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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第八章 冥府彷徨う狂

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第十話 アルカディウムの悲劇

 世界を赤く染め上げながら、

 流星は都市へと容赦なく落下していく。


 超重量に超速度、そして何より超巨大。

 地を這う人間たちに天から捧げられた贈り物は

 目撃した生物全てに絶滅の二文字を連想させるだろう。


 が、それはあくまで対抗手段が無い時の話。

 まだ隊長格に匹敵する魔法使いがゴロゴロいた時代に、

 陣営の代表として戦地に赴くような者なら話は別だ。


「迎撃せよ! 闘蛇(トーダ)隊!」


 都市の建物を飛び越えて、

 アビスフィア陣営の魔法使いが三人、

 赤く染まりきる空へと飛び出した。


 彼らはそれぞれの手にした大剣を握り締め、

 連携の取れた一撃によって隕石を破壊する。


 砕かれた石は粉々に炸裂し、

 都市の各地へと雨のように降り注いでいった。

 天変地異の如きその轟音を笛の音として、

 魔法使いたちはようやく戦争を開始していく。


 並み居るビルの上で人々が激突したかと思えば、

 大地を割って現れた巨大傀儡が都市の一角を焼き払う。

 しかし良く目立つその巨躯も僅か数秒後には

 光を纏って飛来してきた拳士の一撃に貫かれた。


「黒葬、『ゲフェングニス』!」


「来い! 黄幡神ッ!」


「ぐぅぅわ!? 戻れッ『時間逆行』……!」


 都市は七色に圧し潰され、次元は容易く歪む。

 あらゆる物理法則も既成概念も戦場では意味を持たず、

 魔法使いたちは自らの神秘を押し付け合っていた。


 その光景をしばらく絶句しながら眺め続け、

 ショウはようやく思い出したかのように息を呑む。

 何とか捻り出した感想は、とても簡素な驚愕だった。


(こんなの滅茶苦茶だ……!)


「我が弟子よ。あれが魔法世界の最上位層だ。

 そして天帝は何年も私に尻尾を掴ませなかった曲者。

 きっと彼らよりも格上の魔法使いなんだろうね。」


「……何が言いたいんですか?」


「『天帝も暗殺すれば良いんでしょ?』。

 君さっきそう言ってたね? 調子どうよ?」


「ぐっ!」


 ぐうの音しか出せない弟子の顔が見られた事で

 ソフィアは鬼の首を取ったように喜んだ。

 そして心底満足した様子で彼女は戦地に背を向ける。


「反省したのなら早速帰って訓練だ。

 今の君じゃまだあの戦場には立てないからね。」


「!? 加勢……しないんですか?」


「私が、って事? うん。今回はしないよ。」


「……っ。」


 ショウは師匠の発言に再び違和感を覚えた。

 それは少し前に感じた物と同種の違和感。

 自分の中で押し止めきれなくなったショウは

 湧き上がる疑念をそのまま声に出した。


「今行けば助かる命もあるかもしれませんが?」


 それは彼にとって当然の疑問だった。

 世界秩序を護らんと暗躍しているはずの魔女が、

 今目の前で消えゆく命を無視しようとしているのだ。

 何故という疑問が浮かび上がっても不思議では無い。


 しかしそんな弟子の質問を受けたソフィアは

 しばらくの間目を丸くして、そして――


「……ぷっ! アッハハハハハハ!!」


 ――腹を抱えて吹き出した。


「君はいつからそんなに丸くなったんだい!?」


 魔女の態度に弟子が不気味さや恐怖を感じる事は無い。

 しかし彼はただ、理解が出来ずに困惑し続けた。

 そんな彼の態度に気付きひとしきり笑い終えた魔女は

 目元に溜まった涙を拭いながら口を開く。


「いやーごめんごめん!

 そういえば私のスタンスは話して無かったっけ?」


「スタンス?」


「人間とは()()()()()()()()()()()()()()()

 私はね……もうずっと前に彼らをそう定義したんだ。」


「――! 人を数字で捉え、個人は認識しないと?」


「気紛れや暇潰しで個人を助ける事はあるよ?

