第三話 電光石火
――中央電波塔・中層――
「アラン先輩! 最後の一人が侵入に成功しました!」
「了解。鉄器消失――『鬼洗い』!」
足元の鉄板に手をかざし、
アランは足場の鉄橋を一瞬にして消失させた。
これにより後続の追手は空中に投げ出され、
飛行手段を持たない者は次々と絶命する。
また同時に彼らは追手との距離も盛大に突き離す。
そうして比較的安全に中央電波塔に侵入すると、
アランたちは周囲の様子に目を配る。
既に朝霧を含む結界攻略班は
展望デッキへと移動を開始していて、
その場にはエレノアやデイクら映像班が残るのみ。
「よーし退いてろ! 俺の祝福で一部の道を塞ぐ!
なんか数ヶ月前を思い出すな。」
「え? 以前もここで戦ったんですか?」
「あぁそうか。今は当時いた隊員はいないのか。」
アランは黙々と作業を進めながらも
過去の戦闘を思い出し物思いに耽っていた。
当時その場にはハウンドがいた。ジャックもいた。
援軍として二番隊や一番隊の精鋭も来た。
そして何より――アリスがいた。
「……」
何を想ってかアランの動きが止まる。
正に鉄の彫像にでもなったかの如く、ピタリと。
だがその時、彼の元に刺客からの攻撃が襲い掛かった。
「ッ!? 伏せろ――!」
飛び込んで来たのは空を引き裂く一筋の斬撃。
左右の壁を同時に抉りながら、
それは狭い通路の奥から真っ直ぐ彼らを。
対してアランは咄嗟にエレノアたちを押し倒すと、
自身も寸前の所でどうにか回避を成功させる。
そして仲間の安否確認もほどほどに、
彼はすぐさま攻撃の主を探して振り向いた。
ほとんど確信めいた予感を抱きながら。
「まさかな……!」
「え!? アラン兄?」
「ハリスだな!?」
其処にいたのはアランの弟弟子にして、
元魔法連合公儀処刑人のハリスであった。
だが兄弟子の顔に僅かばかりの衝撃を受けつつも、
彼はすぐに刀を握り直しアランへと斬り掛かる。
「待てハリス! 俺たちが戦う理由は!」
「師範が人質に取られた。」
今にも引き裂かれそうな声でハリスは告げた。
当然彼の言葉にアランもまた
声にもならない驚嘆の音を漏らし、
冴えない刀で弟弟子の刃を受け止める。
が――
(――殺気が無い? ちっ、そういう事かよ。)
「アラン先輩! 今加勢を!」
「いや必要無い! お前らは先に行け!」
「なっ!? しかしっ……!」
「いいから! ここは俺に預けてくれ!」
「っ……了解ッ……!」
頼れる先輩隊員の指示に従い、
エレノアたちはデイクを連れて先を急ぐ。
途中彼女らはハリスの隣を通過したが、
彼は通過する敵集団に敵意も向けず
意図を汲んでくれた兄弟子のみを凝視していた。
「ありがと、アラン兄。」
「気にするな。久々に手合わせしたくなっただけだ。」
数刻の後、
中層階では剣戟の音が響き渡る。
――同棟内・上層階――
「『村雲』ッ!」
同時刻、一足早く電波塔内に入り込んだ朝霧たちは
僅かに配置されていた防衛戦力を蹴散らしながら
瞬く間に展望デッキへと駆け上がっていた。
スタッフ専用扉を蹴破り薄暗いバックヤードに乗り込むと
鉄骨の非常階段へとイリエイムら班員たちを誘導し、
朝霧は下層から迫る敵集団に目を向ける。
(ここにもいるか……アバドンからの脱獄組!)
「居たぞ朝霧だ! 上に向かってやがる!
