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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
最終章 さらば愛しき共犯者

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第二話 亡霊の指針

 錆の赤色に染まった螺旋階段。

 ぴちゃりと滴る水の音。

 薄暗い照明のみに照らされた地下空間は

 二人分の足音と冴えないラジオの声が響くのみ。


『昨晩から本日未明にかけて、ゴエティア連絡橋にて

 政府軍と反政府勢力との大規模な武力衝突が発生。

 また一連の騒動によってあの大罪人、

 朝霧桃香が都市内へ侵入してしまったとの噂も……』


「大罪人、か。」


 口元に笑みを、目元に悲しさを滲ませながら、

 朝霧は前を征くアランの腰に巻かれた

 ラジオのニュースに一喜一憂する。

 するとそんな彼女を不憫に思ったのか、

 アランは顔を向ける事なく呟くように訂正した。


「こんなモン、ただの情報操作だろ。

 民間人にこっちが悪だと思わせるためのな。」


「……民衆はどう思ってるの?」


「基本的には()()()()だ。」


「え、何で?」


「どうやら奴らにも政府を維持させる気はあったらしい。

 新政府の連中は民衆を『守る対象』として見ている。」


 アランのその言葉で、

 朝霧は「そうか」と合点がいった。

 中央都市に入ってから今に至るまで、

 彼女は一人も本物の民間人を見ていない。


 それは早朝だったから等では無く、

 今後の国家運営に必要な市民たちを

 オルト・アビスフィアが避難させていたからだ。

 人質、と捉えられなくも無いが、

 少なくとも即座に殺される心配は無いだろう。


「現状奴らが牙を剥くのは旧体制の残党だけだ。

 民衆にとっちゃむしろ、俺たちの方が害悪かもな。」


「そうなの?」


「そりゃそうだろ。だって今の俺たちは、

 新政府に背き続けるテロリストなんだからな。」


 中央都市を結界が覆ったあの日、

 オルト・アビスフィアの手によって

 全てを奪われた者たちが散り散りとなったあの時、

 朝霧のように無事に都市から離脱出来た者もいれば、

 運悪く魔人の巣窟に取り残された者もいた。


 それがアランたちレジスタンスである。


 彼らは政権崩壊から今日に至るまで、

 同じく中央都市に取り残された者たちを束ねて

 オルト・アビスフィアへの抵抗活動を続けていた。

 ロキという名の檻に閉ざされた絶海の孤島で、

 約四日間にも渡り生き延びてきたのだ。


「人員は全部で十人ちょっと、非戦闘員も含めてな?

 数日前はもう少しいたが……これが限界だった。」


「それでも凄い事だよアラン。

 あの状況から組織化に成功させるなんて!