 でもね、仕事でそれをやりだすと疲れちゃうんだ。」


 彼女の仕事は人の命を直接扱う。

 誰かを殺す事も、逆に生かす事も彼女次第だ。

 そして相手の人格や経歴にまで意識を向け始めると

 今度は誰をどこまで生かすか考えてしまいキリが無い。

 そんな思考は、魔女にとって不要な物だった。


「要は『存続可能範囲での損失は許容する』って事。

 こう言い換えてみれば、実によくある思想だろ?」


「……確かに。そうですね。」


「君も変に闇堕ちとかしたくないならそうしなさい。

 万人を救おうなんて考え始めたら、先に自壊するから。」


 まるでそうなった人物を見てきたかのように

 ソフィアは目を細めて物思いに耽った。

 だが彼女はすぐに気を取り直すと

 弟子に「帰ろっか!」と笑顔で言い放つ。


 やがて二人は来た時と同じように

 次元の裂け目へと消えていくのだか、

 そんな彼らの背後で都市は静かに崩壊していった。



 ――三年後・現在から六年前――


 時は移ろい、戦局は変わる。

 魔法世界の大戦争はアビスフィアの優勢となっていた。


 戦争の長期化を見据えて

 帝国軍はしっかりと戦力を温存していたのに対し、

 短期間での事態収束を望んでいた魔法連合は

 戦争序盤に主戦力を投入し過ぎてしまったのだ。


 結果、予想以上に兵士は消費され、

 魔法連合は敗色濃厚なほどに追い込まれていた。


「見てください()()。義勇軍募集のチラシです。」


「来るとこまで来たね〜? まぁでも、丁度良い。」


 その間もソフィアたちは

 裏から天帝の所在を独自に調査し続けていた。

 が、やはり天帝は彼女を最大限に警戒しているらしく、

 遂にこの日まで煙に巻かれ続けてしまった。


 故にソフィアは最終手段に出る。

 自ら魔法連合側として戦線に出撃し、

 帝国を真正面から潰すという手段だ。


「最初から加勢してれば良かったのでは?」


「お世間様の認識では私は過去の人なの!

 本当に表社会に姿を出すのは最終手段なんだから。」


「この未来は視えなかったんですか?」


「うんまぁ〜……最近ちょっと()()()()()()から。」


「?」


「と、に、か、く! 義勇軍に志願するよ!」


 ソフィアは念の為に仮面を付けると、

 魔法連合側の拠点に向けて歩き出した。


 拠点の中核を成しているのは

 魔法連合が開発した巨大移動管制室だ。

 これはどんな場所にも拠点を作れる優れ物であり、

 魔法連合の意地と叡智の結晶であった。


 そんな拠点の周囲には白幕で陣が敷かれ、

 内部では連合のために集った義勇兵たちが

 開戦はまだかと各々の武具を手に殺気立っていた。


(ほとんど賊だな……)


「じゃあ私は参加の署名をしてくるから。

 ショウはこれから背中を預ける仲間と話しときな。」


「はぁ……」


 命令なので仕方がない、と諦めて、

 ショウは一人で陣内を散歩し始める。

 だがやはり義勇軍の質は悪く、

 傭兵上がりの魔女の弟子は眉を歪めた。


(三年前とはもう比較にならないな……)


「――おぉ!? 危ない兄ちゃん!」


 突如としてショウにぶつかってきたのは

 チンピラのような身なりの男性だった。

 彼は避けきる事が出来ずに衝突してしまったが、

 対するショウは倒れる事なく衝撃を足から逃がす。


「大丈夫ですか?」


「あたたた……すまんね、兄ちゃん!

 おいビィム! てめぇのせいで事故ったじゃねぇか!」


「ぼ、僕は知らないよ……!」


「悪いな兄ちゃん。俺は武闘家のノイマン。

 向こうで機械を弄ってる面倒臭そうなのがビィムだ。」


 チンピラは丁寧な自己紹介をすると

 陣の奥の方で座り込む白髪褐色の青年を指さした。

 見ればビィムと紹介されたその青年の前には、

 停止した大型の機械兵が安置されていた。


(ロボット?)