首を落として新政府の怪物共に売りつけてやる!」
(反省とかはしてないみたいね。)
朝霧は冷ややかな目で罪人たちを見下す。
そしてイリエイムたち全員が
上の階まで辿り着いたのを音で確認すると
大剣を構えて非常階段そのものに狙いを定めた。
「飛ぶ迫撃――『草薙』ッ!」
セーブして尚凄まじい衝撃波が
鉄骨を上から下へと螺旋状に殴り抜ける。
直後、追手の脱獄囚たちを乗せた非常階段は
枯れ木のようにいとも容易く砕けて散った。
「そのまま下で大人しくしておいてください!」
脱落者たちの悲鳴が響き渡る中、
朝霧は自身に向けて手を伸ばす仲間を見つけると、
首から下げた十字架を握り締める。
「力を貸して――『抜』ッ!」
淡緑の閃光が下から上へと打ち上がる。
その余波は周囲の邪魔な瓦礫を払い、
暗闇の中に彼女のための領域を確保していた。
そしてそんな光の中から飛び出した朝霧の手を
イリエイムがどうにか掴んで引き入れる。
その場にいるのは二人を含めてたった六名。
彼らは此処まで一人の犠牲も無く辿り着けた。
「流石だ朝霧隊長。君がいるだけで安心感が違うよ。」
「そうですか? それなら良かったです。」
「ただ一つ良いか?」
「はい? 何か?」
「君、今日で何人殺した?」
それは朝霧の凶暴性を咎める発言、
――などでは決して無く、むしろ逆。
一連の戦闘で彼女が能動的あるいは積極的に
敵を殺していない事への指摘だった。
「不殺主義なんて掲げてたか?」
これはあくまで純粋な疑問だという声色で
イリエイムは朝霧からの返答を待つ。
そして周囲の班員が不思議そうな顔をする中、
朝霧は淡々とした口調で答えた。
「今の強さなら不殺制圧も十分成り立つからですね。」
「なるほど? 余裕が生まれた訳か?」
「ええまぁ。あとは……考え方の変化、ですかね。」
朝霧はその捕捉を
どこか気恥ずかしそうに付け足した。
指先で頬を掻きながら、視線を逸らして。
そんな彼女の態度にイリエイムを含め
班員全員が首を傾げる。
だが彼らが次に何かを言うよりも早く、
スピーカーからとある男の声が響き渡った。
『腑抜けたかァ、朝霧桃香ァ?』
((――この声はッ!?))
ねっとりと、厭らしく、
その声は人々の耳から入り背筋を凍らせる。
しかし悪寒に身震いしている暇は無い。
朝霧たちが声の主に思い当たった丁度その時、
空を斬り裂く羽音を鳴らし一筋の刃が飛来した。
『裂け。「リベレ」。』
(ッ!? ローデンヴァイツの祝福か!)
かつて自身の腕を斬り飛ばした刃蟲が、
今度は班員たちの首や胸を斬り裂き現れる。
まるで室内に侵入してきたトンボのように暴れ回り、
厄災の祝福が次々と人の命を奪って回る。
が――
「殺させない! 『仙桃法木』!」
『ほう? それが貴様の本来の祝福か。』
――今の朝霧には救う術があった。
あの時手から溢れ落ちた目の前の命を、
今度は拾い上げられるほどの成長を果たしていた。
そして彼女は追撃に迫る刃蟲を大剣で弾きながら
急所を斬られた班員を一人残らず完治させると、
すぐさまイリエイムに対して先行するよう指示を出す。
だがその時、彼らの道を阻む別の新手が現れる。
「見つけたぞッ、朝霧ィィィィィィィ!!」
上層階のガラスを鉄拳で粉砕し、
新たに二人の脱獄囚が戦場に乗り込んできた。
干渉不能な陽炎を纏う拳士と
異界より機関銃を出現させる小柄な少女だ。
『ガバルバンとニア? 私の持ち場に何の用だァ?』
「朝霧は俺の獲物だ、ローデンヴァイツ!
