第六十一話 鉄風の百鬼戦線
「総員ッ! 迎撃開始ィッ!」
劉雷の声に端を発し、
四人の隊長が廃墟を跳び越え空へと飛んだ。
ある者は念動力を、ある者は業火を纏い、
またある者は糸と鎌を構え、
ある者は煉瓦の混じった巨大ゴーレムを喚ぶ。
それぞれが魔界の幹部たちを各個撃破した強者。
この戦場においても特に優秀な魔法使いたちだ。
しかし降臨せし大怪異は彼らを一手で打ち負かす。
「『■■■・■■■・■■■■■■!!』」
巨大爆弾が炸裂したかの如き轟音と共に、
魔界中に『呪』が解き放たれた。
それは飛び掛かった隊長格だけでなく、
周囲にいた全ての生命を無差別に呪い尽くした。
(くっ……そ……!)
フィオナは移動を開始する大怪異の背を最後に、
体を襲う落下の感覚に合わせて気を失った。
――十数分後――
再びフィオナが目を覚ました時、
彼女はすぐに気絶前の状況を思い出す。
そして慌てて体を起こしたその瞬間――
「「あいたぁ!?」」
――彼女の頭は眼前にいたアリスの顔に激突した。
「良かった。起きたねフィオナ?」
「ぃっつ……桃香に、アラン隊員?
それにエヴァンスも……! ……此処は一体?」
「停止中の戦艦内部です。状況は僕から説明します。」
結論から言うと、
魔王の解き放った呪文により封魔局は壊滅した。
隊長格のドレイクやシルバを始めとした
多くの戦力がその場でダウンしてしまったのだ。
呪文を耳にしても尚動けたのは、
デガルタンスで耐性の出来ていた一番隊と六番隊員。
そして楼閣内で回避出来た一部のメンバーのみだった。
「今言った方々以外で軽症なのは君くらいです。」
「……? 何故私は軽症だったんだ?」
「それは、そちらの方が咄嗟に護ったからですね。」
エヴァンスはそう言うとフィオナの後方を指さす。
すると次の瞬間、ドタドタと激しい音を立てて
号泣するカシューが飛び込み、じゃれついて来た。
「良がっだぁっ! フィオナ様ぁ〜〜!」
(犬かな?)(犬だな……)(大型犬ですね。)
フィオナに抱き着く知らない女性に
六番隊員たちは似たような感想を抱く。
だがそんな彼女たちを気にも留めず、
エヴァンスは真面目な話を継続する。
「精霊に保護されたフィオナ殿以外、戦闘続行は困難。
そちらも大体同じ状況ですか――亡霊達?」
そう言うとエヴァンスは
自分たちに近付く一団に目線を送る。
そこには黒幕の他にはネメシスとシックス、
そしてサマエルとフロルの計五名の姿があった。
「ああ。ウチで今動けるのはこのメンバーだけだ。」
「こっちの戦力も我々の他は、劉くらい……
全員を合算しても五十名弱といった所でしょうか?」
(五十っ……たったそれだけ?)
「対して、魔王は災厄の進化を遂げて今尚健在です。」
曰く、魔王は呪文を吐き捨てた後、
即座にどこかへと移動を開始してしまったらしい。
呪いに巻き込まれた魔王軍兵士の事など全て無視して、
虚ろな雰囲気でエリア0から抜け出していった。
「……魔王は今どこに?」
「現在地は不明ですが、方角から察するに目的地は――」
「――中央都市『ゴエティア』だな?」
台詞を奪うように黒幕は結論を述べた。
彼の発言にエヴァンスが不満そうに肯定すると、
朝霧たちは驚愕の目で更に問い掛ける。
「何故急にゴエティアを!?」
「恐らく魔王は――邪神と中途半端に融合した。」
「中途半端?」
「恐らく権能の補食でも完全に喰いきれなかったんだろ。
その結果、本来の人格に邪神の精神が混ざり込んだ。」
「っ!? なら今の魔王は……!」
「あぁそうだ、邪神の使命を引き継ぎ、
――世界を滅ぼす怪物と化した。」
魔界が半壊した今、次の標的は魔法連合。
文明の息吹を感じ取り大怪異は歩を進める。
当然道中の都市などは全て潰されることだろう。
汎ゆる生命が別け隔てなく、尽く鏖殺されるだろう。
「――止めましょう。絶対にッ!」
朝霧は機構の拳を握り締め、心を強い決意で満たした。
だがその時、彼女たちを阻む者たちが現れる。
「ま、待てっ! 行かせない……!」
震える手で武器を携え現れたのは、
魔王軍に所属している亜人たちであった。
「お前ら、まだ!?」
「さっき第四席から指示があった……!
生存者は魔王様に続け、飛べぬ者は敵を足止めしろと!」
「捨て駒だぞ、それは。」
「分かってるっ……! 最初から俺たちは捨て駒だ!
でももう他の生き方が分からねぇんだよっ……!」
第一席の刻印も消え、幹部たちの目も無い。
だというのに亜人たちは奴隷としての道を選ぶ。
勿論彼らを突き動かしている物は忠道などでは無い。
――『恐怖』だ。圧倒的な力への恐れ。
そして希望の見えない不確定な未来に対する絶望だ。
(隷属を安寧とし、現状維持を望む心……か?)