「お? あの兵器が気になるかい?

 あれはビィムの作った『大型オートマタ』だ!

 まぁ今じゃあれの改良品が市場を独占してるがな!」


「あ、あんなのは改悪品だ!

 コイツの方が……ひゃ、百倍は凄いんだぞ!」


「な? 面倒臭せぇだろ?」


「だな。」


 特段興味も無い話を聞き流しながら

 ショウは適当に相槌を打った。


 すると今度は彼らとはまた違う場所で、

 一際大きな言い争いが勃発する。

 不快な音のする方へ目を向けて見ると其処では、

 今で言うゴスロリ風の格好をした少女が、

 腰に剣をぶら下げた剣士集団と口論になっていた。


「てめぇ! もういっぺん言ってみろッ!?」


「何度だって言うよ。君たちは時代遅れだ。」


 どうやら大人ばかりの剣士集団に向けて

 少女が単騎で突っかかって行ったらしい。

 元の世界では中々見られないその光景に

 ショウは野次馬根性的な興味が湧いていた。


「ノイマン。あれは?」


「あぁ。ガキっぽいのは傭兵リーシャだ。

 でもってあの剣士集団は、本堂一刀流の門下生だな。」


(! あれが噂の本堂一刀流か。)


 この戦争で評価を著しく下げた武術集団。

 ショウの耳にも彼らの悪評は届いていた。

 故に彼は出会っても無視をしようと決めていたが、

 どうやらリーシャとやらはそうでは無かったらしい。


「喧嘩になりそうだな。」


「まぁそうなったら勝つのはリーシャだろうな。」


「! あの人数差でもか?」


「そんぐらい強ぇって噂だ。……やべっ見られた!」


 ショウとノイマンの会話が聞こえたようで、

 門下生たちの先頭にいた男が二人をキツく睨みつける。

 その殺気に勘付いた背後の女門下生が止めに入るが、

 既に堪忍袋の緒が切れていた男は刀に手を掛ける。


「抜け。此処で実力を証明してやる!」


「くだらない。けど良いよ、暇潰しにはなるかな!」


 あわや一触即発の緊急事態。

 傭兵と剣士の間で鋭い殺意が衝突した。

 刹那――


「――そこまでッ!」


 管制室から姿を見せた男が

 二人の殺気を気迫だけで吹き飛ばした。

 まるで獅子の如き威圧感を見せたその男は、

 封魔局員の隊服に身を包んでいた。


「七番隊隊長、レオン!?」


 名を呼ばれた偉丈夫は腕を組み、

 ジッと牽制するように義勇兵たちを見回した。

 そしてすぐに表情を軟化させ、

 後方に控えていたオペレーターの子に目を向ける。


「七? あれカレラちゃーん?

 俺たちって十四番隊になったんじゃ無かったっけ?」


「また人が減って隊が再編されたでしょ。

 しっかりしてよね、隊長。」


「あーそうだったね……まぁでも!

 今回も愛しのカレラちゃんと一緒になれて嬉しいよ!」


「ちょっ! 皆が見てっ……! 恥ずかし……!」


((んだコイツら?))


 急な惚気を見せられて

 すっかり傭兵も門下生たちも喧嘩の意欲を失う。

 これが目論見通りなら相当なやり手だなと感心しつつ、

 ショウは次に彼の背負う武具へと目を向ける。

 其れは真っ赤な刀身の見事な大剣だった。


(あれって確か、『赫岩の――)


「――ところで兄ちゃん! あんた名前は?」


「ん。あぁ、ショウだ。」


「よしショウ! あんた俺と賭けをしねぇか?

