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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第七章 鉄風の百鬼戦線

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第四十八話 カゲロウ

 ――――


 記憶の分類にはいくつか種類があるという。

 短期記憶とか、長期記憶とか、

 またその中でも情報を知識として保存する

 意味記憶などといった細分化もされるらしい。


 確かにそうだ、と()は実感混じりに思う。


 里にいた頃に学んだ多くの学問は

 教養、或いは雑学として私の「脳」に収まった。

 しかし全部を覚えているかというと、そうでも無い。

 苦手だった算術の公式なんてすぐには言えないし、

 偉人の歴史や事件の年号なんてもう抜けた。


 どうやら意味記憶という奴は、

 該当する情報の使用頻度が下がると劣化するらしい。

 そしてそんな意味記憶と対を成す物がある。


 それが――『エピソード記憶』。


 楽しかった事、悲しかった事、恥ずかしかった事。

 感情と強く結び付く事で「心」に刻まれる記憶だ。

 それらは何年経ってもすぐに思い出せる。

 まさにその者の血肉となっている大切な記憶だ。


 当然、私にもそんな記憶が沢山あった。

 鬼族最強の戦闘集団『支天衆(カゲロウ)』の筆頭だった父に

 夜遅くまでシゴかれたあの日の記憶や、

 父の付き添いで初めて族長邸にいった日の記憶。

 そして其処で、初めて若と対面した時の記憶。


 どれも同じくらい、心が動いた。

 ぼんやりと揺らぐ陽炎のように曖昧な記憶の中で

 それらだけは今でもハッキリと思い出せる。


 若に勝負を挑まれた記憶。

 若を泣かせたら父に拳骨された記憶。

 再び若に勝負を挑まれた記憶。

 接待をしたら逆にワンワン泣かれた記憶。


 挑まれて、挑まれて、挑まれて、

 ――初めて若に一本取られたあの日の記憶。

 どれも楽しくて、嬉しくて、仕方が無かった。


 そしてそれら全てを塗り替える絶望の記憶。

 悲しくて、悔しくて、それでも逃げるしか出来なくて、

 私の想像よりも逞しく成長していた若に手を引かれて、

 魔界から辛くも脱出した涙の記憶。


 これらが私にとってのエピソード記憶。

 若の傍に寄り添い続ける道を選んだ、

 ――陽炎のような私の軌跡。



 ――――


 嵐の前の静けさに劣らず、

 嵐の後に来る凪もまたあらゆる雑音を聴覚から排する。

 それは苦難を回避した後の余韻である事もあれば、

 逆に全てを奪われた事実を理解し打ち拉がれるまでの、

 執行猶予の時間でもあった。


 そしてその静寂を斬り裂くように、

 魔王の放った轟音が魔天の空に響き渡った。

 雷鳴の如き爆音と稲妻の如き魔力の本流が迸り、

 世界はたった一匹の怪物の手によって大きく揺らいだ。

 がしかし――


「あ?」


 ――悔しさに拳を震わせるウラとは対照的に

 魔王は感触から伝わる手応えの無さに疑問符を浮かべた。

 そしてすぐに怪物は妖狐を逃した新手の気配に気付く。


「もう一匹、鬼が紛れ込んだか。」


「! イブキか!?」


 弾むような声と共に

 最上層にて力無く倒れていたウラは彼女の名を呼んだ。

 其処には足元でつむじ風を巻ながら

 血塗れの妖狐を抱えて剣を構える鬼女がいた。


「族長直下剣鬼部隊『支天衆(カゲロウ)』筆頭イブキ。

 大変遅まきながら、馳せ参じました……!」


 滝のような汗と荒れた呼吸から、

 彼女がどれほど焦っていたかは容易に窺えた。

 そんな疲労の色が見えるイブキに対し、

 魔王ヴァル・ガーナベックは余裕綽々の笑みを浮かべる。


支天衆(カゲロウ)? そういや鬼の里を攻略した時も、

 そんな肩書き名乗るちょっとマシな連中がいたな。」


「……!」


「だがそいつらの()()を名乗るにゃぁ……

 お前の『格』は足りねぇな!」


 まるで瞬間移動のような速度で、

 魔王はイブキの視界から消え去り彼女の背後を取る。

 イブキは咄嗟にタダクをウラの方へと飛ばして護るが、

 盾となったその身は壁まで蹴飛ばされてしまう。


「ガハっ……!?」


「まず仲間を護るとは大層な義侠心だな。

 だが肉付きを見るに貴様の売りは『速さ』だろう?

