第十一話 亡霊達
――中衛跡地――
「かはっ!? っあぁッ……!」
喉の奥から煤の混じった血を吐き出し、
ショウは自身を庇うように倒れた砲台の下で再起する。
青年が生き残れたのはただの偶然。
彼のいた場所が爆心地から外れていた事と
人を灼くほどの光を妨げる障害物の傍にいた事。
それらが重なった結果の、ただのラッキーだった。
しかしそれでもやはり無傷とはいかない。
十万人の魔法使いを殺した爆発を生還する代償に、
ショウも相応の代価を支払っていた。
(左目が……潰れている!)
極端に狭まった視野と指先で触れる血の感触から
彼は自身の状態を冷静に、そして正確に把握する。
やがてショウの思考は現状確認へと移ろい、
まず何よりも先に師匠の安否確認を肉体に急がせた。
しかし――
(通信障害? いや、大気中の魔力が乱れている?)
――生存確認は叶わず。
前衛がいたはずの方に目を向けてみるが、
やはり人の気配は感じられなかった。
(っ……これからどうする?)
痛みに思考は鈍り、窮地が発想を貧相にしていく。
焦りは加速度的に増加していき脳を埋め尽くした。
(もしさっきの爆発が核なら?)
やがて思考は妄想の域にまで到達してしまい、
悪い方へ悪い方へと焦燥感ばかりを煽っていった。
(やばいっ、逃げ、なきゃ……!)
ショウは重たい身体を引きずり
瓦礫の中から外へと身を乗り出させる。
だがその直後、彼の背後に何かが降り立った。
己を覆い尽くすほどの巨大な影の出現に、
ショウも驚いてすぐに振り返る。
其処にいたのは一機の人型ロボット。
やがて機械兵は鋼の装甲で覆われた頭部を青年に向け、
コックピットにいる操縦者の声をスピーカーから流した。
『き、君! さっきの人だよね!?』
(こいつ確か……拠点にいた!)
『僕だよ! ビィムだよ!
良かったぁ、僕ら以外にも生き残ってる人がいたっ!』
――前衛跡地――
『放射線? いや、魔力濃度以外に異常は無いかな。』
ロボットの背中に乗せて貰いつつ、
ショウはビィムと共に生存者の捜索を始める。
曰く、爆発の瞬間コックピット内にいたビィムは
計器の異常から攻撃をいち早く察知し、
友人であるノイマンと共に緊急回避行動を取ったそうだ。
ただあまりの負荷にノイマンは気絶してしまい、
廃墟と化した後衛の拠点で安置しているとの事だった。
「爆発の原因は分かるか?」
『う、うーん? 多分だけど地脈異常じゃないかな?』
「地脈異常?」
『うん。大地を循環する魔力の大暴発だよ。
ふ、普通はそんなの起きるはず無いんだけどね……』
(仕組まれたな。つまりは天然物の巨大地雷か。)
『つ、着いたよ! 前衛の配置ポイント!
ぅっ。やっぱり此処も酷い有り様だね……!』
前衛部隊の状況は中衛よりも更に絶望的で、
複数個点在している爆心地の近くなどは
最早生き物が立ち入れる状態では無かった。
(師匠っ……!)
『――!? ヤバい! 掴まっててショウ!』
ビィムの叫び声に反応し青年は隻眼を動かした。
その狭い視界に飛び込んで来たのは、
流動しながらも鋭く飛来する赤黒い血の槍であった。
迫る血槍に対してショウは
咄嗟に水魔法を発動して防御を行う。
やがて水泡と血液はドロドロに混ざり合い、
針を刺された水風船のように弾け飛んだ。
「チッ、誰だ!?」
「……ごめん。敵かと思った。」
謝罪の言葉と共に瓦礫の裏から姿を見せたのは
ゴスロリ風の服に身を包んだ少女だった。
「傭兵リーシャ!」
「君、拠点にいた子だよね……丁度良かった。
前衛では私を含めて四人ほど生存者がいる。」
(もしかして!)
