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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第七章 鉄風の百鬼戦線

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幕間の二/後編 休題

 ――――


 会合から約二ヶ月後。

 アビスフィアの者たちは既に水面下で動き始めていた。


 実際に魔法連合と戦争を起こすのは

 まだまだ先の話となるのだが、

 彼らは帝国の名に恥じない力を集めるため、

 或いは不安要素を排するために暗躍を開始する。


「――以上がドヴォルジャークからの成果報告。

 武器や魔法素材なんかの物資面はこれで確保完了ね。」


「フン、奴も口だけではなかったか。」


「各都市領主への手回しや貴族間への流言工作も順調。

 ただ……強者の勧誘は少し難航しているみたい。」


 当時、アビスフィアが最も力を入れていた任務。

 それこそが各地に点在する強者の勧誘だった。

 戦争に先立って少しでも多くの中立戦力を味方にする。

 この手回しが勝敗を分つと認識していたのだ。


 しかし成果ははっきり言ってイマイチ。

 その事はミナの態度からも明らかだった。

 彼女は頬に一滴の汗を見せつつ報告に移る。


「まずドクター・ベーゼの確保は失敗。

 彼はタッチの差で連合お抱えの技術者になったみたい。」


「連合の待遇も破格だな。これは当分(なび)かんか。」


「あと、ユグドレイヤの方も不発。

 どうやら聖域は既に≪厄災≫のテリトリーらしいよ?」


「裏界隈の古株かぁ〜。互いに迎合は無理だろーな……」


 頭の後ろに手を回しながら、

 拏業は苦笑と共に溜め息を吐き捨てる。

 だがそんな彼に対してミナは更なる悲報を届けた。


「それと、ラストベルトに行った人が帰ってこない。」


「何……?」


「既にカブトとエルンスト。そして二人を探しに行った

 ナターシャさんの三名が行方不明になったわ……」


「幹部候補の中でも特に優秀な連中じゃないか!?」


 あまりの驚きに拏業は椅子を飛ばして立ち上がる。

 強者の勧誘を行う際には断られた際の口封じを兼ねて、

 相性の良い者や純粋に強い者が派遣される。


 しかし実力者揃いの帝国幹部候補たちであっても、

 どうやらラストベルトの魔女には適わなかったようだ。

 僅か二ヶ月で彼らは大幅な戦力ダウンに見舞われる。


(マズイな。あの人の計画が狂うぞ……?)


「拏業?」


「当面はゴーギャンたち暗殺チームから人材を割け。

 だがラストベルト級の強者の勧誘は一旦停止だ。」


「……ぅん、分かった。」


 何処か寂しげなミナの背が扉の向こうに消える。

 その後ろ姿を不思議そうに見送った直後、

 拏業はデスクの上に置かれた羊皮紙に目線を向けた。


 すると次の瞬間、

 羊皮紙の表面が黒く染まり始める。

 まるで焦げ跡のようにじんわりと滲んでいき、

 やがてその黒色は意味のある文章を形成し始めた。


『問題発生か?』


 翻訳魔術が働き拏業の読める言語に変わると、

 羊皮紙には上記の文言が浮かび上がる。

 それは拏業を裏から操る真の天帝からの通信だった。

 影武者はその羊皮紙に向けて、無言で念を飛ばす。


(はい。勧誘に赴ける人材が減ってしまった……

 こうなると、想定していた戦力も集まるかどうか……)


 拏業が念じ終わると羊皮紙は再び滲み出した。


『まだ幹部候補はいるのだろう?

 とにかく動ける者を走らせて戦力確保を急げ。』


(しかし……半端な戦力ではリスクが……!)


『ならば()()()使()()()()()だろう。

 出し惜しみするな。何のために彼女を籠絡したのだ?』


(っ……!)


『どうしたというのだ、拏業? 

 まさか――道具に情が湧いた訳ではあるまいな?』


 羊皮紙の文字は淡々と冷酷な言葉を綴る。

 一文字一文字影武者の心に刻み込むように

 茶色い皮の紙面を黒く染めていった。


(無論です。我が君。)


 利用される側は淀んだ瞳で悪意を念じる。



 ――――


 その日を境にミナも暗躍の最前線に加わり始める。


 ある時はギャング組織の本部に単身で乗り込み

 その圧倒的な暴力によって屈伏させたかと思えば、

 またある時は魔法世界黎明期より秘境にて生き続ける

 仙人級の大魔導師を正面戦闘によって暗殺した。


 あの日の会合からまだ一年しか経っていない。

 しかし彼女の活躍は目覚ましく、

 アビスフィア帝国は連合に悟られないまま

 世界を蝕む癌細胞のようにその勢力を拡げていく。


 力を示せという自信満々な強者を屈服させ、

 従わぬ者、邪魔となる者は斬り伏せて。

 斬って、斬って、斬って、斬って。

 水面下で動くアビスフィアの優秀な暗器として、

 ミナは過酷な戦場に一年間身を置き続けた。


(本当に……これでいいのか?)


