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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
最終章 さらば愛しき共犯者

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第十一話 恒久平和

 ――六年前・ディフトラム島――


 未だ世界が戦争状態にあった頃、

 戦乱も遠き此処デガルタンス領内の孤島の森で、

 一つの奇怪な生命体が走り回っていた。


 それは傷だらけな人間の右手。

 手首から先だけで動き回る

 気色の悪い珍妙な生き物だった。


 その生命体の名はゲーティア・テウルギア。


 彼は戦場にて魔女ソフィアに敗北したが、

 切り落とされた右手に魂を宿し

 生き存えていたのだ。


 やがてゲーティアはかつての住居に辿り着き、

 廃墟と化していたその地下室に侵入する。

 現在では既に崩落で潰れたその扉の先にあったのは、

 赤い髪の裸の女性を閉じ込めた氷塊だった。


 ゲーティアはそんな氷に向かって、

 手首の断面から生やした口を使い呪文を放つ。

 すると氷はものの一瞬で粉々に砕け散り、

 中にいた女を地面へと放り投げさせる。


「――寒い。」


 女は声に出せているのかも曖昧な声量で呟いた。

 だがゲーティアはそんな彼女に念波で声を飛ばすと、

 彼女の右手に飛び移りその肉と融合する。



 ――――


「これが私の父。ゲーティア・テウルギアの現在だ。」


 愛用の黒手袋を外して、

 フィオナはその禍々しい指先を朝霧に見せる。

 ほとんどは白い肌の映えた美しい手だったのだが、

 親指と人差し指、そしてそれらの付け根辺りのみが

 赤い亀裂の入った真っ黒な肌へと変色していた。

 またその肉は彼女の意に反してピクピクと蠢いている。


「っ……! ずっとそこに居たの?」


「あぁ。偶に助言もくれた。

 私が耳元に手を伸ばした時は大体それだ。」


「何で……私をここに?」


 色々と聞きたい事はあったが、

 朝霧は何よりもまず自分では検討が付かず、

 尚且つ一番答えてくれそうな質問を選ぶ。

 そして彼女の予想通りフィオナは

 よくぞ聞いてくれた、と嬉しそうに語り出した。


「初めて会った時から私は君に()()()()()()んだ。」


「期待……?」


「ああ! もう単刀直入に言ってしまおうか!」


 その目の瞳孔は開き切り、

 不穏な印象を朝霧に与えていた。

 だがこの決定的瞬間に興奮しているのか、

 本人はその自覚が無いままに彼女へと手を伸ばす。



「私と共に魔法世界を統治してみないか?」



 詰る所それはオルト・アビスフィアへの勧誘だった。

 そしてそれを告げるフィオナの声は弾んでいた。

 まるで朝霧がその呼び掛けに応じてくれると

 本気で信じているかのような態度だった。


「我々は権力こそ得たがまだ盤石では無い。

 君という圧倒的な力を貸して欲しいんだ。」


「つまり鬼神の血が欲しかったって事?」


「ははっ! 勘違いしないでくれよ桃香。

 私は()が欲しい。君だから勧誘しているんだ。」


 怖いほどに穏やかな微笑みを

 フィオナは大好きな親友へと向けて言った。

 またそれと同時に彼女は、

 オルト・アビスフィアの目指す未来を語り出した。


「君は『誰も悲しまなくて良い世界』を求めていたね?

 私が作ろうとしているのは正に()()()()()なんだ。」


「っ……!?」


「より正確に言えば、

 ――『絶対に間違えない統治者による恒久平和の実現』

 と言った所かな?」


「そ、そんなの……!」


「可能さ。天帝の祝福、サギトの肉体。

 そして統一意思の下で任務を遂行する政治家(ソウルイーター)たち。

 これらが揃えば『間違えない統治者』は造れる。」


「……っ!」


 独裁政治の問題点は暴走の危険がある事だ。

 仮に初代がどれほどの善人であっても、

 時間の流れや後継者の行動によって

 どんどん理想から遠退いてしまう。

 人間が間違いを犯す生き物である以上、

 その危険性から脱却する事は出来ない。


 ならば最初から、人以外が統治すれば良い。


 かつてラストベルトの魔女が

 永遠の独裁者になろうとしていたように、

 寿命で劣化する事のない者が統治を続ければ

 国が当初の理想を忘れる事は無い。


 ゲーティアの指と強靭なサギトの肉体があれば

 そんな不老不死の超人は簡単に造れる。

 またその超人を支える政治家たちも

 ロボットのように働く魔人に任せてしまえば

 政府、政治家の腐敗問題すら根本から脱却可能となる。


 正に其れは人間の常識を遥かに超越した発想だった。


 しかしだからこそ、その実現性もまた不定。

 前例無き理論に反証を提示するのは朝霧には難しい。

 やがて一通り聞き終えると、

 朝霧は深く考え込むように目線を落とした。


(恒久平和が……作れる……?)


