第四十二話 最・高・潮!
――同時刻・エリア0地上――
赤く染まる夜の都市部で異形同士がぶつかり合う。
ビルの外壁すら容易く破壊する触手。
荒ぶる波のように押し寄せる小人。
そしてミサイルの如く飛来する有翼種。
魔法世界において亜人と括られる様々な異形たちが
グレンやシアナ、また彼らを援護するべく集った
多くの隊員たちと狂気染みた乱戦を繰り広げていた。
「聖銃弾!」「マダラ大運河!」「グランギニョル!」
「戯論相剋・無様入滅!」「やめっ……!」
「殺せ、殺せぇ!」「術式……ぐぁ!?」「殺人ダァア!」
乱戦は絶えず周囲に血の匂いを撒き散らし、
その場に居る者を一人ずつ恐慌状態に陥れる。
瓦礫にこびり付く血痕。脱力した誰かの手。
それら全てを吹き飛ばす彩り豊かな死の光線。
「くっ……ハァ……! どいつもこいつも……!」
乱戦中は、まともな者ほど疲労感に苦しめられる。
どうやら自分の感性はまとも寄りだったのだと
シアナは石のように重い体から感じ取っていた。
「ラミア族! 貴様も敵だなぁ!?」
「っ……このぉっ……!」
迫る剣を鉾で防ぎつつも、
シアナは眼前の敵が見せる悲痛な表情に動揺した。
彼を含めた亜人たちの眼は、酷く淀んでいた。
(魔王に心まで屈したか……!)
シアナは蛇の下半身をバネに敵を払う。
するとその時、彼女の遥か後方で赤い光が炸裂した。
何度か目撃したその閃光と半壊するビルの様子から、
彼女はそれが第六席と誰かの戦闘であると理解した。
(こんな所で死ぬなよ……エレノア!)
――――
縦断したレーザービームによって
老朽化等では絶対にありえない壊れ方をした高層ビル。
立ち込めるその黒煙の中からは、
鉄槌で衝撃をガードしたエレノアが空へと飛び出した。
五体満足。動けないような重傷もない。
だが敵幹部が放った一撃はやはり重く、
彼女の体力はゴッソリと削られていた。
(鏡からの熱光線……! 窓ガラスは全部砲門か!)
「まだ生きてたの? しぶといわね。ゴキブリみたい。」
「ハァ!? アンタの攻撃がショボいだけでしょ!」
周囲の瓦礫に磁力を付与して空中に留めると、
それらを足場としてエレノアは体勢を立て直す。
そしてそのままアンに向けて手を伸ばした。
「『好引』!」
(!? 体が……引き寄せられる……!?)
最初に付与した磁力は健在。
エレノアは自由にアンを動かせた。
そして動揺から反応の遅れた彼女に対し、
再びトールハンマーの一撃を放つ。
――が、やはり大蛇がそれを許さない。
アンに追従し接近してきた黒い鋼鉄の蟒蛇は、
エレノアの鉄槌から見事主人を護り切る。
(っ……やっぱりダメだ! コイツをどうにかしないと!)
エレノアは大蛇にも磁力を付与しようと指を向ける。
しかし既にその行動は警戒されているようだ。
大蛇は敵の動きに勘づくと体を捻って術を回避した。
(お利口過ぎるでしょ……! この蛇……!)
「危なかった。ホント気の抜けない小娘ね。」
(しまった……あの女……鏡の中に!)
エレノアが大蛇に気を取られた一瞬で、
鏡面世界のアンは鏡の中へと消失した。
流石に鏡の中にまでは磁力も及ばない。
エレノアは最優先すべき強敵を逃したと焦る。
「っ、出て来なさい……! 私に怖気付いちゃった!?」
苦し紛れの挑発。
エレノアに出来る事はもうそれしか無かった。
しかし当然、アンは鏡の中から出て来ない。
(ごめんなさいね。私、安い挑発には乗らないの。)
「この■■っ! ■■■! クソ■■〜〜っ!」
(…………下品な子。無視しましょ。)
「っ〜〜おばさんッ!」
「誰が『おばさん』だ、ゴラぁぁッッ!!!?」
釣れた。敵はエレノアの想像以上に釣れた。
怒り狂ったアンはガラス片から身を乗り出し
鬼のような形相を小娘へと向けていた。
その表情に正直ビビりながらも
エレノアは再度磁力による間合いの削除を試みる。
だが今度は敵を引き寄せるだけで無く、
自身も近付く事で更に素早い縮地を実現した。
(やばっ……こんなのに乗せられた……!)
我に返ったアンは急ぎ鏡面世界への離脱を図る。
だがそのタイミングではもう
エレノアを完全に振り切る事は叶わず、
彼女と共に鏡の中へと雪崩れ込んでしまった。
「え? はぁ!? 何ここ!?」
(しまった、入れちゃった……鏡面世界!)