貴様なんぞに俺のメインディッシュは渡さんぞッ!」
『なるほど厄介ファンという奴だなァ?
面倒なモノに付き纏われたなァ? 朝霧?』
(っ……本当に面倒な奴が来た!)
いつの間にか抱いていた苦手意識を
朝霧は隠す事が出来ずに顕わにしてしまう。
そしてその表情を的確に読み取ったイリエイムは
朝霧の耳元に顔を寄せて対応を促した。
「朝霧隊長。一度後退するのも手ですよ?」
(!? 後退……)
あくまでそれは彼女を気遣った上での発言だった。
そしてイリエイムは朝霧の肩に手を置きつつも、
既に脱出経路を横目で確認していた。
だが彼の提案を受けた当の朝霧本人は
真逆の結論を導き出す。
(いや。ここまで来てそれじゃあ駄目だ!
こんな奴らに、今更手間取ってる場合じゃ無い!)
次の瞬間、朝霧は極天魔術を発動し走り出していた。
四つある結晶体の内三つを自身の傍に、
そして残る一つを厄災の祝福に差し向けると、
一瞬だけ『朱裂皇』の力を発動し大剣を振るった。
直後、不可避の一刀が次元を飛び越え、
無防備に全身を晒していたニアの肩を直撃する。
そして少女体型の罪人が苦悶の絶叫と共に倒れ込むと
朝霧は駆け出した勢いもそのままに十字架に触れた。
「『抜』!!」
そうして強化ガラスの向こう側で淡緑の閃光が炸裂する。
やがて目を突き刺すほどの光が粒子となって消える頃、
空中に出た朝霧はそのまま結晶体の一つを掴んで
真っ直ぐ展望デッキの方へと飛翔した。
その一連の行動を受けて
最も激しい感情の起伏を見せたのはガバルバンだった。
彼は朝霧が自分との戦いを避けて
全体の目的を優先した事に激昂し怒鳴り散らす。
「おのれぇッ! 逃がすものかよ、朝霧桃香ァア!!」
ガバルバンも朝霧を追って
強化ガラスの方へと爆走し始めた。
(……いやァ、おかしい。)
誰もが反射的に動くこの状況において、
一人静かに理性を保っていたのは
かつての特異点ローデンヴァイツだけだった。
彼はモニター越しに全体の動きを俯瞰して、
心の中で疑念を抱く。
(あの朝霧が仲間を放置してまで目的を優先するかァ?)
それは胸の内でフッと湧き上がった一粒の疑念。
故に結論を出すまでに僅かな時間を要した。
だが悪辣な彼の脳内で答えが導き出された時には
既に現実の方がその模範解答を提示していた。
「殺人拳『発砕』ッ!」
(そうかっ……! 奴の狙いは!)
ガバルバンが技を使用し窓ガラスを叩き割る。
粉々に吹き飛ばされた破片が余波の風に攫われ、
電波塔の上層から遥か下方へと散らばって行った。
そして技を使った直後の僅かな硬直もそのままに
ガバルバンは空中に身を乗り出す。
「――しまっ!?」
朝霧の狙いはソレだった。
自身が戦場から離れればガバルバンは必ず追う。
そして彼の厄介な祝福は攻撃の瞬間のみ解除される。
彼女の動きを完全に見切る戦闘狂を前に
カウンター狙いの立ち回りは有効では無かった。
が、意識外からの急襲ならその限りでは無い。
「墜ちろ、『村雲』ッ!!」
事前に悟られないよう朝霧は
攻撃の寸前に素早く魔力を貯めて技を選んだ。
それは彼女の持つ手札の中では
比較的弱い部類に入る一撃ではあったが、
ガードも間に合わず重力に後押しされた飛ぶ打撃は
狂戦士を討ち取るのに十分な威力を有していた。
「ぐぶっ!? ふはは! ふははは!