「部下の中には君を脅威としか見ない者もいた。

 エヴァンスなどは特に何度も暗殺を提案してきたな。

 だが安心してくれ桃香。その意見は全て却下した。」


「――! ……私が今生きてるのはフィオナのお陰?」


「別に恩を着せたい訳じゃない。理解して欲しいんだ。

 私が目指す未来は君と何も変わらなくて、

 これまでの戦いもそのために必要な事だったんだと。」


 フィオナは再び胸を張って告げた。


「あとちょっとでその未来が手に入る。

 頼む桃香――私の『共犯者』になってくれ!」


 伸ばされた手は真っ直ぐ朝霧に向いていた。

 まるで彼女の誠実さを証明しているかのように、

 その手は親友を求めて差し出されていた。

 対する朝霧の方も無言のまま意を決し、

 持ち込んだ大剣を床に突き刺して手放すと

 丸腰でフィオナの方へと近付いていく。


 やがてカシューやイザベラらが緊迫する中、

 当の本人たちはいつでも手が取れる位置にまで

 躊躇いなく互いの体を接近させた。

 そして親友の行動に喜ぶフィオナに対し、

 朝霧はたった一つの質問を投げ掛ける。



「じゃあアリスはなんで殺されたの?」



 瞬間、フィオナの顔色が一変した。

 静かな怒気を孕んだその問いに答える事が

 自身にとってどれほど不利益になるかを

 理解していたからだ。


 故にフィオナは口を閉ざしてしまう。

 だがそんな彼女を逃がさぬように

 朝霧がその核心を突く。


「彼女の眼が魂喰い(ソウルイーター)を判別出来たからじゃない?」


「っ――!」


 かつてアリスはフィオナの前でこう漏らしていた。

 最近は厄の視えない隊員が増えてきた、と。

 彼女はそれを景気の良さによる物と解釈していたが、

 実際は組織内に潜む魂喰い(ソウルイーター)を知覚していたのだ。


 感情無き魂喰い(ソウルイーター)の伽藍堂な本性を、

 負の要素の具現である厄が視えないという形で

 誰よりも早く誰よりも正確に判別してしまったのだ。


 故にフィオナはタイミングを見計らって彼女を殺す。

 アリス・ルスキニアという障害が孤立し、

 尚且つ自分だけが容疑者とはならないタイミングを。

 それがあの日魔界で起きた悲劇の真実。

 あの殺人事件の真相だった。


「あなたが殺したのね?」


「桃香っ……! 私は――」


 直後、フィオナの頬を朝霧の裏拳が打ち抜いた。

 しかもそれは固い鋼鉄の義手による裏拳。

 怒りに呼応する速度の乗った冷たい一撃だった。


「ぐはァ!? っ……桃香……!?」


「無理だよフィオナ。私たちは……もう……!」


 青筋を立てて迫る朝霧の姿は正に鬼神そのもの。

 しかし降りた前髪の合間に見えるその目には

 確かに涙が浮かんでいた。

 フィオナはその表情を見つけて一瞬固まる。

 だがその直後、巨大な精霊の龍が朝霧を喰った。


「フィオナ様! お怪我は!?」


「カシューか。すまない助かったよ。」


「っ! きょ、恐縮です!

 死体の処理は私共がしますので貴女は――」


「死体? 何を勘違いしている?」


 フィオナは頬の傷を自ら治癒しつつ、

 朝霧が床に突き刺してきたはずの大剣を見た。

 だが先程まで其処にあった朝霧の武器は、

 今は跡形も無くその場から消え去っていた。


「紅星、流転。暁の残光――」


「来るぞ。」


 刹那、精霊龍の頭部が弾け飛ぶ。

 天極の間を占拠するほどの巨体には赤い線が走り、

 細長い胴は瞬く間に斬り裂かれていった。


 やがて溢れ出た大量の血が

 そこら中へと撒き散らされていくと、

 魔力で浮かぶその血塊の中から

 怒れる鬼神が目を覚ます。


「『朱裂皇(スサノオ)』ッ!」


 赫岩から放たれる膨大な魔力の熱が、

 鬼の眼に溜まる涙を蒸発させた。


 そして彼女は親友の首を狙い、

 迷いを宿しながらも大剣を構える。

 が――


「っ……! フィオナ様、私の後ろに!」


「いや問題無い。対策はしてある。」


 ――親友もまた無策では無かった。

 彼女は鬼神の真正面にその身を晒すと、

 何処からともなく糸を取り出し豪快に引く。

 直後、朝霧の上着が異様な音と共に動き、

 彼女の体を拘束してそのまま壁へと吸引した。


「お返しだ。桃香。」


 一切の身動きも出来ぬまま、

 朝霧は勢い良く壁へと激突し

 そのまま壁面に縫い付けられてしまう。


「がは!? ッ……フィオナ……!」


「そう睨まないでくれ。

 手を拒んだのはそちらだろう? あぁそれと――」


 フィオナは慣れた動きで鋭利な糸の刃を飛ばすと、

 朝霧の首から下げられていたアクセサリーを奪い取る。

 今まで朝霧の窮地を救ってきた転移の聖遺物『(ロキシア)』だ。


「これは預からせて貰うよ。」


(っ……動けない!)