期待に胸を膨らませショウは物陰を覗き込む。
しかし其処にいたのは求めていた人物では無く、
全員見覚えのある剣士たちであった。
「……本堂一刀流の、門下生たちか?」
「そう。拠点で私と揉めてた奴ら。
そして私が居なかったらとっくに死んでた奴ら。」
「「っ――!」」
傭兵リーシャの発言に門下生たちは反応する。
彼女と一番揉めていたリーダー格と思しき青年は
地面を見つめて悔しそうに唇を噛み締め、
そんな彼の姿を女剣士が辛そうに見つめていた。
三人の中で唯一マシな表情をしていたのは
一番体格の良い大柄な男だった。
彼は乾いた笑いを零すと立ち上がって話し出した。
「悪かったよ傭兵! 助けてくれてあんがとな!」
「ふん。」
「俺は本堂一刀流門下生のマック!
こっちは兄弟子のコルウス。女の方がモネだ!」
「どうも。」「…………」
(コルウスの方は、かなり精神をやられたか?)
『あ、あの! 他に生存者は?』
「居るとするなら後はこの近辺だけじゃない?
それ以外ならもう、希望は無いと思うよ。」
「っ……。」
嫌な結論が脳裏をよぎりショウは僅かに顔を歪める。
その瞬間、彼らの背後で何かがガタンと瓦礫を揺らした。
ショウはその異変に一縷の望みを託すかのように、
機械兵から飛び降りてその人物を救出した。
だがやはり其処にいたのは
師匠とは似ても似つかぬ金髪の男性だった。
しかも彼の服装はアビスフィア帝国のものだった。
(こいつ! 敵か!?)
「っ! ま、待ってくれ……俺も被害者なんだ!」
震える男の声を聞き、
ショウだけでなくいつの間にか飛び込んで来ていた
リーシャとマックの手も止まる。
やがて全員が聞く体勢に入ったと確信すると
金髪の男はゴクリと息を飲み込み言葉を繋げた。
「俺は帝国所属、コードネーム『ドレッドノート』!
本名が無いからこれで勘弁してくれ……!
俺は……いや俺たち末端は……利用されたんだ!」
――帝国陣営拠点・ラプト要塞――
戦地アルカディウムに最も近い拠点。
アビスフィア帝国所有、古城『ラプト要塞』。
戦場で発生した爆発の余波すら届くこの要塞では
今まさに帝国幹部の一部が集結していた。
「作戦は成功です。部隊は既に撤退させました。」
「前衛の雑兵共には悪い事をしたなぁ〜!
策を悟らせないためとはいえ犠牲になって貰って!」
「別に思って無いでしょ。アンデルセン基地長?」
「ハッ! ノーコメントだ!」
「……まぁとにかく。事後処理は親衛隊に任せます。」
軍師のような男はそう呟くと、
奥の部屋に向けてゆっくりと歩き出した。
そしてその最奥の玉座にて鎮座する人物に
彼は胸の下に手を添え、ゆっくりと頭を垂れた。
「それで宜しいですね? 天帝陛下――」
――後衛跡地――
「天帝が、近くに来ている……?」
ショウたちは廃墟と化した移動拠点内に戻ると、
生存者捜索と医療品の回収を並行して行った。
その最中もドレッドノートは協力的に情報を共有し、
この戦争で発生した事件の裏側を考察する。
「天帝、かどうかは分かんねぇ。
俺が見たのはコソコソと裏口から入る来客だけだ。」
「でもお前はそれを天帝だと思ったんだろ?」
「あぁ。傲慢な基地長が頭を下げてた。
帝国内であの男がそんな態度になるのは天帝だけだ!」
天帝が要塞に入った直後に
魔法世界においても異常と思える爆発が発生。
ドレッドノートにはもうこれらの事が
関係無いと飲み込む方こそ不可能になっていた。
「なぁショウ? そいつの話を信じるのか?」
「奇跡的に生き残った奴が敵生存者を誘導する作戦?
そっちの方が都合良すぎじゃないか、マック?」
「それもそうか! 疑って悪かったなドレノ!」
「ど、ドレノ!?」
「お前の事だ! 生き残った者同士、仲良くしようや!」
快活なマックが潤滑油となり、
どこかピリピリとしていた生存者たちは
何とか協調性を保って共働する事が出来ていた。
そんな彼らの中に最後の仲間も加わることとなる。
「ショウ! 皆! こっちにも生存者がいるよ!」
「よくやったビィム! どんな状態だ?」
「大剣を握って壁に凭れてる! 封魔局の人!」
(――! まさか!)