 月の綺麗なある日の夜、

 隠れ家にしているホテルの一室にて

 拏業はふと物思いに耽っていた。


 思い浮かべているのは当然、恋人の顔。

 日々「疲れたよぉ~」という掛け声と共に、

 服も着替えず拏業に甘え出すミナの顔だった。


(たまには長い休みを取らせてもいいんじゃないか?

 一週間、いや一ヶ月くらい。ミナはその権利がある。)


 あくまで上司として、という自己暗示と共に、

 拏業はミナを戦いから遠ざける計画を立てようとする。

 だが丁度その時、机の上で羊皮紙が黒く染まる。

 現れた文言は『計画を次の段階へ移行せよ』だった。


 指示を目にした瞬間、

 拏業は嗚咽を抑えるように自身の顔を覆う。


「俺は何を考えていた? この大事な時期に……!」


 自分が今しようとしていた事への、

 驚愕と叱責の念がドッとこみ上げてきた。


 だが彼の緊張を破るように

 すぐにミナの声が部屋中に響き渡る。

 今日も一仕事頑張ったぞと宣言するような

 疲労と達成感に満ちた清々しい声だった。


「ただいマッチョのデカメロンーっ!」


「…………」


「どうしたの拏業? テンション低いね?」


「いや、今のに関してはお前の方がおかしかったぞ?」


 そーお?と気の抜けた返事と共に

 ミナはいつもの調子で服を着替え始めた。

 そんな「普段通り」の彼女の姿に毒気を抜かれ、

 拏業の方も気の抜けた声で語り掛ける。


「どうだった? 今回の勧誘は?」


「いやそれがさー? 出会い頭に襲われちゃったよ!

 流石は現代まで生き残った吸血鬼。警戒心が強いね。

 けどあれと交渉とか無理無理! プライド高過ぎ!」


「そうか。ちゃんと口封じは出来たのか?」


「勿論! 首を刎ねて心臓貫いて太陽光で殺菌消毒!

 途中危ない局面もあったけど……私に掛かれば楽勝ね!」


 やたらと声を弾ませてミナは笑顔で語る。

 そんな彼女の声に安心しながら

 拏業は寝間着に着替えるその背に目を向けた。

 次の瞬間――


「っ……!」


 ――拏業は何かに気付きミナの体を掴む。

 まるで襲うように強く力を込め、

 着替え途中の彼女の服を捲りその肌を凝視した。


「……()()、しているな? それもかなり深い。」


 彼女の肌には粗く巻かれた包帯と

 その上からでも分かる痛々しい傷跡があった。

 昨日までは影も形も無かった負傷。

 明らかに今日の吸血鬼との戦闘で付いた物だ。


「大丈夫……別に噛まれた訳じゃないから。本当だよ?

 ただちょっと敵の斬撃が避け切れなくてさ……?」


 やや申し訳無さそうに、

 それでいて何も問題は無いと訴えるように

 ミナは目線を逸らしながら言葉を並べた。


 そしてこの傷が大した物で無い事は

 強者である拏業自身も一目見れば十分理解出来る。

 しかし、今の彼には受け止めきれなかった。


(今回は大丈夫だった……でもこれが続いたら?)


 不安という名の毒が蝕む。


(これが呪いだったら? 即死技だったら?

 ミナはどうなっていた……? 今どうなっていた!?)