 俺とあんた。戦場でどっちが多く敵を倒すかのさ!」


「……戦場を舐めてるのか?」


 ノイマンの飄々とした態度に

 傭兵上がりのショウは嫌悪感を覚えていた。

 しかし彼のその感情に気付くはずも無く、

 武器を持っているだけのチンピラは笑顔で続ける。


「大丈夫だって! 地元じゃ負け無しだったんだ!」


(スーパー不安ワード。)


「それによ! 男なら戦場で死ぬのも本望だろ?

 俺は――死ぬのだってぜーんぜん怖く無いんだぜ!」


「「――!」」


 彼の発言に多くの者が反応を示した。

 傭兵も、門下生も、隊長格も、

 決して良くは無い感情を薄っすらと滲ませる。

 だが他の誰よりも強い反応を見せたのは、

 面と向かわれてそう言われたショウ自身であった。


「なぁお前――()()()()()()()を見たことはあるか?」


「は? 何を言って?」


「戦場に立ってたら、たまに見えるんだよ。

 弾が隣にいた奴の頭をブチ抜いた時や、

 ギリギリで足元の罠に気付けた時なんかに。」


「っ……!?」


「『死ぬのが怖く無い』? 結構な事だな。

 だけどそれは、一回死んでみてから言えよ?」


 ショウはノイマンに顔を近付け凄んでみせた。

 未だ祝福には目覚めていなかったので魔力は無い。

 しかしそれでも彼の放つ独特のオーラは

 チンピラ一人を容易く威圧し、勝手に転倒させる。


 またその光景を見ていた周囲の者たちも

 尻餅をついたチンピラと隣の黒髪とを

 それぞれ別物として自然と分けて見ていた。


「おーい。ショウー? 戻ったよー?」


「! じゃあなノイマン。生き残れると良いな。」


「お、おう……! お互いな……!」


 引きつった笑みを返すノイマンに背を向け、

 青年は淡々と師匠の下に戻っていった。


「なになにショウ〜? お友達でも出来たの?」


「まさか。戦闘中は師匠のそばにいますよ。」


「あーそれがねぇ……

 初期配置が私たち離れる事になっちゃった。」


「なんで?」


「義勇兵は基本的に中衛なんだけど、

 私だけ強さを見込まれて最前線に引き抜かれちゃった。」


「偽名使わなかったんですか?」


「勿論使ったさ! でも〜?

 やっぱ溢れ出るオーラまでは隠せないって言うか〜?」


「はいはい……まぁ命令なら従いますよ。」


 その直後、陣全体に放送が流れる。

 どうやら今回の作戦指揮を担当するのは

 連合随一の名将であるとある都市の領主らしい。


 彼は寄せ集めの義勇兵たちにも気分が乗るように

 端的かつ熱の籠もった鼓舞を放つと

 早速全軍に作戦行動開始の指示を飛ばした。


 戦場は魔法世界の未界域。


 前衛にはソフィアを始めとした精鋭が、

 中衛には士気の高まる義勇軍が、

 そして後衛となる移動拠点の防衛には

 レオンを始めとした封魔局員たちが割り当てられた。


 此れは後の歴史に名を残す大きな戦い。

 魔法連合軍十万名とアビスフィア帝国軍八万名の、

 過去最大規模の大決戦であった。


(さぁ――開戦だ!)


 魔女の弟子は静かに決意を固めた。

 その直後――魔法使い同士の戦争を彩る、

 残酷にも鮮やかな『初手』が発動された。


「……え?」


 被害規模、戦場全体。

 前衛から後衛に掛けての全地点で、

 同時に大地が輝き、多発的に光柱が飛び出した。

 光は身を焼き尽くすほどの強い熱を持ち、

 戦場にいた全ての命を一瞬にして焼却してしまう。


 ――此れは後の歴史に名を残す大きな戦い。


 戦場の名はアルカディウム。

 語られる事件名は『アルカディウムの悲劇』。

 しかし当時を語る情報はそれ以外一切現存していない。


 何故ならこの戦争には「当事者」が居なかったからだ。

 土地の記憶すら吹き飛ぶ爆撃を受けてしまった結果、

 戦争に参加した連合軍十万名は――文字通り()()()()


 ただの一人も、生還出来なかったのだ。

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