第八話 死ぬ理由
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それは『魔女たちの夜行会』を狙う
複数地域の貴族たちの陰謀だった。
度重なる魔女狩りの失敗を重く見た彼らは、
有ろう事か本来守るべき民衆すらも囮にして
街ごと魔法使いたちを焼き払ったのだ。
秘密裏に積まれた爆薬の山。
狂ったように騒ぐ民衆の声で消された陰謀の気配。
私たち前衛部隊は事前にそれらを察知する事が出来ず、
まんまと敵の罠に掛かり過去最大の損害を出してしまう。
「ゲーティア! 大丈夫!?」
「アルス。すまない……預かった者の大半が……」
「っ……アンタ含め三人生き残った! 今はそれで良い!」
拠点に戻りアルスからの報告を受けて、
この時の私はようやく被害規模の甚大さを痛感する。
私以外の生存者は弟子一期生の実力者二名ほど。
民衆や救助対象の魔法使いが全滅したのは当然として、
出撃前は二十八名いたはずの仲間が、たったの二名。
「……先生。アルスさん。」
生存者の一人が私たちに声を掛けた。
彼は一期生の中では中の上くらいの実力で、
確か爆発の瞬間、彼の下半身が吹き飛んだので、
私が祝福と魔術で生存させたのを覚えている。
「良かった。もう歩けるようになったのね!」
「はい。先生のお陰で……」
「なら今は体を休めて! また元気になったら――」
「いえ。お二人とは今日で縁を切らせて頂きます。」
「え……?」
「僕は先生のような化け物にはついていけない……」
即死級の肉体損傷。それに伴う精神負荷。
研鑽してきた事が実戦では何の役にも立たず、
自分よりも優秀なはずの同期たちが死んだ。
なのに私のせいでその肉体は五体満足の万全状態。
まだ戦える。また戦える。また戦えてしまう。
(十分過ぎる、理由だな。)
「ちょ! ちょっと待ってよ! そんな急に……!
後衛でも何でも、繋がりを維持する術はまだ!」
「その繋がりが苦しいんですッ……!」
「っ――!?」
それ以上アルスは何も言えなかった。
やがてその弟子は本心と思しき感謝の台詞と
それに反する『恐怖』の視線を私に贈ると、
弱々しい背中を最後に組織から出ていった。
またその数日後、彼の離脱を皮切りに
数人の魔法使いたちが次々と拠点を去った。
不満の溜まっていた者。独立を望んでいた者。
ポジティブな理由。ネガティブな理由。様々だ。
どうあれ隠れ家全体の活気は衰えた。
軍団の設立時よりも人数は多いはずなのに、
未だ私に教えを請う弟子は多く居てくれるのに、
若すぎる組織は初めての敗戦から立て直せずにいた。
(『繋がりが苦しい』、か……)
「ねぇゲーティア? まだ起きてる?」
「アルスか。丁度道具の手入れを終えた所だ。」
酒も久しく感じ始めた頃の夜半、
何時になくしおらしいアルスが訪ねてきた。
彼女はいつもするような雑談を少々交え、
私の部屋でしばらく寛いでいく。
ただ他愛の無い会話の端々には
何かを言い出せずにいるもどかしさがあった。
試しに私がそれを指摘してみると、
アルスはビクッと体を揺らして俯いてしまう。
だがは彼女はすぐに意を決し、私に問いかけた。
「ねぇゲーティア。
今の『魔女たちの夜行会』、どう思う?」
「士気が低い。何か手を打つ必要があるだろうな。」
「だよねっ! それ、でさ……?
この前アンタが言ってくれた事についてだけど。」
何となく、その後の話題を察せられた。
この前言った事とはつまりあの夜の口説き文句。
明らかに照れている乙女の顔を見れば、
彼女が前向きな答えを返そうとしている事は
私の目からも一目瞭然だった。が――
「済まない。あれは忘れてくれ。」
――この頃の私には
それを受け止めるだけの気概が無かった。
「えっ、なん、でよ……?」
「どうやらオレは、やはり人間では無いらしいからな。」
去って行った弟子の言葉が脳裏で反復する。
繋がりが苦しい。ついていけない。化け物。
あの時の彼の瞳を思い出しながら、
私は天井を仰ぎ目を覆う。
「この数年だけ時間の経過が遅いから忘れていた。
オレは皆が死んでも生き残る。ただ一人、ずっと。」
「だから?」
「っ……あの時の言葉は酒に任せた戯言だったんだ。」
「戯言? じゃあ私のこの気持ちはどうなるのよ……?