黒幕は彼らの心情を理解しつつ
酷く冷たい目で袖口から手元に杖を落とす。
またそんな彼の気配に合わせるように
他の亡霊たちも即座に殺戮のスイッチを入れた。
誰かのゴクリという喉の音が響き渡る。
あわや一触即発の緊急事態。
だがそれを覇気を纏った男の声が止めた。
「希望を見せれば良いんだな?」
亜人たちの更に背後から現れたのは、
イブキとホシグマを従えた鬼の若大将ウラであった。
彼の姿を見た瞬間、亜人たちからどよめきの声が上がる。
「ウラ!? アクラの所のウラか……!?」
「鬼族……? 生きてたのか……!」
「魔王軍を相手に……今日まで……!?」
近くの者と顔を見合わせ始めた亜人たちの間を抜け
ウラは真っ直ぐに朝霧たちの前に進む。
そしてジッと姪の顔を直視した。
「? ウラさん?」
「フッ。……良く聞け、思考を放棄した亜人共ッ!」
ウラは振り返り声を放つ。
「確かに、混沌の中を進むのは辛ぇよな。
俺たちもそうだった。一縷の希望すら見えて無かった!
でも――!」
それでも彼らは歩み続けた。
敵に改造された仲間を斬り捨てようとも、
敵に捕まった仲間を切り捨てようとも、
折れそうになった心を捨てて走り続けた。
「俺たちは進んだぞ――道はあったぞ!」
ユグドレイヤで俺は人間の強さを見た。
ラストベルトでは特異点から国を取り返さんとする
燃えるような意志の頑強さを体感した。
彼らは歩み続けた。歩み続けて辿り着いた。
「希望なら此処にいる! 俺だ! 俺たちだ!
亜人と人間が共闘し、魔王軍をここまで追い詰めた!
あともうちょっとだけなんだ!」
「「――!」」
「いい加減目を開け。耳を開けろ!
道は見つけといた……――あとは俺について来いッ!」
亜人たちは各々手にした武器を落とす。
ある者は膝から崩れ落ち、ある者は手で顔を覆う。
彼らの中にはもう魔王に従おうと考える者は居なかった。
そして、とある亜人の一人が膝を突く。
「ウラ……いやウラ様。我々をお使いください。」
彼に習い、亜人たちは次々と頭を垂れた。
ホロレジオンの圧政を生き抜いた武士たちが、
次々と鬼の総大将へと降っていく。
「ウラさん!」
「桃香。もう一踏ん張りだ……!」
「行きましょう。最終決戦に!」
――魔界外縁付近――
魔王だった怪異は陸路を進む。
道中邪魔な都市や自然は薙ぎ払い、
一直線の道を敷きながら行進を続けていた。
そんな怪物の背を追う形で、
複数の機械化魔獣や空中戦艦が空に並ぶ。
もうじき日も登らんとする夜天の中で、
魔王軍の残党たちが王の背を追っていた。
「進路がバレバレですね。
亜人共が時間を稼いでくれれば良いのですが……」
「ハッ! 必要あるかよ、ナドメ!
魔王様を殺す手段などもうこの世に無いのだから!」
突風が吹き荒ぶ円盤型の飛行船上で、
ディーターはニヤリとほくそ笑み台詞を吐いた。
その場にいたのは彼とナドメの他に二人。
寂しげな目で狙撃銃を抱きかかえるエマと、
無言で妖刀の手入れをしているオルフェウスだ。
幹部クラスの生き残りはこの四人。
そして機械化魔獣や人工怪異を含めて、
残る魔王軍の戦力は約二千名となっていた。
「かなり兵も減りましたね。」
「構わんよ。我々は元より破滅へと走ってきたのだ。」
無理な徴兵。急激過ぎる都市開発。
これらは国の寿命を著しく下げる行為だ。
しかし魔王は気にせず続行した。
全ては魔法連合という敵を滅ぼすため。
その後の統治など魔王は最初から考えていなかった。
故にこの状況もまた良好。
邪神と意識の混濁した魔王の行進は
彼らの悲願を達成する上で都合が良かった。
「……っ。」
ただ一人この状況を良く思っていないのは、
魔王の娘であるエマくらいだった。
彼女は淀んだ目でディーターたちの背を見つめる。
――その時、彼らの無線に声が届く。
『報告ッ! 六時の方角、敵性反応あり!』
「……来たか!」
レーダーに表示された反応数は、たった一つ。
負傷者をエリア0で拠点化した四番艦に残し、
彼らは最も動ける五番艦に全戦力を詰め込んだ。
「予想開戦時刻まであと一分。劉、鼓舞やります?」
「今気分悪いからパス。フィオナやって。」
「私は適任じゃない。そら桃香。」
「ええ!? いや私も適して無いよ!」
「しゃーねーな。此処は特異点の王である俺が――」
「「お前は一番無い。」」
重なる隊長たちの声に黒幕は肩を落とし退散する。
やがて彼が視界から消えていくのを確認すると、
朝霧は手にしたマイクを叔父へと渡した。
「ここはやっぱり貴方が適任です。総大将。」
姪の言葉にウラは一瞬目を丸くした。
が、すぐに柔らかな笑みを浮かべて受け取った。
「……外は風が強そうだ。戦艦、機械化魔獣、人工怪異。
飛び交うブリキ共で荒れに荒れた『鉄の風』。
正直言って地獄だが、どうやら夜明けも近いらしい。」
長かった夜も、じき終わる。
「今日この日、この場所で決着にしよう!
魔王の戦乱はもう他所へは持ち込ませない!」
亜人も含めた総数、丁度百騎。
「進めッ! 此処に集いし百鬼夜行ッ!
今この瞬間この場所こそが、魔王を穿つ決戦地――!」
即ち、戦場名――
「――『鉄風の百鬼戦線』なりッ!」
次回の更新は10/10(火)を予定しております
ご了承ください