其処はまるで次元の歪んだ異世界。
頭上に大地、足元に青空とあらゆる物が反転している。
そして周囲には現実世界と似た多くの建造物が、
人類滅亡後かのように砕けた状態で漂っていた。
(鏡の中の世界? 私でも入れた……?)
「ちっ! さっさと片付けなきゃ……!」
(追放されない? しかもあの焦った様子……)
異界のルールをエレノアは解明しつつあった。
だがそんな彼女に猶予を与えまいと
アンは空中で魔力を凝縮させ術を発動する。
「祝福――『魔鏡の間』!」
アンが発動したのは得意の増幅術。
そして彼女がこの鏡面世界で増やしたのは
エレノアでも破壊出来ない黒鉄の大蛇であった。
増えたその数――計二十体。
「っ……!?」
「さぁ! あの小娘を殺してしまいなさい!」
差し向けられた大蛇の群れが
エレノア目掛けて空中を突き進む。
だが危機的状況であるにも関わらず、
エレノアはある確信を得て口元を緩めた。
「決着、急いでいるわね?」
「っ!?」
――その時、エレノアは両手を開き祝福を発動する。
彼女は自身の周囲を漂う瓦礫に磁力を与え、
アンへと直通する超伝導の道を形成したのだ。
「加速ッ!」
閃光の如き蒼電を纏い、
エレノアは鏡の世界の女主人一人を狙う。
その軌跡はまさしく稲妻のようだった。
(速っ……! 正直制御もままならない……!)
あまりの速さにエレノアは一度、
何もせずにアンの真横を通過してしまった。
だが今はこれで良い。否、これしか無い――
(今の私の火力じゃ蛇の破壊は正直無理!
なら阻まれるよりも速く本体を叩け!)
瓦礫を蹴飛ばし、エレノアは再度アンへの接近を試みた。
当然彼女も掴まるまいと大蛇と共に逃走を図る。
やがて反転した異界の空では稲妻と鉄の蛇とが入り乱れ、
その軌跡が幻想的な幾何学模様を描いていった。
(っ……速すぎるわよ……この小娘!)
下方の空へと落ちながら、
数機の変わった爆撃機が異界にて交差し合う。
一方が赤い光線を放ったかと思えば、
もつ一方が青い稲妻によってそれを弾いた。
やがて逃れたい意志が全面に出たアンは
廃ビルのガラスから元の世界へと脱出した。
その僅か数秒後、エレノアも彼女を追って外へ出る。
激しい追撃戦は現実世界で継続され、
道中の魔王軍兵士を巻き込みながら苛烈さを増した。
そして屋内へと逃れたアンに
周囲の鉄筋が襲い掛かったかと思えば、
今度は同じようにエレノアも熱光線に囲まれる。
そうこうしている内に二人が入り込んだビルは
内部から放出するエネルギーと共に倒壊した。
(チッ、振り切れない……!)
「やけに異界に行きたがらないじゃない?
鏡の世界に居続けたら何かデメリットでもあるの?」
「うるさいわね……!」
「私の磁力も届かなかった点を見るに……
もしかして現実世界で掛けてる術が解けちゃうとか?」
「ッ……!?」
「図星ね? 了解!」
魔力出力を上げ続けているからか、
エレノアの精神は高揚し、声もどこか弾んでいた。
そしてそんな彼女の態度が神経を逆なでしたようで、
アンは更に顔を歪ませ激怒していた。
「ウザいんだよ……! 何でも分りますってその顔が!」
「?」
「エリートエリートって……見下してんじゃないわよ!」
今まで以上の怒気を込め、
アンは真紅の大鎌を思いっきり振り抜いた。
するとその湾曲した刃からは
莫大な魔力の籠もった斬撃が放出される。
(――いや、この速度なら問題無い!)
斬撃を冷静に回避すると
すかさずエレノアは間合いを詰めた。
しかし敵が本当に狙っていたのは別の物だった。
「え?」
エレノアは背後から被さる巨大な影に気付く。
目を向けて見ればそこには、
彼女へと落下してくる巨大な瓦礫があった。
しかしエレノアが驚いたのはその巨大さでは無い。
彼女が驚愕したのは瓦礫の断面。
鎌の斬撃によって斬られた切断面はあまりに美しく
まるで鏡のように彼女の姿を反射していたのだ。
ビルの窓ガラスでも能力は適応された。
であるのなら反射さえしていれば何でも良い。
鏡としての役割が果たせるのなら、異界は繋がる。
「来なさい。貴方たち――」
――直後、取り残されていた無数の蛇が
背後からエレノアを襲った。
そして大蛇たちは彼女の腕や腰に噛みつくと
圧倒的なパワーによって骨をへし折る。
「ぐっ!? ぁあああぁあああ……!!」
悲痛なエレノアの絶叫が都市の空に木霊した。
その痛々しいメロディにアンは歓喜し爆笑する。
「アッハハハハ! 良い声ね!
