第二十八話 暗黒時代
魔法世界の影、秩序の敵――『闇社会』。
ほんの少し前まで其処は群雄割拠の戦国時代だった。
暴食の魔王、厄災、そして女帝の三者が鎬を削り、
その軋轢の隙間を強欲魔盗賊が引っかき回して、
更にその周りで黒幕の息が掛かった組織が動く。
これこそが少し前までの闇社会の勢力縮図。
姿無き『真の敵』に簡単に天下は取らせまいと
亡霊の王が画策した理想の乱戦状態だった。
だがこの絶妙な均衡は既に無い。
総取りを困難とさせる特異点たちは姿を消した。
残されたのは死に征く残党共と、強い個人。
「朝霧は俺がやる! 手ェ出すなよお前らぁ!」
賞金荒し。≪赤獅子≫グラシアノ・ホルンベルガー。
各地の違法格闘大会に乱入しては
賞金だけを掻っ攫っていく赤毛の巨漢犯罪者。
「勝手にしろ。得物を無くした小娘にもう興味は無い。」
老剣士。≪黒鞘≫のピエール。
まだ規律の緩かった時代ですら罰せられるほど、
多くの亜人を「研鑽のため」と殺してきた異常者。
「賞金はちゃんと山分けだからね。」
トリシア・G・フォスター。通称≪抜釘≫。
近年頭角を見せ始めた殺し屋で
情報は少ないが確かな実績を持つ新星だ。
彼ら三人にシャルルを加えた四名こそが
朝霧たちを襲撃してきた敵の正体。
今の闇社会は群雄割拠と呼ぶにはあまりに疎ら。
このレベルの犯罪者が生まれては消えて、
誰もが次の特異点を目指して殺し合う。
例えるのなら今の闇社会とは、
統治者の君臨を待ち望む『大暗黒時代』だった。
(ガラ空きの玉座。倒すべき番人はお前だ、黒幕!)
シャルルは物陰から黒幕に向けて弾丸を放つ。
しかし未来視の聖遺物と神域の魔法を扱う彼に
そんな神秘性の欠片も無い攻撃が届くはずも無く、
弾丸は渦巻く風の魔法によって完璧に防がれた。
だがシャルルもそんな事は予想済み。
彼は黒幕が迎撃に意識を割いた事を確認すると、
一本のナイフを取り出し標的を朝霧に変えた。
「――!? 後ろに跳べ、桃香ッ!」
ショウの声に反応し、
グラシアノと拳を交えていた朝霧は飛び退いた。
直後彼女のいた場所にはナイフが転移され、
サクッと芝生の上に突き刺さる。
「危なっ! ナイフ?」
「シャルルの得意技だ!
相手の内臓に直接刃物や爆弾を移送するんだ!」
「なにそれ怖っ!」
「とにかく動き続けて位置をズラせば問題無い!
最悪の場合は俺が未来視で教えるから!」
(チッ、バラすなよ……)
「シャルル貴様ァ! 手を出すなと言っただろ!?」
(わかったよ。まずは三人掛かりで黒幕からだ。)
脳内でそう判断するとシャルルは、
ピエールとトリシアの両名に黒幕を襲わせる。
老剣士の鋭い刃と暗殺者の釘打機は入り乱れて、
戦闘巧者であるショウとの交戦を成立させていた。
(ッ、近接戦特化の剣士に中距離からの釘!
加えて嫌なタイミングで移送されるナイフと爆弾!
役割分担が明確な分、即席の連携も上手い!)
「……」
(こうなったら一人ずつ潰していくのが良いか。
となると誰を最初に狙うかだが……
情報が少なく不安要素の多い抜釘から行くか!)
「おじ様。私に攻撃。守って。」
「!?」
未来視を交えて先手を打ったはずのショウより先に
トリシアは彼の行動を読んで仲間に指示を送った。
その結果、攻撃をしようと構えた黒幕の隙を突いて、
老剣士の鮮やかな一閃がショウの薄皮を掠めた。
(ッ!? 未来視の先を行かれた!? まさか奴も?)