その戯言に乗せられて、馬鹿みたいに本気になった、
私の『この気持ち』はどうなるのよ!?」
「アルス――」
気付けば彼女は椅子ごと私を床に押し倒していた。
真っ直ぐ伸ばしたその両腕は私の顔の真横を突いて、
ポツリポツリと滴り落ちる水滴が私の頬を濡らす。
やがて衝撃で倒れた机上の小物が床に落ちて
静寂の中にたった一つの音を響かせた頃、
ようやく彼女が私の耳元に寄せた口を開帳する。
「ゲーティアは怖いんでしょ? また人間性を手放すのが。
だから逆に、最初から無かった事にしたいんでしょ?」
それは私の内心を上手く言語化出来ていた。
私が思ったよりもアルスは私の事を理解していた。
いつの間にかそれほどに、
私は彼女との仲を深めていたらしい。
やがて彼女は私の顔にそっと両手を添える。
「私が君を本当の人間にしてあげる。
人間として君の永遠を終わらせてあげる。」
「本当の……人間? 何をする気だ?」
「私の祝福で、ゲーティアの祝福を編集する。」
「!?」
私の祝福は私に死を赦さない。
肉体を殺し得るほどの火力は私にも出せない以上、
自決という選択肢も事実上存在していなかった。
肉体のリセットによる寿命の無制限化。
これがある限り私は人間として生涯を終えられない。
故にアルス・アルマデルは提案する。
その『リセット機能』を強制停止させる計画を。
彼女の祝福で私に専用の魔法式を付与する事で、
私の寿命を制限するという殺人計画を。
「魔法式はこれから作ることになるけど……どうする?」
最後の選択権を彼女は私にくれた。
当然私には断る理由が無かった。
――――
それから一ヶ月も経たない内に、
アルスは祝福阻害の魔法式を完成させる。
私や一部の弟子たちが全面協力したとはいえ、
これは神域の魔法使いでも目を瞠るほどの速度だった。
しかもアルスの凄い所は其処だけでは無い。
彼女の開発した私専用の魔法式は、
肉体のリセット能力のみを封印する代物で、
戦闘等でまだ使いたい肉体変化や再生能力には
一切制限が掛けられないという調整がされていた。
宣言通りアルスは私を人間の魔法使いにしてくれた。
「でも一応、制限を撤回する手段も用意しといたから。」
「予防策という奴か。技術者気質だな。
それで何をすれば寿命がまた無制限になるんだ?」
「……心臓。」
「ん?」
「魔法使いの心臓を食べるの。」
その言葉で私の脳はしばらく停止する。
思考停止し、読み込み、理解して、
再び動き出した時の私は思わず叫んでいた。
「――とんでもないコストじゃないか!?」
「そ。これは君なら絶対に支払う事の無い代償。
でももし君がこの代償も払えると思ったのなら……」
「その時は相応の理由がある、というわけか。」
「そゆこと。もしそんな状況なら、
きっと私も君の選択を否定しないと思う……でも――」
「でも?」
「――いや、わざわざ口に出すまでも無いね!」
そういえばこの時の彼女は
結局何が言いたかったのだろうか。
今の私にもそれは分から無いままで、
当時の私に至っては気にも留めていなかった。
「HELL……HELION……ADONAJI――」
そして遂に彼女が術を行使する。
夜行会の仲間たちが私たちを囲んで見守る中、
詠唱と共に祈りを捧げるアルスの周囲に
鮮やかな薄緑色の蛍火が舞い踊る。
「――いくよ、『十二宮の蝋板』。」
複雑な紋様の刻まれた彼女の手が、
優しく私の胸の中へと入って行った。
やがてその第一関節がすっぽりと埋まり、
私の全身に彼女の魔法式が流れ込む。
(これは……)
私が穏やかな温もりを感じる間に
アルスの施術は終了していた。
そして彼女は私の前に更に一歩近付くと、
両手を握り締め綺麗な笑顔を魅せる。
「『死ぬ理由』を君にあげるね。同じお墓に入ろうよ。」
「それって……」
「うん、そういう事。墓石には君の名字を刻ませて。」
やはりアルスは笑顔でそう告げる。
そして気付いた時には既に、
私は彼女の体を力強く抱き寄せていた。
周りを囲む弟子たちの目も何も気にしないで、
私は私の最愛の人を抱き締めていた。
この日私は彼女のお陰で真の人間にしてもらった。
無限の寿命は無くしたがそれ以上の宝を手に入れた。
それから数日後――私とアルスは結婚した。
――六年後――
拠点内を一人の子供が楽しげに走る。
風に靡く白い髪は両親を想わせる遺伝子の証左。
夜行会のメンバーに可愛がられるその少女は、
私とアルスの間に産まれた愛の結晶だった。
「行くよー見てて見ててー!
まず『橋』! 次に『亀』! そして『ビョーン』!」
早くに目覚めた祝福を使い遊ぶ無垢の姿は
見ているだけで大人を癒やしてくれる。
メンバー内に立ち込めていた暗い空気も、
私たちの結婚と娘の誕生によりすっかり消えていた。
「こ〜ら! 作業中のお兄さんを困らせないの!」
「あ、ママー! 抱っこしてー!」
「もう! アナタからも何か言って頂戴!」
「む? うん……抱っこならパパも空いてるぞ?」
「親バカ!」
こんなやり取りを毎日のように続けていた。
アルスと共に夜行会の組織運営を続け、
彼女と共に改良した魂源魔術を新たな弟子に教えて、
妻も娘も仲間たちとも皆で笑い合って過ごした。
正に掛け替えの無い時間。
この上無いほどの幸福な一時。
私の人生における最盛期を私は謳歌する。
「あ、この子も遊び疲れて寝ちゃったみたい。」
「……なぁアルス。」
「なーに?」
「オレを人間にしてくれて、ありがとう。」
私は幸せだった。
――――
「魔力の痕跡を確認。これより魔女狩りを開始します。」




