 待てグレン、回避で十分だ!』
「回避したらネメシスが巻き込まれるっすよ!
それに……むしろこれは又とないチャンスっす……!」
『チャンス?』
「はい! 今ここで『天門』は破壊するっす!」
上空の魔法陣は衛星兵器と標的を繋ぐゲート。
ならばその門から直接兵器を狙う事も出来る。
どうせ敵にしか発動権限が無いのなら、
もう此処で潰してしまおうとグレンは決断した。
そして黒鉄の巨人は天を仰ぐ。
その両腕に灼熱のエネルギーを溜めて、
頭上より放たれる光に合わせて熱線を撃った。
――数刻の後、魔力を帯びた二つの光線が
世界で最も発展した大都会の空で衝突する。
その衝撃は周囲の建物を次々と砕き、
その余波は外周にまで至り海面を大きく揺らした。
やがて両者の光が互いの狭間で硬直する。
『ダメか! 重力の分、こっちが不利だ!』
「諦、めるかよッ……!」
『……! グレン……』
「どっかでアクセル掛けなきゃ前には進めねえんだッ!」
彼の魔力が鋼の鎧と呼応した。
装甲の周囲には真っ赤な光が走り、
吹き出す熱と炎が更にその火力を上げる。
そして――
「ブチ抜け! 『灼魔剣』ッ!!」
――想いに共鳴した焔の柱が、
白い天罰を押し退け魔法陣に直撃する。
そして更に向こうの宇宙空間にて
飛び出した熱線の残り火が標的を穿った。
衛星攻撃兵器『天門』、撃墜。
その様子は青空の中にも薄っすら浮かぶ。
尾を引きながら燃え落ちる兵器の姿が、
人々の肉眼にも朧気ながらも観測された。
『良いぞグレン! お前は最高だ!』
「うす! このままフィオナさんを……」
『待て!? 上空に高エネルギー反応補足!』
一時の勝利に浮かれる暇は無い。
局所的な優勢は次なる劣勢への布石。
天帝の後継者は僅かな手札で相手を殺す。
『この数値、まさか……!』
「天門はアンカーさえ刺せば撃てる。
わざわざ無線で支援要請を出す必要は無い。」
『グレン! バリアを……いや今すぐ退避しろ!』
「対魔法装甲相手に魔力砲では不安だったからな。
本命は超質量攻撃にしたよ。」
『流星襲落の弓が来るぞォ!』
灼け墜ちる魔法陣を吹き飛ばして
新たな脅威がグレンたちに差し迫る。
流星襲落。巨大隕石による圧殺であった。
最大火力直後のクールタイムを狙われたのでは
流石の巨大ロボットも太刀打ち出来ない。
グレンはすかさず退避行動を選択した。
だが流れようとした巨人の足がピタリと止まる。
気付けばその両足は
糸によって地上と縫い付けられていた。
「バカな!? まさかさっきの間に!?」
「かなり楽しめたよ。メカニック。」
『ぐっ! 装甲出力最大っ! 衝撃に備っ――』
「――墜ちろ巨星。」
刹那、二つの超質量がぶつかり合った。
その衝突は即座に眩い光を生み、
遅れて割れんばかりの音と
世界を飲み込むほどの衝撃を解き放つ。
――――
数十秒の後、
撒き散らされた砂埃が僅かに晴れる。
現場には巨大なクレーターが刻み込まれ、
周囲に残る建物は真っ黒に焼け焦げていた。
そしてそんな窪みの真ん中では、
完全に大破した巨大ロボットの内部から
負傷し、気絶した操縦者を救助する人影があった。
「グレン! おいグレン! 生きてるか!?」
「ぅ……ぁ……」
「クソっ! 早く治療しねぇと!」
自身も負傷しているのに、
その人影は自ら同乗させた若者を優先して
熱い鉄板を無理矢理こじ開ける。
だがそんな彼の背後に、新たな人影が現れた。
「大変そうですね、デイクさん?」
「っ!? フィオナ……!」
隕石の襲来で彼女もまた負傷していた。
だが回復手段の無い二人とは違い、
フィオナは自身の右手で顔に触れると、
途端に全ての傷を跡形も無く消失させる。
「おい……冗談キツいぞ……何だその手は?」
「この手は天帝そのものです。
そしてこの通り、彼の祝福も私は自由に扱える。」
(参った……勝てんぞこれは……!)
万策尽きた発明家は自らの死期を悟った。
せめて若人だけでも助けられないかと模索するが、
優秀な頭脳がその実現性の低さを正確に演算してしまう。
彼はグレンを抱えたまま、己の死を受け入れた。
が、その時――フィオナの胸を白刃が貫く。
口から血を噴き出しながら、
フィオナはその下手人を視界に入れる。
彼女の背後を取ったのは、
彼女に四肢を切断されたはずのネメシスだった。
「しつこい。例え心臓を貫かれようと私は死なんぞ?」
「……ァぁ、そうだろうなぁ……
傷は肉体変化で治せるもんなァ……。」
(!? 待てコイツ、腕が再生してないか?)
「だからよォ、俺はずっと溜めてたんだ……
仮にそんな奴が仇でも、ちゃんと殺せるように……!」
「っ!? まさか貴様!」
「なぁ天帝……呪いはどうする?」
ネメシスは突き刺した刃に魔力を込めた。
切断された手足が再び生えてくるほど、
それほどまでに症状の進行した呪いの力を、
刃の先から仇の肉体へと流し込んだ。
「治せるモンなら治してみやがれ……」
「ぐぶ!? おのれっ……貴様ァアアッ!」
フィオナの絶叫にも、迫る無数の糸にも意識を向けず、
復讐者は敵に突き刺した呪剣をカチリと回す。
直後その周囲には黒き半球のエネルギーが浮かび上がる。
「廻怨――『堕ちた星』。」




