第五十七話 念動力者の四肢
念動力者に四肢はいらない。
無いよりあった方が良いのはその通りだが、
最悪無くても支障は無い。
そんな言葉を絶えず脳内で繰り返しながら
劉雷は一度負かされた相手の前に身を乗り出す。
敗北など何年ぶりか。
地上に出てから今日この日この時まで、
久しく忘れていた緊張と高揚感が湧き上がっていた。
「一切凶星。さぁ勝利を始めよう――」
夜空に屹立する最強が
呪文を唱えると同時にカッと目を見開いた。
「――『胃宿・天船』ッ!」
直後彼の周囲には紫色のエネルギーが集約し、
巨大な魔力の塊となって撃ち出される。
その軌道上に立つは魔王軍幹部の最強格。
真正面で両腕を突き出す第一席ゴーギャンがいた。
「――『破却の矢』ッ!」
腕の周りを回転するように、
空中に無数の刻印を浮かび上がらせたかと思うと、
ゴーギャンは橙色に染まった極太の光線を解き放つ。
二人の最強が放った破壊の力は
天空と大地、そして崩れゆく廃墟の狭間で衝突した。
エネルギーの鍔迫り合いは生半可な観戦者を許さず、
余波だけで周囲にいた数人の者を吹き飛ばす。
やがて二つの光は決壊したように互いを喰らい合い、
世界を一瞬染めるような光と共に炸裂した。
光はあらゆる者の視界を隠し、
爆ぜた魔力があらゆる計器の表示を狂わせる。
そんな一瞬の「余白」を使い、
劉雷はサーフボードの如く槍に乗って空を駆けた。
(初戦での敗因は、俺の念動力が効かなかった事だ。
理由は明白……魔神外装『ショウメンコンゴウ』!)
彼の推測通り、
ゴーギャンの鎧は魔法耐性に優れた代物だった。
それは「特殊能力を得るより地力を上げたい」という
本人の要望を極力尊重した結果の物。
つまり魔神外装『ショウメンコンゴウ』の能力は、
劉雷レベルの念動力すら無効化する耐性のみ。
それ以外のあらゆる超常は全て、
ゴーギャン独自の魔法による物であった。
(飛行に、爆破……加速や能力向上もやってんな?
そしてそれら全ての媒介となっているのは……刻印か。)
劉雷はこれまでの戦闘から
既にゴーギャンの祝福を概ね解剖しきっていた。
魔王執政補佐官第一席ゴーギャンの祝福『刻印』は
その名の通り彼の魔力が宿った印を刻むもの。
刻印はゴーギャン本人と繋げる媒介となり、
彼の流し込む術式によってその都度効果を変える。
例えば爆破魔術を刻印に流せば起爆が可能で、
浮遊魔術を流し込めば印が刻まれた物体を飛ばせる。
即ち、印さえ刻めば遠隔で魔術が行使出来るようになる。
それがゴーギャンの祝福の真骨頂だ。
(有用な魔術を複数使えて始めて強みを出せる祝福か……
なるほど、魔王代理の名は伊達じゃねぇって訳だ。)
思考を終えると同時に劉雷は飛び出した。
廃墟の隙間を抜けて次に彼が現れたのは
爆風に目を向けるゴーギャンの真下。
大気に混ざった大量の魔力を迷彩服とし、
劉雷は黄金の剛槍を射出する。
「神槍『盤古』!」
――死角より飛来した槍にゴーギャンの構えは崩された。
そして独りでに動く槍の追撃に対応させられ、
真下から迫る劉雷に大きな隙を晒す。
「貴様っ……!?」
気付いた時には既に
隙を見せたゴーギャンの顔面に
劉雷の鋭い蹴りが打ち込まれていた。
「念力が効かねぇなら、物理で殴りゃ良いだけだ!」
破格の威力を有した蹴りのクリティカルな直撃は、
見事に魔神外装の装甲にヒビを入れた。
「がふっ……! っ……小癪な!」
ゴーギャンはどうにか体勢を立て直すと、
すぐさま劉雷を抱え込むように両腕を振った。
だが既に刻印の付着を最大限に警戒していた劉雷は
自身の体をあり得ない速度で旋回させて回避する。
そして彼は浮かべた瓦礫に突き刺す槍の上に、
夜風で中身の無い両袖を揺らめかせながら降り立った。
常人では絶対に成立し得ない状態に、
ゴーギャンは最強の隊長が健在であると認識する。
(加えて、まだ敵の雑兵も多く残っている、か。)
シルバたちにも目を向け彼は溜め息を漏らす。
すると偶然そんな彼の視界にある集団が映り込む。
それはシアナらの手引きで保護されようとしていた、
魔王軍所属の亜人部隊の姿であった。
「……愚かな。」
彼らの選択を反逆と捉え、ゴーギャンの感情が動く。
するとその感情の変化を感じ取った劉雷が、