 指揮官の才能あるんじゃないの?」


「さんきゅ、と言いたい所だが、

 ここまで出来たのは俺の力なんかじゃない。」


「え?」


 どこか虚しそうにそう語りつつも、

 アランは朝霧を連れて黙々と階段を下り続けた。

 水滴の小さな音もよく聞こえる静寂の中、

 二人は最下層に位置する扉の前に辿り着いた。


「こっちだ朝霧。ウチのスポンサーに会わせてやる。」


 ひんやりと冷たいドアノブに力を込めて、

 アランはゆっくりと錆びたその戸を肩で押した。

 そして導かれるままに朝霧は奥へと入ってみると、

 二人の男が椅子に座って彼女の到着を待ち構えていた。


「ようやく来たか。朝霧。」


「何とか首の皮一枚、ですかね。」


「デイクさんと、イリエイムさん!?」


 室内に響くほどの声量で朝霧は驚愕する。

 抵抗活動を支援していたのは

 封魔局技術主任のデイクと

 連合最高議長秘書のイリエイムだった。


「良かった! でもどうして二人が!?」


「まぁ待て朝霧。積もる話もあるだろうが……」


 前に出ようとする朝霧を制止しながら、

 アランは視線を扉に向けつつ語る。

 すると彼の見ている扉は音を立てて開き、

 台車を押す仲間たちがゾロゾロと入ってきた。

 その荷台の上に目を向けてみると其処には、

 大量の缶詰が山のように積まれていた。


「まずは朝メシにしようぜ。」



 ――――


「以上が今日に至るまでの私の動向で――

 え待って、このサバ缶うまっ!」


「やはりレヴェナントは既に陥落していましたか……

 あ、誰かそこのマヨネーズ取ってください。」


「ホラよ。代わりにそっちの缶切り寄越せ。

 ……しかしまさか、ベーゼさんまで居たとはな。」


「デイクさんのこと、今でも高く評価していましたよ。

 時にアラン? これっておかわりとか出来る?」


「そんなに気に入ったのかよ……

 満足するまで食え。お前はこっちの最大戦力だ。」


 祝福による自前の缶切りで封を切りながら、

 アランは朝霧に献上するかのように

 大量の缶詰を渡していく。

 そしてそれらを椀子蕎麦の如く

 次々と消化していく朝霧を見守りながら、

 今度はイリエイムがこれまでの経緯を語り始めた。


 曰くこの隠れ家は本来百朧のためのシェルターで、

 彼の死後、秘書のイリエイムが即座に

 拠点として活用出来るように調整したという。

 またそれに加えてイリエイムは

 新政府軍よりも早くデイクの保護に成功し、

 敵への新兵器流出阻止と自軍の強化を実現していた。


「といっても、我々と新政府軍とでは

 やはり戦力に天と地ほどの大きな開きがある。」


「だな……今日まで生き残れたのは、

 単純に奴らが我々に無関心だったからだ。」


「けどそれが奴らにとっての(あだ)となる、だろ?」


 確信めいた口調でそう告げると、

 アランは朝霧の方へ力強い視線を送る。

 そして朝霧もまたその期待に応えるように

 この街へ戻ってきた目的を語った。

 黒幕が部下に託した記録媒体を手にしながら。


「皆さん、手伝って下さい!」



 ――ゴエティア中心街――


 朝霧の侵入成功から早二時間。

 万人が自信を持って朝だと呼べる時間帯。

 鮮やかな二色に彩られていたはずの空は

 すっかりと模様替えを済ませてしまい、

 星雲の煌めきも青空の向こうで疎らに映るのみ。


「固定砲、設置完了しました。」


「赫岩兵器をこっちに回せ。あるだけ全部だ。」


「討伐目標は朝霧桃香、ただ一人!」


 街中に市民の姿はやはり無い。

 在るのは物々しい雰囲気の新政府軍兵士のみ。

 しかもそれらは常人の集まりでは無い。

 罪人に亜人、その他凶暴な魔法生物の入り混じった

 地獄の悪鬼が如し軍勢であった。


「それで? 敵の出現ポイント、どこだと思う?」


 並み居る軍勢を高所から見下ろしながら、

 アバドン脱獄組のニアが

 同じく脱獄仲間のガバルバンに声を掛ける。

 すると声を掛けられた戦闘狂は

 その前評判に似つかわしく無い顔付きで

 冷静に戦況の分析を始めた。


「普通に考えれば迎天祭の会場『連合総本部』だろうな。

 地下を通って直接乗り込むのがセオリーってところか。」


「……ん? そう思ってるの?」


「何か変なこと言ってたか?」


「いや、そこまで読んでいるのに何で現地に行かないのよ?

 アンタほどの戦闘狂なら激戦区の方が好きでしょ?」


「そいつは……俺の勘だな。」


「はぁ? 勘?」


「ああそうだ。暗殺家業で得た俺の勘が、

 本当にそれであってんのか、ってしつけえんだよ。」


 太い腕を組みながら、

 戦闘狂は高所から都市を一望する。

 強い風をその全身で真正面から受け止めて、

 混じる闘争の気配を全神経で感じ取る。

 するとそんな彼の要望に応えるように、

 突如として遠方から爆煙が噴き上がった。


「何!? 報告しなさい!」


『中心街の北部に目標の集団出現!

 そのまま連合総本部へ……行ってない!?

