第三十九話 いざマランザードへ
――十一年前――
「ふー、何とか逃げ延びられたな。」
この日、盗賊は盗みに失敗した。
社会から爪弾きにされて、はや五年。
盗賊となってからの彼は正に、底辺だった。
その境遇から群れる事を嫌い、
その環境から孤独を嫌った。
生きるために行っていた盗みという行為で、
金のために集めていた煌めく盗品たちで、
彼は己の虚しさを紛らわした。
いつしか盗品を売らず、
トロフィーのごとく身の周りに置いていた。
「…………これが、俺か……」
しかしこの日、盗賊は現実を再認識した。
乱雑に置かれた宝物たちが、
無作為に散らばった宝玉たちが、
崩れ去った彼のキャリアを連想させた。
「……いやだ。」
胸の奥底にあった感情が氾濫する。
理想との乖離に視界が揺れる。
「あ、あぁあ! あぁあ――ッ!!」
盗賊は、自らが集めた盗品を砕いた。
一心不乱に、無我夢中で。
(ただの盗人で終わる? 俺が? いやだ!
この際悪名だっていい! 俺を認めてくれ!!)
――いいか、我が子よ?
この社会では、勝者が肯定される。
「…………そうだ、勝てばいいんだ。」
全ての宝を砕いた彼は、
遙か遠くを見据えるように、そう呟いた。
壊れた宝から溢れた魔力が、部屋に充満する。
「そうだよな……なんで忘れていた?
もう教えてくれていたじゃないか……
ごめんよ……父さん、母さん。
俺頑張るから、良い子になるから……」
充満していた魔力が、
盗賊の体をグルグルと包み込む。
盗賊は風化していた初心を取り戻す。
「社会への復讐を果たす、理想の息子になるからッ!
勝利するッ! 貪欲に、強欲にッ!!」
『――願いを承諾。審査を開始します。』
「ッ!? 誰だ!?」
盗賊の耳に無機質な声が聞こえる。
辺りを探すが声の主は見当たらない。
『タスク・ワン、申請。受理。承認。
タスク・ツー、申請。達成。承認。
タスク・スリー、申請。適合。承認。』
しばらくして、その声は
脳に直接響いていることを確信した。
『全条件承認。サギトへの覚醒を行いますか?』
(な!? サギト!? 予言にある破滅の力か!?)
盗賊は記憶にあったある言い伝えを思い起こす。
――『サギト』。それは覚醒した魔法使い。
魔法世界黎明期、一つの予言が告げられる。
それは世界を滅ぼす破滅の力。
七つの大罪に由来する悪魔の権能。
その魔力、肉体はともに人智を逸脱し、
文字通り、世界を滅ぼす力を手に出来る。
代償として……
(……祝福の、没収。
俺本来の祝福は使えなくなる、だったか。)
盗賊は少しの間、考える。
しかし、すぐに選択は決まった。
「寄越せ! その力!!」
『承諾を確認。生体コード検証。
対象――ガイエス・ファルブルトを、
強欲のサギトへと覚醒させます。』
瞬間、ガイエスの体に激痛が走る。
それは地獄の業火で焼かれる熱さ。
それは天罰の轟雷に撃たれる鋭さ。
ガイエスは激痛に苦しむ。
『覚醒をキャンセルしますか?』
「――! 否ぁあ! 続けろぉ!!」
全身から滝のような汗を流し、
地面を右へ左へとのたうち回る。
『祝福、徴収。権能、付与。
権能名、悪霊の金貨。』
「マモンズ……チップ……」
痛みの時間が終わると、
ガイエスは自身の変化を直感する。
肉体の大きさは変わらない、が、
その身の強靱さ、魔力量は桁違い。
古い祝福を超える、新しい権能。
『覚醒、おめでとうございます。
貴方がサギトである限り、
その権能は貴方の物となります。』
ガイエスは鏡を見つめ、不敵に笑う。
これ以降、謎の声は聞こえなくなっていた。
――海上・ヘリ内部――
「……それがサギト。
そして、その一つが特異点ガイエスだ。」
封魔局の軍事ヘリ。
マランザードへと向かうその中で、
ミストリナはサギトの説明をしていた。
朝霧は自分なりに整理する。
「なるほど……?
