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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第一章 負け知らずの敗北者
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第三十五話 呉越同舟

 ネイルはガイエスと対峙する。

 彼らの足元には朝霧が転がっている。

 彼女に意識は無く、

 二人の男たちを夜風のみが観戦している。


「…………」


(この男……既に満身創痍じゃねぇか。)


 戦力差も、体力差も歴然。

 燃焼呪符は既に無く、

 アランに見せた俊敏さも既に喪失していた。

 即ち、ネイルに勝ち目など存在していなかった。


「……『手を、上げろ』。」


「あぁ? なんだ急に?」


(当然効かない、か。嫌になる。

 何をやっているのやら……俺は……)


 自身の祝福も望めない現状に、

 ネイルの思考には暗雲が立ち込めた。

 しかし――


(――後悔は、無ぇな。)


「邪魔するなら、死んでくれ。」


 ガイエスの腕が竜へと変わる。

 鋭い顎がネイルを襲った。

 カッ、と目を見開き、ネイルは走る。


 攻撃を回避する。追撃を察知する。

 砲撃を掻い潜る。電撃を耐え凌ぐ。


 戦いの最中、男を慕う子分の顔が目に浮かぶ。


(一匹狼だったこの俺に、

 いきなり訪ねて子分にしてくれって、

 メチャクチャなやつだったよ、お前は。)


 死に逝く相棒の顔が目に浮かぶ。


(いつしか、お前が(さえ)ずるお世辞が気持ち良く、

 欲していた! 認められたかった! 

 なるほど……これは確かに()()()だな。)


 ネイルの体の、心の奥底から力が沸き上がる。

 本人も経験したことの無いほどの高揚感と共に、

 その魂を、強大な魔力が覆った。


「その座を()()()、特異点ッ!!」


 瞬間、僅かにガイエスの腕が動いた。

 二人は同時に驚く。


「腕が、勝手に動いたな、今。」


(!? 俺の命令が効いたのか!? 何故?)


「お前の祝福か? 人に命令する、みたいな。

 だとしたらお前の……()()()()!」


 ガイエスは笑う、強欲に。

 その不気味さにネイルは戦慄した。


 ――と同時に竜の口がネイルの体に食い付いた。


「ぐぉ!? ぐがぁ!!」


 ネイルは口から血を吐き出す。

 竜は首を振り、獲物を叩き付けた。

 一撃、たった一撃で決着は付いた。


(……意識が……これが、特異点……か。)


「命令を下す祝福! 丁度欲しかったんだ!

 最近部下の聞き分けが悪くてよぉ?」


(…………)


 ネイルは既に、思考できる状態では無かった。


「おいおい、まだ死んでくれるなよ?

 祝福ってのは死体から盗れないからな。」


 虚ろな目で呼吸のみを行う。

 自決できる判断力すらもう無い。


 その様子に安堵したかのように、

 ガイエスは手を伸ばす。


「フハハ! 強い祝福、ゲット!」


 盗賊の手がネイルの頭に触れようとした。

 が――


(ん? なんだ?)


 その手がボヤける。否、霞む。


(……寒い? ……霧、か?)


 ガイエスが周囲に目をやると、

 辺り一面は先も見えない濃霧に包まれていた。

 索敵の祝福を以て状況を把握する。


「霧は船全体に掛かっている訳じゃない。

 ()()()()だ。この甲板だけを覆っている!

 まるで……俺に用があるみてぇじゃねぇか!?

 何処にいやがる! 姿を見せな!!」


「さっきから、ここに居るであろう?」


 まるで霧から浮き出るようにソレは現れる。

 全身を覆う和装。顔を隠す黒狐の面。

 そして、夜風になびく真紅の髪。


「お初に御目に掛かる、強欲殿。

 拙者は厭世(えんせい)。所謂、『亡霊達(スペクターズ)』の末端だ。」


(霧の祝福か、雑魚だな。)


 ガイエスは彼我の戦力差を測る。

 霧で行える手段を想像する。


「何しに来た? 亡者風情が。」


「そのような事分かるであろう?

 ネイル(そのおとこ)の祝福をお主に盗られては困るのだ。

 それと、そこに放置された仲間の回収だ。」


「ハン! 黒幕が何か暗躍してるらしいな?

