第十二話 監獄領域攻防戦①
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昔々、魔法世界に一匹の亜人がいた。
彼はその種族の最後の生き残りで、
常に日々の安寧と緩やかな絶滅を求めていた。
故に彼は偉大な三人の魔法使いと契約する。
ある重要な『席』を与えられる代わりに、
矢鱈と目立つ彼の姿も気にならず、
そして安寧に過ごせる居場所を貰ったのだ。
「どーおー? 居心地は良さそーぉー?」
彼の隣で魔女が声を出す。
しかし亜人は正面を向いたまま反応しない。
「ねぇー? 聞こえてるー? おーーーい!!」
意図的に無視しているのでは無い。
純粋に彼は魔女の訪問に気付いていないのだ。
そしてそれを理解していたからこそ、
原初の魔女は両手を振って自身の存在をアピールした。
「ソ〜フィ〜ア〜が〜来〜た〜よ〜!?」
ようやく彼は魔女の存在に気付いて身を屈めた。
丘の上に立つ彼女と目線を合わせるように、
山よりも大きなその巨体を小さく丸めた。
――彼の種族は『巨人族』。
今ではもう絶滅してしまった最強格の亜人種だ。
高めの魔法耐性や自己治癒能力も然ることながら、
やはり最も特徴的なのはその巨体と馬力。
人間社会ではどうしても異物となるその巨躯には
純粋な質量という名のパワーが宿っていた。
その特徴と都合が良かったので、彼の席は与えられた。
住処となったのは一切の魔法が封じられた不毛の荒野。
偉大な魔法使いが監獄として使うために用意した場所。
後の世に『千年監獄領域』と呼ばれる土地だった。
即ち――アバドン初代看守長。
それこそが巨人に与えられた『責』である。
――アバドン・地上――
一切の魔法が封じられた土地。
昼夜の転換すら観測出来ない暗闇の大地。
そんな暗黒の世界に佇む唯一の建造物内では今、
無数の生命が絡まり合うような乱戦を繰り広げていた。
看守たちが守るバリケードに魔人が飛び込み、
両腕を振って血の噴水を創造する。
その光景はあまりにも凄惨で、
常人が見れば恐怖に駆られて発狂するだろう。
「ふむ……互いの戦力も見えてきましたね。」
そんな城塞内の戦況を城門の上から観察し、
エヴァンスは彼我の戦力を改めて計算し直す。
まずは新政府軍の戦力。
魔術を介さない兵器も大量に持ち込んではいるが、
やはり主力は数百体の魂喰いたちだろう。
魔法の使えないこのアバドンの過酷な環境でも、
彼らは充分な戦力として計算出来る。
「再生速度と肉体変化が弱体化していますが……
パワーとスピードは据え置きのようですね。」
初見時は朝霧すら驚かせた魔人の身体能力が健在。
となれば魔人一体を殺すのにもやはり
相応の火力と何人もの犠牲を払う必要がある。
逆に生半可な戦力では足手纏いになるだけ。
看守たちは徐々に劣勢に立たされている。
はずだった――
「――ですがこれではアバドンを墜とせませんね。」
様々な仕掛けや戦術で戦力を削られつつも
圧倒的な物量で橋を突破した新政府軍。
しかし彼らの進撃は城塞内に侵入した時点で止まる。
その要因は看守側の戦力にあった。
彼らは日々の訓練の中で
防衛能力よりも対囚人用の制圧能力を高めている。
即ち閉所での非殺傷制圧こそが最も得意とする分野。
橋の上よりも城塞内の方が得意な戦場なのだ。
加えて彼らの装備もそれに特化した物が多く、
特にメイン武装である『電撃銃』は
一撃で魔人の筋肉を麻痺させて無力化してしまう。
殺す気は無いのでわざわざ核を潰す必要が無い。
核を潰す必要が無いので半端な者でも戦力となる。
「数の利は、実質無いような物ですね。」
浅はかにもバリケードに突撃してきた魔人を囲み、
看守たちは一斉に電撃銃の引き金を引いた。
すると瞬く間に孤立した魔人は悲鳴を上げて、
大地に頬を押し当て沈黙してしまう。
この光景が各地で見られ、戦況は拮抗していた。
また武装の良さと地の利の要素に加えて、
魔人相手に引けを取らない要因がもう一つ。
「おいエヴァンス。何なのだこいつらは?」
「どうかしましたかトロル議員?」
「奴ら全く怯まない。
誤射や囮は勿論、死への恐怖すらも希薄だぞ。」
「はぁ……ちゃんと資料読みましたか?