「……」
(いや違う。今の動きはどちらかと言えば『先の先』。
敵意を行動に移す前に潰された。これはまさか……)
「あ、バレた。」
「……なるほどな、『読心術』の祝福か。」
相手の心を読む能力。
それこそがトリシアの祝福であった。
(なら、問題無い。)
スゥと深呼吸をしてショウは体内の魔力を整える。
そんな彼の顔面を狙ってトリシアは釘を放つが、
ショウは僅かな首の移動だけでそれを回避した。
「心を読まれるのは気分が悪いが、
これでお前の脅威度は一つ減った。」
「ふーん? 本当にそうかな?」
「?」
「もう君は詰みだよ黒幕――『抜釘』。」
そう言うとトリシアは指を鳴らす。
直後ショウの脳裏に未来の映像が届いた。
しかし彼はその映像を視て驚愕する。
未来の彼は突然原因不明の攻撃で倒れたからだ。
「な!?」
いくら未来が見えようとも、
その対処法が分からないのなら意味は無い。
やがて与えられた誘導線に従うように、
彼の心臓を強い呪いのエネルギーが襲撃する。
不快な気配と肉の内から釘が抜かれるような鋭い痛みに
流石の黒幕と言えども情けない声を上げて膝を突いた。
その悶絶の最中彼は、自身の影に刺さった釘を見つける。
(あの釘はさっきの? それにこの攻撃形式……!)
「理解が早いね。」
「丑の刻参り……! 呪いの藁人形か!」
東洋呪術の代表的儀式『丑の刻参り』。
御神木に藁人形と釘を打ち込み相手を呪う、アレだ。
トリシアはその儀式を戦闘中に行えるように改良した。
特殊スーツには本来の儀式に必要な成分を蓄積させ、
藁人形の代わりに相手の影を利用する。
そして戦闘用に改造した釘打機を使うことで、
激しい交戦中でも効率良く呪えるようにしたのだ。
「呆気ない幕引きでしたな。黒幕殿?」
「賞金は無いけど、邪魔者は早く消すに限る。」
前衛のピエールと中衛のトリシアが武器を構え、
更に後方ではシャルルが目を光らせていた。
また朝霧はグラシアノに阻まれ加勢には来れない。
万事休す。策をあっても読まれるのでは意味がない。
この状況に勝利を確信し、シャルルは木陰から告げた。
「かつての覇者に敬意を払って、最期に言い遺す事は?」
「我ながら落ちたな……こんな三下共に苦戦するとは……」
「フッ。もうアンタの命運もここで終わりってことだ。」
一応の機会は与えつつも、
シャルルは万が一の逆転を嫌って指示を送る。
襲撃者二人に向けて端的に「殺れ」と呟いたのだ。
その指示に従い老剣士たちは黒幕の首を狙う、が――
「命運……ね?」
――直後、突然ショウは両手を上げた。
それを攻撃と思い襲撃者たちは急ブレーキを掛けたが、
彼がしたのは左右の手にあった魔杖と拳銃を
空に向けて投げ捨てるという意味不明の行動だった。
(此奴一体……?)(何を……して?)
「止まるなっ! 黒幕を狙え!」
「「ッ――!!」」
突然の異常行動は襲撃者二人の思考を止めた。
何せあの黒幕が命の危機に繰り出した動きなのだ。
何かとんでも無い罠があるのかもと邪推してしまう。
しかし彼の行動に戦略的な意味は無い。
その行動に意味を与えるとするなら――『運試し』。
「果たして、本当に命運は尽きたのかな?」
そう吐き捨てると彼は捨てた武器に向けて跳躍する。
読心術と未来視の大きな違いの一つに、
ランダム性が高い事象への対処能力が存在する。
未来視は現象その物を視る能力なので、
例えどんな結果になろうとも予見は出来る。
しかし読心術ではそうともいかない。
仮に福引器を回す店主の心を読んだとしても、
その抽選結果までは分からないのだ。
(さーて。俺はどっちで攻撃するでしょう?)
「っ!?」
突然の二択にトリシアは混乱した。
黒幕本人を狙えば良いという三択目を忘れて、
彼女はバカ正直に魔杖と拳銃に意識を向ける。
結果、黒幕に襲い掛かるのはピエール一人。
熟練の老剣士とはいえ、一対一なら十分捌ける。
「此奴……! ワシの剣を足で……!?」
「さて正解はー?」
「くっ! させるか!」
黒幕の手に収まりかけた魔杖をトリシアが釘で弾く。
あまりにも冷静さを欠いた咄嗟の行動だったが、
放たれた釘は見事にショウのメイン武器を弾き飛ばした。
が、彼は元々どちらで攻撃しようかなど決めていない。
残された拳銃を掴むと、彼は深く考えず発砲した。
「ぐぉっ……!?」
(こいつ、何も考えていない!?)