流石だ。流石だぞ我が宿敵、朝霧桃香ァアァァアア!!」
絶叫が波打ちやがて虚空に消えていく。
瞬く間に小さくなったガバルバンはもう見えず、
中央都市ゴエティアというビルの海に溺れていった。
拳闘士ガバルバン生死不明。一先ず脅威は排除された。
その事を確認すると朝霧は
すぐにイリエイムたちの方へと目を向ける。
どうやらそちらも特に問題は無いようで、
既に全員で展望デッキへの移動を開始していた。
「ふぅぅぅぅ……よし!」
朝霧は空中で静かに呼吸を整える。
そして再び、結晶体に身を任せ飛翔した。
――展望デッキ――
窓を斬り裂き、朝霧は暗い室内に転がり込む。
いつでも『赫焉』をブッ放せるように大剣を構え、
この空間内にいるはずの厄災を探し目を細めた。
だが既にその場に彼の気配も魔力も無く、
ただ各階層を覗き見る機材のみが放置されていた。
(ローデンヴァイツには逃げられたか。)
僅かに口惜しく思いながらも
彼女はすぐに切り替え目的の物を探す。
中央都市ゴエティアを外界から隔離する天蓋。
大結界『ロキ』の発生装置である。
「あった……!」
それは素人が一目見てもすぐに分かるほど、
無数の仰々しい魔法陣を浮かべて稼働していた。
ミニチュアのような都市の立体映像を投影しながら、
紫色に輝く魔力が渦を巻いている。
最早疑うまでも無く、これが大結界の元だろう。
「すぅぅぅぅぅぅぅ……」
朝霧は再び呼吸を整え大剣を構えた。
これを破壊すれば結界が割れる。
結界が割れれば外の戦力がやって来る。
それは即ち開戦の火蓋に他ならない。
「始めるよ。皆――」
朝霧は軽やかに刃を振り降ろした。
直後、電波塔から天上に向けて伸びる光の柱が、
ドクンと鳴動しその連結を解除した。
そしてそれと同時に結界には強い衝撃が伝わり、
空を閉ざしていた半透明の壁が亀裂を走らせ崩壊した。
大結界『閉ザス者』――消滅。
またその数秒後、
イリエイムたちが展望デッキへと到達し、
同時にエレノアたち映像班の管制室到達の一報が入る。
「エレノアが報告? アランはどうしたの?」
『敵……いえ、弟弟子のハリスさんと交戦中です。』
「っ!? ……了解。多分考えがあっての事だよね?」
アランの状況を把握しつつも
朝霧は映像班に目的の作業を急がせた。
黒幕が亡霊たちに託した記録媒体という名の切り札。
その正体を彼女も早く知りたかったからだ。
しかしエレノアたちが端末を機材に差し込むと、
それは突然独りでに動作を開始する。
『なっ、何よこれッ!?』
「? どうしたのエレノア?」
『記録媒体が電波塔のシステムを自動的にハッキング!
勝手に回線に繋げて電波を送信しようとしています!』
「えぇ!?」
朝霧も、エレノアも、技術者のデイクも慌てた。
それを自分たち宛の指針だと思い込んでいた者は全員、
情報漏洩を恐れてどうにか止めようと画策する。
だがしかし、その中でイリエイムだけは
やはりそうだったのかと訳知り顔で観察していた。
「っ、イリエイムさん!? これは一体!?」
「恐らくこのままで構いませんよ。朝霧隊長。
あの男。特異点≪黒幕≫は最初からこれを狙っていた。」
「え、どういう?」
訳も分からず困惑している朝霧の前に、
イリエイムは自身の携帯端末を差し出した。
其処にはジャックされた電波からの信号をキャッチし
砂嵐を起こす画面が表示されていた。
「黒幕の見た映像を、我々も拝むとしましょう。」
この日、海上都市ゴエティア領内、
中央電波塔から魔法世界全土に向けて、
謎の電波に乗った『ある映像』が放送された。
それは誰もが正気を疑うほどの、最悪な映像だった。
 




