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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第七章 鉄風の百鬼戦線

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第六十話 天魔の勝敗

 ――現在・摩天楼外部――


 薄暗い世界。荒れ狂うように加速する黒雲。

 重苦しい空気を不穏な気配で更に澱ませた空の下、

 天へと伸びる魔天の楼閣の外壁では

 氷の結晶が足跡のようにポツポツと付着していた。


 壁を這って登っていたのは、

 亡霊たちに足止めを喰らっていた

 魔王の従者ナドメであった。


「疾く、魔王様の加勢に征かねば……!」


 突如として出現した邪神に対処するため

 魔王ヴァル・ガーナベックは空へと登った。

 しかし未だその衝突に決着はつかず、

 閉ざされた暗雲の上からは今なお魔力の雷鳴が轟く。


 きっと苦戦しているはずだ。

 そう考えたナドメは封魔局の妨害を躱すために

 外壁をよじ登って最上層を目指していた。


 やがて彼女は果てしなく長い楼閣を登り切り、

 天上に最も近い頂きへと辿り着く。

 すると其処には静かに空を見上げる老人がいた。


「ディーター様っ……! 戦況は!?」


「ナドメか。……え!? 外壁登って来たの!?」


「はい。魔王様の下へ着く最短経路だと思いましたので。」


(忠誠心で阿呆になるな……)


「それで、戦況の方は!?」


 老人を急かすようにナドメは声を荒げた。

 対して魔王軍の頭脳そのものたるディーターは

 再び渦巻く暗雲を見上げ、(しわが)れた声で唸る。


「魔王様が勝れば、当然魔王軍の完全勝利。

 だが化け物が勝れば、全勢力の共倒れだ。」


「……どちらに転ぶとお考えで?」


「さてな。天魔の戦などとっくに人智の外……

 だが確かなのは――勝った方が世界を獲るッ……!」


 刹那、暗き現し世を照らすように

 雷轟と禍々しい閃光が雲海の上で弾け飛んだ。

 観戦者たちはその凄まじい魔力の迸りに、

 決闘が終結したのだという確信を得た。


 直後――卵の殻を破くように暗雲が割れる。



 ――楼閣内部・空中戦艦――


 摩天楼へと突貫した戦艦内では

 今すぐにでも離脱出来るように隊員たちが駆け回る。

 しかしそんな彼らを尻目に主戦力たちは

 負傷者が運ばれる区画に集って呆けていた。


 だが彼らが声を出せずにいるのも無理は無い。

 朝霧本人の口から聞かされた壮絶な過去に

 誰も気の利いた言葉を与えてやれないのだ。


「あ、朝霧さん……」


「笑っちゃうよね、アリス。

 私は最初から大量殺人鬼だったみたい。」


「っ……!」


「お母さんを死に追いやったのも、私。

 今思えば、時々凄く怯えた目をしてたな……。

 あれって私に向けられた物だったんだ。」


 一瞬だけ、朝霧の声が震えた。

 が、すぐに彼女は思い出した顔をウラに向けた。


「そういえば、オルフェウス……!

 あの剣士はその後どうなりましたか!?

 多分、いや絶対……! あれが私の――」


「――父親、朝霧拏業……正解だ。魔王が認めた。」


「! 今も存命だったんですね?

