第四十二話 参戦
薄暗い地下空間。
巨大な金庫の前で彼らは対峙する。
一方は≪砂漠の獅子≫と呼ばれる勇士。
ここマランザードの領主にして、
戦争の功労者、アシュラフ。
対するは『特異点』である闇社会の王。
盗賊団ヘッジホッグの頭領にして、
強欲のサギト、ガイエス。
その戦力差は……
「絶望的、じゃねぇのか? 領主さんよ?」
「…………」
「基礎身体能力。魔力量。祝福の数。
全てにおいて俺が上だ。負けだ、アンタ。」
結果は見えている、そう言わんばかりに
ガイエスはあえて魔力を垂れ流す。
しかし、アシュラフは一切動じず、
手にした西洋刀を握りしめた。
「頭領! ここは俺らが相手します。」
盗賊たちがアシュラフを囲む。
だがこれも、アシュラフは
意に介することは無かった。
彼はただ、精神を研ぎ澄ます。
(……久しいな……戦争終結からもう五年か。)
剣を構える。
強欲のサギトも睨みを効かせた。
アシュラフは、ふぅと一呼吸整えると――
「――遅いぞ。」
その姿を消した。
刹那、彼を囲んでいた盗賊たちは
瞬く間に斬り伏せられた。
「ッ!? 神域硬化!!」
危険を察知したガイエスは
全身を鋼鉄以上の硬度へと化し、
アシュラフの輝く剣を弾く。
だが、その強烈な剣撃により、
後方へと大きく押しのけられた。
「……流石に速いな。それが噂の『加速』、か?
魔術にも加速系はあるが……レベルが違うな。」
「…………」
「へっ! 無視かよ。
戦闘中にベラベラ喋らないタイプか……」
ガイエスは鼻で笑いながらも、
アシュラフの祝福に大きな興味を持っていた。
魔術による加速と比べて、最高速度はもちろん、
ゼロからトップスピードへと掛かる加速度も
桁違いの性能であった。
(ほとんどワープだったぜ? ありゃ。
……いいなぁ。その祝福。)
「どうした、サギト? この程度か!」
アシュラフの姿が消える。
再びガイエスが認知した時には既に、
目と鼻の先までと迫っていた。
「絶剣――『旋風』!」
「ッ! おぉ!?」
アシュラフは疾風の如く、
怒涛の連撃を繰り出した。
ガイエスも全身を硬化し防ぐが、
反撃を行う暇も無い猛攻であった。
「「頭領!!」」
「おっと。
あなた方のお相手は、私でございます。」
マランザード執事、マッケンフロー。
彼の祝福は――
「退け! ジジイ!!」
「――衝撃波。」
老執事が拳を握り、トンと動かす。
と、同時に盗賊たちは壁まで吹き飛んだ。
「脳を揺らしました。
しばらく立てもしないでしょう。」
盗賊たちを片付け、老執事は凄む。
熟練の戦士二人を前に、盗賊団は壊滅した。
「でかしたぞ! マッケンフロー!
あっけ無かったな! 特異点!!」
防戦一方のガイエスと、
マッケンフローに歯が立たない盗賊たち。
アシュラフは勝ちを確信した。
勝てる。
最大限のスピードで、
ガイエスに勝負を仕掛けた――
「――おし、慣れた!」
ガッ!!
ガイエスは足を大きく回し、
完璧なタイミングで
アシュラフの頭部へと叩きつけた。
「ぐはっ!?」
アシュラフは地面へと叩き付けられる。
自身の速度も合わせかなりの衝撃であった。
「っ!? な、何故!?」
「言っただろ? 慣れた、って。
何発も斬り込んで倒しきれなかった
あんたの負けだよ。アシュラフ。」
「旦那様!!」
溜まらずマッケンフローが飛び込む。
しかし、サギトという生物を前に
彼のスピードでは歯が立たない。
たちまち数発の拳を食らい、
口から血を吐きだしてしまった。
「勝ち、だ。俺は常に勝つんだ。」
ガイエスは笑う。
そして、地に伏す二人の頭を掴む。
「権能、悪霊の金貨。
お前らの『加速』と『衝撃波』、頂くぜ。」
無慈悲にも彼らの力は奪われた。
――――
ピシッ!
「あ? なんだ?」
天井からパラパラと粉が落ちる。
ガイエスがそう思った瞬間、
爆音と共にそれは崩壊した。
――領主邸玄関――
散乱した廊下を劉雷が走る。
辺りには私兵や局員が倒れていた。
(魔法を封じての正面突破……
サギトの肉体という独自の武器を
最大限に生かせる戦略だったな。)
未だに室内には煙が漂っている。
劉雷はまっすぐ地下金庫を目指す。
(いっそ搦め手で来られたほうが楽だ。
サギトと真正面から戦って、
勝てるヤツなんかいねぇからッ!)
地下へと続く階段へと差し掛かった。
――その時、劉雷の近くの壁が粉々に砕かれる。
衝撃が襲い、煙すらも吹き飛ばした。
「ビンゴ!!」
現れたのは盗賊、ギースだった。
彼の両手足は黒い光沢を持ち、
その肉体は大きく肥大していた。
「祝福――『武器人間』。」
ギースの腕は異形の砲身。
ギースの足は変質した支持装置。
彼そのものが武器と化していた。
「散々やってくれましたね、隊長さん?
だが、祝福ありならそうは行かないですぜ!」
「ほざけ。
お前が煙を払ったおかげでこっちも……ん?」
劉雷は何かに気付き、停止する。
それを隙と捉えたのか、
ギースは銃となった二の腕に熱を貯めた。
全身を支える鋼の足が食い込み、
ギシギシと床に亀裂が走る。
「食らえ! 劉雷!!」
だが、殺意を向けられた劉雷は、
たった一言だけを呟いた。
「……なんだ、もう来たのか。」
刹那、彼は腕を大きく振り上げた。
瞬間、彼らの真上の建物が、
大きく音を立てて引き裂かれる。
亀裂が領主邸を引き裂き、
一階から屋上へ目がけて謎の衝撃が走った。
「ここだ。さっさと降りてこい。」
劉雷がぼそりと呟いた後、
ギースの耳は異変を察知する。
(……! なんだ? 何か聞こえたぞ?)
耳を澄ませる。
「――――ぁぁ!」
「まだ聞こえる! 一体どこから!?」
「「――ぁぁぁぁ!」」
「近付いている! それも、一人じゃない!」
動揺するギースと対照的に、
劉雷は黙って上を見上げていた。
「「「――ぁあぁああぁあ!!!!」」」
「ハッ! 上か!?」
若い男女の絶叫がハッキリと鳴り響く。
「ミストリナめ。
てめぇの部下にひでぇことしやがる。」
彼らの遥か上空より、
その隊員たちは落下してきたのだ。
「朝霧さん! 劉雷隊長です!」
「なら隣は敵ね! 倒す!」
先頭の女が大剣を、
落下の勢いを乗せて振り下ろした。
上から下へと勢いよく、
ギースの鋼鉄の体を地面へと叩きつける。
「ぐほおぉぉあッ!!!?」
「っしゃあ!」
朝霧桃香が降り立ち拳を握る。
と、同時に劉雷は指を指す。
「あー朝霧隊員? そこの足場、多分脆いよ?」
「……へ?」
ピシピシッ ドゴォン!!
――地下金庫――
「うぉ!? 天井が割れた!? ん?」
「えぇ!? 床が抜け落ちた!? は?」
「ガイエス!?」
「朝霧!?」
敵対する両者の目が合う。
朝霧は再び特異点と対峙した。