つまり、超強い敵、てことですね?」
「語彙力どうした? まぁそんな認識でいい。」
呆れつつもミストリナは続ける。
「ガイエスはどこかのタイミングで覚醒。
それまでは少し厄介な泥棒の一人程度だった。
だが、サギトと成った後は急激に勢力を拡大。
あれよあれよと特異点の勢力の一つ、
盗賊団ヘッジホッグを造り上げた。」
そして、と呟くと、
ミストリナは胸元から一枚の紙を取り出した。
それは写真。ある手紙のコピーだ。
「これは……予告状ですか?」
「あぁ、これが届いたのは九日前。
ベーゼ撃破の三日後の話だ。」
朝霧たち三人は写真を覗く。
内容はこうだった。
愚かな獅子、アシュラフ殿へ。
期が熟す時、砂漠の秘宝を頂戴に参上する。
予防は空虚なり。逃亡は愚鈍なり。
隠蔽は浅慮なり。迎撃は無謀なり。
これら全てが虚飾なり。
我は強欲のサギトなり。
「ん――っ! 時刻曖昧! 表現曖昧!
誰が送ったか、くらいしか分からない!」
「……深い意味のあるような、無いような?」
朝霧とアリスは愚痴を吐く。
アランもその言葉に共感した。
「この秘宝、ってのは?」
「あぁ、それこそが今回のキーアイテム。
マランザード領主邸には高価な物が
多く保管されている。が、
秘宝と呼ばれる物なら恐らく……」
ミストリナはもう一枚写真を取り出す。
そこに写るのは、二枚の鏡。
「神秘伝達魔導具。――『合わせ鏡』だ。」
合わせ鏡。二枚一組の魔鏡。
その最大の特徴は、魔法を伝える。
例えば鏡Aに対して魔法を使うと、
対となる鏡Bの鏡面から、同じ魔法が放たれる。
即ち、魔法効果をワープさせることが出来る。
「予め鏡さえ置いていれば、
術者がどれほど遠くにいようと
魔法をその場所へと届けられる。
それが仮に、即死する魔法であってもな。」
「な!? めちゃくちゃ危険じゃないですか!?」
朝霧は叫ぶ。
そんな彼女にミストリナは頷く。
「あぁ、だからこそ魔法連合でも信頼の厚い
アシュラフおじ様が管理することとなった。
そして今回、ガイエスに狙われた。」
「……そこで打った策が、
マナさんの護送任務ですか?」
アランは静かに声を発する。
朝霧たちも静かにミストリナを見つめる。
「そうだ。この二枚の鏡を分けて、
それぞれを防衛することにしたのだ。」
ミストリナの話はこうだった。
二枚一組の合わせ鏡。
盗賊が売るにしろ、使用するにしろ、
二枚とも揃わなければ意味が無い。
片方をマランザード領主邸で、
そして、もう片方をゴエティアで
保管することにしたのだ。
「そしてゴエティアへの護送を隠すため、
マナちゃんの護衛任務が行われた。
元々、彼女の移住の話はあったらしい。」
「なるほど……ハウンドさんは
この任務の意味を知っていたんですね。
恐らく……ジャックさんも?」
「あぁ、君たちに伝えられ無かったのは
申し訳ない。船での護送も、
結果的に危険を強いてしまった。」
ミストリナは三人に頭を下げた。
合わせ鏡の性質上、封魔局支部にある
空間転移装置での移動は不具合の原因、
あるいは転移魔法の誤爆の危険がある、
とのことだった。
なぜ船での護送だったのか。
なぜ秘宝がマナの元にあったのか。
朝霧たちは船内で
感じていたこれらの疑問が溶け、
新たに決意を固めた。
そして、ミストリナは語り掛ける。
「まぁ裏で色々動いてはいたが、
これから先の目的は一つ!
――ガイエスを倒す!」
三人は頷く。
「さぁ急ぐぞ! いざマランザードへ!」