 でも何で、あの人はあんな姿に……?」


「……奴自身の祝福の影響だそうだ。」


 伝えるべきか一瞬迷いつつも、

 ウラは真っ直ぐ向けられた姪の瞳に根負けした。

 そして最上層にて魔王が語った事を朝霧に伝え始める。


 曰く――拏業の祝福名は『比良坂還(ひらさかがえり)』。


 黄泉国(よもつくに)への入口を名に冠したこの祝福は、

 その名の通り「死からの完全復活」が可能であった。

 心臓を貫かれても、腹を搔っ捌かれようとも、

 オルフェウスこと朝霧拏業が望めば蘇生する事が出来る。


「無敵じゃないですか、私のお父さん。」


「確かに無敵ではある……が、万能じゃ無い。」


 拏業の力には()()()()()を払う必要があった。

 強力な祝福の対価とも言うべきその代償とは――



「――想い出の焼却だ。」



 想い出とは即ち、エピソード記憶。

 一度の蘇生に必要な記憶量は不定であり、

 どの時期の記憶がどの程度消えてしまうのかは

 拏業本人ですら事前に把握する事が出来ない。


「え……じゃあ?」


「拏業が魔法世界に戻ったのが十年前……

 そして九年前にあの大戦争が始まった事を考えると……

 恐らく、拏業は戦時中に幾度となく死んでいる。」


「っ……!」


 アビスフィアに戻った後の待遇が良いはずが無い。

 場合によっては最前線で捨て駒にされていただろう。

 当時の隊長格ですら何人も死んだ戦時中に、

 立場の弱い拏業が祝福無しで生き残れるはずも無い。


 何度も何度も戦地でくたばり、

 そしてその度に対価を払って蘇生を繰り返す。

 全ては魔法無き世界で待つ最愛の家族のために。

 しかし彼女たちを想い立ち上がる度に、

 その原動力たる幸せな記憶が父の中から消えていく。


「つまり……お父さんが帰って来なかったのは……!」


「あぁ――もう()()()()()()()()()()()()からだ。」


 朝霧は首から掛けた十字架ごと胸を抑えた。

 父の苦悩を想えば、同情せずにはいられない。

 そしてそんな父をずっと恨んでいたのかと分かれば、

 途端に今までの自分が滑稽に思えて仕方無い。


「私が居なきゃ……皆幸せだったのにね……!」


 朝霧は口元に薄らと笑みこそ浮かべていたが、

 汗で固まった前髪に隠された瞳が

 どんな形をしていたのかは誰にも伺え無かった。


 唯一人アリスだけが厄視の力により

 彼女の機微をダイレクトに受け取り続ける。


 しかし釣られて今にも泣き出しそうな彼女が

 焦って次の言葉を発するよりも早く、

 朝霧はスッと立ち上がりアリスに顔を向けた。


「アリス、ごめんけど此処に通信器を繋いで頂戴。

 各隊長たちと連絡を取るよ。」


「え? 朝霧……さん?」


「何意外そうな顔してるの? 戦争中だよ?