そのまま瓦礫と一緒に押しつぶされてしまいなさい!」
「っ――……!」
「な~に? 聞こえな~い!
命乞いならもっと大きな声でしなさいな!」
瓦礫の落下に巻き込まれない安全圏に逃れつつ、
アンは歪んだ笑みを魅せながら耳を立てた。
するとそんな彼女に向けて、
全身を大蛇に侵されたままエレノアが睨む。
「――加速……!」
蒼電が再度都市の空で発光する。
直後、無数の大蛇を引き連れたまま、
エレノアはアンの身体に掴み掛かった。
(な!? この娘……まだ!?)
「ハッ、不用心に止まってんじゃないわよ……!」
服の隙間から大量の血を流しながら、
エレノアは口元に笑みを浮かべていた。
その様子に思わずゾッとしたアンは
どうにか引き剥がそうと硬い籠手で何度も殴打する。
しかし彼女はどれほど頭部から血を流そうとも
絶対に手を離そうとはしなかった。
「何で!? どこからそんな体力が湧いてくるのよ!?」
「そりゃだって……私、若いから。」
「あぁ!?」
血塗れの煽りにアンが激情した次の瞬間、
彼女の身体が蒼電に包まれ高速移動を開始した。
飛行を制御しているのは当然エレノアだ。
(蛇を倒す火力は……どうやっても出せないや……)
黒金の大蛇を破壊出来ない以上、
彼らに護られたアンを討伐する手段は無い。
元より魔神外装を突破する火力ももう出せない。
今のエレノアにはアンの撃破手段が無かった。
(不甲斐ない。確かに主席が聞いて呆れる……
けど、こっちだってねぇ――)
思い起こすは学生時代の記憶。
血反吐を吐き、心を削りながら上を目指した数年間。
「――半端な覚悟で主席やってんじゃ無いのよ!」
刹那、青い稲妻は更なる加速を見せた。
やがて煌きは一直線に地上を目指し、
割れた鏡面の中へと躊躇無く突入していく。
――瞬間、世界が反転した。
エレノアは最初の侵入で
異界における幾つかのルールを把握していたのだ。
まず入退出の条件。部外者であるはずのエレノアが
かなり自由に出入り出来ていた点を鑑みるに、
異界へと入る『鍵』は術者であるアン本人の身柄だ。
彼女が入退出した直後なら、異界の扉は出入り自由。
「だから何!? 別にお前が有利になる訳じゃ――」
「――でもコレなら……アナタに勝てる。」
呟くように告げると、彼女は魔力を放出した。
「これが今の最・高・潮! 飛び散れ『磁極烙印』ァ!」
青いエネルギー波がエレノアを中心に放出される。
しかし彼女が磁力を付与したのはアンでは無い。
彼女が祝福の対象にしたのは――
「……は?」
――異界そのものだった。
「さようなら。アナタはこの世界に幽閉します。」
そっとエレノアが手を離したその瞬間、
莫大な磁力がアンと周囲の瓦礫を引き寄せた。
またそれと同時にエレノアに巻き付いていた蛇たちも
全てアンへと引き寄せられ力強く激突する。
「がはぁ!? 何……て事をッ……!?」
アンの全身は瓦礫や大蛇たちと完全に密着し、
一切動かす事が出来なかった。
そしてもちろん、鏡へと移動する事も叶わない。
(あ……入口が閉まる……時間が無い、急がなきゃ……)
「っ!? 待てコラッ! 小娘……! 小娘がァ……!
あ、ありえない……! アンタみたいな小娘なんかに!
私が……!? 私の方が本当はずっと強いのに……!」
「……」
「な、何よ……!?」
疲労感を隠せない瞳を向けながら、
エレノアはポツリと呟いた。
「――鏡に言ってろ。」
直後、爆発するようにアンは発狂していたが、
疲れ切ったエレノアの耳にはもう届いていなかった。
そして彼女は残る魔力の全てを使い脱出すると、
出入り口の機能を失った鏡を静かに踏み潰す。
「鏡面世界……攻略……!」
最後の力を振り絞って台詞を吐くと、
そのままエレノアは地面に倒れてしまった。
魔王執政補佐官第六席アン――消失。
その数秒後、魔界から鏡の分身が消滅する。
――同時刻・摩天楼上層――
広い部屋にて白い霧が漂う。
屋内であるのに床はビショビショに濡れて、
その上ではルシュディーが血塗れで倒れていた。
またその隣では破けた服を纏うジャックが
満身創痍の状態で霧の中を睨んでいた。
「ハァ……! っ……ハァ……! 何が……起きやがった……?」
荒い呼吸を整える間も無く警戒するその先には、
――頭を抑えて苦しむ朝霧の姿があった。
「ヅッ……! あぁッ……! ぅ……あ゛ぁっ!?」
時間は少し前に遡る――