 明確な物証があれば、空想は現実味を帯びる。

 今は彼女の肌に刻まれた傷跡という物証が、

 不安という想像により鮮明な映像を提供してきた。


「……拏業?」


 キョトンと首を傾げるミナの前で、

 拏業は瞳孔をカッと開き沈黙していた。

 だが彼はすぐに、その沈黙を自ら打破する。



「ミナ……別れよう。」



 突如告げられたその言葉にミナは目を見開いた。

 泣くでも無く、怒るでも無く、

 ただ無言で拏業の顔を凝視していた。

 やがて彼女は数回唇を動かし、どうにか声を発する。


「……何で?」


「このまま俺に付いて来るのは危険過ぎる。

 俺と別れた方が、ミナはきっと幸せだ。」


「……何、それ?」


 彼女の声が一段と震えた事を拏業は知覚した。

 だがそれでも意志は変わらないと態度で示す。

 すると今度はミナの方から仕掛けてきた。


「私を手放して、貴方は大丈夫なの?」


「……え?」


()()()()()に、貴方は消されないの?」


 何故それを、と追求する拏業に、

 ミナは涙ぐんだ瞳の沈黙のみを返した。


「っ……俺の方は何とかする。

 それに別れるといっても、元の関係に戻れば――」


()()()()って? 私たち元々友達だった?」


「!」


「そう、私たちは御前試合の前後で突然恋仲になった。

 戻れる友達だった時期なんて、最初から無いんだよ?」


 彼女の言葉に拏業は閉口してしまった。

 そして彼が次に何かを口走るよりも早く、

 ミナは彼の胸に顔を押し当て袖を掴む。


「私は強い貴方が好きで、影武者と知った時はガッカリした。

 ……でも! 今はもう()()()()()好きなの……!」


「ミ、ナ……」


「嘘つきでも良い、利用される側でも良い……!

 だからお願い……――『捨てないで』。」


 気付けば、彼の手は自然とミナの背中に伸びていた。

 綺麗な月が顔を覗かせるホテルの一室で、

 盗賊は盗んだ秘宝を抱きしめ口づけを交わした。



 ――――


 約一ヶ月後、事件は起きた。

 アビスフィアを仕切っていた天帝が

 彼の従者と共に失踪したのだ。


 無論、順調に進んでいたあらゆる計画には狂いが生じ、

 その結果、実際に戦争を仕掛ける時期が

 当初の計画よりも十年以上遅れてしまう事となる。


「――ミナ! 伏せろ!」


 当然、本物の天帝は怒り狂った。

 アビスフィア幹部候補たちすら存在を知らない

 秘密の親衛隊を派遣し二人の抹殺を命じた。


「強っ……! 拏業、何なのこいつら!?

 一ヶ月掛けて用意した偽装にも引っかからないし!」


「俺の、本来の同僚たちだ……!」


 清流の滝が流れる野山を黒い影が複数飛び交う。

 途中斬撃音と悶え苦しむ声が響いたかと思えば、

 大自然の棺桶に顔を隠した刺客が落下していく。


「朝霧! 貴様何故天帝を裏切った!?」


「その声、ベディか!?

 お前がそんなに怒ってる所なんか初めて見たよ!」


「減らず口を……! 答えろ裏切り者!」


 拏業は飛び掛かる刺客の下に潜り込むと

 分割した両剣の柄に魔法の鎖を結びつける。

 そして周囲の木々を切断し死角を生み出すと、

 追手の背後に回ってその首を狩る。


「俺の中での、優先順位が変わったんだ!」


「貴ッ、様ァ……!」


 同僚の死体を空中で蹴飛ばし、

 拏業は足場の悪い地面に着地した。

 そしてふとミナの方に目を向けると

 彼女の周囲にも数人の追手が迫っていた。


 拏業はすぐにそのことを伝え、

 ミナも「任せて!」と嬉々として武器を構えた。

 ――だがその時、彼女の身体に異変が起きる。


「ぅっ……!?」


 突然の吐き気が彼女を襲ったのだ。

 あまりに急な出来事に拏業もミナ本人も対応出来ず、

 そして晒された大きな隙に刺客たちは食い付いた。


「ミナァあああ!?」


 暗殺者の刃がミナの頭部に触れようとしたその時――


「へー! 彼女、()()()()じゃん!」


 軽い口調の女の声と、重たい風切り音。

 そして腰元で真っ二つに切断される

 刺客たちの不快な肉の音が鳴り響いた。


 ミナを救うように現れたのは一人の女。

 如何にもなローブに身を包み、

 似つかわしくない巨大な斧を担いで笑う魔女だった。


「朝霧拏業だね? 交換条件で君を逃がしてやろう!」


「アンタは……? 交換条件だと……?

 それに、逃がすって言ったって一体何処に……?」


「おいおい質問は一個ずつしてくれよ……」


 女はそう言うとフードを捲った。

 するとその下からは自然よりも鮮やか緑色をした

 長く美しい髪がフワリと踊る。


「私はソフィア・グノーシス。天帝を追う者だ。」


「!?」


「今ので交換条件も察してくれたかな?

 逃亡先についてもその調子で

 理解してくれると助かるんだけど……」


「!? ……? っ! ……??」


「難しそうだね。

 何のために複数の世界があると思ってんのさ……」


 魔女ソフィアはわざとらしく悲しむと

 何やら筒状の起動装置を取り出した。

 そして彼女がそのスイッチを躊躇なく押すと

 次の瞬間、三人の目の前に空間の歪みが発生する。


「戻っていいよ。あっちの世界!」


 こうして拏業はミナと共に世界を渡る。

 彼女の腹に宿った新たな命と共に。


 閑話休題(むだばなしはここまで)


 エピソード記憶――焼却。

 再起動を開始します。


明日、明後日の更新は16:00頃を予定しています

ご了承下さい

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