 敵勢力っ……! 南下開始ッ……!』


「ニィ! 来たな!」


 新政府側の人間たちは

 反政府勢力の行き先を必死に探る。

 方角的には連合総本部とは真逆の方向。

 その延長線上に浮かび上がるのは、

 彼らの古巣でもある封魔局本部跡地――


(いや、違うな。)


 ガバルバンの勘はその可能性を否定する。

 それもそのはず。もう封魔局本部に価値は無い。

 朝霧たち最後の抵抗軍が目指すのは其処よりも手前。

 連合総本部と封魔局本部とを挟んだ間。

 中央都市の更にど真ん中に位置するランドマーク。

 その場所こそ――



 ――中央電波塔――


 情報の発信源にして大結界『ロキ』の展開基地。

 それが此処、ゴエティア中央電波塔である。

 かつて特異点勢力との戦場にもなったこの場所は今、

 朝霧らにとっての第一目標となっていた。


 理由は二つ。


 一つは都市を覆う電磁バリア『ロキ』の完全破壊。

 これがあるせいで朝霧の都市侵入も手助けした

 アシュラフたち連合軍が海上で足止めを食らっている。

 彼らを引き入れるためにも結界の破壊は必須だった。


 そしてもう一つの理由は『記録媒体』の設置だ。


 今は亡き厭世曰く、

 このUSBメモリのような記録媒体には

 森泉が部下に示した今後の指針が入っているという。

 そしてこれをデイクとイリエイムが解析した結果、

 内部にあるのは何らかの『映像データ』だと判明した。


 しかし厳重なロックがそれ以上の不正アクセスを拒み、

 正しい設備、正しい手法でなければ、

 森泉の授けた映像データを閲覧する事は叶わなかった。

 そしてその設備が揃っている場所こそ中央電波塔だ。

 事前に森泉から何かの情報を匂わされていたのか、

 イリエイムは確信を持ってそう宣言する。

 故に――


「――目標は中央電波塔、管制室ッ!」


 二十にも満たないレジスタンスは

 持てる全ての戦力を投入して中央電波塔を目指す。

 森泉の指針が新政府打破のきっかけになると信じて、

 比較的守りの薄い魔法世界のランドマークへ突撃した。


「それじゃあアラン、エレノア! 任せた!」


「「了解!」」


 事前に打ち合わせていたパターンに従い、

 エレノアがアランと鉄槌を磁力でくっつける。

 そしてそのまま大砲の如く彼の体を撃ち出した。

 やがて空を切り裂き飛行するアランの体は、

 中央電波塔の中層部へと着弾し

 外壁を突き破ってその内部へと侵入する。


 そして周囲に敵影が無い事を確認すると、

 彼は専用装備の飴玉を噛み砕きながら

 地上の味方たちに向けて祝福を発動した。


「魔力全開放! 出力最大……『鉄器創造』ッ!」


 滝のように吐き出されたのは鉄の橋。

 装飾も何も無い無骨な足場が、

 一瞬にして朝霧たちの前に出現した。

 管制室へと向かうためのショートカットだ。


「ここからは部隊を二手に分けます!

 映像班は管制室へ! 結界攻略班は展望デッキへ!」


 朝霧は集い始めた敵を薙ぎ払いながら

 素早く仲間たちに指示を飛ばす。

 そして自身も地面を蹴飛ばし身を翻すと、

 仲間の作った鉄の道を上り始めた。


「取り戻しましょう! 全てを!」



 ――同塔内・展望デッキ――


 時を同じくして、

 戦闘の余波で水面の揺れるワイングラスを片手に

 一人の男が高所から襲撃の現場を見下ろす。


 黒い長髪に黒いサングラスに、

 間に合わせとは思えないほど小綺麗な貴族服。

 そして彼の持つグラスの上に止まったのは、

 刃のようなトンボのような使い魔の祝福。


「あーあー……サボるつもりだったのに、

 こっちに向かって来ているじゃあないかァ?」


 気怠げに吐き捨てられた言の葉には粘性があり、

 厭味ったらしい口調に合わせて

 口や眉がぐにゃりと歪む。


「まぁいいか。少しくらい遊んでやろうかァ。」


 それはかつて破砕されたはずの巨悪。

 いずれ使うだろうと世界各地に厄をばら撒いた下手人。

 そして――朝霧桃香の腕を切断した張本人。


「このダミアーノ・ローデンヴァイツがなァ?」


 冠する異名は≪厄災≫。

 露悪の権化が今再び敵となる。

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