無線に向けて叫ぶように指示を飛ばした。
「今だ、レティシア!」
「――了解!」
それは劉雷の背後で低空飛行していた空中戦艦の
更に内部から機を狙っていた狙撃手への指示だった。
狙撃手は割れた外壁の隙間から発砲する。
弾丸は狂いなく第一席の割れた仮面へと飛来した。
が――
「笑止。」
――ゴーギャンは刻印に転移術式を流し込むと、
遠くの物体を手元に引き寄せ弾道に差し込んだ。
結果、レティシアの射撃は失敗に終わるが、
劉雷たちは壁となったその物体に驚愕する。
(! コイツ……味方を盾にしやがった。)
壁となったのは、逃げようとした亜人の一人だった。
その者の顔面に空いた穴からは血が吹き出し、
彼の手足は今もしばらくピクピクと痙攣し続けていた。
「亜人共には俺の刻印が刻まれている。
逃げようなどと考えれば、いつでも処分が可能だ。」
亜人たちは第一席の行動に気付き一斉に恐怖した。
そしてそんな彼らへ向けて、
魔王代理と称される最高幹部は大声で指令を飛ばす。
「何をしている魔王軍ッ! 戦争を『続行』せよッ!」
端的かつ冷酷な指令に魔王軍兵士たちは目の色を変えた。
亜人たちは勿論、既に戦意喪失していた兵士たちも、
恐怖に背中を押され再び封魔局員に牙を剥いた。
たちまち周囲からは悲鳴と戦闘音が鳴り響き、
静かになりつつあった魔界を地獄の戦地へと押し戻す。
そんな発狂する世界の空で劉雷は呟く。
「……レティシア。よく聞け。」
酷く冷め切った声色で、彼は無線に何かを告げた。
するとそんな劉雷の態度に気が付いたのか、
煽るような口ぶりでゴーギャンが再び声を掛ける。
「キレたか劉雷? だがこれが高度魔界文明!
圧倒的な力にのみ従う軍国家! 『武力』が違う!」
「……知るかよ。ンなこと。
まぁでも、一つだけ言わせてもらうとするなら――」
かつて奴隷だった男は過去を想う。
「――人は『力』には屈しない。」
劉雷の原点であり、罪であり、彼を形作る全て。
その想いを魔力に乗せて「最強」は解き放った。
刹那――紫色の光輪が彼を中心に世界へと広がる。
光は瞬く間に戦争を再開した魔界中に行き届き、
武器を取り出した亜人種や魔王軍兵士たちの体を
ピクリとも動かせないレベルで拘束した。
(戦場全体に及ぼされる念動力! 凄まじいな……!)
仲間を護るための大規模能力行使。
一度にこれほどの芸当が出来るのは、
魔法世界広しと言えどそうはいないだろう。
(が、そんな事に力を割いて、俺の攻撃が防げるのか!?)
ゴーギャンはこれを好機と捉えて強襲を企てた。
劉雷の念動力で彼を直接動かす事は出来ない。
ゴーギャンから近付いて刻印を付与してしまえば、
それだけで最強の封魔局員を討ち取れるのだ。
しかし、ゴーギャンが急接近を始めたその瞬間、
劉雷はまるで放った網を引き戻すかのように
解き放った魔力を自身の下へと再集させた。
(釣られたか! いや……このままエサを食い千切る!)
(だろうな。お前なら直進を選ぶと思ったよ……!)
(此処で討ち取る! 覚悟しろ最強ッ!)
(迎え討つ! 始めようか、完全勝利!)
「――『破却の矢』ッ!」
「――『斗宿・天淵』ッ!」
両者のエネルギーが、混ざり、溶け合い、やがて爆ぜた。
衝撃波は一度目とは比較にならない火力を生み、
劉雷の眼前を真っ白な光と爆風で染め上げていった。
だがその先の見えない白の中から、
突如として禍々しい鎧を纏った腕が伸びる。
衝突の魔力に気配を隠して、
密かにゴーギャンが急接近していたのだ。
「貴様の真似だ。爆ぜて死ね。」
接近を許してしまった敵を対処する術も無く、
劉雷はその胸にトンと指先を触れさせてしまう。
やがて其処には青々と輝く刻印が刻まれた。
(勝った――)
「――今だ。レティシア。」
劉雷の呟きにギョッとしゴーギャンは狙撃を警戒する。
だがレティシアの弾丸は彼の予想外の位置から現れた。
「がふっ!?」
なんと放たれた弾丸は劉雷を貫通して現れた。
直前まで敵の体で見えなかった弾丸など、
流石のゴーギャンでも反応出来るはずが無く、
レティシアの狙撃は見事顔面の装甲に直撃した。
やがて弾は元々あったヒビを刺激し
硬い魔神外装の一部を粉々に粉砕する。
「ガッハッ……!? おのれ……!」
「へへ……どうだ、ゴーギャン?