 どうだ? そのダメージでまだ走れそうか~?」


 冷静な分析から魔王は煽りの言葉を投げる。

 だが彼の推測通り、技と速さが取り柄のイブキは

 その最高速度を出せないほど弱り切っていた。

 彼女はそれでも未だ折れていない剣と心を構えるが、

 魔王を怯ませるには圧倒的に不足過ぎる。


「もう止めろ! 逃げろイブキ……!」


「申し訳ありませんが、その命令には従えません!」


 一切臆すること無く、

 イブキは怪物を前に再び立ち上がった。


 するとその時、床の一部を破壊して

 一人の青年と一匹の怪物が飛び出してきた。

 ジャックと彼に誘導された暴走状態の朝霧だった。


「桃香様!? ……それにお前は!?」


「! 人斬り事件の時の鬼だな!?」


 ジャックはイブキの姿を確認すると、

 怪物の魔の手から素早く救出した。


「くそっ、離せ……!」


「今は味方だ! 朝霧が暴走したんで連れて来た!」


「はぁ!? 何を言って!?」


「あのまま魔王にぶつける! 後はアイツに任せろ!」


 イブキを抱えてジャックは離脱する。

 そして彼の計らいにより摩天楼最上層では

 空に向かって咆吼する朝霧と魔王の二人が対峙した。


(第八席が連れてきた小僧と、拏業の娘か。)


「ウガシャアアアアアアア!!」


 朝霧は眼前の巨体を敵と見なし、

 躊躇無く同時に飛び込んでいった。

 だが魔王は冷ややかな目でポツリと呟く。


「くだらん。獣に負ける魔王がいるかよ。」


 ――決着は一瞬。

 魔王の掌底突きが朝霧を一撃で沈めた。


「ええええええぇ、嘘ぉ!?」


「『嘘ぉ!?』じゃないが!? 負けたぞ!?」


(嘘だろ、魔王ってこんなに強いのかよ……!?)


 厄災戦や世界樹での戦闘で

 朝霧の印象がほぼ止まっていたジャックは

 彼女と魔王の戦闘能力の差を見誤っていた。


 否むしろ、彼はミストリナに致命傷を負わせた彼女を

 無意識のうちに過大評価していたのかもしれない。

 どちらにせよ朝霧は魔王の凶手に敗北する。


「グフっ……! っ……私は……何を……?」


(――! 弱ったおかげで暴走が解けた!?

 いやでもっ……あの状態じゃ戦えないぞ……!)


 ジャックは滝のような汗を流して顔を歪めた。

 するとそんな彼の視界に一人の女性が写る。

 血の轍を床に残しながら進むその女は

 満身創痍の妖狐タダクであった。


「……タダク……さん?」


「桃香様。吾の魔力をお使いください……

 死にかけの吾が使うよりきっと役に立つ……」


「そんなっ……待って……!」


「どうか。必ず勝ってください……!」


 そう告げると妖狐は手印を結び結界を張った。

 水面のように青く光るその方陣の中で

 妖狐タダクの魔力が朝霧へと流れ始める。


 当然ソレを魔王が黙認するはずも無く、

 儀式を妨げようとゆっくり歩みだした。

 するとそんな怪物の足へ目掛けて

 ジャックとイブキが鋭い一太刀を浴びせる。


「っ……浅いぞ! ちゃんと腰をいれろ!」


「うるせえ人斬り! 刃が入っただけ上等だろ!」


(ちっ、次から次へと……邪魔くさい。)


 連戦に苛立ちを覚え始めたのか、

 魔王は表情に不快感を示す。

 その直後、肉体を変容させたかと思えば、

 即座にジャックらへと無数の触腕を飛ばした。


「ぐぉ!? 耐えろよ……人斬り!」


(何故まだ立ち向かってくる?)


「分かっている! 桃香様が再起する時間を稼ぐ!」


(まさかまだ勝てると思っているのか?)


 魔王は触腕からのレーザー光線で周囲を薙ぎ払うと

 そのまま二人には目もくれず先を急ぐ。

 標的は動けない朝霧と妖狐タダク。

 しかし今度は妖刀を杖にしたウラが立ち塞がった。


「来い! 俺が相手だ! ヴァル・ガーナベック!」


(しつこい。あまりにしつこい……!)