地位の高いとある人物の顔を連想して
ショウたちは喜びの感情を見せながら現場に向かった。
しかし先に着いたリーシャらに保護されていたのは、
彼らの予想に反した別の人物であった。
(この女性は確か、レオン隊長と一緒にいた……)
「七番隊員カレラ。タグにはそう書いてある。」
――――
集まることの出来た生存者は――計九名。
帝国末端軍人、ドレッドノート。
ゴスロリ冷淡傭兵、リーシャ。
根暗なロボット操縦士、ビィム。
未だ気絶したままの不良、ノイマン。
本堂一刀流門下生の三剣士、コルウス、モネ、マック。
上司兼恋人を失った封魔局員、カレラ。
そして隻眼となった魔女の弟子、ショウ。
「さて! これからどうするよ?」
「撤退でしょ。もう出来る事なんて何も無いんだから。」
「……不本意だが、傭兵に賛成だ。」
「コルウスがそう言うのなら、私も。」
撤退派――リーシャ、コルウス、モネ。
歴戦の傭兵や三剣士の兄弟子がそちらに着いた事で、
場の空気は一気に『撤退』の方へと傾いた、が――
「俺は、師匠の仇を討ちたい。」
――その空気をショウが無理矢理断ち切った。
当然リーシャなどは呆れた声で追求を始めるが、
魔女の弟子は臆する事無く主張を続ける。
「俺たちはずっと天帝の所在を掴めずにいた。
今を逃したら、もう一生仇討ちの機会は来ない!」
「いや、そうかもしれないが……」
「そう言う事なら俺もショウに賛成だ!」
青年の主張に嬉しいそうな声で同調したのは
自然と司会に回っていたマックだった。
同門の発言にコルウスは心底驚き声を荒げる。
「お前まで何を言って!?」
「いや~言い出せずにいて困ってたんだ!
俺もこんな結末で道場の未来を終わらせたくねぇ!」
「っ……!」
「そ、それなら僕も名を挙げるために此処に来た!
まだ何も出来てない! こんなのじゃ納得出来ない!」
「立場上言い難いが、俺も抗戦賛成派だ。
囮に使いやがった上司共をぶん殴ってやりてぇ!」
抗戦派――ショウ、マック、ビィム、ドレッドノート。
現在撤退派との人数比は四対三。
多数決で決めるとするのなら抗戦派の優勢だ。
しかしここで撤退派に票を入れたのは、
膝を抱えて静聴していた封魔局員カレラだった。
「私はパス。この命は彼に繋いで貰った物……
わざわざ死地に行って無駄にするなんて出来ない……」
抗戦派と撤退派――四対四。
「拮抗した……でも別に多数決で決める物でも無いよね?
行きたい奴だけで勝手に行けば?」
「いや待て傭兵! 撤退はマックを説得してからだ!
同じ道場の門下生として見殺しには出来ない!」
「チッ! 知るかよ、そんなの。」
「何だと?」
議論は危ういほどに白熱した。
そして其処に時間を使いすぎたせいで、
タイムリミットかのような脅威が出現する。
「――!? ぐぉ!?」
「どうしたコルウス!?」
「戦場に飛ばしていた使い魔が潰された。
しかもこれは呪詛返し!? まずい此処がバレた!」
「あぁもう! 撤退か抗戦か! 早く決めるぞ!」
苛立ちを顕にリーシャは怒鳴った。
しかし拮抗状態では何も決められない。
刻一刻と迫るタイムリミットに
生存者たちの顔にも焦りが見えた。
「っ、仕方がない……。」
ショウは半ば諦めの気持ちを抱きつつ、
気絶していたノイマンを叩き起こす。
そして怯えながら目覚めた彼の肩を掴むと、
端的に現状を説明し決定権を与えた。
「多数決だ! 最後の一票をお前が入れろ!」
「なっ……!?」
――数分後――
生存者の有無を確認しに来た親衛隊は
移動拠点跡地の扉を開けて内部へと突入する。
が其処は既にもぬけの殻。閑古鳥すら鳴いていない。
それでも親衛隊は武器を構えながら調査を続行し、
遂に人がいた形跡を発見した。
「……これ、は?」
其処に転がっていたのは大量の医薬品と汚れた衣服。