 この天極の間に来るまで、

 朝霧はフィオナに隙しか晒していない。

 衣服に糸を仕込むのはフィオナの常套手段であり、

 そのタイミングはいくらでもあった。


 即ち、勝敗を分けたのは情報量の差。

 より的確な対策を取れたフィオナの完勝だった。


「流石です、フィオナ様。」


「迎天祭を終幕させるぞ。玉座を起動しろ。」


「え!? 朝霧にトドメは?」


 カシューらは部下として何も落ち度の無い質問をした。

 しかしフィオナはそんな二人をギロリと睨むと

 何も言うこと無く威圧だけでその進言を下げさせた。

 そして遂に彼女は玉座へとその歩を進める。


「くっ! 待ってよフィオナ!」


「安心しろ桃香。

 私がサギトに成れば君の考えもすぐに変わる。

 ()()にはそれだけの力がある。」


「傲、慢!?」


「ああそうだ。かつて天帝すら退けた罪悪。

 その力を以て私は改めて君を手に入れてみせる。」


 酷く歪んだラブコールを最後に、

 フィオナは朝霧に背を向け玉座の前に立つ。

 既に天頂星雲(ゼニスネビュラ)の魔力は十分な量が溜まり、

 サギト覚醒までの予想既定値を優に超えていた。


 そしてフィオナは満を持して玉座へと腰を落とす。

 がその時――


「征け、『八咫烏』。」


 ――屋内へと飛び込んできた一羽の鴉が

 フィオナの頭を目掛けて特攻を仕掛けて来た。

 座ったままでは避けきれないと判断したフィオナは

 玉座を鞍馬の如く活用して鮮やかに避けて見せた。


 だが次の瞬間、

 頭上の天窓が甲高い音を立てて割れる。


 その異音にも即座に反応したフィオナは

 ほとんど反射的に糸の結界を天井に張り巡らせた。

 だが割れたガラスの破片と共にやって来た黒い影は、

 その糸を瞬く間に断ち切り敵の親玉に肉薄する。


「ッ! 貴様か……!」


 フィオナは迫る刃の斬撃を専用装備の黒筒で防ぐと、

 乱入者の顔を確認して不快感を示した。

 其処にいたのは白く長い髪をフードの下に隠した男。

 黒いペストマスクが特徴的な、黒幕の右腕。


「ネメシスさん!」


「拏姫の解放は任せた、()()()()()。」


「――了解。」


 何処からともなく声がした次の瞬間、

 朝霧の縫い付けられていた壁が大きく変形し、

 天極の間から室外へと素早く彼女を離脱させる。

 それはあまりにも一瞬の出来事で、

 ネメシスの強襲から朝霧離脱までの流れを

 カシューたちはただ傍観する事しか出来なかった。


「しまった! 逃がさない!」


「……本堂一刀流。」


 朝霧を追撃しようとアクションを起こしたイザベラに

 病的な見た目の黒衣の剣士は流麗な対応を見せる。

 即ち、たった一刀の飛ぶ斬撃を以て、

 その首を斬り飛ばしたのだ。


「む。その女も魂喰い(ソウルイーター)か。ではこちらは?」


 ネメシスは動きに一切の迷いも無く刀を振るい、

 今度は動きに止まっていたカシューに惨撃を飛ばす。

 すると彼女は腕を僅かに斬られて悶絶し、

 精霊の力を借りて傷口の治癒を行い始めた。


「こちらは普通の人間か。なるほど把握した。」


 やがてカシューもイザベラも再起すると、

 彼女たちはフィオナと共に侵入者を取り囲んだ。

 隊長格と元魔王軍幹部と魔人の封魔局員。

 多少強い程度の魔法使いでは十秒と保たないだろう。

 そう、多少強い程度なら――


「!? 貴様……笑っているのか?」


 ペストマスクの下の微笑みを感じ取り、

 フィオナは思わず硬直した。

 それに対して黒衣の剣士もまた

 自身の笑みを曝すように自らペストマスクを外すと、

 鋭く吊り上がった広角から一つの言葉を吐く。


()()()()、降臨――」


(ッ!?)


 フィオナが術の発生を知覚したその時、

 彼女の体は既にガラスを突き破り

 地上数十メートルの大空へと放り出されていた。


(攻撃された!? いつ!? なんだこれは!?)


 そして次の瞬間、何かの影が通過する。

 鳥の如き速度で鳥とは比較にならない巨体が空を翔る。

 それは黒き翼の生えた怪物。四本腕の異形の魔。

 あの日復讐を誓った者の真なる姿であった。


「――『副王の虚(ヨグ=ソトース)』。」

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