こんな戦術……お前の発想にはねぇだろ?」
「お、のれ……! 劉ゥ雷ィイイイッッ!!!!」
一瞬白目を剥いた目玉を戻し、
ゴーギャンは残る力を振り絞って手を伸ばす。
それに対して劉雷は――
「魔王軍の崩壊を、あの世でよーく見ておけよ?」
――敵の脳天目掛けて魔力を込めた頭突きを放った。
衝突の瞬間、紫色の稲妻と光の輪が雲を駆逐し、
その衝撃の凄まじさを伝えるほどの轟音が鳴り響く。
やがて完全に意識を失ったゴーギャンの体は脱力し、
魔界の空から砕けた大地の底へと落下していった。
魔王執政補佐官第一席ゴーギャン――敗北。
落下の際に後頭部を強打し、絶命。
両陣営の最強格がぶつかったこの戦闘は、
一番隊隊長劉雷の勝利で決着した。
(やっぱ念動力者に四肢はいらないな……
勿論あるに越した事はないけど……その分……)
「隊長……! 劉雷隊長……!」
(『他の手足』を……頼れば……良い……)
――同時刻・魔天の楼閣――
多くの場所で、多くの戦いに区切りが付く中、
未だに一際大きな騒がしさを残す区画があった。
それが此処『魔天の楼閣』中層、空中戦艦内部である。
「負傷者はさっさと詰め込んで! ほら早く!」
「ちょっ、シックスさん! 手荒過ぎです!」
「何言ってんのアリス・ルスキニア!
こんなのさっさと、こうしてっ! こうよ!」
「今投げられたの黒幕さんでしたけど!?」
ストレスを発散するような怒声を響かせ、
生存者たちは空中戦艦に乗り込んで行った。
主戦力の負傷者はあまりにも多く、
すぐにでも戦線離脱し治療が必要な者もいた。
「黒幕さん血吐いてますけど!?
今にも死にそうな顔してるんですけど!?」
「言うて元から死体みたいなモンよ、そいつ!」
「ひどっ! 一応頑張ってたっぽいのに!」
そんな大声が耳障りだったのか、
気を失っていた朝霧が眉を歪めて目を覚ました。
それに気付いたアリスはすぐに駆け寄ると
安堵の言葉と周囲の状況を伝え始める。
するとそんな彼女たちの元に
ウラやイブキたちも集結し始めた。
「……タガマルさんは?」
「死んだ。……最低の……犬死にだった……」
「……そう……ですか。」
朝霧は同情に似た憐憫と、
それとは全く別の感情を同時に宿す。
しかし彼女がその事に自覚するよりも早く、
イブキがウラの言葉を否定した。
「お待ちください、若!
タガマルの死はまだ無駄ではありません!
彼の死が無駄になるかどうかはこれから次第です!」
「……あぁ。そう、かもな……」
「そうに決まってるじゃないですか!
そのためには桃香様! 貴女の力が必要です!」
「わた……し?」
「桃香様の中にある『鬼神の血』です!
何故覚醒出来なかったのか解明し、再挑戦するんです!」
イブキはもうそれしかないと息巻いた。
それに対して朝霧も「そう、だよね」と弱々しく頷く。
だがそんな彼女の顔をウラはまじまじと見つめると、
慎重に言葉を選びながら声を発した。
「もう、原因は分かってるんじゃないのか?」
その場にいた者たちが困惑の声を重ねた。
だが心当たりのあった朝霧はすぐに視線を落とす。
そしてほとんど確信のあったウラもまた、
より直接的な質問をする。
「桃香。お前あの時、何を見て、何を知った?」
叔父の質問に朝霧は少しの間沈黙する。
やがて彼女はアリスの顔をジッと見つめると、
その目元に薄っすらと涙を浮かべて口を開いた。
「見たのは記憶です。私たち家族の記憶……そして――」
言葉を貯めながら
朝霧は歪んだ笑みを口元に貼る。
「――私の犯した罪の記憶です。」
周囲で摩天楼脱出の準備が始まる中、
朝霧は妖刀と触れる事によって解禁された
元の世界における朝霧家の『過去』を語り出した。