 ボロボロで刀を向ける鬼を見下ろし、

 魔王は呆れたように溜め息を漏らす。


「そうか。まだだったか……」


「……?」


「まだ絶望が足りなかったか。」


 その瞬間、魔王は上空に顔を向ける。

 怪物の見据える先にはタダクからの命令が止み

 機能停止でもしたかのように沈黙する黒き太陽。

 黒曜権現テラサナキが存在していた。


 刹那、魔王は腹や肩、腕や背中などの全身から

 多種多様な『口』を出現させる。

 そして――



「権能――『蝿王(ベルゼバブ・)の群(クラスター)』。」



 飛び出す無数の口によって太陽の捕食を開始した。


「「なっ!?」」


 その場の誰もが声を上げる中、

 権能の力によって強化された『喰う』という概念が

 黒曜権現の焔すら無効化しその神体を傷付ける。


 慌てたタダクは思わず手印を解き、

 悲痛そうな声で逃げるように言葉を投げた。

 しかし一度暴食の皿に乗った獲物は逃げられない。


「よく見てろ! そして記憶に焼き付けろッ!

 これが――魔王へ刃を向けた愚か者(エサ)の末路だァ!」


 食いちぎられた裂け目から血の塊が弾け飛んだ。

 それでも魔王の食事は終わらず、

 屍肉を貪るハイエナのように暴食の限りを尽くす。

 グチャリ、グチャグチャと引き裂かれる血肉の音と

 火を撒き散らしながら苦しむテラサナキの声が重なる。


「ぁあ……そんなっ……!」


 タダクは欠けた右腕を伸ばして顔を歪めた。

 そんな彼女たちの前で黒曜権現は絶命し、

 その力の全てが暴食のサギトへと還元されていく。


「ちゃんと記憶したか? これが――」


 魔王の身は更なる変容を始めた。

 元々大きなその身は更に一回り肥大化し、

 肌の色も更に焼け焦げたような黒みを帯びて

 背中からは陽炎を纏う焔が揺らいでいた。


「――敗北という名の絶望だ。」


 魔王ヴァル・ガーナベック――肉体再編。

 黒曜権現テラサナキの力を吸引し、

 今までの倍以上の魔力を解き放っていた。


「……もう、無理だ。」


 直前まで折れなかったイブキの心が折れる。

 へたり込み膝を突いた彼女の声に反応し、

 ジャックやウラにも絶望が伝搬していった。


 そして祭神の消滅に心を傷めたタダクは血を吐き倒れ、

 彼女の魔力を全て受け取れなかった朝霧は

 普段は軽々と振れる大剣を重そうに引き寄せていた。


「……まだやる気か? 何故折れない?」


 朝霧が武器に手を掛けた事で、

 魔王は彼女をこの場に残る唯一の敵対者と見なした。

 しかし満身創痍故か、朝霧からの返事は無い。


「まぁいい。どのみち皆死ぬ。」


 魔王はテラサナキの焔を纏った腕を掲げ、

 そして真っ直ぐ朝霧に向けて振り降ろした。

 すると彼女は迫る凶手に向けてフッと顔を上げる。

 魔王の姿を見上げるその表情は――


「ッ!?」


 ――どこか穏やかな物だった。


 直後、朝霧の背後から

 三種の魔法が入り混じる爆風が飛び込んだ。

 水の魔法で火力の上がった火の魔法に、

 風の魔法が指向性を持たせた複合の一撃。

 其れは火山の噴火と似た原理で生み出される火力だ。


「ぬぉ!?」


 そのあまりに激しい爆風が直撃し、

 魔王はこの数分間で一番の声を上げる。

 そしてそのまま数歩後ろへと強制的に退かされた。


(この攻撃は……! まさか……!)


 腹のダメージを即座に修復し魔王は顔を上げる。

 するとその視線の先には羽撃く数羽のカラスと、

 朝霧の背後からゆっくりと歩み寄る一人の男がいた。

 その男へ朝霧は視線も向けずに話し掛ける。


「思った通り。やっぱり来てくれましたね。」


「なんだ? お前も未来が視えるようになったのか?」


「まさか。ただ……」


 男が傍らに辿り着いても尚、

 朝霧は男の方に顔は向けなかった。

 俯いたまま、苦笑したまま、彼女は言葉を繋げる。


「私が『もうダメだ』って折れそうな時、

 いつも助けに来てくれるのが貴方でしたから。」


 それは朝霧にとってのエピソード記憶。


「そうですよね? ――()()()()。」


 ようやく上げた顔の先に彼はいた。

 陽炎のように揺らぐ事も無く、

 鮮明に残る記憶と同じ姿で其処にいた。


(貴方がいてくれるから、今の私に絶望は無い。)


 感情に引っ張られる形で朝霧の魔力は僅かに回復する。

 そして二人は再び同じ敵を見据えて武器を構えた。

 倒すべき最大の敵、魔王ヴァル・ガーナベックへと。


「「来い――『暴食』ッ!」」


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