 盗賊から獲物は横取りするもんじゃ無ぇぜ!」


 ガイエスの腕は竜へと変わり、

 その全身には電流が走る。


「テラボルト! ドラゴンブレス!」


「――操血術『黶椛(あざもみじ)』。」


 厭世の体から、真っ赤な塊が飛翔する。血だ。

 複数の血の塊が、弾丸ほどの速度で強襲。

 厭世を守るようにガイエスの攻撃を相殺した。


(――操血!? 

 霧は祝福では無かったか? だが!)


 ガイエスは目の前の存在に接近した。

 一瞬で距離を詰め、その体に竜の牙を差し込む。

 ガブリと突き立てられた咬創(こうそう)から血が吹き出す。

 しかし――


「――変化術『黄泉朧(よみおぼろ)』。」


 その体は霧散した。

 顎の拘束からユラリと抜け落ち、

 ガイエスの背後に回る。

 そして……


(傷痕が、回復していく。)


 厭世の肉体は穴を塞ぐように再生していった。


「霧夜に現れ、血を操る。

 加えて超人的な再生能力ときた。」


 ガイエスはある可能性に至る。


「吸血鬼だな、お前?」


「ハハハ! 拙者はただの和被れにて。」


 和装のソレは笑って誤魔化す。

 その態度からガイエスは確信した。


「お前みたいなのが乗船していて、

 何故まだ封魔局を殺せていない?」


 ガイエスは純粋に疑問を投げる。

 厭世はクスリと嗤う。


「それが聞いてくれ、強欲。

 ――俳句を詠んでおった。」


「……あ?」


 厭世は馴れ馴れしく語る。


「いやはや、鋼のクジラと、が八音でな?

 この『と』を消すか否かをずっと悩んでおった。

 だが、『鋼の』を『鉄の』に変えることで

 万事解決したのだ!」


 ガイエスは訳が分からず動揺している。


「まぁ鋼と鉄。どちらの語感が()いかはあるが、

 別段、採点者が居る訳でも無し。

 自分が納得出来ればそれで佳いのだ。」


「何を……言って……?」


 厭世は仮面を外す。

 髪と同じく真っ赤な瞳がガイエスを覗く。


「判らぬか? 必要なのは納得なのだ。

 俳句は決められた枠組みの中で、

 四苦八苦しながら佳い物を目指す。

 人々はそうして出来た成果物を称賛する。

 この枠組みを壊そうと思えば、

 それ相応の納得が必要となる。」


 舌を出し、特異点の男を小馬鹿にする。


「知っておるぞ、強欲魔盗賊(グリードドロップ)。お主、

 平凡という枠組みを外れたエリートだったと。

 そして、何処ぞの企業で疎まれ殺人を犯したと。

 フフッ、正に転落(ドロップ)した訳であるな!」


 ガイエスは飛び上がった。

 それが挑発であると理解しながら、

 目の前の男を殺すと決意した。


「今であるぞ、拳闘士殿。」


「――!?」


 ガイエスと厭世の間の空間が揺らぐ。

 陽炎のように、ユラユラと。

 瞬間、拳がガイエスの体を押し返した。


「フシュルルル。会いたかったぞ、サギトォ!!

 するぞ……『死合』をするぞぉお!!」


 ――船内――


 ガイエスから離れるアランたち。

 その彼らに引き返すようにジャックは指示する。


「ヤツは既に俺の祝福『浮遊』を奪った。

 戦力を分散すると各個撃破され、

 敵の力を強めるだけだ!」


 アランは息巻くジャックの言葉に頷く。

 彼自身、朝霧の事は放ってはおけなかった。

 そんな彼らの元へ、集団が接近した。


「ハウンドさん!」


「良かった、お前ら無事だな!

 見ろ、船内警備員(クルーズガード)を連れて来たぞ!」


 彼の後ろに屈強な船員たちが続く。

 アランは焦りながらも状況を伝えた。

 一通り聞き終え、ハウンドは号令を飛ばす。


「状況は理解した! 

 ジャックとアリスはそのままマナさんの警護。

 二、三名の警備員も護衛に付ける。

 アランと残りの者は、俺と共に来い!

 ――特異点を追い払う!」


「「了解!」」


 アランとハウンドはすぐさま行動に移った。

 残るジャックたちがマナを囲む。


「ジャックさん。歩けますか?」


「あぁ。だが祝福はダメだ、使えない。」


 自らの手足を動かすジャック。

 ハァ、とため息を付くと、マナへと振り返る。


「まぁ、ご安心を。

 培った戦闘技術は健在です。」


「……」


「マナさん?」


 マナは申し訳なさそうに二人の顔を見上げた。


「――二人にお願いがあります。」


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