 ――()()()! 今更無責任な事はしないから!」


 声にのみ出所不明の元気を込めて

 朝霧は部下たちに隊長としての振る舞いを見せつけた。

 彼女の指示に周囲の隊員たちは少し安堵し、

 各自離脱に向けての行動を開始した。


 そして流石のアリスもその流れを止める事は出来ず、

 指示に従い戦艦内の設備を集めに動き始めた。

 やがて人の数が減り始めると、

 朝霧はふと思い出したかのように独り言を呟き始める。


「そういえば、ユノさんのアレ、何だったんだろ……?」


 想起したのはラストベルトでの最期の会話。

 遺言のように渡されたユノの言葉だった。

 するとその名に反応したジャックが声をかける。


「ユノ・ノイズの事か?」


「ジャックさん……はい。ご存知でしたか?」


「ご存知も何も、あいつはミストリナの飲み仲間だ。」


「! あぁ……なるほど。」


 一人で合点がいった朝霧は目を細める。

 そんな彼女の顔を見てジャックは質問を投げた。


「あいつに何か言われたのか?」


「はい。――『彼女は君を恨んじゃいない』と。」


 朝霧からの遺言を耳に入れ、

 ジャックもまた一瞬目を見開き、やがて納得する。

 そしてその台詞に便乗するように言葉を並べ始めた。


「ミストリナは自分の選択に反省はしても後悔はしない。」

「……はぁ。」


「お前に判断能力が無かったのなら尚更だ。」

「あぁ……私――丈夫、ですから……」


「アイツは絶対にお前の事を恨んでなんかない!」

「いやだから……大丈――……だって……」


「だからお前も、もう――」

「――大丈夫だってッ! ……聞こえませんか?」


 朝霧は鋭い目つきでジャックを睨みつけた。

 荒々しく放たれた怒声は艦内に響き、

 ウラやシックスを含めた周囲の者の手を止めさせる。

 だがそんな彼らに配慮も無く朝霧は冷たく呟いた。


「被害者がどれほど許そうと、私の罪は消えません。」


 殺気立った彼女の眼光に、

 ジャックは腹にナイフでも刺されたのかと錯覚する。

 そんな彼らの下に機材を持ったアリスが戻ってきた。


「朝霧……さん?」


「っ、とにかく私はもう大丈夫ですから。

 そんな無駄な事は気にせず、戦闘に集中してください。」


「あ、あぁ……悪かった……」


 気迫に押さる形でジャックは離れた。

 他の隊員たちも慌てて作業を再開し始める。

 だが誰も進んで朝霧に近付こうとはしなかった。

 そんな彼女の後ろ姿を辛そうに見つめるアリスに、

 ヌルッと背後から黒幕が声をかける。


「アリス・ルスキニア。話がある。」


「おわっ!? 黒幕……さん!?

 今ちょっと貴方に構ってる時間は無いんですけど!」


「聞け。朝霧についてだ。」


「――!?」


 負傷した体を押して黒幕はアリスに耳打ちした。

 渡されたその言葉に彼女は目を丸くし、

 心底驚いた様子で黒幕を凝視した。


「……貴方の早とちり、という可能性は?」


「ある。別にそうなる未来を視た訳じゃ無いからな。

 ……だが、お前の『眼』は何と言っている?」


 アリスは顔を歪め、再び朝霧を見つめた。

 だがやはりその表情を読み取る事は出来ない。

 ずっと放置されていた不快な靄が、

 朝霧の顔を呑みこむように覆い隠していた。


 ――その時、楼閣が大きく揺れる。

 爆音と共に凄まじい振動が戦艦を襲い、

 疲労の溜まった隊員たちを一斉に転倒させた。


「っ! 報告……!」


 朝霧はすぐさま部下に指示を飛ばす。

 だがその返答を聞くまでも無く、

 彼らは即座に衝撃の原因を目視で確認する。


「朝霧! 外だ! 窓の向こうを見てみろ……!」


「!? あれは……!?」



 ――――


 この日、この時、この瞬間、

 魔界に集った八百万の生命が手を止めた。

 皆が一斉に呼吸を忘れ、割ける天上を仰ぎ見る。


 ある者はその容姿に戦慄し、

 またある者はその魔力に発狂した。

 安寧と混乱を同時にもたらす威容は正に神。

 しかしその姿は赤黒い魔の外装に包まれていた。


『――フシュルルルルル…………続行……ダ。』


「! ふっ、はは……ふははははははっ!

 聞いたかナドメ!? やったぞ……やったぁ!」


 楼閣の天辺から老人は狂ったようにはしゃぐ。

 隣で光悦の表情を浮かべるメイドに語り掛けながら、

 魔界の頭脳たる男は異例のテンションで踊り出した。


「ふはは! やーったやったァ! やっちゃった!

 流石は我らの大暴食! 怪物たちの大魔王!」


 割れた天上よりソレは大地に向かって落下する。

 だがその速度はまるで降臨する天使のように

 どこまでも緩やかで、そして穏やかな物だった。


 やがて破滅の使徒は地上に降り立つ。

 魔王の容姿を基軸としたその大怪異は

 邪神の魔力をもその腹の中に収めていた。


「暴食の権能はっ! あの色欲の邪神(ばけもの)すら喰ったのだ!

 これで魔王軍の勝ちぃー! すなわ〜ち?」


 老人はくるりと回って指を差す。


封魔局(おまえら)のっ! 負け〜〜〜〜!」



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