そして部屋の壁はベッタリと血で汚されていた。
まるで互いに殺し合ったかのような惨状だ。
そのあまりに凄惨な光景に
親衛隊たちは一つのストーリーを思い浮かべる。
きっと生存者は絶望のあまり気が狂って――
「――自決したか。」
納得のいく結論が出ると
親衛隊たちは他の場所の調査を開始する。
もう生存者はいないだろうという憶測と共に。
――――
「……これで俺たちは亡霊になったな。」
拠点跡地を一望出来る場所に隠れて、
ショウは一息つくように吐息を漏らした。
すると彼の横に土で汚れたカレラが歩み寄る。
「何をやってた?」
「『赫岩の牙』を地面の中に隠してた。
あれはレオンの遺品。敵なんかに盗られたく無い。」
「後で取りに行くのか?」
「いいえ。隊員なら分かる暗号を残しといた。
運が良ければ、きっとまた誰かが使ってくれるかな?」
「生きて帰る気は無いのか?」
「はぁ? ふざけないでよね!」
カレラは苛立ちながら振り返った。
それに釣られる形でショウも後方に目を向ける。
二人の視線の先では生存者たちが
既に新たな戦いに向けての準備を始めていた。
「多数決で抗戦派が勝ったんだから仕方無いでしょ!?」
「いや、俺も正直……意外だったよ。」
生き残った九名の運命は、
チンピラ上がりのノイマンによって決定された。
しかし誰も彼の意見に不満は無かった。
それほどまでに彼の決意は芯が通っていたからだ。
――俺は今日、自分が死ぬ瞬間を見た。
――眼の前で吹き飛んだ仲間、ありゃ未来の俺だ!
――怖い、怖いんだよ! 今は死ぬのが怖い!
――でも、ここで逃げたら俺が終わる……!
――生きて帰れたとしても、もう一生立ち直れない!
――そんなのはもう死んじまったのと一緒だ!
――俺は死にたく無い! だから戦いたいっ……!
(最初に会った時とは見違えたよ。)
誰も不満は言わなかった。
それどころか撤退派すら立ち上がった。
生存者は九名。――否、戦う者が九名いた。
「なぁショウ? 俺たちのリーダー誰にする?」
「? マックじゃないのか? 司会してたし。」
「兄弟子差し置いてリーダーは無理だぜ〜?」
「ならリーシャか? 一番俯瞰視出来てるし。」
「私は止めて。リーダーとか向いて無い。」
「むぅ……なら最後に決定したノイマン?」
「「いやそれは絶対無い!」」
「あれれ?」
他は誰が適しているだろうか、と
ショウは顎に手を当て真面目に考え続ける。
しかしそんな彼の肩にマックは両手を乗せた。
「お前が一番適してるって! ショウ!」
「はぁ!? 何を言って!?」
「本気かマック?」
「本気も本気さコルウス!
ショウは撤退一色だった空気を最初に変えたし、
何より敵襲で周りが焦ってる中唯一行動した!」
「なるほどそうか。」
「だろ? 他に反対意見も……無さそうだしな!」
(マジか……!)
ほとんどマックに乗せられる形で
ショウはチームのリーダーに抜擢された。
そして無事に指導者が決まった事に満足すると、
マックは不敵な笑みをショウに向ける。
「じゃあリーダー! チーム名決めてくれや!」
「ん?」
「連合として動く訳じゃねぇからな! 名前が必要だ!
パパっと頼むぜ〜? いやリーダーは責任重大だね〜!」
(あ、コイツさては押し付けただけだな!?)
「なるほど、知らなかった……!
リーダーには命名センスも必要だったのか。」
(そしてコルウスは真面目バカ!)
「ほらリーダー! 俺たち死に損ないに名前をくれや!」
やがて助け舟は無さそうだと理解すると、
ショウは吐き出す溜め息と交換する形で
リーダーとしての責務を飲み込んだ。
そして自分たちに相応しい名を告げる。
其れは、死に損なった亡者の群。
例え記録上からは消え去ったとしても、
尚も「生きたい」と足掻き続けた屍の軍勢。
その名は――
「――『亡霊達』。」