狙いは無し。未来視での先読みも使わない。
とにかく目に映った敵に向けて引き金を引く。
頭を空っぽに、ただの暴力装置と化して正解を選ぶ。
幼少期から感情無き兵器として育てられた
彼だからこそ出来る芸当であった。
そしてそれは読心に対して抜群の効果を発揮する。
いくら黒幕の思考を読もうとも其処に戦術は無い。
彼は野道の花を愛でながら、敵を殺しに掛かっていた。
(けど……! あぁやはり君は運が無い!)
激戦の中でようやく冷静さを取り戻し、
トリシアはいずれ来る好機に期待し待機する。
ショウが拾ったのは実弾を放つ拳銃。
ならば必ず再装填する時間が発生するはずだ。
勿論それで倒せるとは思っていないが、隙は作れる。
(多分そろそろ……もう少し……!)
「おっと。」
(来た! 今だ! 狙うのは――)
換えの弾倉を取り出して
一旦物陰に隠れようとしたショウに向けて、
トリシアは正確に釘の弾丸を撃ち込んだ。
その釘は彼女の狙った軌道に乗ると、
ショウの手にあった換えの弾倉を弾き飛ばす。
砕けたマガジンからは破片と共に弾丸が宙を舞った。
「やった! 今度こそ……!」
浮かれるトリシアは手柄を求めて前に出る。
――が、生粋の傭兵は既に脳より先に体を動かしていた。
即ち弾倉の無い拳銃を腕と共に大きく回転させ、
落下中の弾丸をバレルの中に直接装填させる。
「ラッキー。」
「は?」
流れのまま、彼は酷く軽い引き金を引いた。
直後乾いた発砲音と共に大量の血が芝生へ零れ落ち、
そしてその上からトリシアの体が力無く倒れ込む。
「「≪抜釘≫!?」」
「あと二人。」
「っ……! やはり特異点、やりおるな!」
仲間がやられたピエールは
激昂するどころか逆に興奮していた。
そして今まで以上に苛烈な攻めをショウに浴びせる。
彼はそんな老人の剣をナイフで迎撃するが、
やはり間合いの差が苦しいようですぐに離れた。
「ぬぅ! 逃がすか!!」
(コイツは絶対ついて来そうだな。)
読心術士が倒れたことで思考を回復させると、
ショウは一目散に朝霧のもとへと駆け込んだ。
「桃香。俺を飛ばせ!」
「! 了解っ!」
グラシアノとの戦闘中ではあったが、
朝霧は一瞬の頃合いを見つけて足場となった。
そしてショウを廃墟のベランダへと押し上げる。
「ハッ! 戦闘中に曲芸とは余裕があるな朝霧ィ!」
「退け≪赤獅子≫! 貴様も斬り殺すぞッ!」
「はぁ!? このっイカレジジイが!」
刃を振り回す危険な老人に驚愕し、
グラシアノは咄嗟に両腕で頭部を守る。
するとピエールはそんな彼を足場に使い、
狂ったように黒幕を追って廃墟へと飛んだ。
そして――
「ったく、なんだったんだあのジジイ?」
「隙あり。えい!」
「ぐぼぁぁああああああぁぁあァァァ!?」
――ガラ空きの横腹に朝霧の回し蹴りが直撃した。
その直後グラシアノの巨躯はボールのように吹き飛び、
大きな木々をなぎ倒して森の奥へと消えて行った。
「こっちは終わりましたよ、ショウ君!」
「あ、うん。…………おっかね。」
彼女のパワフルさに思わず本音を漏らしつつ、
ショウは迫る老剣士と廃墟の壁にて斬り結ぶ。
斬っては離れ、斬っては離れて、
物悲しい灰色の壁面を背景に火花を散らした。
「良い! 良いぞ黒幕!!
お前を殺せばワシはきっとまた更なる高みに至る!」
興奮した老人は更に加速した。
堪らずショウはベランダから更に上へと跳躍し、
廃墟の屋上へと逃れて老剣士からの視線を切るが、
当然ピエールも彼の後を追って屋上へと飛び出した。
「さぁ! 共に剣の高みに行こうじゃないか!」
「断る。」
屋上ではショウが再装填を終えた拳銃を向けていた。
そしてベランダから飛び出して来た老人の眉間に、
彼は何の躊躇も風情も無く弾丸を撃ち込み射殺する。
やがて「え?」と驚く顔をした老人の死体が、
一階の枯れた花壇を壊して落着した。
「襲撃者三名。処理完了。」
今の闇社会は暗黒時代。
粒揃いだが王に相応しい者は存在しない。
ともすれば――『彼ら』に勝てる道理も無し。