ここの看守はそういう風に育てられているんですよ。」
千年監獄領域アバドン。
其処の職員となる方法はただ一つ。
孤児として拾われるか囚人の子供として生まれ、
獄内の養成施設で育てられるルートである。
看守たちは皆そうして育った。
中には一度も外の世界を見たことが無い者もいる。
だがそんな特殊な閉鎖環境での教育こそが、
並の傭兵よりも強い看守を生む秘訣であった。
言わばこのアバドンは、
社会から完全に独立した戦闘集団の本拠地。
連合が監獄としてスペースを借りているだけの、
一つの超小規模武装国家である。
「っ……ならばエヴァンス、貴様も手伝え。
此処の制圧には隊長格の実力者が必要だ。」
「ご冗談を。」
「何?」
「雑兵は貴方たちでどうにかしてください。
僕は、彼女の相手をしなきゃいけないんですから。」
そう告げるとエヴァンスは城門から飛び降りた。
やがて彼が地上に降り立つのとほぼ同時刻、
城塞の室内へと通じる門の前で
複数体の魂喰いたちが塵のように飛ぶ。
四肢をもがれ、首を雑に切断されて、
そうして吹き飛ばされていた魔人たち。
するとそんな空中の彼らを足場とし、
監獄側最強の戦力がエヴァンスに飛び掛かる。
彼は強襲に合わせて鎖を振った。
直後互いの武器が薄暗い虚の中で衝突し、
周囲をにわかに照らす火花を散らした。
「曰く――アバドンに所長の座は無く、
たった一人の看守長が所長の業務も兼任している。」
「……」
「その権力は凄まじく正に一国の王の如し。
しかも遡ればそれは初代看守長から続く伝統だとか。」
「……フン。」
エヴァンスの語りに反応も示さず、
彼女は刀と銃が合体したような武器を振って血を払う。
そんな彼女の左手にはもがれた魔人の頭部があった。
まるで素手で引き千切ったかのようなその残骸に、
エヴァンスは視線を送りつつ言葉を繋げる。
「看守の育成施設も、表層と深層の構図も、
全てその初代看守長が創り上げた物だったのでしょう?
絶滅種『巨人族』の看守長が。」
「だとしたら、何だ?」
「僕はね、以前から体験してみたかったんですよ。
当時の連合にそれ程の特権を許容させた巨人の力。
アバドンを守護する最大最強の『血』の強さを。」
エヴァンスは鎖を束ね、
それらを片腕に巻き付け構える。
改めて臨戦態勢を整えて、
彼女を討ち取る覚悟を決めた。
「お手合わせ願えます。巨人の末裔――看守長ダーラ!」
「下らんな。私は襲撃者を迎え撃つだけだ!」
武器を構えて、ダーラは地面を蹴飛ばした。
直後に彼女のいた場所にはクレーターが刻まれ、
ダーラ本人はエヴァンスの眼前に高速移動する。
直後に振り払われた刃をエヴァンスは躱すが、
あまりにも速いその閃きは避け切れず、
彼の顎は口裂け女の如くパックリと割れた。
堪らずエヴァンスは後退を選択し床を蹴って、
それと同時に複数の魔人たちが彼の援護に入る。
だがダーラは自身に迫り来るそれら全ての魔人たちを
腕力と馬力のみで粉砕していった。
「……くっ。真正面から殺ろうとするな!
あの皮の下には何十倍もの筋肉が詰まっています!」
エヴァンスは口を治しながら叫ぶ。
「パワー勝負では絶対に勝てない!
このアバドンでダーラと戦うという事はつまり!」
その間にもダーラは魔人を叩き潰した。
飛び越え、踏みつけ、核に弾丸を撃ち込み、
ダーラは次々と魔人を殺す。
「無能力の人間が万全の朝霧桃香と殴り合うようなもの!」
「惰弱ッ!」
気付けば時間稼ぎに出向いた魔人たちは壊滅し、
引き千切られた腕がエヴァンスの方へと投擲された。
弾丸よりも速く飛ぶ肉の塊は彼の顔を掠め、
そして回避のために視線を逸らしたその一瞬で
ダーラは再びエヴァンスの頭上目掛けて襲撃を仕掛けた。
ようやく口元も治ったばかりの彼は
咄嗟に鎖を構えて防御態勢に入る。
だが彼自身が言ったように、
パワー勝負ではダーラには勝てない。
「ぐっ……ぉおっ!?」
体感した事もない重量に潰され、
エヴァンスは灰色の大地に叩きつけられた。
その衝撃は凄まじく、城塞地上には亀裂が走り、
アバドン全体が軽く揺れる。
「此処は私の城。私たちの家――」
如何に連合を落とした魔人といえど、
そして如何に隊長格の実力者といえど、
あくまでそれは『外』での話。
何人たりともこの領域内での無法は厳禁。
「――我が家から出て行け襲撃者。」
千年監獄領域アバドン。ここでは彼女が絶対だ。




